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瀬崎恭悟の苦悩と煩悩②

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「なぁ、山田さんってどんな子?」
「……別に、フツーっすねぇ……」

 冷たい風に背中を丸めながら、恭悟は隣の男からの質問に答えた。本格的に気温が下がり冬の気配が濃厚になってきた。男は面倒くさそうな恭悟の声色に気付いていないのか、えー?同期じゃなかったっけ、普段部署ではどんな感じ?と勝手に話を続けている。
 鈴谷すずやというサラリとした黒髪に整った顔立ちの男は、普段直接は関わりの無いマーケティング部門の人間だ。この会社では他部門とは定期的に同行をしなければならない。他部門の知識を営業活動に活用すべきだとかなんとか、だったか。
 ちらりと男を見る。身長は恭悟と並ぶくらい、年齢は三つ上だっただろうか。妙齢の女達が騒いでいるのをよく耳にする。

―見る目ないアホばっかだからな。
 恭悟は内心冷ややかにそう思った。

「や、あの子さー、誰にも靡かないって結構マーケで有名なんだよね」

 そうだろうな。そう思って顔には出さずに前を見た。こいつが同行を機に連絡先を交換した女子営業を食いまくってるのは、男性社員の間では有名な話だ。山田は落ちないだろうな。決して信頼している訳では無いがそう思った。
 彼女と付き合っている事は誰にも言っていない。恭悟も社内恋愛は初めてだが、そこについては珍しく意見が合った。『別れた時とか面倒くさいしね』そう言った山田の顔を思い出して少しもやっとなる。なんであいつはベッドの上みたいに可愛くなれないんだ。いや逆に、なんで夜はあんなに可愛いんだ、あいつは。

『せざきの、えっち……っ』

 息も絶え絶えにそんな事を言われると、腰にクる。かなりクる。もっとエロいことをしてやろうという気持ちになる。思い出してまた緩みかけていた顔にぐっと力を入れた。



 最近、困っていることがある。
 夜の度にあれだけ庇護欲を刺激されるからだろうか。昼の山田はこれまでと何ら変わらないのに、恭悟は一人戸惑っていた。

「山田ぁ、お前、このクライアント、いつになったら導入してくれるんだ。こっちは部長から何度もせっつかれてるんだがな」
「丸一商事さんは今はこの商品を必要とする状態じゃないです。今期の新しいサービスへのシステム投資をされたところなので、来春になれば……」
「そんなこと聞いてないんだよ。どうやったら今落とせるかを聞いてんだ」

 いつもの会議、いつものやり取り。
 どれもいつも通りだが、違うのは恭悟の気持ちだった。上から降りてくる目標は絶対だ。会社員である限りは、その目標にあーだこーだ言うべきではない。だが、山田はただノルマを先延ばしにする奴では無いと七年の付き合いで知っている。おそらくちゃんと客に話をしていて、来春には契約を結ぶ見込みが立っているのだろう。
 うんざりした表情の課長はいつまで経ってもそれに気付かないのか、いや、気付いていても山田の態度が気に食わないから関係ないのか。

「お前はほんっとに空気が読めないなぁ」

 ダンッ……!!

 いつもの無駄な山田イジりが始まろうとした瞬間、その音に部屋中がこちらを見た。はっと自分の手を見る。握られた拳は机に打ち付けられた鈍い痛みを伝えてくる。

「……なんだよ、瀬崎……」

 驚く沢山の視線が煩い。実は気の弱いことが周りにバレバレの課長は、怯えた表情で恭悟を見ている。あぁ、こういうのは俺のキャラじゃない。波風立てるのだって面倒くさくて嫌いなんだ。内心の声に反して口を開く。

「丸一商事に対する売上は、山田が担当になってから三年、伸び続けてます。今期の納入が難しかったとしても、ちゃんと資料を出せば部長も今では無いと納得されると思いますけど」
「あ、……あぁ、そう、そうだな、瀬崎。山田、資料、出してくれるか」
「は、……はい……」

 ぽかんとしてこちらを向く山田の目を見返すことは出来なかった。



「……ありがとう」

 コト、と缶コーヒーを置かれ目線を上げた。時間も遅く、フロアには俺と山田しか残っていない。

「お礼に今度顔にぶっか」
「それはやだ」

 即答する山田の顔を睨むように見ると、その顔は微かにほころんで、満面のそれよりもずっと喜びと感謝が伝わる表情を浮かべていた。心臓がぎゅっとなる。咄嗟に手が動く。山田も引き寄せられるように上半身を曲げた。夜のオフィスで、静かに唇が重なった。



「ここでは……っ、駄目だって……ぁん……ッ」
「声出すな」

 膝の上に山田を座らせて、服をたくし上げる。ずり下げた下着から零れ出た桃色の突起を口に含んだ。ぴちゃぴちゃという音が静かなフロアに響く。

「ふっ、ぅん……」

 口を抑えて悩ましげにハの字になる眉。いつも表情の崩れないオフィスの中の女が、今は切なそうに目を潤ませる。腰を当てて微かに動かすと、非難するような目をこちらに向けながらゆっくりそれに応えてきた。ずくん、と下半身が重くなる。ヤバい、最後までヤるつもりはなかった。微塵も無かったが……これは、ヤバいかもしれない。

「駄目とかいいながらおまえ……ッ」
「……ッ、あ、もぉ、」

 強引に手を突っ込むと、薄いパンツの中はもうぐっちゃぐちゃの洪水状態だった。頭の中が一瞬で吹っ飛ぶ。ガタンッと音を立てて山田をデスクに押し倒して椅子から腰を上げる。慌てて暴れる身体を押さえつけた。

「ちょっ、ほんとに、だ、め……っ、ゴム、ないから!!」

 本気で焦った声を出す山田にぴた、と一瞬動きを止める。だが、手を内ポケットに差し込んで取り出したソレに、彼女は目を丸くした。

「なん、で……!?あ、もう、あぁ……ッ」
「声、出すなって」

 急かされるように装着して乱暴に下着をずり下げて埋め込んだら、もう嬌声しか聞こえなくなった。その口を手で乱暴に塞ぐ。

「ふ……ッ、ぅ」

 ギシギシとデスクが揺れる。スカートがずり上がって白い太腿がさらけ出されている。でも、大事な所はギリギリ見えない、それが想像を掻き立てる。見えないその下で、そこは太いものを抜き差しされてぐちゃぐちゃと音を出す。瀬崎のものに絡みつくようにきゅうきゅう締め付ける。

「……ッ」

 指を包むねっとりとした感覚に恭悟は息を呑んだ。快楽に耐えるためか、山田が、あの山田夏生が、俺の指を夢中でしゃぶっている。虚ろな目、ペチャペチャと鳴る卑猥な音。ぁ、と声にならない声が出た。

や、ば

「ぅ……、」

 山田が大きく痙攣すると同時に、恭悟は早々に欲望を放ってしまったのだった。



 やってしまった。
 翌朝から、恭悟は更に困ることになった。
 オフィスでヤるなんて非常識な事、これまで考えた事すらなかった。誰かが入ってきたらどうするつもりだったんだ。それに……
 デスクを見ただけで乱れた山田の姿が浮かぶ。軋むデスクの音、抑えた喘ぎ声、切なく寄せられた眉。その度に手が止まる。
 斜め前の当の本人を見ると、やっぱり何事も無かったかのような飄々とした顔で画面に向かっている。

―アホか、俺は……!

 瀬崎恭悟は、やっぱり今日も頭を抱えていた。




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