美人王配候補が、すれ違いざまにめっちゃ睨んでくるんだが?

あだち

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最終話 英雄が、元王配候補にめっちゃ睨みをきかせてるんだが

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「……わかりました。カイル様の謝罪はしっかりお受けしました」

 黙って話を聞いていたリネットは、兄によく似た青い目で、しっかり相手の目を見て頷いた。
 そのまっすぐさに、腕を白い布で吊り、病院の簡素な椅子に腰掛けたカイルはたまらずといった体で目を伏せた。 

 ――ここは病院だ。
 式典が始まる直前、塔の中で取っ組み合いながら怒鳴り合ったあげく、はずみで窓から転落した二人は、幸い塔の真下に作られていた重鎮用のテントに受け止められたおかげで命に別状はなかった。
 人にも地面にも直にぶつからなかったのは、まさに奇跡である。

 ルディウスの差し金で号外を撒いた新聞社は、そんな末尾で記事をまとめ、またちゃっかり売り上げを伸ばしているという。

「お兄様」

 しばらくカイルの沈痛な面持ちを眺めていたリネットが、横の寝台に向かって声を掛ける。

 ここはルディウスの病室だ。足を折った兄に、来るなと言われたのも無視して、リネットが花を手に見舞いに来てくれたのだ。
 だが、リネットはどうやら看護師を通してカイルにも見舞いの花を届けていたらしい。カイルはわざわざ兄妹水入らずのところにやってきて、かつての身勝手を本人に詫び始めたのだ。

「見ての通りです。これから先はもう、私のことでカイル様と争わないで大丈夫」
「……」

 ルディウスはなんと答えればいいのかわからなかった。
 自分の妹であるせいで、自分の代わりにカイルに唇を奪われたあげく、『やっぱり女性とはこれ以上できない、強制的に性的興奮を煽る薬を手配するしかない』という結論を出すのに一役買わされたリネットに。

「……お兄様、自分が私にひどいことしたと思ってらっしゃる?」

 黙ったままのルディウスに、リネットは少し不機嫌そうな顔を向けて、それからふっと大人びた笑みを見せた。

「ひどいのは、私や実家のお兄様たちに絶縁の手紙を送ってそれきりなことですわ。心中未遂なんて見出しの記事を見たみんなが、どれだけ心配したことか。……帰省、覚悟なさってね」

 そう言うと、リネットはぎゅっと兄に抱きついた。王女の世話係を務める彼女にしては無防備な、けれどルディウスにとっては妙に大人びた、包み込むような抱きしめ方だった。
 ルディウスは申し訳なさと寂しさ混じりの心境で、強く妹を抱きしめ返した。
 しばらくそうした後、兄妹が離れる頃には、リネットはずいぶん晴れやかな顔をしていた。

「ありがとうございます。これで私もカイル様と疑似ハグ、いえ、疑似セックスをしたようなもの。もうなんの心残りもありませんわ」
「そうか……。え? ぎ、何?」
「リネット殿……、あなたが、それで気が済むなら」
「ええ。ごきげんようカイル様、きっとまたどこかで」
「あなたに、幸多からんことを」
「うふふ、どの口で。……ありがとうございます、小娘には過ぎたる、素敵な夜でした」
「何? ぎ、なんだって? 今何が起きてたことになった?」

 最愛の妹が帰っても、その口から出たとんでもない発言に傷ついた兄の心は癒えないし、金髪の患者は自分の病室に帰らなかった。

「リネット殿は寛容だな」
「俺は今、あいつのことが何もかもわからなくなったところだ……ぎ、何?」
「良縁を結べるよう、私からも手を尽くしたいが。なにせ私は両親から連絡を絶たれているしな」

 悄然として天井を見つめていたルディウスの目が、横の椅子に腰掛けたままのカイルに向く。

「爵位は遠い親戚が継ぐらしい。会ったこともない人だが、最低限家名に恥じないよう、父上がどうにかするだろう。しないといけないからな」
「……おまえ」
「ルディウス」

 カイルは笑っていた。けれどその目はどこか空虚だった。それまでの張り詰めたものとどちらがましなのか、ルディウスには判断がつかなかったのだが。

「好きだよ」

 突然の言葉に、空気が凍りつく。硬直したルディウスだったが、それを見た緑の目がにゅうっと細くなる。

「傷触られて、歯ぁ食いしばって痛がってたときの顔がね」
「…………で、しょうね~~~~」

 片頬を上げて笑うカイルを前に、ルディウスも憎しみをこめて笑い返す。
 そりゃそうだろう。二度も狙われた上、肩をえぐる前後で必ず発情していたのだから。そりゃ好きなんだろう、今まで必死に隠していた欲望が露出するくらいだから。

 ――そうだこいつ、人を痛めつけてる状況でも勃つ男なんだ。厄介な嗜好のやつには関わらないようにしてきたのに。
 連鎖的に思い出した出来事に、ルディウスは知らず真顔になってカイルを見つめた。見られたほうが怪訝な顔をする。
 
