24 / 92
第二章 長い長い初夜
24 吐露
しおりを挟む「ええ、その忙しい部署宛てに、議題としての妥当性の精査をすっとばして直接投げこむのを、黙認した方がいるようですが。……他意はございませんが、ただこの頃つくづくご兄妹はよく似ておられると、しみじみ痛感しておりましてね」
当てこすってみても、ヴィットリオはその形良い唇で弧を描くのみだ。
「乙女のように美しい王子で悪いな。なに、“総督”の輪番制は通してやったろう。オルテンシアが父に推したあれが、そなたの要望だったと知らないとでも? 周辺を整えたばかりか、大いに不満をこぼすペルラ伯の盾になったのは妹でなく私だぞ」
「それとて肝心な宮廷付きの間でしっかり周知されていなかったではありませんか。おかげでとんでもない悲劇が生まれましたよ」
不満を隠そうともしなくなったロレンツィオに、ヴィットリオが気分を害した様子はない。むしろ口の中で飴を転がすように、「悲劇ねぇ」と呟いた。
それを、ロレンツィオはほんの一瞬訝しんだ。
王太子ヴィットリオはドライな男だが、その一方でさすがオルテンシアの兄というか、感情の発露にひどく正直な男だ。
今の状況は彼を不機嫌にするになんらおかしいところはない。幸か不幸か、ロレンツィオは上っ面を取り繕うべき相手ではない。
なのに、王太子はあまりその様子を見せない。むしろやたら機嫌がいいような。
(オルテンシアが狙われて気分がいいのか? まさか、そこまで険悪な仲ではないはず)
そこまで考えて、ロレンツィオはその思考を切り捨てることにした。今は何より、フェリータを罠にはめて第一王女を殺そうとした犯人を見つけるのが最優先のはずなのだから、考えても無駄だ。
「……王女の敵は狭めきれませんから、まず摘発を逃れた人形師がいないか洗って、」
「そなた、本当は結構まんざらでもないだろう?」
不意を衝かれて、ロレンツィオはとっさに反応が遅れた。
「は?」
「フェリータのことよ。“波高き真珠の姫君”と結婚したこと、できたこと、そうそう不幸とも思ってないんじゃないかと思って、この際だからこちらも確かめておこうかとな?」
今度はロレンツィオは何も言わなかった。表情も動かさなかった。
「ヴァレンティノもな、うっすら気づいておったぞ。“隠したいようだから言わないでいた”とはなんとも律義者のあやつらしいことよな。で、どうなんだ、さっきからずいぶんイラついておるが?」
王太子の顔が近づき、声が一層低くなる。
にやにやと楽しそうに笑う顔は、ろくでもないことを思いついたときのオルテンシアにそっくりだった。
廊下に人影はなく、背中は閉め切られた扉。挟まれたロレンツィオへの追撃は止む気配がない。
「王女の寝所を荒らし、元婚約者やヴァレンティノまで巻き込んで、夜通し冤罪の証拠を探したり。そうまでして名誉回復してやりたい女との結婚、お前にとっていかほどに“悲劇”なのだね? 香水が特別仕様だなんて初耳だが、そなた天敵の身の回りのことにずいぶん詳しいのだなぁ?」
そこまで言われてようやく、ロレンツィオは「何を期待しておいでで?」と、困ったように笑った。
「たとえ会ったばかりの政略結婚の相手でも、この状況なら必死になるというもの。どんな悪妻でも離縁できないのですから」
「たとえ話は聞きたくない」
躱そうとした笑顔が固まる。
王太子は今や罪人を尋問する憲兵のような目つきで、臣下に迫っていた。
「……」
「……」
「……失礼、煙草を吸っても?」
「答えてからな」
「…………」
「……おい」
しびれを切らしたヴィットリオが、声に為政者の傲慢さを滲ませたのと、それはほぼ同時だった。
「好きですよ」
額ごと落ちる花のように、ぽとっと男が自白したのは。
あっけない陥落に、ヴィットリオはつかの間紫の目を丸くしていたが、やがてそれを三日月型に歪めて「ほう、そうかそうか」と嬉しそうに繰り返した。
「五年前、宮廷で見かけてからずっと好きですよ」
「そんな前からかぁ~しかも一目惚れかぁ~まあ可愛かったもんな~」
追い打ちを待たず、自ら話し始めたロレンツィオに、ヴィットリオは顎を撫でながら相槌を打った。
懸念だった家臣夫婦の不仲問題が片付く気配と、生意気な家臣の意外な潔さの発見に、すっかり気を良くしていた。
その青い目が虚空を見つめて不自然に動かないことに、気が付かないまま。
「ええ一目惚れです。挨拶すらしていない、遠目に見かけただけの十四の小娘にね。十四ですよ。当時の自分をはたき殺しに行きたいですよ子ども相手に何考えてんだと」
「そなたも十七だったろ、許せ許せ私が許す」
「そう、十七歳。当時は爵位授受にかける親の期待がもう嫌で嫌で、当て付けもあって絶対魔術師になんかならねぇし騎士としてのカヴァリエリを自分の代で復活させると息巻いてた反抗期の小僧だったわけですが、文字通り引きずられてホラあれが仇敵だ見てみろと言われて、……それからはもうそんな青臭い決意泡ですよ泡、さーっと流れていって排水路のかなた」
「かなたかーそうかー」
「それからはもうペルラと肩を並べる魔術師になるべく勉強訓練勉強訓練、父が喜ぶのがムカつくとか言ってられませんでしたね。幸い、翻意の前に見習い志願していた騎士団は応援してくれましたけど、まーーーー忙しい。学院の進級試験と騎士団の実力試験とオルテンシアのパシリが被ったときはあの女の血で進級試験のテスト用紙埋めてあの女の首級で実力証明にしようかと」
一定の抑揚でズラズラと言い連ねる男の異常さに、王太子もさすがに悦楽の笑みをひきつらせた。ここに来て“やばい箱のふたを開けたやもしれん”と悪寒が背筋を伝う。
「愚かだとお思いでしょう」
「まさか」
突如振られ、とっさに余裕の笑みで取り繕う。
30
お気に入りに追加
1,296
あなたにおすすめの小説
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
【完結】彼を幸せにする十の方法
玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。
フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。
婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。
しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。
婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。
婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。
傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。
石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。
そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。
新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。
初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
不遇な王妃は国王の愛を望まない
ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。
※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷
【1/21取り下げ予定】悲しみは続いても、また明日会えるから
gacchi
恋愛
愛人が身ごもったからと伯爵家を追い出されたお母様と私マリエル。お母様が幼馴染の辺境伯と再婚することになり、同じ年の弟ギルバードができた。それなりに仲良く暮らしていたけれど、倒れたお母様のために薬草を取りに行き、魔狼に襲われて死んでしまった。目を開けたら、なぜか五歳の侯爵令嬢リディアーヌになっていた。あの時、ギルバードは無事だったのだろうか。心配しながら連絡することもできず、時は流れ十五歳になったリディアーヌは学園に入学することに。そこには変わってしまったギルバードがいた。電子書籍化のため1/21取り下げ予定です。
【完結】婚約者が好きなのです
maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。
でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。
冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。
彼の幼馴染だ。
そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。
私はどうすればいいのだろうか。
全34話(番外編含む)
※他サイトにも投稿しております
※1話〜4話までは文字数多めです
注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる