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おまけ

後日譚『鬼の国天下一武道会と二つ名』

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「ねえねえ、シロ様!」
 ここは、新婚しんこんであるシロとクロ、ふたりの居室きょしつ
 クロはその大きな黒いをぶんぶんとりながら、ひとみかがやかせつつ、伴侶はんりょである鬼の国の王子・シロへかたりかける。敬意けいいをこめ、クロは婚姻後こんいんごもシロを『様づけ』で呼びつづけることをやめていない。
「なんですか、クロ?」
 シロも“とうとすぎる・オブ・ザ・今世こんせいなのでやすやすと普通ふつうの言葉でなど話せない”らしく、変わらずやわらかな敬語けいごでクロにこたえた。

「ぼく、ずっと気になっていたことがあるのだけれど!」
「えっ、なんですか私がどれだけクロを愛しているかってことですかそれでしたらこの全世界の一兆万倍よりさらに大きく深いですしなんだったらむげんだいの三兆倍と言っても過言かごんでは――」
「シロ様、少し息継いきつぎをしようか!? えと、それはとっても『光栄こうえい』だけれど、今聞いてみたいのはね……」


✿✿✿✿✿


「鬼の国天下一武道会てんかいちぶどうかいのお話、ですか?」
 シロがその白銀はくぎん睫毛まつげまたたかせながら、クロへ聞きかえす。
「うん! えっとね、もしご迷惑めいわくでなければなのだけれど……。シロ様がかっこよく優勝ゆうしょうしたお話、きたいな……?」
 上目遣うわめづかいで『おねだり』するクロに、シロが数秒(物理的に)天にされたのもご愛嬌あいきょう
 クロへの愛で元気に蘇生フェニックスしたシロは、咳払せきばらいをしながらいそいそと話しはじめた。

「そうですね、私が決勝で対戦たいせんした相手はクレナイでした」
「ええっ!?」
 その言葉にクロは驚き、まゆくもらせる。
なかよしさん同士どうしが戦うのって、苦しいよね……」
 しょんぼりとしっぽを下げるクロに、シロはあわてて言いつのった。
「いえこれ、むしろすごく楽しげというかちょっとした失笑しっしょうものですから!! まず――」


✿✿✿✿✿


 ――時は数年前。二十年に一度、王位おういをかけて行わなれる『鬼の国天下一武道会』の日だ。さいわい、空は気持ちがいいほど晴れわたっていた。

 シロは、りふられた対戦たいせんブロックが比較的ひかくてき怪力かいりき実力行使枠じつりょくこうしわくだったため、飛び道具とも言える妖術ようじゅつ駆使くしし、順調じゅんちょうに決勝まで勝ちすすむことに成功する。

(なんだかんだ、結構けっこう負けず嫌いなのですよねえ、私は)

 そんなことを暢気のんきに思いながら、もうひとブロックの準決勝会場じゅんけっしょうかいじょうをちらりとのぞく。

 ちょうど試合開始直前のその組み合わせは、コガネとクレナイ――。

「はじめ!!」

 審判しんぱんの声がひびいた刹那、ふとシロは、クレナイの真横まよこいてある、変わった形状けいじょうたるからつつのようなものがびた器具きぐを、視界しかいとらえる。

 そばにいた鬼へ、さりげなくたずねる前に、答えは出た。

「悪く思うなよ、コガネ」
「きゃーんっ★!」
 ぶしゃあぁあ!! と勢いよく筒先つつさきから真紫色まむらさきいろ液体えきたいきだし、コガネは――むしろみずから進んで当たりに行った。

 ビクビクと痙攣けいれんしながら、コガネは至極しごく幸せそうである。
「はぁ、はぁ……イケメンにおしるぶっかけられるなんて、なんて最高な体験なの……♡♡」
語弊ごへいのある言いかたするな。ほら、解毒剤げどくざい

 眉をひそめながら、ぺいっと薬瓶やくびんほうるクレナイ。

「イケ、ボ……ずっきゅんラ、ヴ……♡」
 手をふるわせながらもなんとかびんきこみ、言い残してぱたり、とコガネは完全かんぜんした。

 審判はコガネにおそおそる近づいたのち、勝敗しょうはいげる。

「コガネ、戦闘不能せんとうふのう! 勝者しょうしゃはクレナイとする!!」

 その歓声かんせいというより、“ウワッ……絶対こんなむごい目にいたくない……”というドン引きをこめた、まばらな拍手はくしゅたされた。

 それを見たシロは思った。

(ウワッ……こんな目に遭う前に妖術でツブそう……)


✿✿✿✿✿


「コガネの死のおかげで、事前じぜん結界けっかいることができました☆それでまぁ、なんとか今のいたわけです♡」
「コガネ様、まだ元気に『ご存命ぞんめい』だよ!? あと一番気になっていた決勝戦のお話がまるっとふんわりしているね?!」

 ぴゃーっ、とつっこむクロに、シロはふわっと優しい笑顔を浮かべる。

「私たち鬼は、存外ぞんがい単純な価値観かちかんを持っているものなのです。戦いがけたら、もういつもどおりの日常にもどってゆく。万一まんいち相手が死のうが、傷つけられようがね。――それって、クロにとって『異常いじょう』だったりするのでしょうか……?」
 どこかさみしそうにも見えるかれへ、クロはいきおいよく首をり、最愛の存在シロうでの中に飛びこんだ。

「ううん! ……ううん。全部がシロ様を『かたちづくってきたいとおしいもの』だもの。ぼくは全部が『大切』で、全部に『感謝』だよ!!」

 クロはすりっ、とシロにほおずりし、ちゅっ、とシロのつややかなくちびるにくちづけた。
 見つめあうふたりは、どちらかともなく笑いだす。


 ――とどのつまり、相思相愛そうしそうあいなのだ。


「そうそう、それ以来いらい、クレナイったらしばらく『毒汁どくじるぶっかけ鬼~セクボをのせて~』ってふたで、水面下すいめんかでは有名だったんですよ~!」
「ふふ、なんだかお店のごはんみたいなお名前だね!」

「……おい。」
 なぜかドヤ顔のシロと、シロの言葉を微笑ほほえましげに受けるクロの背後で、突如響とつじょひびきわたる当事者とうじしゃセクボ。クロはぴゃん、と正座せいざをしたまま飛びあがり、シロは瞬時しゅんじ大量たいりょうあせながしながらも、引きつった笑顔でおうじた。
「あっ……あはは~、クレナイ。なにか用事ようじでも――」
全員ぜんいんだ」
「……はい?」
「俺のことをそのふざけた『毒汁ぶっかけ鬼~セクボをのせて~』★とか呼んだやから、全員分の名前をよこせ……」
「…………はい……」
 シ ロ は 同 胞な か ま を 売 っ た !


✿✿✿✿✿


 後日、クレナイが標的ターゲット全員に改めて毒汁をぶっかけに行ったのは、言うまでもない――。



【終】
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