婚約者の幼馴染って、つまりは赤の他人でしょう?そんなにその人が大切なら、自分のお金で養えよ。貴方との婚約、破棄してあげるから、他

猿喰 森繁

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婚約破棄されるのもいいものらしい

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「リーゼル・ハント。私は君との婚約を破棄させてもらう」

今日は、学校の卒業式。
貴族は、すでに婚約者を持つ人間が多く、私たちもその一人だった。
卒業をした後は、それぞれが結婚し、互いの家に入るというのが大体の流れだった。
まさか卒業式の後のダンスパーティーで、婚約破棄を言い渡されるなど思ってもみない。
こんなことは前代未聞。
しかも、私の婚約者は、私と婚約破棄をするというそぶりなど、これまで一度もなかったのに。まさに青天の霹靂。

談笑していた人たちや、ダンスを楽しんでいた生徒たちは、こっそりと私たちの様子をうかがっていた。
当たり前だ。こんな常識外れなことをする人間がどんな顔なのか、そして、不幸にもこんな日に婚約破棄を言い渡されるような女がどんな顔なのか、みんな興味があるのだから。
私だって、もしそれが私自身の話じゃなければ、興味津々だっただろう。

「どうしてこんな時に?」
「こんなときだからこそだ。おいで。メイ」
「はい」
「なっ……」

遠くから男の声がした。
メイ・ロバース男爵令嬢。
彼女もまた婚約者持ちだったからだ。

「彼女、確か婚約者がいるはずよね?」
「そ、そうだぞ…どういうことだメイ!僕はなにも聞いていないぞ!」

メイの婚約者である男子生徒が飛び出してくる。
彼もまた何も聞かされていなかったのだろう。
焦った顔で、自身の婚約者の顔を見ている。

「不倫していたんですか」
「違う。これは真実の愛だ」
「? 話が通じない…?」
「私たちは、お互いの両親が勝手に話を進めていただけで、私たちの意思なんて何もなかった。しかし、私とメイは話をしているうちに気づいた。自分たちが、幸せになれる相手は誰なのか。本当に結婚したかったのは誰なのか」
「はぁ……」

周りの人間がどんな顔をして自分たちを見ているのか、なにも視界に入ってこないのだろう。完全に自分たちの世界に入っており、情熱的にお互いの顔を見つめあっている。

「しかし、タイミング的にもなぜ今なのですか?」
「今しかないからだ!」

私の婚約者ハロルドが声を荒げた。
あなた、そんなに声を張り上げることが出来たのね……。
というより今の状況に熱くなっているだけなのかもしれない。みんなが自分たちに注目しているこの状況に酔いしれている感じがある。

「私たちはこの卒業式を終えた後、結婚することになるだろう」
「普通はね」
「それが耐えられなかったのだ」
「なら、事前に相談してくれればよかったのに。もしくは、式が終わった後にでも家の人間と相談するとか」
「それはできない。私もメイの両親も、お前たちとの結婚を望んでいるのだから」
「まぁ、政略結婚ですからね」
「だからこそ、このタイミングでいう必要があった。そう!私たちは今から愛の逃避行をする!ここにいる生徒全員が私たちの証人だ」
「なんの?」
「愛の」

その言葉に何人もの生徒たちがふきだした。
何言ってんだ、こいつは……。

「私たちをどうか探さないでほしい。そして、私たちの両親によろしく言っておいてほしい」
「はぁ……」

メイの婚約者は、呆然としている。
話についていけていないのかもしれない。

「メイ…君もそれでいいと?」
「はい。あなたとは私うまくやっていけそうにありませんから」
「そうか……」

返す言葉もないらしい。

「まぁ、お幸せに…」

私たちが言えたのはそれくらいだった。
ダンスパーティーが終わるのを待たずに彼らは去っていった。
奇妙な空気に耐え切れずに、私とメイの婚約者もすぐに帰ることになってしまった。
この日くらいは、何も考えずに楽しんでいたかったのだけど、しかたない。

それから1ヶ月くらいだろうか。
私の元婚約者ハロルド逃げ帰ってきたらしい。
私に会おうとしたらしいが、普通に使用人からたたき出されたと聞いた。

「いまさら何の用事があるというのよ…」
「どうせ金目的ですよ。箱入りですからね。平民の暮らしが具体的に分からなかったんじゃないですか」
「なるほど。真実の愛の前に無力なのね」

どうやらそれは逃避行と共にしたあのお嬢さまも同じなようで、これも元婚約者と一緒で自宅にすら入れてもらえなかったらしい。
それでもめげずに何度も私の屋敷に来るのだから、あきらめが悪いというか、よほど切羽詰まっているのだろう。

「せめて話をさせてくれないか」
「何の話があるのでしょうか。お嬢さまはあなたに何の用もないというのに」
「違うんだっ!お願いだ。彼女に会わせてくれ」
「無理です。お引き取りください」
「リーゼル!どうか私と会ってくれないか!」

元婚約者の声が聞こえる。
しかし、無視だ。
今はそれどころじゃないので。

「お嬢さまはすでに新しい婚約者がいらっしゃるのですよ。あなたに構う暇などありません」
「新しい婚約者!?私以外の男と婚約したのか?」
「はい。それは、もうあなたも知る人ですよ。ですから出て行ってください」
「そんな……一体誰だ?リーゼルが浮気したのか?」
「浮気したのはあなたです。そして、先にお嬢さまを捨てたのもあなたです。さぁ、もうここには一切近づかないでください。警察には通報済みですからね。あなたも借金を返すためにもここに来る暇なんてないんじゃありませんか?」
「そうだ!どうして私が借金をしなくてはいけないんだ!」
「それは、あなたが婚約破棄をしたからですよ。あなたの相手も同様にね。約束を違えたのですから、当然です」
「そんな…私はそんな話聞いてない」
「じゃあ、今、聞きましたね。はい、おわりです。とっととこいつを外に追い出してください」

もうすぐ成人する男にしては情けない泣き声が響いた。

「悪いわね」
「いえ、お嬢さまはお気になさらず」

私は新しい男の人と婚約をした。
メイの元婚約者である。
あの卒業パーティーの後、なんとなく二人してそのまま家に帰る気分ではなくて、そのままフラフラしながら話をしていたら、なんとなく話が合い、お互いの状況もあって、そのまま婚約を結ぶことになった。

あの二人に対しての仕返しという面もあったかもしれない。
まだ短い間だが、元婚約者の男に比べたら普通の人だった。

それから後日談というほどのものでもないが、私たちは無事に結婚し、子どもが生まれた。
ある日、馬車で出かけていると、元婚約者のハロルドとメイの姿があった。
あの二人にも子どもが出来たらしい。
ハロルドのほうはずいぶんと瘦せたようで、反対にメイは太ったようだ。
裕福には見えないが、お互い笑っている。

「なんとかなったんだ……」

ぽつりと私がつぶやいた言葉に娘が「なに、ママ」と反応した。

「なんでもないよ。この後のパーティー楽しみだね」

その言葉に家族が頷いた。
婚約破棄してもされても、あんがい上手くいくものらしい。
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