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本編
【花姫視点】司の母・育の思い。
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「花姫様、今日もばーんといっちゃってください!」
すらりとしていて『くーる』な見目に似合わぬ豪快な笑顔を浮かべ、司の母親――八代育が、わらわに右手を差し出す。
「すまぬの、育……」
ちゅ、と指先へ口をつけさせてもらい、今日最後の『食事』が無事終わった。
「花姫様はこの地を護ってくださってるんですよ? こっちが『すまぬ』で、それでもって『ありがとうございます』ですって!」
「……そう言ってもらえると、うれしい」
これで、いいのじゃろうか。
わらわは、仮にこの地のためにはなっていたとしても、『八代』の一族を縛る重荷ではないのか……。
わらわの気持ちを知ってか知らずか、育は軽い調子でその話題を出す。
「明日は司との儀式ですねー」
「っ、そうじゃの。あの子にも、苦労を……」
「あっはっは!」
「!?」
突如、通る声で上がった笑い声に、わらわは思わずびくっ、としてしまう。
「うっそそれ、本気でおっしゃってます?」
「あ、当たり前じゃろう! だってこんな、子どもにとっては余計に訳のわからん存在から毎日……」
「あたしねー、うれしかったですよ? 父さんから代替わりしたとき。多分花姫様が想像もつかないくらい」
「はぇ?」
「初恋なんです、花姫様。あたしの♡」
蒲団で胡座をかき、にいっと笑う育。
「へっ、はっわ、う、な……!?」
「うろたえてる、かわいー」
「か、からかったのか!?」
「こんなこと冗談で言いませんー。前にも言ったけど、あたしは特にこだわりないんで。性別とか、そーいうの。それに花姫様も入っちゃってたんですよね。実は」
「……そう、じゃったのか。気づかずに、すまなんだな……」
「やだ、謝んないでくださいー」
そう。育は思春期にとても悩んでいた。女性に恋することのほうが圧倒的に多い自分はおかしいのではないか、と。
近くにあった枕を弄りながら、育は続ける。
「なんで『フツー』に異性だけすきになれないんだろ、って泣いたとき。花姫様は、“『眼』が澄んでいるからじゃろ”って言いました。“性別じゃなくて、『心』をきちんと視られるからじゃ”って。あれ、うれしかったなぁ……」
「そうか、育の助けになれたなら……うれしい」
ぎゅっと枕を抱きしめた育に、わらわは今度こそ『うれしい』を、心から言った。
「あと“『結婚』という制度は時として、ヒトを脅かす毒となる……中った感じはフグっぽい!!”はまぁ、衝撃中の衝撃! ふははっ、カッコイイのかカワイイのかよくわかんない!」
「うっ、~~あれはっ、時が経てば常識なんて変容して、じわじわ息もできなくなってゆく、みたいな……ぴったりじゃろ、神経毒の喩え!」
「ふふっ、すみません、笑ったりして。感謝してるんですよ。お陰で、なるようになるだろ、って力抜けたっていうか。結局、夫に――一沙くんに出逢って、司を授かったわけですけど。……怖くなかったです? あたし、世継ぎ産めなかったかもしれないのに」
「それに関しては……。わらわも、ここにいていいのかとは、ずっと思っておるし……『わらわ』が人の世にいたいと思うのは、わがままに近いものだから」
神によって、それぞれ『人の世』で永らえる『食事法』は異なる。
果物だったり、蜂蜜だったり。通常はなにか『ヒトにとっても食べ物』であることが多いのに。
わらわに定められたそれはなぜか、『ヒト自身の活力』だった。
「『ヒト』がすき。『ヒト』の助けになりたい。『ヒト』を護りたい……。それなのにヒトを浸食しないとこの世に留まれない。皮肉じゃな……」
神界にいたときから、惹かれていたのじゃ。
限られたときを、苦しみながらもがきながら、それでも輝くように生命を燃やしつくす、美しいその様に。
「……あ~。幸せになってほしいー、花姫様にもー!!」
「な、なんじゃいきなり!?」
もどかしいー、とじたばたしだす育に、わらわは面食らう。
「ねぇ、花姫様はみんなを救っていますよ。幸せにしてます、すべてを。あたしたち家族も、めいっぱい」
「――……」
「司、花姫様といるときが一番うれしそうですよ? 親としてはちょっぴり複雑だけど、わかる気もする。あなたと司なら、きっと大丈夫」
「……」
「ね、久しぶりに一緒に寝ましょうよ、花姫様」
「え、でも一沙は……」
「だーいじょうぶ、そういうお預け、ご褒美なタイプなんで、あの男!」
「……??」
世、世の中にはまこと、多様な愛のかたちがあるのじゃな……。
