病めるときも健やかなるときも、お前だけは絶対許さないからなマジで

あだち

文字の大きさ
上 下
23 / 92
第二章 長い長い初夜

23 盗み聞き

しおりを挟む

(嘘でしょ嘘でしょ、なぜあの男がここに!?)

 あんな見苦しい喧嘩のあと、こんなところで再会するぐらいなら捕縛され続けたほうがマシだ。

 そんなフェリータの焦りをよそに、足音は部屋の手前で止まり、立ち話に切り替わった。

「言ってくれるではないか、そなたとて大概のくせに。普通一介の騎士が王女の寝所に踏み入って寝具を引きはがすか? 銀の水差しを櫛で力いっぱい叩き鳴らすか? まったく、護身用の短剣片手に飛び起きたオルテンシアの哀れなことよ、あやつのあんなに無防備な……動転した顔は久しぶりに見たぞ」

「お気に召していただけたなら何より。本当は櫛で頬を張り倒して差し上げたかったのですが、人の気も知らない安らかな寝顔につい手元が狂ってしまいました」

「不遜な奴め。もういいだろう、結果的には夜のうちに、憲兵隊長の前でオルテンシアに真相を証言させることができたのだから」

「ええ。おかげで憲兵も数時間のロスを経て、呪詛の犯人探しに乗り出すことが出来、罪人扱いだった女が救命の功労者だったことも判明しました。迅速な王女様のご協力に頭が下がります」

「睨むな。ちゃんとフェリータの働きには報いるから」

 刺々しいロレンツィオの物言いに、飄々としていた王太子は最後に少しだけ疲れたような、観念したような声を返した。

 ――なるほど、自分の釈放は保釈金ではなく、証言の確保で無実の裏付けがなされたかららしい。
 
(なら最初から話してくれればいいのに、噂以上にひどい女ですわ)

 フェリータが金髪と紫の目の王女を憎々しく思う一方、ロレンツィオはここで一旦ほこを収めることにしたようだった。
 重たげなため息をひとつ吐いて、「あの女の、護衛騎士を襲った容疑については?」と幾分かたい声で話を変えた。

 フェリータの頭に熱が灯る。飛び出して誤解だと喚きたくなった矢先、ヴィットリオが「ああ」と後を継いだ。

「もちろん、王女の呪詛が真の狙いで、護衛への危害は足止めに過ぎないだろうからな。救命した魔術師は犯人候補から外れるし、それに見つかった『あれ』が正しく“頭部”なら、目撃情報も無意味なものだったといえる。……しかしまさか、サルヴァンテにまだあったとはな、“コッペリウスの人形”が」

 ――どくん。

 安堵したのは一瞬で、フェリータの胸の内は大きく乱れた。

 コッペリウスの人形、ですって?

 逸る心臓をおさえ、音を立てないよう細心の注意を払い、フェリータは低くなったヴィットリオの声を拾うために扉に耳をつけた。

「十年以上前に使用禁止令が出てから、貴族邸含めて都中探して処分したはずだったのだが。……不気味なものよな。人間に化ける、からくり人形の使い魔。橋のそばに“人形の首”が落ちていたのをそなたが見つけたから良かったが、朝まで待っていたら犯人に回収されて厄介なことになっていたかもしれん」

 “コッペリウスの人形”は、頭、胴、関節のついた両腕・両足でできた、木の人形による使役術だ。

 一見すると子どもの玩具のようで、腹は開くようになっている。そこに特定の人間と縁深いものを“核”として仕込み、魔力を流し込むことで、核に使われた物の持ち主そっくりの見た目に変わる使い魔作成術。

 フェリータももちろん知っている。それが魔術の中でもかなり悪用されやすい術であり、市井の魔術師たちが請け負い犯罪や貴族の政争への関与に頻繁に使っていたため、十年あまり前――はっきり言えば十二年前、禁術に封じられたことも。

 表向きの理由とは別に、その人形術が禁じられた本当の理由も。

 扉越しのフェリータの動揺を知る由もないヴィットリオに、ロレンツィオがそれまでとはうってかわって真剣な声で応じる。
 
「人がそれなりにいた割に、逃走する姿の目撃情報がほとんどないのにも頷けます。記録に残っている限りでも暗殺などに使われたことが多いようですし、護衛騎士相手に大怪我を負わせるのも、生身のご令嬢よりずっと簡単にやってのけるでしょうね」

 彼らの口ぶりから、その使い魔がフェリータに化けて事件を起こしたということが察せられる。
 そしてそのことを証明する“頭部”が、橋で見つかた。

「現場に落ちた魔術残滓のたまは、フェリータだと誤認させる小細工であると同時に、人形を彼女に化けさせるための“核”だったのかもしれませんね。だから珠が落ちるとともに術が解けて、頭が落ちた」

「ペルラの真珠が核だとすると、三……四日前の祭典に居合わせた者なら誰でも用意ができるな。ルカは気を失う前に『花の香りがした』と言ったそうだが、フェリータが使っているネロリの香水を人形にまとわせていたのなら、そこから追えるか?」

「……どうでしょう。あの女の香水は特別仕様らしくて、そこらの店では出回っていませんから。そうなるとかえって市販の、それこそ誰でも手に入れられる安価なものを使ったかもしれません。実際の彼女の愛用品との違いなんて抜きに“王女の護衛が、ピンク髪でネロリの香りをまとった女に殺されかけた”という話だけでも世間に広まれば、あの女に罪を被せられるでしょう」

