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—歌—
いのちを還す
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園山も上背があり、均整のとれた体躯をしている。180cm付近の範囲にはいるだろう。
その園山の背越しの、彼方の廊下へ差した光から目を閉ざし、黙して動きを停止させた俺の、隣へ園山はやってきて、
握るように俺の肩を掴み、ともに歩くように緩やかに歩を進めた。
自分より大柄の人間を支えながら歩くのは、彼でも負担があるだろうと、俺はうっすら、そんなことを考えながら、ただ園山に進められるように足を動かしていた。
「……五日前に、法務大臣から執行命令が来たんだ。…………天川の」
「……」
「こんなことを言っては何だが、本当に、来るんだな。法の上では、判決が確定してから6ヶ月以内に執行、なんてことになっているけど、実際はそんなのは建前で、何年もかかってるだろう。
ここにいる奴等と日々、過ごして、悪びれもせず悪態なんか吐かれたりすると、正直、俺も現実味が薄れていたというかさ……」
「…………はい」
「本当に、甘かった」
「……」
「俺、初めて執行に立ち会ったんだ」
園山が立ち止まり、俺の肩を強く掴んだ気がして、俺は園山の、魂が込められたような瞳を見た。
「天川、本当に立派だったよ」
「——……」
「……まるで動揺してなかったよ。本当に、いつも通り。『出房だ』。いつもと違う、大勢で行ったから……、……解った筈だ。
だけどあいつ、少しぽかんとしたような顔してて……。けどすぐ、『…………はい』って、まるでずっと前から知ってたような静かな顔して、何の感情もなく、そっと立ち上がった。
正直、俺は緊張してた。怖かったよ。だけど俺の方が、よっぽど緊張してるんじゃないかっていう、白い静かな顔して、通り過ぎて行って……」
「……」
「何も要求しなかったな。遺書もない。宗派もない。食べたいものもない。ただ静かに教誨師の話に耳を傾けて頷いている。本当に、このままなのかなって、いまだに俺の方が信じられない気持ちでいて……」
「……」
「……時間になったから、部屋を移った。最期に、言い遺すことはないか。所長が聞いた。そしたら、初めて俺たちのことが目に入ったような、初めて、胸の内を明かしてくれるような、澄んだ瞳をして口を開いたんだ」
『……妹の楓には、申し訳なかったと。もう俺のことは棄てて、どうか幸せな人生を歩んで欲しいと、伝えて下さい。
……俺の人生、取りたてて良いところも何もない、……人に言えない、どろどろ薄汚れたものばかりで、生きていて虚しいことばかりだと思ってたけど、そんな人生だけど、少しでも生きていて愉しい、良かったと思える瞬間も確かにありました。
……そういう瞬間を知ることが出来た、俺に生を授けてくれた両親の命を奪ったことは、償っても償いきれるものではありません。
……母には、一人の女性としての尊厳を踏みにじりました。父は、俺を堕落に引き摺りこんだかも知れませんが、一緒に掬い上がることが出来ませんでした。……一緒に、母に謝りに行きたいと思います。
そのために、俺の命をふたりに還そうと思います。
……そういった気持ちになれたのは、ここにいる看守方、この国の司法が、その機会を与えてくれたお陰だと、ひとえに、今そう感じて、この日を迎えています』
「…………、」
「『きっと、ご両親は心良く受け容れてくれることでしょう』なんて教誨師は言ってたけど……。
誰も、ろくに何も、言えなくてな……」
「……」
「あいつ、本当に若いだろ。二十一って、大学行ってる呑気な俺の弟より、若いよ。それなのに、なあ……」
「……」
「こんな、生涯と精神、あるのかと。
聞いて、いられなくてな……」
堪えきれずに笑みのかたちをとろうとした園山の、声と顔が歪む。
それでも、俺はそれに応えてやることが出来なかった。
「……もう何もない、みたいなまっさらな表情してるから、俺、聞いたんだ。 ——高階には、何かないかと」
「…………え」
「お前と天川の、ちょっとした休憩の時の姿とか……。天川は、あまり人に打ち解ける奴じゃなかっただろ。だけど、……お前には、違ってたよな? だから、何もないなんてことは、ないと思って……」
「……」
「……そうしたら、それまでは、もう腹は決まってるみたいな表情してたけど、ちょっと、考えるような顔して、止まったんだ。…………だけど、」
『何もないです』
「薄情とか、お前には何もないとか、そういうんじゃないんだ。
笑ったんだよ、あいつ。
ちょっと、照れ臭そうな、何か恥ずかしそうでもあって、でも優しい……、 そういう顔して、笑ったんだ」
「…………、」
「……俺には解らないけど、きっと、お前たちの間では、それで良いって、そう思ったんだろうな。あいつは……」
「…………」
その園山の背越しの、彼方の廊下へ差した光から目を閉ざし、黙して動きを停止させた俺の、隣へ園山はやってきて、
握るように俺の肩を掴み、ともに歩くように緩やかに歩を進めた。
自分より大柄の人間を支えながら歩くのは、彼でも負担があるだろうと、俺はうっすら、そんなことを考えながら、ただ園山に進められるように足を動かしていた。
「……五日前に、法務大臣から執行命令が来たんだ。…………天川の」
「……」
「こんなことを言っては何だが、本当に、来るんだな。法の上では、判決が確定してから6ヶ月以内に執行、なんてことになっているけど、実際はそんなのは建前で、何年もかかってるだろう。
ここにいる奴等と日々、過ごして、悪びれもせず悪態なんか吐かれたりすると、正直、俺も現実味が薄れていたというかさ……」
「…………はい」
「本当に、甘かった」
「……」
「俺、初めて執行に立ち会ったんだ」
園山が立ち止まり、俺の肩を強く掴んだ気がして、俺は園山の、魂が込められたような瞳を見た。
「天川、本当に立派だったよ」
「——……」
「……まるで動揺してなかったよ。本当に、いつも通り。『出房だ』。いつもと違う、大勢で行ったから……、……解った筈だ。
だけどあいつ、少しぽかんとしたような顔してて……。けどすぐ、『…………はい』って、まるでずっと前から知ってたような静かな顔して、何の感情もなく、そっと立ち上がった。
正直、俺は緊張してた。怖かったよ。だけど俺の方が、よっぽど緊張してるんじゃないかっていう、白い静かな顔して、通り過ぎて行って……」
「……」
「何も要求しなかったな。遺書もない。宗派もない。食べたいものもない。ただ静かに教誨師の話に耳を傾けて頷いている。本当に、このままなのかなって、いまだに俺の方が信じられない気持ちでいて……」
「……」
「……時間になったから、部屋を移った。最期に、言い遺すことはないか。所長が聞いた。そしたら、初めて俺たちのことが目に入ったような、初めて、胸の内を明かしてくれるような、澄んだ瞳をして口を開いたんだ」
『……妹の楓には、申し訳なかったと。もう俺のことは棄てて、どうか幸せな人生を歩んで欲しいと、伝えて下さい。
……俺の人生、取りたてて良いところも何もない、……人に言えない、どろどろ薄汚れたものばかりで、生きていて虚しいことばかりだと思ってたけど、そんな人生だけど、少しでも生きていて愉しい、良かったと思える瞬間も確かにありました。
……そういう瞬間を知ることが出来た、俺に生を授けてくれた両親の命を奪ったことは、償っても償いきれるものではありません。
……母には、一人の女性としての尊厳を踏みにじりました。父は、俺を堕落に引き摺りこんだかも知れませんが、一緒に掬い上がることが出来ませんでした。……一緒に、母に謝りに行きたいと思います。
そのために、俺の命をふたりに還そうと思います。
……そういった気持ちになれたのは、ここにいる看守方、この国の司法が、その機会を与えてくれたお陰だと、ひとえに、今そう感じて、この日を迎えています』
「…………、」
「『きっと、ご両親は心良く受け容れてくれることでしょう』なんて教誨師は言ってたけど……。
誰も、ろくに何も、言えなくてな……」
「……」
「あいつ、本当に若いだろ。二十一って、大学行ってる呑気な俺の弟より、若いよ。それなのに、なあ……」
「……」
「こんな、生涯と精神、あるのかと。
聞いて、いられなくてな……」
堪えきれずに笑みのかたちをとろうとした園山の、声と顔が歪む。
それでも、俺はそれに応えてやることが出来なかった。
「……もう何もない、みたいなまっさらな表情してるから、俺、聞いたんだ。 ——高階には、何かないかと」
「…………え」
「お前と天川の、ちょっとした休憩の時の姿とか……。天川は、あまり人に打ち解ける奴じゃなかっただろ。だけど、……お前には、違ってたよな? だから、何もないなんてことは、ないと思って……」
「……」
「……そうしたら、それまでは、もう腹は決まってるみたいな表情してたけど、ちょっと、考えるような顔して、止まったんだ。…………だけど、」
『何もないです』
「薄情とか、お前には何もないとか、そういうんじゃないんだ。
笑ったんだよ、あいつ。
ちょっと、照れ臭そうな、何か恥ずかしそうでもあって、でも優しい……、 そういう顔して、笑ったんだ」
「…………、」
「……俺には解らないけど、きっと、お前たちの間では、それで良いって、そう思ったんだろうな。あいつは……」
「…………」
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