とりあえず夫である一沙に心の中で謝ってから、がばっと掛け蒲団を開いた育にちょこっ、とくっついた。
すらりとしていて『くーる』な見目に似合わぬ豪快な笑顔を浮かべ、司の母親――八代育が、わらわに右手を差し出す。
「すまぬの、育……」
ちゅ、と指先へ口をつけさせてもらい、今日最後の『食事』が無事終わった。
「花姫様はこの地を護ってくださってるんですよ? こっちが『すまぬ』で、それでもって『ありがとうございます』ですって!」
「……そう言ってもらえると、うれしい」
これで、いいのじゃろうか。
わらわは、仮にこの地のためにはなっていたとしても、『八代』の一族を縛る重荷ではないのか……。
わらわの気持ちを知ってか知らずか、育は軽い調子でその話題を出す。
「明日は司との儀式ですねー」
「っ、そうじゃの。あの子にも、苦労を……」
「あっはっは!」
「!?」
突如、通る声で上がった笑い声に、わらわは思わずびくっ、としてしまう。
「うっそそれ、本気でおっしゃってます?」
「あ、当たり前じゃろう! だってこんな、子どもにとっては余計に訳のわからん存在から毎日……」
「あたしねー、うれしかったですよ? 父さんから代替わりしたとき。多分花姫様が想像もつかないくらい」
「はぇ?」
「初恋なんです、花姫様。あたしの♡」
蒲団で胡座をかき、にいっと笑う育。
「へっ、はっわ、う、な……!?」
「うろたえてる、かわいー」
「か、からかったのか!?」
「こんなこと冗談で言いませんー。前にも言ったけど、あたしは特にこだわりないんで。性別とか、そーいうの。それに花姫様も入っちゃってたんですよね。実は」
「……そう、じゃったのか。気づかずに、すまなんだな……」
「やだ、謝んないでくださいー」
そう。育は思春期にとても悩んでいた。女性に恋することのほうが圧倒的に多い自分はおかしいのではないか、と。
近くにあった枕を弄りながら、育は続ける。
「なんで『フツー』に異性だけすきになれないんだろ、って泣いたとき。花姫様は、“『眼』が澄んでいるからじゃろ”って言いました。“性別じゃなくて、『心』をきちんと視られるからじゃ”って。あれ、うれしかったなぁ……」
「そうか、育の助けになれたなら……うれしい」
ぎゅっと枕を抱きしめた育に、わらわは今度こそ『うれしい』を、心から言った。
「あと“『結婚』という制度は時として、ヒトを脅かす毒となる……中った感じはフグっぽい!!”はまぁ、衝撃中の衝撃! ふははっ、カッコイイのかカワイイのかよくわかんない!」
「うっ、~~あれはっ、時が経てば常識なんて変容して、じわじわ息もできなくなってゆく、みたいな……ぴったりじゃろ、神経毒の喩え!」
「ふふっ、すみません、笑ったりして。感謝してるんですよ。お陰で、なるようになるだろ、って力抜けたっていうか。結局、夫に――一沙くんに出逢って、司を授かったわけですけど。……怖くなかったです? あたし、世継ぎ産めなかったかもしれないのに」
「それに関しては……。わらわも、ここにいていいのかとは、ずっと思っておるし……『わらわ』が人の世にいたいと思うのは、わがままに近いものだから」
神によって、それぞれ『人の世』で永らえる『食事法』は異なる。
果物だったり、蜂蜜だったり。通常はなにか『ヒトにとっても食べ物』であることが多いのに。
わらわに定められたそれはなぜか、『ヒト自身の活力』だった。
「『ヒト』がすき。『ヒト』の助けになりたい。『ヒト』を護りたい……。それなのにヒトを浸食しないとこの世に留まれない。皮肉じゃな……」
神界にいたときから、惹かれていたのじゃ。
限られたときを、苦しみながらもがきながら、それでも輝くように生命を燃やしつくす、美しいその様に。
「……あ~。幸せになってほしいー、花姫様にもー!!」
「な、なんじゃいきなり!?」
もどかしいー、とじたばたしだす育に、わらわは面食らう。
「ねぇ、花姫様はみんなを救っていますよ。幸せにしてます、すべてを。あたしたち家族も、めいっぱい」
「――……」
「司、花姫様といるときが一番うれしそうですよ? 親としてはちょっぴり複雑だけど、わかる気もする。あなたと司なら、きっと大丈夫」
「……」
「ね、久しぶりに一緒に寝ましょうよ、花姫様」
「え、でも一沙は……」
「だーいじょうぶ、そういうお預け、ご褒美なタイプなんで、あの男!」
「……??」
世、世の中にはまこと、多様な愛のかたちがあるのじゃな……。
とりあえず夫である一沙に心の中で謝ってから、がばっと掛け蒲団を開いた育にちょこっ、とくっついた。
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