13 / 15
13 前言撤回
しおりを挟む
外に落ちそうになる体を、ルディウスは窓枠を掴んで支えて事なきを得た。
「ルディウス・フェリル!! よくも、よくもやってくれたな!!」
窓から流れ込こもうとする幕が、窓辺に立つ二人を包む。怒りと殺気に顔を歪ませたカイルに、ルディウスも背中に風を感じながら声を上げて笑った。
「ははははははははいい顔だな! あったりめーだろなんでこのままで済むと思ってんだおまえ!!」
「ふざけるな、なんてことしてくれたんだ!! こんなっ……! 僕がっ、……」
襟を掴む手にさらなる力がこもる。自分よりも体格で勝る相手を窓枠に抑えつけるそれは、まさしくルディウスを昏倒させかけた男の腕力だ。
一瞬言葉を呑み込んだ、そのタイミングで風が止み、幕が一瞬下に落ちる。差し込む光で眩しさに目がくらんだのか、緑の目の表面が一瞬揺らぐ。
部屋の中いっぱいに日差しが差し込んだタイミングで、地上で悲鳴が上がった。号外に騒いでいた民衆の一部が、塔の窓で起きていることに気づいたのだ。
「……私が、どんな立場の人間かわからないのか!? 陛下が、どんな気持ちでっ、これをっ」
「あきらめわりーな! ドネコのくせに、あんな薬でなにをどうやって女とやるつもりだよ無謀すぎるわ!!」
「ドっ……、貴様ーーー!!」
叫ぶカイルにルディウスが怒鳴り返す。直截的な言葉に、カイルの手がルディウスの喉元をさらにきつく締め上げた。サッシュに深いしわが寄る。再び荒れた風に吹き上げられた幕が、また二人を地上から隠した。
「じゃあどうすればよかった!? 言えばよかったのか!? 男としかできないと!! 女みたいに抱かれることしかできないからあなたの夫にはなれませんとでも、僕っ、私が陛下に言えると思っているのか貴様ぁ!!」
「言えよ!! 思い余ってなんの罪もない片思い相手の人生ぶっ壊すくらいなら言えよ馬鹿かてめー!!」
「自惚れるな片思いじゃないっ、ただの、肉欲だ!!」
「カスの度合いが上がっただけじゃねーか! なーにが〝ようやく解放される〟だっ、てめえが勝手に思い詰めただけのくせに!! だいたいおまえ、結婚してからやっぱり駄目だってなったらどうするつもりだったんだ!? 別の男を陛下にあてがうつもりだったのか!?」
「考えてた! 駄目だったときのことだって!! そのときはちゃんと、」
風がやんだ。
「死ぬつもりだったか?」
先の言葉を奪われたカイルは、撃たれたように固まった。ルディウスは、それを醒めたまなざしで見つめた。
「呆れた。陛下はそのあと再婚だろ? 代わりなんかいくらでもいるって、自分で答え出してんじゃねぇか」
やめろ、という声にならない言葉とともに、ルディウスの襟を掴むカイルの手から力が抜ける。
だがルディウスは逆に、カイルの手首を掴み返した。
握りしめた手首が軋む。緑の目に明らかな動揺が浮かんだ。
腹立たしかった。
ふざけるなとは、こちらの台詞だ。
「どこでどんな理由で死のうがおまえの勝手だけど、……睨むだけ睨んで、それで済むと思ったら大間違いだからな」
ルディウスの右手がカイルの手首を掴んだまま、左手がクラバットを掴んで、自分の方へと引き寄せる。反動で、外に出かけていた自分の上体を持ち上げて。
重なったのは、ほんの一瞬。
触れるだけだった。
また強く風が吹いた。煽られた幕が二人を取り囲む。
地上の声と視線から隔絶された世界でルディウスが囁く。
「死ねるのは、俺に好きって言ってからだよ」
触れ合った唇の間に、僅かにできた隙間に差し込む、突き放すような声。
返事はなかった。代わりに、緑の目がこれまでにないほど大きく見開かれて、震えていた。
いつの間にか、灰色の幕と一緒に祝福の黄色の幕まで風に煽られて、二人を取り囲んでいた。
――静寂を、大きな音を立てて開いた扉が破った。
「何してるのカイル!!」
必死な声は若い女性のもの。名を呼ばれた男はハッと我に返り、自分のクラバットと手首を掴んでいた手を一振りで払って振り返った。
「陛下、私は」
焦りと罪悪感の混ざった声は、さっきルディウスに向けた激情とは異なるものが含まれている。生涯支えていくと誓った友人へ、傷つけることを恐れるもの。
――あまりに勢いよく女王へと向き直ったからか。
その手は、ルディウスの胸を、強く押した。
「は?」
虚を突かれて、間抜けな声が出た。身体が後ろにがくんと傾いて、平衡感覚が失われる。
思わず伸ばした手が目の前の男の襟首を掴む。
「――僕は、」
何も気づいていなかったカイルの声が途切れた。代わりに、部屋の入口から、甲高い悲鳴が響き渡る。
青空に、幕がはためく。
死者を悼む灰色と、今日祝福されるはずの二人のための、黄色い幕が。