 仕事モードなのか、感情の起伏の感じられない言い方だった。
 そこへ、王太子が冷静な問いを投げかける。

「一応聞くが、フランチェスカ・ぺルラでないと思った理由はなんだ?」

 フェリータは息を呑み、硬直した。

「ピンクの髪で、フェリータの香水も簡単に手に入れられる。あの細腕では直接刺し続けたとは思えんが、彼女も魔術を使えば現場に白い珠が残る。あの人形の頭が、必ずしもコッペリウスの人形の一部とも限らない。……それに、姉とは仲がいいと聞いていたのに、さきの宴会では父母を置いて先に帰っていたのも気になる」

 そんな、フランチェスカが疑われるなんて。
 焦り、飛び出しかけたフェリータだったが、それを今度はロレンツィオが「お言葉ですが」とひどく冷静に制した。

「妹君はそこまでの腕力はもちろん、度胸も、魔術の技量もないように見受けられます。本人とその父親には聞かせられませんがね」

 姉は聞いてしまったが。
 妹の名誉を傷つける言いように、フェリータはさっきとは別の感情でドアノブに力を込めかけた。

「ほとんど接点のないオルテンシア様を恨む理由もよくわかりませんし。姉の婚約者を奪ったからというなら、姉に罪は着せないでしょう。……それと、先に帰ったという点はヴァレンティノが補完してくれました。うちの中庭で姉妹喧嘩が勃発したみたいで、フランチェスカ嬢は不機嫌なままひとりさっさと帰ったとのことで」

「なおさら姉を恨んでいそうだがな」

「ならあの頭部がコッペリウスでもなんでもなく、ただの観光客の落とし物だと結論が出たらご令嬢に話を聞けばよろしいかと。ヴァレンティノとリカルドが夜を徹して鑑定していますから、じきに報告があがるでしょう」

「よい、考えを聞きたかっただけだ。それに宮廷付き二人と、あのヴァレンティノがほぼ間違いないと睨んでいるのだから、あれはコッペリウスの人形なのであろうよ。……しかし姉妹喧嘩か。どうりで、フェリータがあんなに殺気立っていたわけよな」

 どうやら、自分と妹に向けられた疑いは晴れる方向に向かったらしい。

「やはりオルテンシアを恨む相手を、片っ端から当たるしかないか。そのうえで、ペルラの名前を貶めたがっていそうで、かつ魔術師……ロレンツィオ・カヴァリエリが第一候補だな?」

「姫が昔馴染みに恨まれている自覚が兄としておありなんですね」

 コッペリウスの人形のことは気になるが、外の二人に問うてもこれ以上の話は出ないのだろう。
 あとで憲兵隊長がくると、さっきの女性が言っていた。そのときに詳しい説明がされると信じよう。
 そう結論付けて、フェリータは緊張で濡れた手を、そっと扉から離した。


 *


「……それより殿下。この機に、祖父にかけられたくだらない疑義についてお尋ねしてもよろしいでしょうか」

 相変わらず廊下で佇んだまま、ロレンツィオはそれまでとは異なる恨みがましげな声を目の前の男に聞かせた。
 
 しかし王太子はしれっと「悪いが、それは十人委員会という不可侵領域に出された議題だからな」と打ち返す。

「なに、デマならデマだと判明するさ、彼らも忙しいのだから少し待て」
しおりを挟む
感想 32

あなたにおすすめの小説

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた

菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…? ※他サイトでも掲載中しております。

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

逆行令嬢の反撃~これから妹達に陥れられると知っているので、安全な自分の部屋に籠りつつ逆行前のお返しを行います~

柚木ゆず
恋愛
 妹ソフィ―、継母アンナ、婚約者シリルの3人に陥れられ、極刑を宣告されてしまった子爵家令嬢・セリア。  そんな彼女は執行前夜泣き疲れて眠り、次の日起きると――そこは、牢屋ではなく自分の部屋。セリアは3人の罠にはまってしまうその日に、戻っていたのでした。  こんな人達の思い通りにはさせないし、許せない。  逆行して3人の本心と企みを知っているセリアは、反撃を決意。そうとは知らない妹たち3人は、セリアに翻弄されてゆくことになるのでした――。 ※体調不良の影響で現在感想欄は閉じさせていただいております。 ※こちらは3年前に投稿させていただいたお話の改稿版(文章をすべて書き直し、ストーリーの一部を変更したもの)となっております。  1月29日追加。後日ざまぁの部分にストーリーを追加させていただきます。

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

誰にも言えないあなたへ

天海月
恋愛
子爵令嬢のクリスティーナは心に決めた思い人がいたが、彼が平民だという理由で結ばれることを諦め、彼女の事を見初めたという騎士で伯爵のマリオンと婚姻を結ぶ。 マリオンは家格も高いうえに、優しく美しい男であったが、常に他人と一線を引き、妻であるクリスティーナにさえ、どこか壁があるようだった。 年齢が離れている彼にとって自分は子供にしか見えないのかもしれない、と落ち込む彼女だったが・・・マリオンには誰にも言えない秘密があって・・・。

公爵令嬢の辿る道

ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。 家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。 それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。 これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。 ※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。 追記  六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

《完結》恋に落ちる瞬間〜私が婚約を解消するまで〜

本見りん
恋愛
───恋に落ちる瞬間を、見てしまった。 アルペンハイム公爵令嬢ツツェーリアは、目の前で婚約者であるアルベルト王子が恋に落ちた事に気付いてしまった。 ツツェーリアがそれに気付いたのは、彼女自身も人に言えない恋をしていたから─── 「殿下。婚約解消いたしましょう!」 アルベルトにそう告げ動き出した2人だったが、王太子とその婚約者という立場ではそれは容易な事ではなくて……。 『平凡令嬢の婚活事情』の、公爵令嬢ツツェーリアのお話です。 途中、前作ヒロインのミランダも登場します。 『完結保証』『ハッピーエンド』です!

処理中です...