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第二章 クロスゲーム
本当に?-②
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*
東城病院から数駅離れたところにある喫茶店だった。
入り口のベルの音に顔を上げ、現れた須田の姿に立ち上がった柚琉は、その後ろから現れた木佐に驚き目を丸くした。
「……なんでですか」
「分かんない」
答えたのは須田だった。首を振る須田に、柚琉は咎めるように続ける。
「木佐先生に私のことを話したんですか?」
「元々守屋先生とこに通ってたのに出禁になってたんだろ? そりゃこっちだって裏取りしようとするよ」
二人の会話を無視して、須田より先に四人がけの席の壁側にどかりと座った木佐は、冷たい視線で柚琉を見た。
「次は須田?」
柚琉はその問いに目を見開く。
「次って、……別に」
普段の笑顔をどこかにやり、不機嫌さを隠さない木佐の様子に、柚琉と須田は顔を見合わせた。とりあえず椅子に腰を下ろし、注文を取りに来たウエイターにそれぞれ適当に注文をする。
柚琉は向かいに座る須田に言った。
「須田先生、申し訳ありませんが、ちょっとまた日を改めるということで」
「俺は終わってない」
木佐は氷のような冷たい目を柚琉に向けている。
背後から立ち上るどす黒いもの、そしてどこか気の知れた繕わない物言いに、そこでやっと、須田は気づいた。
「え? ん?」
木佐と柚琉の顔を交互に見る。
「え? この雰囲気、何? そういうこと?」
何も反応しない二人に、さすがに彼も確信を得たようだった。
「え? まずくない?」
「何が」
「椎名さんって、守屋先生を陥れたいっていうか、そういう立場の人でしょ? その人を木佐先生……え?」
柚琉は、信じられないという気持ちと、ゴシップを面白がる気持ちとで半笑いになる須田をじとっとした目で見た。
この人に声をかけたのは、絶対に、根本的に間違いだった。
その点ではおそらく、黙って同じ視線を須田に向けている木佐と意見が一致するだろう。
「失礼って分かって言うけど、なんでわざわざ……この……」
じゃあ言うな、という一言だ。
柚琉は須田からニヤつく失礼な視線を向けられていたが、もう反応しなかった。
木佐も柚琉に視線を向ける。
真剣に、かつての侮りもなく向けられる視線は、対等な立ち位置を雄弁に語っている。
「えーと、付き合ってるんですか?」
「違う」
「だよね」
須田はこくこくと糸の切れた人形のように頷いている。
「いや、ますますわけ分かんないんだけど」
「須田先生、やはり日を改めま……」
「協力したらいい?」
柚琉の言葉を遮った木佐の声に、はっとそちらを見た。
甘くも優しくもない顔だ。
「協力してくれる顔じゃないですけど」
柚琉は警戒した視線を返す。
木佐は続けた。
「俺が協力するなら、ほか、動くの止められる?」
「そんな約束はできません」
「じゃあなしだね」
そう言いながら、木佐は立ち上がらない。
どっちだ。
柚琉には分からなかった。
どう見ても、翔太の言うように、柚琉への好意によるものには見えない。
そして、柚琉の話に共感して、医療従事者としての信念で協力すると言っているようにも見えない。
「なぜ協力してくださるんですか?」
「君を独占したいから」
誰よりも勢いよく木佐の顔を見たのは須田だった。
でも、木佐も柚琉も睨み合ったままで、会話の内容と顔が一致していない。
「なに、君ら……」
須田も困惑しているが、柚琉もそうだった。
絶対に、そういう顔ではない。
恩師が秘密にしている内容を、木佐も把握しておきたいのだろうか? 彼らも一枚岩ではないのだろうか?
「情報が先です。有用な情報をくだされば、……考えます」
そう答えることしかできなかった。
東城病院から数駅離れたところにある喫茶店だった。
入り口のベルの音に顔を上げ、現れた須田の姿に立ち上がった柚琉は、その後ろから現れた木佐に驚き目を丸くした。
「……なんでですか」
「分かんない」
答えたのは須田だった。首を振る須田に、柚琉は咎めるように続ける。
「木佐先生に私のことを話したんですか?」
「元々守屋先生とこに通ってたのに出禁になってたんだろ? そりゃこっちだって裏取りしようとするよ」
二人の会話を無視して、須田より先に四人がけの席の壁側にどかりと座った木佐は、冷たい視線で柚琉を見た。
「次は須田?」
柚琉はその問いに目を見開く。
「次って、……別に」
普段の笑顔をどこかにやり、不機嫌さを隠さない木佐の様子に、柚琉と須田は顔を見合わせた。とりあえず椅子に腰を下ろし、注文を取りに来たウエイターにそれぞれ適当に注文をする。
柚琉は向かいに座る須田に言った。
「須田先生、申し訳ありませんが、ちょっとまた日を改めるということで」
「俺は終わってない」
木佐は氷のような冷たい目を柚琉に向けている。
背後から立ち上るどす黒いもの、そしてどこか気の知れた繕わない物言いに、そこでやっと、須田は気づいた。
「え? ん?」
木佐と柚琉の顔を交互に見る。
「え? この雰囲気、何? そういうこと?」
何も反応しない二人に、さすがに彼も確信を得たようだった。
「え? まずくない?」
「何が」
「椎名さんって、守屋先生を陥れたいっていうか、そういう立場の人でしょ? その人を木佐先生……え?」
柚琉は、信じられないという気持ちと、ゴシップを面白がる気持ちとで半笑いになる須田をじとっとした目で見た。
この人に声をかけたのは、絶対に、根本的に間違いだった。
その点ではおそらく、黙って同じ視線を須田に向けている木佐と意見が一致するだろう。
「失礼って分かって言うけど、なんでわざわざ……この……」
じゃあ言うな、という一言だ。
柚琉は須田からニヤつく失礼な視線を向けられていたが、もう反応しなかった。
木佐も柚琉に視線を向ける。
真剣に、かつての侮りもなく向けられる視線は、対等な立ち位置を雄弁に語っている。
「えーと、付き合ってるんですか?」
「違う」
「だよね」
須田はこくこくと糸の切れた人形のように頷いている。
「いや、ますますわけ分かんないんだけど」
「須田先生、やはり日を改めま……」
「協力したらいい?」
柚琉の言葉を遮った木佐の声に、はっとそちらを見た。
甘くも優しくもない顔だ。
「協力してくれる顔じゃないですけど」
柚琉は警戒した視線を返す。
木佐は続けた。
「俺が協力するなら、ほか、動くの止められる?」
「そんな約束はできません」
「じゃあなしだね」
そう言いながら、木佐は立ち上がらない。
どっちだ。
柚琉には分からなかった。
どう見ても、翔太の言うように、柚琉への好意によるものには見えない。
そして、柚琉の話に共感して、医療従事者としての信念で協力すると言っているようにも見えない。
「なぜ協力してくださるんですか?」
「君を独占したいから」
誰よりも勢いよく木佐の顔を見たのは須田だった。
でも、木佐も柚琉も睨み合ったままで、会話の内容と顔が一致していない。
「なに、君ら……」
須田も困惑しているが、柚琉もそうだった。
絶対に、そういう顔ではない。
恩師が秘密にしている内容を、木佐も把握しておきたいのだろうか? 彼らも一枚岩ではないのだろうか?
「情報が先です。有用な情報をくだされば、……考えます」
そう答えることしかできなかった。
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