塀のうちの字余り

蕚ぎん恋

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—桜に還る—

温かい 実

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 ……祝福だけじゃ。敬意だけじゃ、ないんだ。
 純粋に、難しい綺麗事なんか取っ払って、
目を逸らせないしがらみや、面倒事なんかがあったとしても、
単純に、 ——でたまらないんだ。

 それは、伝えたくてずっとあふれて仕方なかったけど、まだ、直接思いきり伝えるのは難しくて、……伝えてしまう心苦しさも燻っていて。
 だけど、『これ』だけじゃないんだっていう想いに突き動かされて、
瞼に落とした唇を、頬にも、確かにもう大分になっていて、活き活きとした張りは削げている筈なのに、
ほわんと柔らかな雪みたいな、少年みたいな弾力を、意外にも返してきたそこへも、
少しせわしくなってしまったけど、大急ぎと照れを優しくで何とか隠して、触れて、
開きかけた瞳が、少し驚いてくすぐったそうに揺れてしまったのが見えたから、やっぱりいたたまれなくなって、
そのひとの頸の根っこに、恥ずかしさから隠れて埋まった。


 可笑しそうに綻ぶ吐息が、耳許に零れてくる。
 顔を上げて。
 そんな、言葉もないのに、優しい視線で囁かれた気がして、埋まっていた瞳を、そろそろとずり上げていったら、
前髪が、そのひとの指で梳かれたのだと思う。直ぐに、
温かい実が、額に、種を落とすようにふれて、
とろけた感触が、胸に瞬いて、消えて。

 瞼に、頬に、彼に辿ったのをなぞるように、
魔法にでもかけてられていく心地で、自分にもそれが降りてきて、
また、昇っていってしまいそうだと瞳を閉じかけていたら、
仕上げに、鼻にもそれが優しく届いて。

 甘い魔法の終わりみたいに、瞳を開けたら、
出会った時からずっと自分に魔法をかけ続けてきたそのひとは、
照れくさそうに、目尻をほんわり染めてはいるけれど、まるで樹齢、をも感じさせる深い眼差しが、
やっぱり大きな、おおらかなのにいつまでも少年みたいに弾ける笑顔に溶けていて、
この桜の樹みたいに、優しく、つよく、しなやかなその腕のなかに、もう一度閉じ籠めさせてくれた。


 桃色のかぐわしさがたちこめて。
 自身の頬もこころも白桃で満開の、黒い髪の彼は、それは嬉しい。
 それは嬉しい、けど。
 腕のなかで、嫌がってはいないけど、昔からしばしば感じた不満そうな身の捩りが伝わった気がして、抱きしめる彼は首を傾げて覗きこむ。

 出会った当初から、そんな調子によくくるまれていた。現実に、としは離れていて、いまも、その間隔は見事に開け放たれてしまった。
 包みこまれて、それ自体は凄く大好きで、けれど、
ぽんぽんと、頭や背を撫でられて、そのひとの、本当のこころへは、思い過ごしかも知れないけどはぐらかしを受けて、いつまでも届かせてはくれていない、ような。
 さっきのも、……きっと『お返し』。

 まるで悪意のない覗きこみから、動けない身体の視線だけを際限までずらす。
 最後の、精一杯の抵抗と『怨み言』を、その切れ長の瞳と眉の顰めから示して、
けれど、目尻のふちから広がる桜色の泉みたいな染まりからは、雄弁に彼の『れ』が溢れでていた。


"——……子ども扱い、しないでよ……"

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