「なんだその顔。もうほだされたか?」
「引いてんだわ。手に余る変態を前にして」

 カイルがピクリと目元を震わせる。けれど怪我をしているからか、すぐに手を出してはこない。
 手は。

「よく言う。拒否できる状況だったのに、拒まなかったのは誰だっけな」
「あ?」
「好きでもない男とも勃てばやる、その器用さは羨ましい。ああ女ともやれるんだっけな。無節操も、役立たずよりはよほど有用だ」

 ルディウスへの悪意がこもった言葉ながら、そこかしこに自虐が覗く。
 めんどくせぇ男だな。こういうの一番嫌いなんだけどな。ルディウスは胸の内をはっきり表情に出しながら、要点だけを口に出す。

「……おまえ、仕事辞めたんだろ」
「はっきり言え。解任されて廃嫡されたと」

 もちろん、発表直前だった婚約は完全になかったことになっている。
 あれほどまでにこだわった役目はあっさり彼を捨てた。

 当事者の思惑が処断とは別なのが、せめてもの救いだろう。ルディウスのもとにすら、今朝方届いた匿名の花があるのだ。リネットが置いていった花の隣に生けられたそれを見つめる男の横顔に、ルディウスは投げかける。

「じゃあ一緒に来いよ、南」

 カイルが驚きをあらわにルディウスを見る。あまりにも無防備な表情を、ルディウスは意外に思ってまじまじ見つめたが。

「やっぱりほだされるの、めちゃめちゃ早いな、君……」
「ぶっとばされてぇのか?」

 カイルが立ち上がり、ルディウスが拳を握ったところで、ノックの音がした。呼びましたか~?と言われたがそんなわけはない。
 看護師が去ると、カイルは「丸聞こえなのか?」と言いながら、病室の窓辺や壁の薄さなんかを一通り検めた。

「それで、来んの来ないの」
「……行かないって言ったら?」
「引っ張っていく。捕虜みてぇに」

 カーテンの閉じ具合を確かめながら、カイルが小さく笑う気配がした。

「……君、もう三年じゃ王都に戻れないかもな」
「そりゃ平和で、健全な治世で結構だ。英雄も、女王の幼馴染もいなくてもいいんだから」

 そうだな、とカイルが小さな声で肯定したとき、表情はこれまでより複雑で、しかし顔色はやや赤みを帯びて見えた。

「じゃ、ついて行こうかな。その同情に甘えて」

 ルディウスは横目でその様子を見ていた。
 誘ったのは、ほだされたからでも、同情したからでもない。
 監視だ。
 思い詰めたら何をしでかすかわからない男から、女王というストッパーを奪ってしまったのだ。ルディウスには、恋愛のマナーも降伏のルールも喧嘩の手加減も知らないこの男が、他人をこれ以上振り回さないよう監視する義務があると感じている。

 彼が取り返しのつかないことをしたときには、今度こそ引き金を引いてやろうと思うのだ。
 英雄と呼ばれたからには。
 本人が望まない感情を、空砲で呼び起こしてしまったからには。
 
 ――でもそのとき、まだのではさすがに癪ではないか。
 目をつけられたが最後、人生を目茶苦茶にされるしかなかったルディウスには、せめて、その言葉をちゃんと言わせる権利があるはずだ。

 死なせる前に、絶対に。

「……南は、海がきれいで、時間がゆっくり流れるって聞いた。楽しみだな」

 ルディウスの決意もどこ吹く風で、カイルはまた花を見て微笑んだ。
 そうして穏やかな顔で前向きなことを言っていると、彼は本当に美しかった。
 
「……勘当されかけのくせに余裕じゃん」
「ああ、君がいるからな」

 ルディウスは口を開けたまま固まった。それを見て、カイルは小さく「ほだされてる……」とつぶやいた。なんでおまえが若干引き気味なんだ。

「君こそ、私を好きになったら言いたまえよ正直に。意外と、簡単に手に入ったら気が済んで、どうでも良くなるかもしれない」
「俺がおまえを? 老衰で三回死ぬほうが早いぜたぶん」
「……祈れ。今日が一回目の命日だ」
「おまえを弔った後でな。早く好きって言っちまえよ楽にしてやるから。……仮にだが、気が済んだら、宮廷に戻る気か?」

 カイルはにやりと口の端を上げた。ルディウスの問いかけを、まるでありえないことだと決めつけているかのように、ふてぶてしい顔だった。

「安心したまえ、そのときは君も連れていく。ひとりで新聞社の餌には絶対ならない」
「あ? やだね。俺は海辺でゆっくり過ごして、白い砂浜に骨埋めっから」
「……ふーん。なら、きみの兄上たちを秘書にして、片っ端から誘ってみよう。一人くらいは引っかかるかも」
「殺す。祈れ」

 病室に、からりとした笑い声が響き渡った。

「まだ好きって言ってないのに!」



 おしまい!
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