上 下
7 / 24
本編

心のスイッチと、眠れない日。

しおりを挟む
 いじめっ子の『ふさわしくない』発言から数ヶ月経っても、それは重く僕に響いていた。

 小学生になってから与えられた自室の蒲団ふとんで、ころころ転がっていても、なかなか寝つけない日が増えた。
「……」
 限りなく闇に近い部屋で、ぼんやりと天井を眺めていると、なぜかそれがぐんぐん下がってきて、そのまま潰されてしまいそうな感覚に襲われる。

 あれから先生にリークされてこっぴどく叱られたいじめっ子は、なにもしてこなくなったけれど。

(『こども』をあいてにするの、めんどくさいな……)

 そもそも僕は、幼稚園には通っていない。
 母さんはとてもフリーダムなひとで、“幼稚園、どうする? いろんな子と遊べるよ。行く?”って聞かれたときに、“そんなのより、はなひめさまといたい”と答えたら“わかる”と超速で肯定が返ってきて、それで終了したのだ。彼女の考えかたに対し、彼女の父親――僕にとって祖父――はいろいろ物申していたが、少なくとも僕に言わせれば、菓子折り持ってお礼参りレベルの賢母けんぼだ。

 まあ、さすがに義務教育は放棄するわけにゆかず、小学校には通うものの。
 初めての、同年代のひとびと。
 明らかに媚びるような女の子たちの声や色目、反対に羨むような同性の目線ややっかみは、正直しんどかった。

 僕は早々そうそうに、『スイッチの切りかた』を覚えた。

 心の柔らかいところを、真っ暗にして、だれからも隠してしまう。
 きちんと笑顔を作りながらするそれは、僕の感情をひどく冷えさせた。

 学校でも、家でも。傍目にはとても上手になんでもこなしたけれど。
 夜はなんだか、押し殺していた気持ちがもがきだして暴れて、たまらなくなる。

 どうしても我慢できなくなったら、花姫様の部屋へゆく。

 花姫様も、ヒトの世界では睡眠が要って(神界では眠る必要がないらしい)、おねだりすると僕を抱きしめ、一緒に寝てくれた。
 “もう『おとな』になった”と言ってはばからない僕の矛盾に気づいているだろうに、眠そうな目をこすりながらも、いつだって優しく受けいれてくれる。

 灯してくれた小さな光の下、静かに眠る彼女はどこか儚く、無防備で。それを見つめている自分の中を疼かせた気持ちの名前を、当時は知る由もなかったけれど。

 花姫様の大きな胸に顔をすりよせると、とてもいい匂いがしてどきどきした。閉じられた彼女の瞳が、朝開いたときに僕を、だれよりも特別だよ、ってわかるように見てくれたらいいのに――。

 そう思うと信じられないくらい、明日あすという日を楽しみにできた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

私を断罪するのが神のお告げですって?なら、本人を呼んでみましょうか

あーもんど
恋愛
聖女のオリアナが神に祈りを捧げている最中、ある女性が現れ、こう言う。 「貴方には、これから裁きを受けてもらうわ!」 突然の宣言に驚きつつも、オリアナはワケを聞く。 すると、出てくるのはただの言い掛かりに過ぎない言い分ばかり。 オリアナは何とか理解してもらおうとするものの、相手は聞く耳持たずで……? 最終的には「神のお告げよ!」とまで言われ、さすがのオリアナも反抗を決意! 「私を断罪するのが神のお告げですって?なら、本人を呼んでみましょうか」 さて、聖女オリアナを怒らせた彼らの末路は? ◆小説家になろう様でも掲載中◆ →短編形式で投稿したため、こちらなら一気に最後まで読めます

ただあなたを守りたかった

冬馬亮
恋愛
ビウンデルム王国の第三王子ベネディクトは、十二歳の時の初めてのお茶会で出会った令嬢のことがずっと忘れられずにいる。 ひと目見て惹かれた。だがその令嬢は、それから間もなく、体調を崩したとかで領地に戻ってしまった。以来、王都には来ていない。 ベネディクトは、出来ることならその令嬢を婚約者にしたいと思う。 両親や兄たちは、ベネディクトは第三王子だから好きな相手を選んでいいと言ってくれた。 その令嬢にとって王族の責務が重圧になるなら、臣籍降下をすればいい。 与える爵位も公爵位から伯爵位までなら選んでいいと。 令嬢は、ライツェンバーグ侯爵家の長女、ティターリエ。 ベネディクトは心を決め、父である国王を通してライツェンバーグ侯爵家に婚約の打診をする。 だが、程なくして衝撃の知らせが王城に届く。 領地にいたティターリエが拐われたというのだ。 どうしてだ。なぜティターリエ嬢が。 婚約はまだ成立しておらず、打診をしただけの状態。 表立って動ける立場にない状況で、ベネディクトは周囲の協力者らの手を借り、密かに調査を進める。 ただティターリエの身を案じて。 そうして明らかになっていく真実とはーーー ※タグを変更しました。 ビターエンド→たぶんハッピーエンド

農業大好き令嬢は付喪神様と一緒に虐げられスローライフを謳歌していたい

桜香えるる
キャラ文芸
名門卯家の次女・愛蘭(あいらん)は義母や義姉に令嬢としての立場を奪われ、身一つで屋敷から掘っ立て小屋に追いやられ、幼くして自給自足生活を強いられることになる。だがそこで出会った「付喪神」という存在から農業を学んだことで、愛蘭の価値観は転換した。「ああ、農業って良いわあ!」自分が努力しただけ立派に野菜は実り、美味しく食することが出来る。その素晴らしさに心酔した愛蘭は、彼女を苦しめたい家族の意図とは裏腹に付喪神と一緒に自由気ままな農業ライフを楽しんでいた。令嬢としての社交や婚姻の責務から解放された今の生活に満足しているから、是非ともこのままずっと放っておいてほしい――そう願う愛蘭だったが、東宮殿下に付喪神を召喚する場面を見られてしまったことで彼に目をつけられてしまう。っていえいえ、宮中になんて行きたくありませんよ! 私は一生農業に生きていきますからね!

天才女薬学者 聖徳晴子の異世界転生

西洋司
ファンタジー
妙齢の薬学者 聖徳晴子(せいとく・はるこ)は、絶世の美貌の持ち主だ。 彼女は思考の並列化作業を得意とする、いわゆる天才。 精力的にフィールドワークをこなし、ついにエリクサーの開発間際というところで、放火で殺されてしまった。 晴子は、権力者達から、その地位を脅かす存在、「敵」と見做されてしまったのだ。 死後、晴子は天界で女神様からこう提案された。 「あなたは生前7人分の活躍をしましたので、異世界行きのチケットが7枚もあるんですよ。もしよろしければ、一度に使い切ってみては如何ですか?」 晴子はその提案を受け容れ、異世界へと旅立った。

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

はじまりはいつもラブオール

フジノシキ
キャラ文芸
ごく平凡な卓球少女だった鈴原柚乃は、ある日カットマンという珍しい守備的な戦術の美しさに魅せられる。 高校で運命的な再会を果たした柚乃は、仲間と共に休部状態だった卓球部を復活させる。 ライバルとの出会いや高校での試合を通じ、柚乃はあの日魅せられた卓球を目指していく。 主人公たちの高校部活動青春ものです。 日常パートは人物たちの掛け合いを中心に、 卓球パートは卓球初心者の方にわかりやすく、経験者の方には戦術などを楽しんでいただけるようにしています。 pixivにも投稿しています。

処理中です...