塀のうちの字余り

蕚ぎん恋

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—振り返るのは—

「  です」

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 奥寺の振る舞いはといえば、受刑者の目から外れた所員間、こと園山の前では、そこで調整をとっているのかどうか、
先ほどから全面に押し出されるあけっぴろげな素の言動、勤続十年も疑わしくなるような、しばしば都合良く『若輩』をぶら下げてしがみつき、全力で引き剥がそうにも剥がしきれない、頗る厄介なものがあったが、
働きぶりに関しては、えてして若い刑務官は収容者に侮られやすい傾向にあるも、それを意に介さず、当初から淡々と受け流し、
園山を倣っているとは言うが、勤務中の姿は事務所とは別人か? と思えるほど過分な馴れ合いも冷淡も見せず、程良い温度を保って隙のない『刑務官』の貌で官服の袖を通していたし、
剣道を長年習得してきた体育会系の迅速さで、裏の事務捌きも案外そつなく、一般の出来以上でさえこなしていた。
 それらを踏まえて前述のような認めを、園山は明かさずも放っておいて『問題ない』ものとして、かねてから落としこんでいたのだ。

「園山さん……、それ、デレですよね。半年に一回くらいしか搾り出されない、かす汁みたいな園山さんのデレ、上半期を迎えるこのタイミングで、頂いちゃって良いんですか……!?
そのデレを踏まえると? 本当は、鋼鉄の園山次期矯正副長の隣には、その意思をくまなく汲んで未来永劫ニコイチであるこの奥寺大雅たいがが、本当は、まっ違いなく必要不可欠であるんだけど、
今晩も、本当は大雅をポッケに入れて、あ、ANA369便、ビジネスクラス5A窓際の隣、まだ空席ですよ? そこに大雅を詰めこんで、福岡の夜の街へと翔び、とばりの降りるなか、
滞在先のその敷布で『ああ収史さん、今晩だけはその名で呼ばせて下さい……』なんて、
あははあ優月ゆづきさん、ほんと申し訳ないっす! 現地伴侶づまとして留めおきたいんだけど、
願望はさておき福岡から、ひいてはこの国の治安保持を牽引するため、一切の煩悩を捨て、泣いて大雅を斬る並の断決で、いまはおひとりで発つ時、という認識で宜しいんですね……!?」

「…………うん。…………ま……。そうだな……」
 そもそもポッケとか、今晩のフライト便とか、敷布でだとか、諸々を伐採しきってもまだ許容出来ない突っ込みどころ他はそれは残っていたが、
何だかもう、再検するのも放棄していた。

「園山さん、園山さんにしちゃまあ開き過ぎですよ! 霞見るみたいな眼やめて下さい。まだ園山さんの老眼受け止める覚悟出来てないんですから。
……解りました! まずは福岡の地盤固めでお忙しい園山さんから、貴重な激励のデレ、頂いちゃったんですから。
刑務官として園山さんの右側に申し分ないこの俺が、中央の護りと留守を、いつでも万全に整えておけってことで!」
「解ったなら何よりだ。もう行くぞ、最後の昼食が三分で、不完全なまま喰らうカップ麺はもうごめんだ」
「あ、待って、園山さん……!」

 駆けるように速歩を踏み出した園山の肢体が、また上腕から固定を余儀なくされ、忌々しく背後の切羽詰まった顔を振り返る。

「すみません園山さん、最後に、最後に一つだけ……。……カップ麺で思い出しましたけど、昔報知器が鳴って、皆んなで出動して帰ってきた後、園山さんの食べかけだった焼豚ラーメン(黒)が消えた先は……、……俺の胃の中です」
「そんなことはどうでも……っ、…………何いっ!?」
「だってもう冷たくてとても見てられないどす黒い麺だけになってた……! でも、何だか園山さんを喰べてるみたいで、幸せだったなあ……。
すみません、その件は申し訳ありません、本当に言いたいことはそれじゃないんです、最後に、最後に、これだけは言わせて下さい……!」

 180cmそこそこの自分よりほんの少しだけ下の貌。
 見下ろしている、筈なのに制帽の陰から射抜かれる眼光は、そうは感じさせない却ってこちらが上空から絡めとられているような錯覚、そしてそれはいつしか痺れるような陶酔の帯びをこの胸にしたたらせていたのだ。

 ああ、百合の王みたいに、いつだって気高い。
 巻き戻る。先程桜の下の上官を前にして、覚えず先走ってだだ漏れてしまった感傷は、ずっと胸に籠め膨らむばかりで秘めたままでいようと誓っていた想いと、永くその姿を見ることが叶わなくなるいまこの瞬間ときに、遂に打ち明けてしまうべきだとこの身がたぎっている。
 でないと、最上の蜜を貰ったばかりであるのに、いまにも、明日からの別離にくずおれてしまいそうなのだから。

 目前の部下の感情の急上昇から、転じたただならぬ昂りを察した園山は、頭上の桜を、気どられぬ程度にちらと見遣った。
 ああ。ここでか。 厭だなあ。
 ……あいつ、見ていたら、どうしよう。
 生前まえから俺には笑ってくれたことなかったのに、ますます冷めた、もしかしたら憐れみの表情かおを、『向こう』で見るのか。
 …………でも。まあ、いいか……。

 諦めの脳裏へ極めつけのように、文筆で鳴らす愛妻の囁きまで聞こえた。

『駄目よ収ちゃん、職場の歳下攻めは切って貰っちゃ。
歌詠みブロマンスカップルは殿堂入りなんだから、幾らでも私に執筆のネタを提供してくれないと、
収ちゃんなんか、所詮ちょっとスペックの高い公安職止まりよ?』

「園山さん……! あの、もうご推察かも知れませんけど……!
園山さんには愛する頭の切れ過ぎる美しい優月さんおくさまと、反抗期真っ只中の紡希つむぎちゃんがいるのは重々承知です……!
反抗期は大丈夫です、多分園山さんのツンを受け継ぎ過ぎたんだ、俺だったら毎日でもお背中流したいくらいなんだから!
別にどうこうなりたいとかじゃないんです、迷惑なのも一々承知ですすみません、ただ、自己満ですけど、ただ伝えておきたいだけなんです……っ!
園山さん、——…………きですっ、……あっ、愛してます……!
園山さんが相手してくれないから彼女とかつくりましたけど、人間ひととしては、申し訳ないけど、愛してるで言ったら、園山さんの方がずっとずっと、愛してるに相当してるんです……っ!」

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