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—桜に還る—
こたえあわせ
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堅固な鳥籠のような房のなかで、ただ罪を見つめて座しているよりは。
たとえ崖のような岩塀に囲われた四面であっても。
ささやかな箱庭のような。足裏に、大地を。この頬に風を感じて。
ちっぽけで底まで堕ち尽くした自分や、その周りの罪禍をも浄化して見下ろし、優しい翳を落とすみたいにして包んでくれる、
この樹が植わっているこの場所が、好きだった。
ここにいる、喜びを。この世界に生きていることは、赦されるのかも知れないと。
それを分けあって、共に感じて、その温かさの証みたいな優しい微笑みを、生まれて初めて自分に向けてくれた、
大きな手のひらみたいに揺るぎないこころと、素直な、罪に身を墜としてもなお尊いいのちと純朴な信念に満ち溢れているそのひとが、何のてらいもない眼差しを向けて、
自分に逢いに、来てくれるから。
樹肌を、撫でる。
鎧うように身を焦がした色に、己れの皮膚をさらすがごとく、自分の想いを、そのひとへの乞いを、拙い言葉で、刻んで綴った。
秘めている、べきだった。だけど、あのひとの顔を、見ていたら。
許されるのでは、許してくれるのでは。
罪でも、受け容れられなくても、
その手のひらに浮かべて、変わらず笑って、その深い瞳で包みこんで、胸に溶かせてなお遺してくれる、
願いみたいな、予感がしたから。
待っていた、おおらかな空気が近づいてきて、振り返る。
『—— さん、』
あれ、どうしたんだろう。
いつも裏表がなくて、ありのままの言葉と表情で語ってくれるそのひとが、
大きな身体をぎこちなさそうに俯けて、照れくさそうに遠いところにある頭を掻いて、微笑っている。
背後の樹を、ふと振り返った。
そういえば、——自分が彫った傍らに、隣りから、包みこむようにして、答え合わせのように添って、
おおらかで真っ直ぐな言の葉が、敷き詰められていたような……。
『——……』
『彼』の傍にあった、"それ"を認めて、目の前のひとへまた向き直った。
それが、答えだ。それが真実だと。
その詠いのままに、変わらず温かなこのひとのいのちそのままの、優しい瞳がくすぐるように、深奥まで澄んだ焦茶のなかで柔らかな光が緩められていて、
嬉しくて、もう抑えられなくて、
触れたいと、触れられたらと、触れたらこの身はどんな心地に溶けてしまうのだろうかと、
何度も夢見た焦燥が胸を掠めたが、もうこの足は駆け出していて、
彼に向かって、その両腕が解かれて、自分へ向けて差し伸べられているのが掠めたから、
迷いなくその胸だけが視界に揺れて、跳ぶようにこの身を、その胸と笑顔だけを信じて、
おちるようにがむしゃらに投げこんでいった。
何て、生命の幹みたいに、
力強くて、優しくて、
ゆるぎのない 温かさなんだろう。
勢いよく飛びこみ過ぎて、枝みたいな肢体でしがみついて回転しそうだったけど、
いともあっさりと、この身体は掬いあげられていて、
力強い肩に、広い胸に、抱き止められて、
背に、腕に肩に。そのひとの腕と手のひらで、つよくつよく、縫いつけて包みおおわれていて、
だから彼も、負けないように、窮屈をない交ぜにして上回る嬉しさで、苦しくて息が詰まってしまうかも知れなかったけど、構わない、
目の前の大きな背を、もう離したくなくて、その服ごと強く、懸命に爪先と背筋を伸ばして、少しでも近く高く届くようにと、抱きこんでいた。
笑った。ふたりして。
何のため。答え合わせに。
答え合わせの嬉しさに。照れくささに。
ついに触れられた、喜びに。
彼が、まだ生命の息吹に満ちあふれていることに。
たとえしがみつく彼は、天に昇っていたのだとしても。
抱き留めている彼は、生きて、この外に還ってきて、まだその生命の煌めきを、
この大地へ燈す役割を、託されてそこに存在しているのだから。
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