塀のうちの字余り

蕚ぎん恋

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—塀のうちでの—

怪物

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「母親は、生まれた時から俺に興味を失くしたみたい。女の子だけが、とにかく欲しかったんだって。かたや親父も、どうも女はあまり好きじゃなかったみたいで。
仲は破綻してたけど、世間体保つ上での利害は一致してたんだよ。運良く妹が生まれて、母親は妹、親父は俺の世話をって、それで上手く回ってたんだ。
……そうやって俺のことずっと無視してた癖に、その時は体調崩して本調子じゃない俺を、珍しく心配したらしくってさ。仕事切り上げて、夕方前にいつもより早く帰ってきちゃったんだよ」
「……」

「もう、大惨事だ」

「我慢できなくて、リビングのソファで親父の上に跨って、がんがん腰振ってたからね。ドア開けたら直だよ。真っ最中だ。まじで脳みそとろけそうで、もう少しだったのさ。
……ぶっちゃけ、俺と親父がどうであろうと、母親あの人はどうでも良かったと思うよ。
互いの顔なんか見ちゃいなかったのに。なのに急に『女』の部分、出して来たんだよな。おんな自分が虚仮にされた、てのが多分一番許せなかったんだ。
与え得る限りの罵詈雑言、二人して浴びせられたね。俺はもう、泥棒、畜生、けだもの、やっぱり産まなければ良かった、返せ、無に帰って私から奪ったもの全部返せ、
親父にも色々言ってたけど、もう少しで夫婦水入らずだったのにとか気持ち悪いことぐちゃぐちゃ言いだして、気づいたら二人で台所に消えてばたばたやってるから見に行ったら、
もう刺して首絞めてたな。親父の上に乗って。
ふざけるなよ、そこ、俺の場所だよって、どかしたら、包丁持って向かってきたから、避けて刃の向き変えたら、刺さっちゃった。
いや、うん。 ——刺した。だって憎かったし。だったから」

 顔を覆って、人の業や罪深さが消えてくれたら、どんなにかいいだろうと思うが、
そんなことで天川の絶対的な沼のような闇が、少しでも彼から捲れてくれることなんか、決してありはしないのに。

「親父はまだ、生きてたよ。母さんは、どうした。多分もう無理だよ。そうか、とりあえず救急車呼んでくれ、母さんも、助かるかも知れない。
はあ? て思って。母さん助けたら、どうするの。俺は親父の上に乗った。俺と母さん、どっちを選ぶの?
ねえ、父さん、続きは? 俺のこと、早くかしてくれないの?
聞いてんのに、何だかぶるぶる震えて答えてくれなかった。
どうするんだよ、父さん。父さんがやってくれなかったら、一体誰が、俺の鎮めてくれるんだよ。
血の臭いでせ返りそうだった。だけど俺の頭は至って冷静だったよ。腹とか手が血だらけなのに、顔はどんどん白くなってく親父が手伸ばしてきて、『ああ、透、悪かったなあ、』なんて謝るんだよ。

何がだよ。何が悪いんだ。 勝手に怪物になり果てた俺が悪いのか。
ああ、もういいやって思って、母さんが刺したところもう一回ぶっ刺して、そのまましばらく放っといた」

 まだ日は落ちていない。そして昼間は確かに晴れていた。
 だのに辺りは暗い砂を敷き詰められたような翳りを帯びていて、晩秋の陽の短さが来ているのだと、そのせいだと縋りたかった。

「高階さん」

 天川は頭上の桜の樹を仰ぐ。

「木と同じだよ。腐敗した根の木は枯れていく。腐った親から腐った息子。人の根っこも、何の因果もなくはなから腐ってるものは存在するんだ。正に俺のは。
……親父だけの世界を出て、高階さんを見てたら、久しぶりに俺のなかの疼き、再燃しようとしたんだよ」
「……」
「……意味、解る? 親父が消えて、とんとその辺の熱も枯渇したと思ってたんだけど。
親父って、別に全然格好良くもない、ただの汚い中年のジジイだよ。生白い、胸は骨出て痩せてるのに、腹は脂肪蓄えて膨らんでる。でも唯一神みたいに、綺麗で尊いものだと思って縋ってたんだよ。
……それを高階さんみたいに、若くて格好良くて良い身体してる、きらきらの笑顔の人が現れて、楽しいことや優しいことばっか言ってくれる。
……高階さん、の処理、どうしてる? ……ここで抜くの、本当に面倒なんだよな。下手な真似起こすと、余計カメラで監視される羽目になるしさ。本当、どうしてくれるんだよ」
「……、」

「それでも、こんな俺とでも、歌を詠みたいと思いますか?」


「…………」

「…………思うよ、」

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