「ルディウス・フェリル!! よくも、よくもやってくれたな!!」
窓から流れ込こもうとする幕が、窓辺に立つ二人を包む。怒りと殺気に顔を歪ませたカイルに、ルディウスも背中に風を感じながら声を上げて笑った。
「ははははははははいい顔だな! あったりめーだろなんでこのままで済むと思ってんだおまえ!!」
「ふざけるな、なんてことしてくれたんだ!! こんなっ……! 僕がっ、……」
襟を掴む手にさらなる力がこもる。自分よりも体格で勝る相手を窓枠に抑えつけるそれは、まさしくルディウスを昏倒させかけた男の腕力だ。
一瞬言葉を呑み込んだ、そのタイミングで風が止み、幕が一瞬下に落ちる。差し込む光で眩しさに目がくらんだのか、緑の目の表面が一瞬揺らぐ。
部屋の中いっぱいに日差しが差し込んだタイミングで、地上で悲鳴が上がった。号外に騒いでいた民衆の一部が、塔の窓で起きていることに気づいたのだ。
「……私が、どんな立場の人間かわからないのか!? 陛下が、どんな気持ちでっ、これをっ」
「あきらめわりーな! ドネコのくせに、あんな薬でなにをどうやって女とやるつもりだよ無謀すぎるわ!!」
「ドっ……、貴様ーーー!!」
叫ぶカイルにルディウスが怒鳴り返す。直截的な言葉に、カイルの手がルディウスの喉元をさらにきつく締め上げた。サッシュに深いしわが寄る。再び荒れた風に吹き上げられた幕が、また二人を地上から隠した。
「じゃあどうすればよかった!? 言えばよかったのか!? 男としかできないと!! 女みたいに抱かれることしかできないからあなたの夫にはなれませんとでも、僕っ、私が陛下に言えると思っているのか貴様ぁ!!」
「言えよ!! 思い余ってなんの罪もない片思い相手の人生ぶっ壊すくらいなら言えよ馬鹿かてめー!!」
「自惚れるな片思いじゃないっ、ただの、肉欲だ!!」
「カスの度合いが上がっただけじゃねーか! なーにが〝ようやく解放される〟だっ、てめえが勝手に思い詰めただけのくせに!! だいたいおまえ、結婚してからやっぱり駄目だってなったらどうするつもりだったんだ!? 別の男を陛下にあてがうつもりだったのか!?」
「考えてた! 駄目だったときのことだって!! そのときはちゃんと、」
風がやんだ。
「死ぬつもりだったか?」
先の言葉を奪われたカイルは、撃たれたように固まった。ルディウスは、それを醒めたまなざしで見つめた。
「呆れた。陛下はそのあと再婚だろ? 代わりなんかいくらでもいるって、自分で答え出してんじゃねぇか」
やめろ、という声にならない言葉とともに、ルディウスの襟を掴むカイルの手から力が抜ける。
だがルディウスは逆に、カイルの手首を掴み返した。
握りしめた手首が軋む。緑の目に明らかな動揺が浮かんだ。
腹立たしかった。
ふざけるなとは、こちらの台詞だ。
「どこでどんな理由で死のうがおまえの勝手だけど、……睨むだけ睨んで、それで済むと思ったら大間違いだからな」
ルディウスの右手がカイルの手首を掴んだまま、左手がクラバットを掴んで、自分の方へと引き寄せる。反動で、外に出かけていた自分の上体を持ち上げて。
重なったのは、ほんの一瞬。
触れるだけだった。
また強く風が吹いた。煽られた幕が二人を取り囲む。
地上の声と視線から隔絶された世界でルディウスが囁く。
「死ねるのは、俺に好きって言ってからだよ」
触れ合った唇の間に、僅かにできた隙間に差し込む、突き放すような声。
返事はなかった。代わりに、緑の目がこれまでにないほど大きく見開かれて、震えていた。
いつの間にか、灰色の幕と一緒に祝福の黄色の幕まで風に煽られて、二人を取り囲んでいた。
――静寂を、大きな音を立てて開いた扉が破った。
「何してるのカイル!!」
必死な声は若い女性のもの。名を呼ばれた男はハッと我に返り、自分のクラバットと手首を掴んでいた手を一振りで払って振り返った。
「陛下、私は」
焦りと罪悪感の混ざった声は、さっきルディウスに向けた激情とは異なるものが含まれている。生涯支えていくと誓った友人へ、傷つけることを恐れるもの。
――あまりに勢いよく女王へと向き直ったからか。
その手は、ルディウスの胸を、強く押した。
「は?」
虚を突かれて、間抜けな声が出た。身体が後ろにがくんと傾いて、平衡感覚が失われる。
思わず伸ばした手が目の前の男の襟首を掴む。
「――僕は、」
何も気づいていなかったカイルの声が途切れた。代わりに、部屋の入口から、甲高い悲鳴が響き渡る。
青空に、幕がはためく。
死者を悼む灰色と、今日祝福されるはずの二人のための、黄色い幕が。
198
お気に入りに追加
257
あなたにおすすめの小説

