グータラ殿下の天征記

刃口 呑龍

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第一幕 グータラ殿下の青春

第2話 グータラ殿下の優雅?な一日①

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「おはようございます、殿下」

「ん。んん~ん。ん、おはようフルーラ」

 僕はベット上で上半身を起こし、上に大きく伸びをしつつ、入って来た甲冑《かっちゅう》姿の女性を見る。


 銀色に輝く甲冑をまとった、長身の女性。髪は金髪で、肩まで垂らし、眼はブルーアイ。体格は女性としては、ガッチリとしているが、バランスが悪いわけではない。顔は切れ長の目であることも影響してか、ややきつく見える。年齢は確か僕より4歳ほど上で、22歳だと思う。


 このフルーラは、僕の護衛を務めてくれている。元々公国内に領地を持つ准男爵《じゅんだんしゃく》家の出身で、剣の道で生きたいと騎士になり我が家に仕え、僕の護衛《ごえい》兼、側仕《そばづか》えに、任命されたのだ。

 剣の腕は見事なもので、僕の知る限りだが二番目に強い。一番は、まあ、おいおい話していこう。


「着替えは、こちらに。すでに日も高くなっております。コーネル様もお待ちですので、出来るだけお早くおねがいします」

「わかったよ」


 僕がそう答えると、フルーラは部屋の外に出ていった。僕が、着替えるのに邪魔だと、判断したようだ。


 僕は、洗濯された綺麗な服に着替えつつ、その服を見る。ところどころほつれて縫われているが、洗濯された綺麗な服だ。

 裕福な大貴族は、数回着ただけで新しい服に替えるという。さらに、着替えもさせてくれるらしい。だが、我が家は、裕福な大貴族ではない。洗濯された新しい服を着れるだけで有り難いことで、しかも、ちゃんとほつれも直してくれている。


 我が家は、お祖父様の援助でましになったとはいえ、裕福な国ではない。さらに、先祖が作った無駄に大きい城に住んでいる。維持管理費だけでかなりお金がかかってくる。

 昔は、かなり大きな公国で、シュタイナー侯爵や、バーゼン辺境伯も家臣で、さらに別の大勢の家臣もいたので、大きな城が必要だった。だが、今は、使用していない部屋が無数にある。

 使っていない部屋は掃除していないとはいえ、それ以外の場所の掃除、洗濯に料理、そして庭の整備など。使用人にやってもらうことは多い。それを雇うだけで手一杯で。だから、身の回りの世話をしてくれる使用人など、雇う余裕はない。


 民が慎《つつ》ましい暮らしているのに我が家だけ贅沢《ぜいたく》するわけにいかないという、お父様の考えで贅沢もしない。まあ、贅沢する余裕がないというのが正直なところではあるが。


 そんな事を、考えつつ着替えを終え、廊下に出る。

「フルーラ、お待たせ。行こうか」

「はっ」

 フルーラの返事を聞いて歩き出す。


「まずは、朝食だね」

「殿下~」

「ん?」

 フルーラが、なさけない声を出す。

「殿下。本来ならば朝日と共に起き。神に祈りを捧《ささ》げるのです。それを……」

「はい、はい。じゃ礼拝《れいはい》室に行こうか。ちゃっちゃと、済ませましょう」

 僕は、そう言いつつ、礼拝室へと歩を進める。フルーラもなさけない声を出しながら、慌ててついてくる。

「殿下~」

 本来、早朝に城内にある聖堂で、司祭様によって朝のミサが開かれており、そこに顔を出して家臣や民と交流するのが、お父様、曰《いわ》く、領主としての役目だそうだが。ほぼ出たことはない。朝早すぎるんだよね。


 僕は、礼拝室に入り、正面に飾られた十字架の前まで歩くとひざまずき、十字をきり手を合わせる。フルーラも、横に来て、同じようにひざまずき、十字をきり、手を合わせる。

「父と子と精霊の御名《みな》においてアーメン。以下省略」

 そう言って、僕は立ち上がり、十字架を背にし、礼拝室を出る。

「殿下~」

 廊下に出てしばらくすると、部屋の中から、フルーラのなさけない声が聞こえ、慌ててフルーラが飛び出してきた。

 ようやく茫然自失《ぼうぜんじしつ》状態から立ち直ったようだ。やれやれ、フルーラも早く慣れて欲しいものだ。


 朝の礼拝を済ませると朝食をとるために、食堂へと入る。僕が食堂の大きめのテーブルに座る。そして、フルーラも少し離れて座る。これは、一人で食べるのが味気ないので、僕が頼んだのだ。最初は、

「そのような事は、畏《おそ》れ多いことです」

 なんて言っていたが、最近では、明らかにウキウキとした顔で、テーブルにさっさと座る。朝から鍛錬《たんれん》もしていたようなので、お腹も空いているのだろう。


 そして、二人が座ると、調理場側の扉が開き、朝食が運ばれてくる。

 温かいライ麦のパンに、ひよこ豆のスープ、そしてチーズに、ソーセージ。だいたいスープの種類が違うくらいで、だいたい似たような食事だが。美味しいし、作ってもらえるだけ有り難い。本音だよ。


 温かいライ麦パンをちぎり、口の中に放り込む。少し、重めで酸味があるが、濃厚な味が広がる。クルミも入っているようで、その香りが、口の中に広がる。

 ひよこ豆のスープは、ひよこ豆のスープとは言っているが、他にも出汁として色々な野菜を細かく切って煮込み、塩で味付けされている。野菜の甘みと塩味《えんみ》のバランスも良く。これも、とても美味しい。塩は、おそらく、ヒールドルクス公国の山の中でとれた、岩塩《がんえん》だろう。

 今日のソーセージは、白っぽく見える。おそらく、近郊のミューゼン公国発祥のソーセージだろう。細かくひかれた豚肉を味付けし、腸に詰めて茹《ゆ》でる。一口噛むと、溶けた脂と、肉汁が口内に流れ込む。ややソーセージとしては、味がさっぱりしているが、これまた美味しい。

 さらにチーズは、ハードチーズ言うやつで、あまり癖のないが、やや塩味が強い。そこで、僕は、少し行儀が悪いが、パンを割って、そこにチーズとソーセージを挟《はさ》んで食べる。

 こういう食べ方は、庶民の食べ方だ。とお母様からは注意されるが、いないので良しとしよう。だって、フルーラも僕の真似をして、同じようにしているし。

 僕は、パンを割って、チーズを挟む。温かいパンの熱で少しチーズが柔らかくなったところで、ソーセージを押し込み、最後に、やや甘いマスタードを塗《ぬ》る。噛むと、パンの酸味と、チーズの塩味、そして、ソーセージの肉汁が合わさり、バランスが良い。うん、美味しい。最高だ。これを温めたヤギのミルクで流し込む。ちょっと癖のあるミルクだ。しかし、意外と合う。


 あっという間に食べ終わる。まあ、こんな感じで朝食を食べると、いよいよ、仕事だ。本来ならば、お父様がやるのだが、お父様は、お祖父様に頼まれて、僕の叔父であるアンホレスト・ヒールドルクス公が統治するヴィナール公国に、摂政《せっしょう》として出向いている。お母様も一緒にヴィナール公国にいる。


 叔父様は、お祖父様と違い、直情的な性格をしている。なので、ヴィナール公国の統治を開始したのだが、ヴィナールの諸侯や、市民等と早々に、もめてしまったのだ。

 そこで、お祖父様は、温厚で冷静なお父様に、ヴィナール公国の統治の手助けを頼み。お母様も、お母様の言うことは、叔父様も聞くと言うことで、一緒についていったのだ。

 そこで、残された僕が、この国の統治を、任されたのだ。まあ、任されたとは言っても、お父様が信頼している家臣を置いていってくれたので、その人が、実質統治しているようなものなのだが。




「殿下。お早いお越し感謝致します」

「うん。礼拝と朝食、急いだからね」

「では、明日からは、もう少し早く起きて頂くと、有り難いのですが」

「え~。これより早く起きるの? 無理だよ、無理、無理」

「殿下! 公爵様、奥方様がいないとはいえ、怠惰《たいだ》が過ぎますぞ!」

「え~。お父様、お母様が居たときも同じだけど」

「殿下!」

 もうそんなに怒鳴らない。ほら、隣でフルーラの顔が引きつっているよ。女性には優しくしないと。それに、血圧上がってぽっくり逝《い》っちゃうよ。コーネルも、若くないんだし。

 ああ、コーネルというのは、お父様に信頼されている、ハウルホーフェ公国の執政官《しっせいかん》だ。コーネルも、ハウルホーフェ公国に領地を持つ諸侯で、子爵《ししゃく》位を持っている。

 コーネルは、いかにも頑固なおじさんという外見で、年齢は……。え~と、確か50代だと思う。そして、マインハウス神聖国には珍しく、茶色の髪にブラウンアイだ。コーネルの先祖は、他の地域から流れてきた家系なのだそうだ。


 そして、執政官のコーネルの下に、四人の政務官《せいむかん》がいて、ハウルホーフェ公国の政治運営を行っている。

 優秀なコーネル達だが、一応領主である僕の承認がないと、公務《こうむ》を執行出来ないというわけで、僕が呼ばれ、承認するという仕事をするためにこの執務室に来たのだ。


「さあ、時間がもったいない、ちゃっちゃとやろう、コーネル」

「殿下~」

 今度は、コーネルが、なさけない声を出す。
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