病めるときも健やかなるときも、お前だけは絶対許さないからなマジで

あだち

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第三章 波乱の新婚生活

37 お祝いの呪い

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「さきの祝宴には出席することができませんで、申し訳ございませんでした」

 屋敷の一番大きな応接間で次期バディーノ侯爵にそう言われると、フェリータも「こちらこそ、お待たせしてしまって失礼いたしましたわ」と微笑んで返した。
 
(ふん、知っていてよ。オルテンシア様と会ってたのでしょ)

 そしてその帰りに、フェリータとすれ違い、橋の上での騒動で余計なことを言ってくれた。

 もとより油断ならない相手だが、フェリータの個人的な事情からさらに警戒感は強まっていた。顔は笑っているが、実際には頭からつま先まで緊張感を張り巡らせている。

 そもそも、バディーノ家とぺルラ家は、カヴァリエリ家とはまた別で、繊細かつ微妙な関係なのである。

 カヴァリエリが表立って拳をぶつけ合う天敵なら、バディーノは友好的に取り繕う水面下で虎視眈々と引っ張る足を狙い合う、“伝統的な仮想敵”。

 六十年前、ぺルラから離れたカヴァリエリをバディーノが庇護したときも、二家は一触即発状態になったという。

「お式には参列させていただきましたよ。夫人がとてもお綺麗で、言葉を失ってしまいました。――しかし、まさかあなたとロレンツィオが結ばれることになるとは。神のご意思は我々にははかり知れませんね」

「おほほほほほほ!」

 さわやかな笑みを向けてくる客の言葉を、フェリータは声をやや大きくして笑い飛ばした。

(神のご意思だなんて、なんて白々しい言い方。無様にリカルドを取り戻そうとして失敗したわたくしを、素直に嗤えばいいものを!)

 本当は、ギリギリと歯噛みして相手を睨みつけたい気分だった。けれどそんな醜態は晒すわけにいかないし、何よりここではフェリータの方が分が悪い。

 そう、ここカヴァリエリ邸は明らかにフェリータよりもレオナルド・バディーノのホームグラウンドだ。
 屋敷のどこに何があるのかもまだ把握していないフェリータに対し、使用人ひとりひとりに声をかけて親しげにねぎらうレオナルドの方が、ずっとここに馴染んでいる。

 女中頭の『お会いになっていただけますか』は、『わたくしたちカヴァリエリにとって大切なお客様なので』が頭についているのだ、言わないだけで。

「急なご成婚だったので、婚前のお祝いの品も用意できず。遅れてしまってお恥ずかしい限りですが、本日は我々からの祝福の気持ちをお渡ししようと駆けつけた次第です」

 そう言って合図をすると、レオナルドが腰かけるソファの後ろに控えていた従者が進み出て、ビロード張りの平たい箱を差し出してきた。

 フェリータはその形状から、テーブルに置かれたそれが大きなネックレスなどを収めるケースだとすぐに分かった。従者が恭しく蓋を外す。

「まぁ、なんとお美しい……」

 後ろに控えていた女中が感嘆のため息を漏らす。

 現れたのはやはり首飾りだった。それも、立派なサファイアを中央に讃え、細かなダイヤモンドで周囲を飾った豪華なもの。

 予想通りでありながら予想以上のものが現れ、さすがのフェリータもポーカーフェイスに苦労した。

「サファイアは従姉妹が前々から用意していたものなのです。ロレンツィオが妻を迎えるときにぜひ贈りたいと、常々口にしておられたので」

「オルテンシア様が?」

 フェリータは驚いた。あの王女が下に見ているロレンツィオの結婚のために家宝レベルの宝石を用意していたことにも、そして男が王女を話題に出したことにも。

 何せ、オルテンシアはレオナルドの従姉妹であると同時に元妻で、向こうは最近再婚を決めたばかりだ。

「はい。彼女は本当に、ロレンツィオのことを大事にしていたので」

 フェリータの口元がひきつった。その割には、互いにずいぶん乱暴な物言いをする。

 しかし、「おかけになってみませんか」とレオナルドがすすめてくると、フェリータもまんざらではない。目の色と家名のせいか、集まる宝石はもっぱらルビーと真珠なので、サファイアは新鮮だった。
 