騎士団で一目惚れをした話
菫野
BL
ずっと側にいてくれた美形の幼馴染×主人公
憧れの騎士団に見習いとして入団した主人公は、ある日出会った年上の騎士に一目惚れをしてしまうが妻子がいたようで爆速で失恋する。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

どこにでもある話と思ったら、まさか?
きりか
BL
ストロベリームーンとニュースで言われた月夜の晩に、リストラ対象になった俺は、アルコールによって現実逃避をし、異世界転生らしきこととなったが、あまりにありきたりな展開に笑いがこみ上げてきたところ、イケメンが2人現れて…。

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み

拝啓お父様。私は野良魔王を拾いました。ちゃんとお世話するので飼ってよいでしょうか?
ミクリ21
BL
ある日、ルーゼンは野良魔王を拾った。
ルーゼンはある理由から、領地で家族とは離れて暮らしているのだ。
そして、父親に手紙で野良魔王を飼っていいかを伺うのだった。

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人
こじらせた処女
BL
幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。
しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。
「風邪をひくことは悪いこと」
社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。
とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。
それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

完結·助けた犬は騎士団長でした
禅
BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。
ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。
しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。
強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ……
※完結まで毎日投稿します

イケメンチート王子に転生した俺に待ち受けていたのは予想もしない試練でした
和泉臨音
BL
文武両道、容姿端麗な大国の第二皇子に転生したヴェルダードには黒髪黒目の婚約者エルレがいる。黒髪黒目は魔王になりやすいためこの世界では要注意人物として国家で保護する存在だが、元日本人のヴェルダードからすれば黒色など気にならない。努力家で真面目なエルレを幼い頃から純粋に愛しているのだが、最近ではなぜか二人の関係に壁を感じるようになった。
そんなある日、エルレの弟レイリーからエルレの不貞を告げられる。不安を感じたヴェルダードがエルレの屋敷に赴くと、屋敷から火の手があがっており……。
* 金髪青目イケメンチート転生者皇子 × 黒髪黒目平凡の魔力チート伯爵
* 一部流血シーンがあるので苦手な方はご注意ください
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる