塀のうちの字余り

蕚ぎん恋

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—振り返るのは—

三連呼からの解放

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「……その様子だと、心残りのない見届けが出来たようですね。僕もとうとう、今年は三十路に突入する大人ですから。園山さんを快く解放する包容力くらいあるんです。送り出せて、僕も何よりです。
てゆうか高階って、めちゃめちゃ良い奴でしたよね! あれで極刑喰らったって本当ですか? 害者一族が一帯の地主だったから、裁判で相当苦しめられたってやつ。いやあ、法も正義もないなあと思いましたよ。あ、こんなこと僕らが言っちゃいけない」

「……そこを何の後ろ盾もない正攻法で、不条理に架けられた首の縄捩じ切って、自力でただの堅気ひとに還ったんだよ。一定の敬意は払えよ」
「確かにですねえ。悔しいけど、園山さんがこころを寄せる理由も解りますよ……。
園山さんには及びませんけど、元消防士らしくでかくて良い漢だったし、えらい辛酸嘗めた割りにひねずに爽やかで、いつも目合わせてきちんと挨拶してくれて。
『今年度も奥寺先生の顔が拝見出来て嬉しいです。……刑務官も入れ替わりの激しい、厳しい仕事でしょう? 若い先生が傍で働き続けてくれるのは、こちらにも希望になります。これからも園山先生を支えてあげて下さいね』って……。
あっ、園山さんが、隠してたけど本当は誰よりも"情"がだだ漏れちゃってた高階に、支えてあげてって、念押しされたんですよ!
まだ間に合うかなあ、明日からの福岡への異動、やっぱりもう一度所長に願ってみようかなあっ!」

 ……余計なことを。そもそも高階には、さしたる不満も持ち合わせてなかった筈なのに、唯一そこだけは……ともたげそうになったまさかの恨み言を、そっとその能面の微笑のうちに園山は抑えた。

 園山さん、園山さん? 園山さん!
 『園山三連呼』と多方面から忌避される、ところ構わず乱発され、受刑者からも『園山先生のことは、三回お呼びしないといけないんですか……?』と困惑の目を向けられるそれからも、
明日から漸く解放されるんだ。堪えろ、堪えるんだ収史……とまじないのように念押ししながら、
すっかり培われた忍耐力の感触を確かめるように、組んだ肘を静かにさすりながら、ただ柳のように目の前の雑音を聞き流している。

「園山さんて、僕が配属した瞬間から口酸っぱくして『受刑者に、寸でも過ぎた情を抱くな』って言ってきた割りには、何だかんだ誰よりもご自分が、その律すべき情のあるひとだからなあ。
鉄の貴公子みたいな貌して、そこが園山さんの魅力ですよね。
あれもそうですよ。高階とセットで、事あるごとに皆んな口に出してた、天川って死刑囚。
天川って、ここでの最年少執行年齢、更新しちゃってもう破られないだろうって奴でしょ? 僕、当時小学生でしたから知りませんけど。
何でしたっけ。両親おや、刺しちゃったやつか。引きこもりの逆上とかですか? いやあ、何があったか知りませんけど、幾ら何でも、ないっすね。僕、親とめちゃめちゃ仲良いんで。
園山さんは、初めて執行に携わった存在ですから、それは忘れがたいものがおありでしょうけど。何かまるでこころの奥深い祭壇に、大事に大事に祀っちゃってる感じで……」
「そろそろそのふざけきった口を閉じろ。とゆうか早く。報告すべきことがあるならそれを。とっとと先に出してからにしろ」
「はっ、そうなんです! 矢崎やざきが! いつまでも執行されないで10階の牢名主みたくなっちゃってる矢崎が!
園山さんが明日からいないって知ったら、『……園山やつをここに呼べ』って……。俺、あいつが点呼か通常の願い以外で言葉発してるの、初めて見ましたよ!」
「何だよ。お礼参りの類いか。怖いな」
「園山さんが怖いだなんて! 大丈夫ですよお、僕が護ってあげますから! 矢崎だけじゃないんす、もうやばいって10階・11階の古参新参問わず、園山さん、思った以上に信者ばら撒き過ぎですよ。
明日から園山さんはご栄転で暫し不在となる、留守はこの、園山イズムの唯一受け継がれしこの俺が、びしびしやるからそのつもりでいろって周知してやったら、
『えっ……!?』って絶句する奴続出で。
『やだなあ奥寺先生、エイプリルフールは明日ですよ……、』なんて真に受けないから、いやだからがちなんだよって念押ししたら、
固まって、目開けたまま意識不明みたいになってたり、黙って部屋の隅まで静かに下がって、項垂れて、涙ぐんでるとか、挙げ句の果てにはこっちチラッと見て、舌打ちする奴とかいて!
もう何だよ! 泣きたいのはこっちの方なんだっていう!」
「解った。俺は昼食は後で摂る。お前は先に済ませろ」
「ちょっと待って下さい園山さん!」

 奥寺から大量発生する雑音から、素早く優先事項を掻い摘んだ園山は、返事を待たずに彼の横を過ぎろうとしたが、上腕をしっかと握られ、その身体は留められた。
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