 贈り主自らが首飾りを手に、座ったままのフェリータの後ろに回る。冷たさが鎖骨の上の薄い皮膚をかすめ、胸元に重みと輝きが鎮座する。

 レリカリオのないそこを飾る輝きに、フェリータは指先で触れてみた。


 そこで、ゾッとする違和感に気がついた。


「いかがです、フェリータ様」

「……素敵ですわ。ええ、実に」

 言って、フェリータはそそくさと後ろの留め具に手を伸ばそうとしたが。

「モニカ、この服ではあまり青と合わない。鏡を見ていただく前に、何かちょうどいいショールなどを持ってきてもらえないかね」

 それを、レオナルドの手が止めた。
 うっとりした顔の女中を部屋から退出させながら。
 そして、当然のような顔をして、バディーノ家の従者もそれに続く。

「……何のつもり、これは」

 静かになった応接間で、座ったままのフェリータは硬い声を出した。
 その肩には客人の手が置かれている。立ち上がることを阻止するように。

「怖がる必要はありません。こちらは質問に隠し立てなく答えてもらいたいだけですから」

 男の指先がサファイアを撫でる。煌々ときらめくこれが、もはやただの石などとはフェリータには思えなかった。

 体が動かせなくなってきていた。抑えられた肩どころか、指先も、足も。

 やがて動くのは、口と目だけになった。

(つけた相手の体から自由を奪う呪具だったなんて!)

 うかつだった。
 わざわざロレンツィオのいない時間に先触れなしで来るのだから、フェリータを狙ってのことに決まっているのに。

 とはいえまさか、こんなにも大胆な手段に出てくるとは思ってもみなかったのだ。

「……質問って?」

「コッペリウスの人形のことです。首から下、体はどこに隠したんですか」

 そこでようやく、フェリータは自分が勘違いで拘束されていることに気が付いた。

「まさか、本当にわたくしがオルテンシア様を害そうとしたとお思いですの?」

「リカルド殿を奪ったあの子が、憎くてたまらない。違いますか。あの子は本当にすぐ敵を増やしてしまうのだから」

 それは激しく同意できるのだが。
 フェリータの苦々しい気持ちが伝わったのか、ふっと背後で笑う気配があった。

「だからと言って、オルテンシアを傷つけるのは感心しない。コッペリウスなんかで小細工して、わざと自分を容疑から早めに外させたのでしょう。罠にはめられた被害者を装って」

「違っ、違うわ。本当にやってない……」

「もう一度問う。コッペリウスの体は、どこだ?」

 サファイアから鎖骨へ移った指先が首筋を伝って上っていく。やがて急所の喉元に、硬い爪の感触が当たった。
 
「知らないと言っているでしょう……!」

 父の忠告も忘れて、フェリータは魔力を練り上げようとした。レリカリオがなくても、相手は魔術師として格下だ。ロレンツィオとやりあったときとは違う。

 けれどその瞬間、どくん、と心臓が大きく乱れた。息が止まり、血がすべて足元に落ちるような感覚を味わう。

 そう、ロレンツィオとやりあったときとは違う。場所も。

 ここはレオナルドのホームグラウンド。敵のテリトリーでアウェイで戦う魔術師は、常に不利なのだ。
 宮廷付きではなくとも、幼い時から魔術を磨いてきた相手が念入りに準備してきた呪を解くには、フェリータにとって条件が悪すぎる。

「無駄な抵抗はよしなさい。ロレンツィオにも、なるべく面倒をかけたくないのですよ」

 勝手なことを言うな。そう言い返すことも、フェリータにはできないでいた。

 頭が痛い。まるであの夜、ロレンツィオに負けたときのように。

 息ができない。心臓が破裂しそうなほど暴れまわっている。

 これで、どう、何を話せと――。
 
「……フェリータ様、聞いておられますか? フェリータ・カヴァリエリ?」

 異常を悟ったのか、男の声にわずかな焦りが生まれたが、フェリータの意識はすでに遠のきかけ、まぶたは力無く落ちようとしていた。

 かしいだ体を、レオナルドの腕が支えようとした。触るなと叫んでやりたいのにできない。

「……っ!」

 すると突然、レオナルドが息を詰め、フェリータの体から手を離した。体が床に打ち付けられる。

(……なに?)

 薄く開いた視界に、ぱたぱた、と床に落ちる血がえた。レオナルドが何か言った気がしたが、フェリータには聞き取れない。

 どうしよう。
 こんなところで、こんなふうに死んだりしたら。

 ――そしたらあの人、きっとものすごく後悔するんじゃないの?

 浮かんだ顔に、閉じたまぶたがなんとかもう一度上がろうとしたのだが、叶わず。

 そのとき、蝶番を壊しかねない大きな音を立てて、応接間の扉が開いた。

「何をしているんだレオナルド殿!」
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