87 / 97
—振り返るのは—
三連呼からの解放
しおりを挟む
「……その様子だと、心残りのない見届けが出来たようですね。僕もとうとう、今年は三十路に突入する大人ですから。園山さんを快く解放する包容力くらいあるんです。送り出せて、僕も何よりです。
てゆうか高階って、めちゃめちゃ良い奴でしたよね! あれで極刑喰らったって本当ですか? 加害者一族が一帯の地主だったから、裁判で相当苦しめられたってやつ。いやあ、法も正義もないなあと思いましたよ。あ、こんなこと僕らが言っちゃいけない」
「……そこを何の後ろ盾もない正攻法で、不条理に架けられた首の縄捩じ切って、自力でただの堅気に還ったんだよ。一定の敬意は払えよ」
「確かにですねえ。悔しいけど、園山さんがこころを寄せる理由も解りますよ……。
園山さんには及びませんけど、元消防士らしくでかくて良い漢だったし、えらい辛酸嘗めた割りにひねずに爽やかで、いつも目合わせてきちんと挨拶してくれて。
『今年度も奥寺先生の顔が拝見出来て嬉しいです。……刑務官も入れ替わりの激しい、厳しい仕事でしょう? 若い先生が傍で働き続けてくれるのは、こちらにも希望になります。これからも園山先生を支えてあげて下さいね』って……。
あっ、園山さんが、隠してたけど本当は誰よりも"情"がだだ漏れちゃってた高階に、これからも支えてあげてって、念押しされたんですよ!
まだ間に合うかなあ、明日からの福岡への異動、やっぱりもう一度所長に願ってみようかなあっ!」
……余計なことを。そもそも高階には、さしたる不満も持ち合わせてなかった筈なのに、唯一そこだけは……ともたげそうになったまさかの恨み言を、そっとその能面の微笑のうちに園山は抑えた。
園山さん、園山さん? 園山さん!
『園山三連呼』と多方面から忌避される、ところ構わず乱発され、受刑者からも『園山先生のことは、三回お呼びしないといけないんですか……?』と困惑の目を向けられるそれからも、
明日から漸く解放されるんだ。堪えろ、堪えるんだ収史……と呪いのように念押ししながら、
すっかり培われた忍耐力の感触を確かめるように、組んだ肘を静かにさすりながら、ただ柳のように目の前の雑音を聞き流している。
「園山さんて、僕が配属した瞬間から口酸っぱくして『受刑者に、寸でも過ぎた情を抱くな』って言ってきた割りには、何だかんだ誰よりもご自分が、その律すべき情のあるひとだからなあ。
鉄の貴公子みたいな貌して、そこが園山さんの魅力ですよね。
あれもそうですよ。高階とセットで、事あるごとに皆んな口に出してた、天川って死刑囚。
天川って、ここでの最年少執行年齢、更新しちゃってもう破られないだろうって奴でしょ? 僕、当時小学生でしたから知りませんけど。
何でしたっけ。両親、刺しちゃったやつか。引きこもりの逆上とかですか? いやあ、何があったか知りませんけど、幾ら何でも、ないっすね。僕、親とめちゃめちゃ仲良いんで。
園山さんは、初めて執行に携わった存在ですから、それは忘れがたいものがおありでしょうけど。何かまるでこころの奥深い祭壇に、大事に大事に祀っちゃってる感じで……」
「そろそろそのふざけきった口を閉じろ。とゆうか早く。報告すべきことがあるならそれを。とっとと先に出してからにしろ」
「はっ、そうなんです! 矢崎が! いつまでも執行されないで10階の牢名主みたくなっちゃってる矢崎が!
園山さんが明日からいないって知ったら、『……園山をここに呼べ』って……。俺、あいつが点呼か通常の願い以外で言葉発してるの、初めて見ましたよ!」
「何だよ。お礼参りの類いか。怖いな」
「園山さんが怖いだなんて! 大丈夫ですよお、僕が護ってあげますから! 矢崎だけじゃないんす、もうやばいって10階・11階の古参新参問わず、園山さん、思った以上に信者ばら撒き過ぎですよ。
明日から園山さんはご栄転で暫し不在となる、留守はこの、園山イズムの唯一受け継がれしこの俺が、びしびしやるからそのつもりでいろって周知してやったら、
『えっ……!?』って絶句する奴続出で。
『やだなあ奥寺先生、エイプリルフールは明日ですよ……、』なんて真に受けないから、いやだからがちなんだよって念押ししたら、
固まって、目開けたまま意識不明みたいになってたり、黙って部屋の隅まで静かに下がって、項垂れて、涙ぐんでるとか、挙げ句の果てにはこっちチラッと見て、舌打ちする奴とかいて!
もう何だよ! 泣きたいのはこっちの方なんだっていう!」
「解った。俺は昼食は後で摂る。お前は先に済ませろ」
「ちょっと待って下さい園山さん!」
奥寺から大量発生する雑音から、素早く優先事項を掻い摘んだ園山は、返事を待たずに彼の横を過ぎろうとしたが、上腕をしっかと握られ、その身体は留められた。
てゆうか高階って、めちゃめちゃ良い奴でしたよね! あれで極刑喰らったって本当ですか? 加害者一族が一帯の地主だったから、裁判で相当苦しめられたってやつ。いやあ、法も正義もないなあと思いましたよ。あ、こんなこと僕らが言っちゃいけない」
「……そこを何の後ろ盾もない正攻法で、不条理に架けられた首の縄捩じ切って、自力でただの堅気に還ったんだよ。一定の敬意は払えよ」
「確かにですねえ。悔しいけど、園山さんがこころを寄せる理由も解りますよ……。
園山さんには及びませんけど、元消防士らしくでかくて良い漢だったし、えらい辛酸嘗めた割りにひねずに爽やかで、いつも目合わせてきちんと挨拶してくれて。
『今年度も奥寺先生の顔が拝見出来て嬉しいです。……刑務官も入れ替わりの激しい、厳しい仕事でしょう? 若い先生が傍で働き続けてくれるのは、こちらにも希望になります。これからも園山先生を支えてあげて下さいね』って……。
あっ、園山さんが、隠してたけど本当は誰よりも"情"がだだ漏れちゃってた高階に、これからも支えてあげてって、念押しされたんですよ!
