18 / 24
本編
花姫様の弟神・海景。
しおりを挟む
「――どういうことでしょうか」
キレイな顔に怒りを滲ませ、少し幼さの残る凛とした声が、部屋をぴりぴりとさせる。
正座をした僕と花姫様の前に仁王立ちしているのは、『海景』。
艶やかな肩までの銀髪に、西洋風の衣を華麗に着こなす、花姫様の弟神だ。医術に長けた有能な神らしいけれどとにかく(花姫様以外には)居丈高で、その顔立ちも威圧的な物言いも、血が繋がっているとはとても信じがたい姉弟だった。
「海景……すまぬ」
普段は花姫様にどこまでも甘いのに。海景の眼差しはなぜか花姫様を、厳しく咎めるように捉えていた。
元々僕は、こいつがあまりすきではない。花姫様の前でだけ異様ににこにこもじもじしているし、ぶっちゃけ花姫様に向かいあっているときは背景にハートマーク乱舞しているし、僕と花姫様の契約箇所がくちびると知って以来、僕を射殺すような目で見てくる。
それに、全ては僕の落ち度なのに、しゅん、と身を縮こまらせる花姫様を見ているのは耐えられない。
これまでは花姫様の弟、とそれなりの態度で接してきたけれど、もういいや。
僕は立ち上がるために正座を崩しながら、いけしゃあしゃあと言い放つ。
「ねえ、普段は引くほどシスコンのクセに、さっきから花姫様を睨むのはどうして?」
「なっ、シス……っ!?」
「僕が気づいてないとでも思ってた?」
図星を指されておたおたする海景の前へ進みでる。
「子どもの僕が花姫様へ抱きつく度、恨みがましい目で見てたよね? あと、いつも花姫様相手だと瞳キラキラさせてるし。わからないわけがないでしょ」
「貴様……ッ、それが本性か!?」
愕然とする海景に、駄目押しみたいに真実を語る。
「彼女は被害者なんだ。僕が花姫様に迫って、手を出してしまった」
「――!!?」
目を見開き、身を強ばらせる海景。
反射のように僕の胸ぐらを掴んだ海景へ、花姫様が慌てて駆けよる。
「海景……っ、やめて! わらわが悪いのじゃろう、全てわらわの、『影響』なのじゃろう……?!」
「――姉上様、それは、っ、でも……」
「……」
言いよどみ頭を抱えた海景と、痛ましげにうつむいてしまった花姫様に、僕は不安が募りはじめる。
「なに? 話が見えないよ……」
代わりに海景が吐き捨てるように答えた。
「貴様は恐らく……『情』をかけられたのだ」
「じょう……?」
「いいか、基本的に我々神は、自身の愛念を極端に怖れる。なぜだかわかるか?」
唐突な質問に首を傾げつつも、素直に考えを述べてみる。
「……えっと。神様は全てを平等に念わなければならないから?」
「それもある。だが、その最たる理由は――あまりに理を覆しかねないから、だ」
『情』、『愛念』、『理を覆す』……。ひとつひとつが、パズルのピースみたいに現れてくる。
海景はビッ、と僕を指差して、忌々しげに告げた。
「小僧、貴様は今、『ヒト』でなくなろうとしているのだ」
「は……?」
「貴様はっ認めたくないが! ほんっっっとうに認めたくはないが!!」
「二度言うね」
「茶化すな沈めるぞ! ――無意識下ではあろうが、姉上様に望まれたのだ。永く共に生きたい、と」
「――!!」
うそ。うそ……。
花姫様が、僕を……!
これは夢、じゃないよね!?
ずっと、苦しかった。
貴女に焦がれて、触れたくて、欲しくって、でも。彼女から求められることはきっと生涯ないだろうと、どこかで思い至っていた。
ああ、それなのに!!
うれしすぎて、反射的に花姫様のほうをがばり、と見遣ると、花姫様は顔を真っ赤に染め、その潤んだ瞳を縁どる長いまつ毛を伏せていた。
「花姫さ……」
僕は困惑を隠せなかった。
彼女は上衣の衿をきゅう、と握りしめ、ぽろぽろと涙を零しだしたからだ。
僕と海景はどうしていいかわからず、身動きがとれなくなってしまう。
先に口火を切ったのは、花姫様だった。
「ごめ、なのじゃ……つかさ、っ」
「花姫、様……?」
しゃくりあげながら、華奢な両の手で顔を覆い隠す彼女に、僕がそっと触れようとすると……。
「ごめん、なさい、じゃ。つかさ。わらわのせいで、そなたのみらい、めちゃくちゃに……っ」
「――な、」
なんで。どうしてそんなこと。
「それっ、本気で言ってるの!?」
思わず強く彼女の肩を掴んで、声を荒らげてしまうと、その反動で覆われていた手は外れ、その表情を知ることはできたけれど。
花姫様は、大粒の涙をあふれさせ、それが意図するものは、きっと――。
「『後悔』、してるの……?」
花姫様は、目を逸らす。
それが貴女の『答え』、だったなんて。
僕の目の前は真っ暗になって、その意識は深く深く、落ちていった。
キレイな顔に怒りを滲ませ、少し幼さの残る凛とした声が、部屋をぴりぴりとさせる。
正座をした僕と花姫様の前に仁王立ちしているのは、『海景』。
艶やかな肩までの銀髪に、西洋風の衣を華麗に着こなす、花姫様の弟神だ。医術に長けた有能な神らしいけれどとにかく(花姫様以外には)居丈高で、その顔立ちも威圧的な物言いも、血が繋がっているとはとても信じがたい姉弟だった。
「海景……すまぬ」
普段は花姫様にどこまでも甘いのに。海景の眼差しはなぜか花姫様を、厳しく咎めるように捉えていた。
元々僕は、こいつがあまりすきではない。花姫様の前でだけ異様ににこにこもじもじしているし、ぶっちゃけ花姫様に向かいあっているときは背景にハートマーク乱舞しているし、僕と花姫様の契約箇所がくちびると知って以来、僕を射殺すような目で見てくる。
それに、全ては僕の落ち度なのに、しゅん、と身を縮こまらせる花姫様を見ているのは耐えられない。
これまでは花姫様の弟、とそれなりの態度で接してきたけれど、もういいや。
僕は立ち上がるために正座を崩しながら、いけしゃあしゃあと言い放つ。
「ねえ、普段は引くほどシスコンのクセに、さっきから花姫様を睨むのはどうして?」
「なっ、シス……っ!?」
「僕が気づいてないとでも思ってた?」
図星を指されておたおたする海景の前へ進みでる。
「子どもの僕が花姫様へ抱きつく度、恨みがましい目で見てたよね? あと、いつも花姫様相手だと瞳キラキラさせてるし。わからないわけがないでしょ」
「貴様……ッ、それが本性か!?」
愕然とする海景に、駄目押しみたいに真実を語る。
「彼女は被害者なんだ。僕が花姫様に迫って、手を出してしまった」
「――!!?」
目を見開き、身を強ばらせる海景。
反射のように僕の胸ぐらを掴んだ海景へ、花姫様が慌てて駆けよる。
「海景……っ、やめて! わらわが悪いのじゃろう、全てわらわの、『影響』なのじゃろう……?!」
「――姉上様、それは、っ、でも……」
「……」
言いよどみ頭を抱えた海景と、痛ましげにうつむいてしまった花姫様に、僕は不安が募りはじめる。
「なに? 話が見えないよ……」
代わりに海景が吐き捨てるように答えた。
「貴様は恐らく……『情』をかけられたのだ」
「じょう……?」
「いいか、基本的に我々神は、自身の愛念を極端に怖れる。なぜだかわかるか?」
唐突な質問に首を傾げつつも、素直に考えを述べてみる。
「……えっと。神様は全てを平等に念わなければならないから?」
「それもある。だが、その最たる理由は――あまりに理を覆しかねないから、だ」
『情』、『愛念』、『理を覆す』……。ひとつひとつが、パズルのピースみたいに現れてくる。
海景はビッ、と僕を指差して、忌々しげに告げた。
「小僧、貴様は今、『ヒト』でなくなろうとしているのだ」
「は……?」
「貴様はっ認めたくないが! ほんっっっとうに認めたくはないが!!」
「二度言うね」
「茶化すな沈めるぞ! ――無意識下ではあろうが、姉上様に望まれたのだ。永く共に生きたい、と」
「――!!」
うそ。うそ……。
花姫様が、僕を……!
これは夢、じゃないよね!?
ずっと、苦しかった。
貴女に焦がれて、触れたくて、欲しくって、でも。彼女から求められることはきっと生涯ないだろうと、どこかで思い至っていた。
ああ、それなのに!!
うれしすぎて、反射的に花姫様のほうをがばり、と見遣ると、花姫様は顔を真っ赤に染め、その潤んだ瞳を縁どる長いまつ毛を伏せていた。
「花姫さ……」
僕は困惑を隠せなかった。
彼女は上衣の衿をきゅう、と握りしめ、ぽろぽろと涙を零しだしたからだ。
僕と海景はどうしていいかわからず、身動きがとれなくなってしまう。
先に口火を切ったのは、花姫様だった。
「ごめ、なのじゃ……つかさ、っ」
「花姫、様……?」
しゃくりあげながら、華奢な両の手で顔を覆い隠す彼女に、僕がそっと触れようとすると……。
「ごめん、なさい、じゃ。つかさ。わらわのせいで、そなたのみらい、めちゃくちゃに……っ」
「――な、」
なんで。どうしてそんなこと。
「それっ、本気で言ってるの!?」
思わず強く彼女の肩を掴んで、声を荒らげてしまうと、その反動で覆われていた手は外れ、その表情を知ることはできたけれど。
花姫様は、大粒の涙をあふれさせ、それが意図するものは、きっと――。
「『後悔』、してるの……?」
花姫様は、目を逸らす。
それが貴女の『答え』、だったなんて。
僕の目の前は真っ暗になって、その意識は深く深く、落ちていった。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

地獄の業火に焚べるのは……
緑谷めい
恋愛
伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。
やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。
※ 全5話完結予定

セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

人生の全てを捨てた王太子妃
八つ刻
恋愛
突然王太子妃になれと告げられてから三年あまりが過ぎた。
傍目からは“幸せな王太子妃”に見える私。
だけど本当は・・・
受け入れているけど、受け入れられない王太子妃と彼女を取り巻く人々の話。
※※※幸せな話とは言い難いです※※※
タグをよく見て読んでください。ハッピーエンドが好みの方(一方通行の愛が駄目な方も)はブラウザバックをお勧めします。
※本編六話+番外編六話の全十二話。
※番外編の王太子視点はヤンデレ注意報が発令されています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる