【NL】花姫様を司る。※R-15

コウサカチヅル

文字の大きさ
上 下
9 / 24
本編

花姫様との契約。

しおりを挟む
 そして僕は八歳を迎え、代替わりのときがやってきた。

 『契約の儀』の朝はみそぎをし、専用の装束しょうぞくを身につけた。しゃらしゃらが過剰になった平安の貴族みたいだな、なんて思いながら、僕は数ヶ月前から教えられた手順通りに祝詞のりとを唱え、花姫様の前に立つ。

 本当は、祝詞どころじゃなかった。

 同じく専用の衣装を身につけた花姫様が、信じられないほどきれいだったからだ。

 いつもは桜色のくちびるには今、真っ赤な紅がひかれ、目許めもとの化粧も、彼女の真っ白な肌にとてもよく映えていた。

「今、この花姫のとなるべく。その身に触れることを許されよ――八代司」
「はい、この八代司、来たるときまで花姫様のおそばはべり、捧げつづけることをお誓い申しあげます」

 よし、ちゃんと言えた。
 あとは、花姫様に契約箇所へくちづけてもらうだけ。
 事前に話しあって、母さんと同じく右手の指先にしてもらうことになっていた。
(あと少しで、この、きれいな花姫様と――)
 僕は間もなく儀式が満了する安堵と、彼女に触れてもらえるうれしさで、少し気が緩んでいたんだと思う。あとちょっとで花姫様に触れられるか、触れられないかという位置で。
「あ……ッ!?」
 裳裾もすそに足をとられてしまったのだ。

 前へつんのめる僕へ、花姫様は思わず、という様子で身を乗りだす。
「司っ!!」
 僕の腕をぐいっと引きあげ、僕を庇うように抱きしめて、背中から倒れこむ。
 一瞬、なにが起きたのかわからなかった。
「ん、む……」
 くちびるには、やわらかな感触。
 お互いのまつ毛はもう、くっつきそうな距離だ。

 キスをして、しまっていた。

 ふたりが固まっている間にも多くの光る文字が舞いあらわれ、僕らの中にすうっと溶けて消える。

 子どもの僕にもわかった。

 ――これで、『契約成立』なのだと。

✿✿✿✿✿

 数分後、僕を取り囲むのは平謝りする花姫様と、珍しくうろたえた様子の母さんだった。
「司っ、本っ当にすまなんだ……!!」
「どうして謝るの? 僕が転んだのに……」
「どうしよー……、契約時の部位は絶対。『資格』を持つのも司だけだし……」
「司、気分は悪くないか?」
 心配そうに、花姫様が僕の瞳を覗きこむ。
 いいか悪いかで言ったら、最高だったけれど(だって、花姫様とキス!)。
「だいじょうぶ」
 控えめに答えておいた。

「あ、あの。司のくちびるを奪いつづけるわけにはいかんし、やはり、わらわのこの『仕組み』は間違っておったのじゃ。他の『契約法』がつかえる神に、今からでも『引き継ぎ』を……っ」
「え」
 僕はあせった。
 当時、『引き継ぎ』という言葉の意味はよくわからなかったけれど、花姫様がこの地を去ろうとしているのだけは感じとれた。

 内心の混乱を気取けどられないよう、にっこり、無邪気な笑みを浮かべながら話しかける。

「ねえ、花姫様。僕の『失敗』だよ? 花姫様はなにも悪くない」
「じゃがっ……」
「それとも」
 ここで、不安そうに目を伏せてみる。
「僕なんかとキス、いや……?」
「そ、そんなわけないじゃろ!?」
 案の定、花姫様はあわあわしだす。もう一息。
「ほんと!? 僕も全然じゃない!」
 このとき浮かべた表情は、心からの『うれしい』と『安心』だった。

「ね、僕のくちびるでよかったら、いっぱい食べて? 花姫様――」

 最終的に母さんも説得に加わり(母さんも花姫様をとても大切に思っているし、僕なら本当に大丈夫そうだと踏んだらしい)、花姫様は折れてくれた。
 このとき、僕を満たした感情に名前をつけるなら、恐らく一番適切なのは――『仄暗ほのぐら狂喜きょうき』。


 それからの毎日はどきどきの連続だった。

 僕の美しいひとが、顔を寄せて、控えめに僕へ触れる。

 ああ、嘘みたい。
 幸せだ……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

地獄の業火に焚べるのは……

緑谷めい
恋愛
 伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。  やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。  ※ 全5話完結予定  

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

人生の全てを捨てた王太子妃

八つ刻
恋愛
突然王太子妃になれと告げられてから三年あまりが過ぎた。 傍目からは“幸せな王太子妃”に見える私。 だけど本当は・・・ 受け入れているけど、受け入れられない王太子妃と彼女を取り巻く人々の話。 ※※※幸せな話とは言い難いです※※※ タグをよく見て読んでください。ハッピーエンドが好みの方(一方通行の愛が駄目な方も)はブラウザバックをお勧めします。 ※本編六話+番外編六話の全十二話。 ※番外編の王太子視点はヤンデレ注意報が発令されています。

処理中です...