27 / 74
第1部
66
しおりを挟む俺には、入学当初からずっと好きだった女の子がいる。
真っ白な肌に、ピンク色の頬。下から見つめてくる上目遣いをする大きくて綺麗な瞳。さらさらの長い黒髪。そして、とても優しい性格。
俺が好きになった子は、入学当初から学校イチの美少女────結城桜十葉ちゃんだった。
純粋な彼女に、一瞬にして惹かれた。一目惚れ、だったんだと思う。優しくて可愛い笑顔をみせてくれる君を気づけば大好きになっていた。
純粋な彼女を俺で汚したくてしょうがなかった。だけど、その恋は淡く、失恋に終わった───。
桜十葉ちゃんへの想いは、告げることのできないまま叶わぬ恋となった。
桜十葉ちゃんが、あの坂口組の組長の息子、坂口裕翔の彼女だと知った途端、勝手に失望して落ち込んだ。
それ以来、桜十葉ちゃんの顔を見ることが出来なかった。桜十葉ちゃんも気づいていたと思う。俺が避けていることを。
不意に見た桜十葉ちゃんの顔がすごく寂しそうにしていたから、すぐに目を逸した。
だって、そんな顔されたら期待してしまうじゃんか……。俺に避けられて悲しいと思っている桜十葉ちゃんを、もう1度好きになってしまいそうだった。
「あははははっ!もお~こしょばいってば~!」
廊下を歩いていると突然聞こえてきた楽しそうな声。その声は、俺がずっと求めていたもので思わず声のした方を振り返った。
そこには、楽しそうに友達と笑う、桜十葉ちゃんの姿があった────。
「…っ、……!」
この気持ちを、どうしたら忘れられるのか。1度芽生えてしまった恋心は、失恋してもなお残り続けている。自分の気持ちを伝えられないことが、こんなにも辛いことだとは思っていなかった。
でも、俺は桜十葉ちゃんに気持ちを伝えることはきっと出来ない。あの日の入学式以来、桜十葉ちゃんのことをずっと避け続けてきた俺に、桜十葉ちゃんへの気持ちを伝える資格なんてきっと、どこにもない。
桜十葉ちゃんは、明るい世界に生きる子だ。どんなに辛く悲しいことが起ころうとも、それに立ち向かう強さを持っている芯の強い女の子だ。
だから、だろう。彼女の周りには、いつも笑顔が溢れている。自分に向けてくれる笑顔を見るだけで、幸せな気持ちで満たされた。
これはもう、もはや執着ではないのか…?どうしても、桜十葉ちゃんのことを諦めきれない。いや、違う。諦めたくなんかない。
だって俺は、まだこの抑えきれない感情を伝えていないのだから。
振られると分かっていても、俺は自分の気持ちを伝えたい。これが、桜十葉ちゃんのことを諦めるきっかけになるのならば……。
「おと、ちゃん……放課後、ちょっと時間くれないかな?」
俺は、桜十葉ちゃんが居る階段のところまで歩いて行き、声をかけた。
俺が話しかけたことをよっぽど驚いたのか、しばらくぽかんと口を開いて俺を見つめていた桜十葉ちゃん。でも、すぐに嬉しそうな顔でふにゃっと笑った。
「うん。…いいよ!」
期待はしない。君は、誰にでも優しいと分かっているから。だから今日、俺を振ることに心を痛めるかもしれない。だけどそこは、潔く振ってくれたらそれでいいんだ。
桜十葉ちゃんの隣に居た鈴本さんが俺を不審そうな目で見てきたけど無視だ。急に桜十葉ちゃんを避け始めた俺をよく思っていないのは分かっている。
今日で、桜十葉ちゃんへのわだかまりと、このどうしようもない気持ちを綺麗さっぱりなくそう。
俺は教室に戻り、自分の席に向かう。すると途端に、沢山の男子や女子たちに囲まれた。俺は、この学院の王子様。