まだ間に合うかなあ、明日からの福岡への異動、やっぱりもう一度所長に願ってみようかなあっ!」
……余計なことを。そもそも高階には、さしたる不満も持ち合わせてなかった筈なのに、唯一そこだけは……ともたげそうになったまさかの恨み言を、そっとその能面の微笑のうちに園山は抑えた。
園山さん、園山さん? 園山さん!
『園山三連呼』と多方面から忌避される、ところ構わず乱発され、受刑者からも『園山先生のことは、三回お呼びしないといけないんですか……?』と困惑の目を向けられるそれからも、
明日から漸く解放されるんだ。堪えろ、堪えるんだ収史……と呪いのように念押ししながら、
すっかり培われた忍耐力の感触を確かめるように、組んだ肘を静かにさすりながら、ただ柳のように目の前の雑音を聞き流している。
「園山さんて、僕が配属した瞬間から口酸っぱくして『受刑者に、寸でも過ぎた情を抱くな』って言ってきた割りには、何だかんだ誰よりもご自分が、その律すべき情のあるひとだからなあ。
鉄の貴公子みたいな貌して、そこが園山さんの魅力ですよね。
あれもそうですよ。高階とセットで、事あるごとに皆んな口に出してた、天川って死刑囚。
天川って、ここでの最年少執行年齢、更新しちゃってもう破られないだろうって奴でしょ? 僕、当時小学生でしたから知りませんけど。
何でしたっけ。両親、刺しちゃったやつか。引きこもりの逆上とかですか? いやあ、何があったか知りませんけど、幾ら何でも、ないっすね。僕、親とめちゃめちゃ仲良いんで。
園山さんは、初めて執行に携わった存在ですから、それは忘れがたいものがおありでしょうけど。何かまるでこころの奥深い祭壇に、大事に大事に祀っちゃってる感じで……」
「そろそろそのふざけきった口を閉じろ。とゆうか早く。報告すべきことがあるならそれを。とっとと先に出してからにしろ」
「はっ、そうなんです! 矢崎が! いつまでも執行されないで10階の牢名主みたくなっちゃってる矢崎が!
園山さんが明日からいないって知ったら、『……園山をここに呼べ』って……。俺、あいつが点呼か通常の願い以外で言葉発してるの、初めて見ましたよ!」
「何だよ。お礼参りの類いか。怖いな」
「園山さんが怖いだなんて! 大丈夫ですよお、僕が護ってあげますから! 矢崎だけじゃないんす、もうやばいって10階・11階の古参新参問わず、園山さん、思った以上に信者ばら撒き過ぎですよ。
明日から園山さんはご栄転で暫し不在となる、留守はこの、園山イズムの唯一受け継がれしこの俺が、びしびしやるからそのつもりでいろって周知してやったら、
『えっ……!?』って絶句する奴続出で。
『やだなあ奥寺先生、エイプリルフールは明日ですよ……、』なんて真に受けないから、いやだからがちなんだよって念押ししたら、
固まって、目開けたまま意識不明みたいになってたり、黙って部屋の隅まで静かに下がって、項垂れて、涙ぐんでるとか、挙げ句の果てにはこっちチラッと見て、舌打ちする奴とかいて!
もう何だよ! 泣きたいのはこっちの方なんだっていう!」
「解った。俺は昼食は後で摂る。お前は先に済ませろ」
「ちょっと待って下さい園山さん!」
奥寺から大量発生する雑音から、素早く優先事項を掻い摘んだ園山は、返事を待たずに彼の横を過ぎろうとしたが、上腕をしっかと握られ、その身体は留められた。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ヤンキーDKの献身
ナムラケイ
BL
スパダリ高校生×こじらせ公務員のBLです。
ケンカ上等、金髪ヤンキー高校生の三沢空乃は、築51年のオンボロアパートで一人暮らしを始めることに。隣人の近間行人は、お堅い公務員かと思いきや、夜な夜な違う男と寝ているビッチ系ネコで…。
性描写があるものには、タイトルに★をつけています。
行人の兄が主人公の「戦闘機乗りの劣情」(完結済み)も掲載しています。
泣き虫な俺と泣かせたいお前
ことわ子
BL
大学生の八次直生(やつぎすなお)と伊場凛乃介(いばりんのすけ)は幼馴染で腐れ縁。
アパートも隣同士で同じ大学に通っている。
直生にはある秘密があり、嫌々ながらも凛乃介を頼る日々を送っていた。
そんなある日、直生は凛乃介のある現場に遭遇する。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
黄色い水仙を君に贈る
えんがわ
BL
──────────
「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」
「ああ、そうだな」
「っ……ばいばい……」
俺は……ただっ……
「うわああああああああ!」
君に愛して欲しかっただけなのに……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる