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6 英雄には心当たりがない(2)

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 けれど、やはりわからないのは、彼がそこまで自分を疎む理由だ。
 侯爵家での夜会でリネットに声をかけるより前から、彼はルディウスを睨んでいたのだ。

(男が趣味、なんだとしても、話したことない俺を恨むのはマジでなんなんだよ)

 そして男が趣味ならなんでリネットに声をかけたのだ。女王と結婚することから考えても、彼も両刀なのだろうか。――で、なんで女王と接点のないルディウスを睨むのだ。思考は堂々巡りして進まない。

「……なぁハワード」
「なに?」
「俺カイル殿に何かした?」
「……鏡見たら、思い出せると思うけど」

 いやそうじゃなくてよ、と言っても、相手はもう客室の出入り口へ向かうところだった。

「じゃ、僕先に行くけど。くれぐれも時間空けてから出てよね」
「わぁってるよ。……あと、おまえんとこの屋敷の、この前の部屋。カーテンちゃんと閉めきれてるか確認しとけよ。覗き穴とかの有無も」
「は? もしかして敵国のスパイとかいる感じ?」

 怪訝な顔の友人を適当にはぐらかして煙草を灰皿に押しつけると、ルディウスは風にあおられたカーテンを手でおさえ、窓を閉めた。

 捨てるに惜しい今ではあるが、覚悟はできている。もとより激戦地帰り。とっくに死んでいたかもしれない命なのだ。
 王配も公爵も何を恐れるに足るだろう。

 それに、いざってときは向こうも道連れだ。
 

 *


 膠着状態だった隣国との戦争に、決着がついたのはほんのひと月前のこと。
 国境地帯でのにらみ合いにしびれを切らし、打って出てきた敵方を囲い込んで叩き、戦線を押し戻し、果ては相手の国境の内側まで、第二師団が完全に押し切ったところで和平交渉が始まった。和平条約はすんなり締結。かねてから隣国との軋轢の種だった国境は確定され、戦争は終わった。

 国の中枢が戦後処理に素早く切り替わったのに対し、貴族を含めた民衆は新聞が華々しく称揚した第二師団の活躍に拍手喝采だった。
 最前線で相手の猛攻を抑え込み、銃弾を肩に受けても反撃の手を緩めなかった指揮官、ルディウス・フェリルの名は、英雄として一躍有名なものとなった。

 ――その英雄は、王宮からほど近い軍の訓練所に寮から出勤するなり上司に呼び出され、重い息を吐いた。文字通り死に物狂いで働いた自分たちの予算が削られることはもう知っていたからだ。

「来月から徐々に第二師団の残留部隊を引き揚げる。隣国とも取り決めた通り、これからは復興補助に長けた第三師団が入れ違いに入っていって、向こうの軍と協力して戦後処理にあたることになる」
「……わかりました」

 まぁ。
 勝つのが仕事の自分たちの、当面の出番が終わったのは確かだが。

「だからこの予算計画ってわけだが、納得いってない顔だな少佐」
「……次が起きたら、もう勝てなくなりますよ。負傷兵は使い捨てですか」
「殺気を収めろ、ここは東方戦線じゃない」

 渡された書類を睨むルディウスに苦笑して、執務机の向こうの上司は背もたれに上体を預けた。

「東との関係の再構築に人員も予算も割きたいのだ、陛下は。一度爆ぜた場所で、今後煙すらも立たないように」
「陛下が、ですか」

 ほんとかよ。

「なんだ、ハウゼル補佐官の差し金だと思ってるのか」

 痣のあとがうっすら残るルディウスの目元を見て、上司は片頬を上げていた。ますますルディウスの機嫌は下降する。

 たった数日で、自分たちは犬猿の仲だという噂が世間に広まった。新聞はこぞって揉め事の真相を知りたがり、大貴族の屋敷にひきこもるカイルではなくルディウスに付きまとい、沈黙をいいことに好き勝手な憶測を書きたてている。散々だ。

 そして、事の発端ともいえるリネットには当然のように泣かれた。カイルの暴挙にではない。本人に断りもなく話をつけに行き、カイルを殴った兄に対してだ。
『お兄様の馬鹿! 脳筋! 世界で一番凶暴なゴリラ!』
 すれ違う人間の多くが二度見した顔の痣も、妹にだけは見えなかったらしい。本当に散々だ。

「……違うとお思いですか。彼は軍にあまりいい感情をお持ちでない」
「まあ、あの人は、大学でのことがあるからな。しかし今さら、分別のあるお前が何でハウゼル補佐官とやり合ったのか疑問だったが、この通達が来て儂も腑に落ちた。……だがおまえ、一体どこでこの情報を知った?」

 上司はルディウスが予算のことでカイルと揉めたと勘違いしているらしい。多少はそれもあるが。
 これは新聞でも同じように書かれるだろうなと思うと憂鬱だったが、あえて否定はしないでおいた。

「本人がおっしゃられましたよ。聞いてもないのに」
「手負いの、しかも訓練所上がりの軍人にそれはいけないな。黙っていればいいものを、補佐官も妙なところでバランス感覚が鈍い。その様子だと、いい話の方は聞いてないんだろう」

 書面を冷たく流し読みしていたルディウスは、その言葉で視線をあげた。
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