みんなに好かれ、かっこいいと騒がれて結構モテるし告白もされる。男子からの好感度も良い。
だけど俺は、好きな子に振り向いてはもらえなかったただの臆病者だ。彼氏がヤクザの息子だろうと、怖がらずに奪いに行くべきだった。
俺は、もっと早く行動することが出来なかった。
今更悔やんでも仕方のないことを、いつまでもウジウジと考え続けていた。
***
「来てくれてありがとう。おとちゃん」
そういえば、“おとちゃん”という呼び方を桜十葉ちゃんの彼氏は眉をしかめてキモい言ってきた。
桜十葉ちゃんと2人きりで校舎から出てきたことをめちゃくちゃ嫉妬しているらしかった彼氏を見て、ある種の快感を覚えた。
「うん。…でも、こんなところに呼び出してどうしたの?」
あらかじめ1年生の使われていない空き教室で待っていてほしいと頼んでおいたのだ。
「おとちゃん。急に、ごめんね。まずは、……今まで避けていたこと、本当にごめん」
「えっ……!?う、ううん!そんな、謝らないで…っ」
俺が膝に付くくらいにまで頭を下げたので、桜十葉ちゃんがそう驚いたように声を上げる。
そして、俺たちの間に静かな沈黙が流れる。
俺は下げていた頭をゆっくりと上げて、恐る恐る桜十葉ちゃんの方を見た。自分が見たものが、信じられなくて目を見張った。
「おと、ちゃん……?なんで、泣いてるの」
桜十葉ちゃんは、流れ落ちる涙を拭いながら泣いていた。でも、その表情はとても穏やかで、嬉しそうだった。それに、心底ほっとする。
「だって、……ま、真陽くんにようやく話しかけてもらえたから……っ。なんで避けてるのとか、何だか怖くて聞けなくて、……でも最初に出来たお友達だったから、やっぱり話したくて、……」
ああ。俺は、なんて馬鹿だったのだろう。いつも自分の手の届くところにいた彼女を、傷つけてしまっていたなんて……。
「ごめんね。おとちゃん。本当に、ごめん……」
「…うん、いいよ。機嫌直ったから……ふふっ」
彼女は、いつもいつも、表情が豊かだ。ニコニコとした愛想を浮かべている俺なんかとは大違い。その表情はコロコロと変化して、見ていて凄く面白い。
そして、信じられないくらいに可愛いんだ。
「可愛い、……」
無意識に口に出してしまっていた俺の言葉を、桜十葉ちゃんの耳がぴくっと聞き取る。
やばい、キモがられたかな?やっぱり、好きじゃない男に可愛いとか言われても嬉しくないよね……。
「やっと、あの頃の真陽くんだね。真陽くんは、もっと自分を見せてもいいと思う」
桜十葉ちゃんが、とても大人びた表情でそう言った。その透き通るように綺麗な瞳に、俺の全てを見透かされている気がして落ち着かなかった。
「おとちゃん……?」
「真陽くんは、みんなに全てを見せても大丈夫ってこと!ずっと見てて思ったんだ。もしかしたら真陽くんは、上辺だけの関係をみんなと築いているのかなって」
とても、驚いた。桜十葉ちゃんは、俺が思っていたよりももっとずっと人の心に鋭い子だったのかもしれない。勝手に鈍感で天然な、可愛い子だと決めつけていたけれど、桜十葉ちゃんはそれだけではなかったんだ。
人の心に敏感で、感無量の優しさで、疲れた心を癒やしてくれる。その鋭さと、言葉の選び方に泣きそうになってしまう。
「私は、まだ本当の真陽くんと話したことはないよ。本当の君は、今よりもずっと人間味があって魅力的な男の子な気がするんだ」
桜十葉ちゃんはそう言って、ふわっと一輪の薔薇の大輪が咲くように微笑んだ。
桜十葉ちゃんは、どうしてこんなにも人たらしなのだろう。好きが溢れてしまって息が苦しくなる。ここまで他人に惹かれたのは、初めてだったんだ。
俺のものにしたい。俺で一色に染めたい。ずっと、隣に居たい。
決して結ばれることのない恋だと分かっていても、それでも俺は、好きという気持ちを止められない。
こんな気持ちを教えてくれたのは、君だったから。
誰かに感情を揺さぶられることも、何かに興味を持ったことも1度もなかったつまらない俺が、こんなにも本気になれたんだ。
まだ幼い時に、俺は他の人とは違うのだと悟った。
全てがつまらなく思えて、生きる意味さえも分からなかった。両親は共に海外で活躍する俳優たちで、望むものならば何だって手に入れられた。
地位と権力だって、ずば抜けて高かった。
容姿端麗。才色兼備。勉強も運動も何だって安々とこなしてしまう俺をみんなはそんな風に言っていた。
でも、俺は自分のほしいと思うものが見つからなかった。
それを見つけることが出来たのなら、俺の心は満たされると思った。
「俺、さ……感情がないんだ。みんなが楽しいと思うことも、悲しいと思うことも、自分にはどうだって良かった……。笑おうと思えば笑える。だけど、心の底から笑ったことは、1度もなかった」
君に、出会うまでは。
「おとちゃんに出会って、俺は変わったんだよ」
俺の言葉に、桜十葉ちゃんが目を瞠った。
だから、この恋が叶わなくてもいい。だって俺は、こんなにも心が揺り動かされる感情を、桜十葉ちゃんから貰うことが出来たから。
初恋、なんだ……。
「俺が産まれて初めて好きになった子は、桜十葉ちゃん。君だったんだよ」
こんな感情を、俺に教えてくれてありがとう。もう、欲張りなことは言わないから、だから、今は少しだけ俺の願いを聞いてほしい……。
「っ……真陽くん…っ!」
桜十葉ちゃんを、ぎゅっと優しく抱きしめた。すぐ間近で伝わる桜十葉ちゃんの体温が、とても愛おしい。
桜十葉ちゃんの両の腕はふらふらと宙を彷徨っていて、恐る恐る迷うように俺の背中に添えられた手。
「真陽くん、……私を避けてた理由、聞いてもいいかな…?」
桜十葉ちゃんは、気づいているのだろう。俺が、君の彼氏の正体を知っているということを。
「入学式のあの日、俺は坂口組の組長の息子、坂口裕翔を見た」
俺の言った言葉に、すぐ近くで桜十葉ちゃんがヒュッと息を呑むのが分かる。
「あの人、やっぱりおとちゃんの彼氏……?」
「……う、うん。そう、だよ…。だから、ごめん。真陽くんの告白は、ごめんなさい」
俺が抱きしめていた桜十葉ちゃんがぶるぶると震えながらそう告げた。
違う。違うんだ、桜十葉ちゃん。俺は君を、そんな風に怖がらせるつもりじゃない。きっと桜十葉ちゃんは、裕翔という彼氏の身の安全を暗(あん)じている。
「大丈夫だよ、おとちゃん。彼氏さんの正体は、絶対に言わないから。でも、1つだけ条件がある」
桜十葉ちゃんは涙目になりながら俺を見上げた。今は自分の腕の中にいる桜十葉ちゃんを、どうしようもなく虐めたいと思う気持ちに駆られたがそこはグッと留まる。
「な、何……?」
「これからも、俺の友達として普通に接してほしいです」
これだけでいいんだ。俺の最後の頼み事。
「へ、……?そんなことでいいの…?」
「そんなことって何…?俺にとってはめちゃくちゃ嬉しいことなんだけどなぁ」
俺の言葉に、桜十葉ちゃんはふっと安心したように微笑んだ。
……ガタンッ────!!!!
そんな和やかな空気が流れていた空き教室に、突然扉が激しく開かれる大きな声音が響いた。
俺は大きな音のした方を素早く振り返った。
「っ……!?坂口、裕翔…っ!」
そこには、桜十葉を抱きしめていた俺を鋭い瞳で睨みつける、ヤクザの息子、坂口裕翔が居た────。
「裕翔くん……っ!?」
桜十葉ちゃんは、俺から勢いよく離れた。
「桜十葉、帰るよ」
坂口裕翔は、恐ろしく怖い顔をして冷たい声でそう言った。パシッと桜十葉ちゃんの手を取った力がとても強かった。
桜十葉ちゃんはバツが悪そうに俯いて、その冷たい声と態度に傷ついたような悲しい顔をした。
坂口裕翔は桜十葉ちゃんを先に教室から出し、自分もそれに続いて出ようとした、その時ーーーーーーーー
「お前、いつまで俺の桜十葉の近くにいるつもりなんだよ?次指1本でも桜十葉に触れてみろ。……殺すぞ」
ヤクザの息子が言ったら、そんな言葉は洒落にならなかった……。俺の背筋が凍る。ドクドクドク、と嫌な心臓の音が耳にこだまして、冷や汗が垂れた。
桜十葉ちゃんは、怒らせてしまってらこんなにも怖い人と付き合っているんだ……。
これじゃあ、最初から叶いっこなかったな……。
俺は、桜十葉ちゃんの体温が残る腕を虚しく宙でぶらつかせた。
✩.*˚side end✩.*˚
真っ白な肌に、ピンク色の頬。下から見つめてくる上目遣いをする大きくて綺麗な瞳。さらさらの長い黒髪。そして、とても優しい性格。
俺が好きになった子は、入学当初から学校イチの美少女────結城桜十葉ちゃんだった。
純粋な彼女に、一瞬にして惹かれた。一目惚れ、だったんだと思う。優しくて可愛い笑顔をみせてくれる君を気づけば大好きになっていた。
純粋な彼女を俺で汚したくてしょうがなかった。だけど、その恋は淡く、失恋に終わった───。
桜十葉ちゃんへの想いは、告げることのできないまま叶わぬ恋となった。
桜十葉ちゃんが、あの坂口組の組長の息子、坂口裕翔の彼女だと知った途端、勝手に失望して落ち込んだ。
それ以来、桜十葉ちゃんの顔を見ることが出来なかった。桜十葉ちゃんも気づいていたと思う。俺が避けていることを。
不意に見た桜十葉ちゃんの顔がすごく寂しそうにしていたから、すぐに目を逸した。
だって、そんな顔されたら期待してしまうじゃんか……。俺に避けられて悲しいと思っている桜十葉ちゃんを、もう1度好きになってしまいそうだった。
「あははははっ!もお~こしょばいってば~!」
廊下を歩いていると突然聞こえてきた楽しそうな声。その声は、俺がずっと求めていたもので思わず声のした方を振り返った。
そこには、楽しそうに友達と笑う、桜十葉ちゃんの姿があった────。
「…っ、……!」
この気持ちを、どうしたら忘れられるのか。1度芽生えてしまった恋心は、失恋してもなお残り続けている。自分の気持ちを伝えられないことが、こんなにも辛いことだとは思っていなかった。
でも、俺は桜十葉ちゃんに気持ちを伝えることはきっと出来ない。あの日の入学式以来、桜十葉ちゃんのことをずっと避け続けてきた俺に、桜十葉ちゃんへの気持ちを伝える資格なんてきっと、どこにもない。
桜十葉ちゃんは、明るい世界に生きる子だ。どんなに辛く悲しいことが起ころうとも、それに立ち向かう強さを持っている芯の強い女の子だ。
だから、だろう。彼女の周りには、いつも笑顔が溢れている。自分に向けてくれる笑顔を見るだけで、幸せな気持ちで満たされた。
これはもう、もはや執着ではないのか…?どうしても、桜十葉ちゃんのことを諦めきれない。いや、違う。諦めたくなんかない。
だって俺は、まだこの抑えきれない感情を伝えていないのだから。
振られると分かっていても、俺は自分の気持ちを伝えたい。これが、桜十葉ちゃんのことを諦めるきっかけになるのならば……。
「おと、ちゃん……放課後、ちょっと時間くれないかな?」
俺は、桜十葉ちゃんが居る階段のところまで歩いて行き、声をかけた。
俺が話しかけたことをよっぽど驚いたのか、しばらくぽかんと口を開いて俺を見つめていた桜十葉ちゃん。でも、すぐに嬉しそうな顔でふにゃっと笑った。
「うん。…いいよ!」
期待はしない。君は、誰にでも優しいと分かっているから。だから今日、俺を振ることに心を痛めるかもしれない。だけどそこは、潔く振ってくれたらそれでいいんだ。
桜十葉ちゃんの隣に居た鈴本さんが俺を不審そうな目で見てきたけど無視だ。急に桜十葉ちゃんを避け始めた俺をよく思っていないのは分かっている。
今日で、桜十葉ちゃんへのわだかまりと、このどうしようもない気持ちを綺麗さっぱりなくそう。
俺は教室に戻り、自分の席に向かう。すると途端に、沢山の男子や女子たちに囲まれた。俺は、この学院の王子様。
みんなに好かれ、かっこいいと騒がれて結構モテるし告白もされる。男子からの好感度も良い。
だけど俺は、好きな子に振り向いてはもらえなかったただの臆病者だ。彼氏がヤクザの息子だろうと、怖がらずに奪いに行くべきだった。
俺は、もっと早く行動することが出来なかった。
今更悔やんでも仕方のないことを、いつまでもウジウジと考え続けていた。
***
「来てくれてありがとう。おとちゃん」
そういえば、“おとちゃん”という呼び方を桜十葉ちゃんの彼氏は眉をしかめてキモい言ってきた。
桜十葉ちゃんと2人きりで校舎から出てきたことをめちゃくちゃ嫉妬しているらしかった彼氏を見て、ある種の快感を覚えた。
「うん。…でも、こんなところに呼び出してどうしたの?」
あらかじめ1年生の使われていない空き教室で待っていてほしいと頼んでおいたのだ。
「おとちゃん。急に、ごめんね。まずは、……今まで避けていたこと、本当にごめん」
「えっ……!?う、ううん!そんな、謝らないで…っ」
俺が膝に付くくらいにまで頭を下げたので、桜十葉ちゃんがそう驚いたように声を上げる。
そして、俺たちの間に静かな沈黙が流れる。
俺は下げていた頭をゆっくりと上げて、恐る恐る桜十葉ちゃんの方を見た。自分が見たものが、信じられなくて目を見張った。
「おと、ちゃん……?なんで、泣いてるの」
桜十葉ちゃんは、流れ落ちる涙を拭いながら泣いていた。でも、その表情はとても穏やかで、嬉しそうだった。それに、心底ほっとする。
「だって、……ま、真陽くんにようやく話しかけてもらえたから……っ。なんで避けてるのとか、何だか怖くて聞けなくて、……でも最初に出来たお友達だったから、やっぱり話したくて、……」
ああ。俺は、なんて馬鹿だったのだろう。いつも自分の手の届くところにいた彼女を、傷つけてしまっていたなんて……。
「ごめんね。おとちゃん。本当に、ごめん……」
「…うん、いいよ。機嫌直ったから……ふふっ」
彼女は、いつもいつも、表情が豊かだ。ニコニコとした愛想を浮かべている俺なんかとは大違い。その表情はコロコロと変化して、見ていて凄く面白い。
そして、信じられないくらいに可愛いんだ。
「可愛い、……」
無意識に口に出してしまっていた俺の言葉を、桜十葉ちゃんの耳がぴくっと聞き取る。
やばい、キモがられたかな?やっぱり、好きじゃない男に可愛いとか言われても嬉しくないよね……。
「やっと、あの頃の真陽くんだね。真陽くんは、もっと自分を見せてもいいと思う」
桜十葉ちゃんが、とても大人びた表情でそう言った。その透き通るように綺麗な瞳に、俺の全てを見透かされている気がして落ち着かなかった。
「おとちゃん……?」
「真陽くんは、みんなに全てを見せても大丈夫ってこと!ずっと見てて思ったんだ。もしかしたら真陽くんは、上辺だけの関係をみんなと築いているのかなって」
とても、驚いた。桜十葉ちゃんは、俺が思っていたよりももっとずっと人の心に鋭い子だったのかもしれない。勝手に鈍感で天然な、可愛い子だと決めつけていたけれど、桜十葉ちゃんはそれだけではなかったんだ。
人の心に敏感で、感無量の優しさで、疲れた心を癒やしてくれる。その鋭さと、言葉の選び方に泣きそうになってしまう。
「私は、まだ本当の真陽くんと話したことはないよ。本当の君は、今よりもずっと人間味があって魅力的な男の子な気がするんだ」
桜十葉ちゃんはそう言って、ふわっと一輪の薔薇の大輪が咲くように微笑んだ。
桜十葉ちゃんは、どうしてこんなにも人たらしなのだろう。好きが溢れてしまって息が苦しくなる。ここまで他人に惹かれたのは、初めてだったんだ。
俺のものにしたい。俺で一色に染めたい。ずっと、隣に居たい。
決して結ばれることのない恋だと分かっていても、それでも俺は、好きという気持ちを止められない。
こんな気持ちを教えてくれたのは、君だったから。
誰かに感情を揺さぶられることも、何かに興味を持ったことも1度もなかったつまらない俺が、こんなにも本気になれたんだ。
まだ幼い時に、俺は他の人とは違うのだと悟った。
全てがつまらなく思えて、生きる意味さえも分からなかった。両親は共に海外で活躍する俳優たちで、望むものならば何だって手に入れられた。
地位と権力だって、ずば抜けて高かった。
容姿端麗。才色兼備。勉強も運動も何だって安々とこなしてしまう俺をみんなはそんな風に言っていた。
でも、俺は自分のほしいと思うものが見つからなかった。
それを見つけることが出来たのなら、俺の心は満たされると思った。
「俺、さ……感情がないんだ。みんなが楽しいと思うことも、悲しいと思うことも、自分にはどうだって良かった……。笑おうと思えば笑える。だけど、心の底から笑ったことは、1度もなかった」
君に、出会うまでは。
「おとちゃんに出会って、俺は変わったんだよ」
俺の言葉に、桜十葉ちゃんが目を瞠った。
だから、この恋が叶わなくてもいい。だって俺は、こんなにも心が揺り動かされる感情を、桜十葉ちゃんから貰うことが出来たから。
初恋、なんだ……。
「俺が産まれて初めて好きになった子は、桜十葉ちゃん。君だったんだよ」
こんな感情を、俺に教えてくれてありがとう。もう、欲張りなことは言わないから、だから、今は少しだけ俺の願いを聞いてほしい……。
「っ……真陽くん…っ!」
桜十葉ちゃんを、ぎゅっと優しく抱きしめた。すぐ間近で伝わる桜十葉ちゃんの体温が、とても愛おしい。
桜十葉ちゃんの両の腕はふらふらと宙を彷徨っていて、恐る恐る迷うように俺の背中に添えられた手。
「真陽くん、……私を避けてた理由、聞いてもいいかな…?」
桜十葉ちゃんは、気づいているのだろう。俺が、君の彼氏の正体を知っているということを。
「入学式のあの日、俺は坂口組の組長の息子、坂口裕翔を見た」
俺の言った言葉に、すぐ近くで桜十葉ちゃんがヒュッと息を呑むのが分かる。
「あの人、やっぱりおとちゃんの彼氏……?」
「……う、うん。そう、だよ…。だから、ごめん。真陽くんの告白は、ごめんなさい」
俺が抱きしめていた桜十葉ちゃんがぶるぶると震えながらそう告げた。
違う。違うんだ、桜十葉ちゃん。俺は君を、そんな風に怖がらせるつもりじゃない。きっと桜十葉ちゃんは、裕翔という彼氏の身の安全を暗(あん)じている。
「大丈夫だよ、おとちゃん。彼氏さんの正体は、絶対に言わないから。でも、1つだけ条件がある」
桜十葉ちゃんは涙目になりながら俺を見上げた。今は自分の腕の中にいる桜十葉ちゃんを、どうしようもなく虐めたいと思う気持ちに駆られたがそこはグッと留まる。
「な、何……?」
「これからも、俺の友達として普通に接してほしいです」
これだけでいいんだ。俺の最後の頼み事。
「へ、……?そんなことでいいの…?」
「そんなことって何…?俺にとってはめちゃくちゃ嬉しいことなんだけどなぁ」
俺の言葉に、桜十葉ちゃんはふっと安心したように微笑んだ。
……ガタンッ────!!!!
そんな和やかな空気が流れていた空き教室に、突然扉が激しく開かれる大きな声音が響いた。
俺は大きな音のした方を素早く振り返った。
「っ……!?坂口、裕翔…っ!」
そこには、桜十葉を抱きしめていた俺を鋭い瞳で睨みつける、ヤクザの息子、坂口裕翔が居た────。
「裕翔くん……っ!?」
桜十葉ちゃんは、俺から勢いよく離れた。
「桜十葉、帰るよ」
坂口裕翔は、恐ろしく怖い顔をして冷たい声でそう言った。パシッと桜十葉ちゃんの手を取った力がとても強かった。
桜十葉ちゃんはバツが悪そうに俯いて、その冷たい声と態度に傷ついたような悲しい顔をした。
坂口裕翔は桜十葉ちゃんを先に教室から出し、自分もそれに続いて出ようとした、その時ーーーーーーーー
「お前、いつまで俺の桜十葉の近くにいるつもりなんだよ?次指1本でも桜十葉に触れてみろ。……殺すぞ」
ヤクザの息子が言ったら、そんな言葉は洒落にならなかった……。俺の背筋が凍る。ドクドクドク、と嫌な心臓の音が耳にこだまして、冷や汗が垂れた。
桜十葉ちゃんは、怒らせてしまってらこんなにも怖い人と付き合っているんだ……。
これじゃあ、最初から叶いっこなかったな……。
俺は、桜十葉ちゃんの体温が残る腕を虚しく宙でぶらつかせた。
✩.*˚side end✩.*˚
310
お気に入りに追加
9,392
あなたにおすすめの小説

【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う
たくみ
ファンタジー
圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。
アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。
ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?
それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。
自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。
このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。
それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。
※小説家になろうさんで投稿始めました
聖女としてきたはずが要らないと言われてしまったため、異世界でふわふわパンを焼こうと思います!
伊桜らな
ファンタジー
家業パン屋さんで働くメルは、パンが大好き。
いきなり聖女召喚の儀やらで異世界に呼ばれちゃったのに「いらない」と言われて追い出されてしまう。どうすればいいか分からなかったとき、公爵家当主に拾われ公爵家にお世話になる。
衣食住は確保できたって思ったのに、パンが美味しくないしめちゃくちゃ硬い!!
パン好きなメルは、厨房を使いふわふわパン作りを始める。
*表紙画は月兎なつめ様に描いて頂きました。*
ー(*)のマークはRシーンがあります。ー
少しだけ展開を変えました。申し訳ありません。
ホットランキング 1位(2021.10.17)
ファンタジーランキング1位(2021.10.17)
小説ランキング 1位(2021.10.17)
ありがとうございます。読んでくださる皆様に感謝です。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました

勇者パーティーを追放されました。国から莫大な契約違反金を請求されると思いますが、払えますよね?
猿喰 森繁
ファンタジー
「パーティーを抜けてほしい」
「え?なんて?」
私がパーティーメンバーにいることが国の条件のはず。
彼らは、そんなことも忘れてしまったようだ。
私が聖女であることが、どれほど重要なことか。
聖女という存在が、どれほど多くの国にとって貴重なものか。
―まぁ、賠償金を支払う羽目になっても、私には関係ないんだけど…。
前の話はテンポが悪かったので、全文書き直しました。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。