塀のうちの字余り

蕚ぎん恋

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—塀のうちでの—

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清涼さ ラムネの泡へ 溶けりばや
みどりあお瓶 赤ならどんな

過ぎる夏 夕陽はせめて 待ってくれ
切なさほかも あな連れて来よ

 緩やかに移ろう季節のなか、互いの気が向いたら、が基本の姿勢スタイルだったが、天川は数々の秀作を生みだした。
 発句にも挑戦し、古語こそ使わなかったが、若さや覚えはじめゆえの感性の瑞々しさが際立ち、先駆の俺より余程はっとする、沁みるように共感するこころを幾つも見せてくれた。

 天川が名句を詠む度、いつしか入り混じっていた敬語とため語の割合が後者を占め始め、じ、と見つめた後そっと視線を逸らすのは変わらずだったが、時折はにかむように見守る微笑みを、気づけば他にはなく、きっと俺のみに向けるようになっていた。


さくちゃん。あんた、随分あの狐と懇ろのようだけど」

 誰のことを指しているかすぐに判らず、けど一人しかいないことに気づき、洗濯工場の水場で汚れ物を落とすひろさんの横顔に、半信半疑のように向き直る。

「牝狐って。……天川あいつ、まだ子供に毛が生えたようなもんでしょう」
「牝狐は、いくつからだって牝狐よ。——朔ちゃんは、あの子が何をったか知っているの」

両親おや殺しの天川』
 早い段階から、天川の枕詞にはそれが付いて回っていた。
 だが、天川の口からそれが漏れたことはないし、引き出す気も起きていなかった。
 DV、ネグレクト。近年親子間での痛ましい事件が後を絶たない。まして天川はもろともの親を介して拘置所ここにいる。
 牝狐との関連も、当然及びがつかなかった。

「……詳しい経緯は知りませんよ。けど、本人の口から聞かない限り、知りたくないです」
「知っておいた方が良いわ。根は悪い子じゃない。あたしもそう信じたい。けど、あの子やっぱり、どうも何かでしょ。
お陰で、何人か懲罰房行きが出ているのよ」


 三日間、天川のところへ会いに行けなかった。
 遠くから時折問うような視線を投げかけてくる彼に耐えきれず、四日後に俺から会いに行った。
 嫌悪や、忌避など感じていない筈だった。
 けれど、全容の理解は正直出来なかった。許容の器が俺にはなかったのだ。情けない。


「あのオカマジジイ、密告漏らしやがった」
 俺の表情かおを見て、状況をほぼ察していたらしい天川は、これまで見せなかったやさぐれた陰りを横顔に露わにした。

「……で、どうするの。ひいて暫く顔も見ることが出来なかったよね。……こんな奴とは、もう歌は詠みたくないって?」
「違う……」
「歌を詠むと、その人のこころが解るって、高階たかしなさん言ってたよね。
歌の相手に相応しいか、今日はそのこころ、明かしてあげるよ。中途半端に撒けられて、きっと正確な判断に欠けてると思うから」

 今日は、瑞々しい脇句を披露してくれそうになかった。

「人間には、生きていてはいけない人種がると思うんだよ」

「……」
「動物じゃない、人間としての道義や倫理に反する者。この間吊るされた三幼女誘拐殺人の野嶋とかさ。
あいつ、執行されるまで十年もかかりやがった。被害者のの年齢、とっくに超えてる。人と顔を合わす度に、犯行状況自慢して語るような屑だったんだよ。お前ももっと若くて女の子だったらなあとか。反吐が出る。
そして俺も、次に首くくられる順番待ちしている、 同じ屑だ」
「…………天川は、の側なんじゃないのか」
「自分の娘のために鬼になった高階さんはそう思うだろうね。
幼児の頃から実父に性的を受け、その現場を見た母親もろとも、刺した俺をさ」

 本人の口から『事実』を告げられ、俺は顔を背けた。

「『虐待を受け』、ねえ……」
 物語の文言を謳うように口にした天川は、作り物めいた黒い髪と白い貌を乗せる、同じく白鳥のように長くて細い頸を伸ばすような側面像を見せた。
 実際、伸ばしてはいないのかも知れない。造形かたちが整いすぎるから、思わずそう見えてしまうに過ぎなかった。

「高階さん」
 天川は耳の下に指を添え、黒い潤みを散らつかせる瞬きで、俺の眼を覗いた。

「俺のこれ、気づいた?」
 白い指と血潮が透けるような爪で指し示されたそれは、白い頸筋に埋めこまれて浮かぶ、遠目でも黒い艶を帯びるのがれる、つつましやかな黒子ほくろだった。

「これ、どう思う?」
「…………どうって、」

 初めて会い、彼の顔、頸を目に映した時から、正直に直ぐ気づき、っていた。
 それを見て内心密かにおこったざわついた官能の、得体が知れず、おそろしかったからだ。

「親父はよく、こう言ってたんだよ……」
 まるでに撫で摩りでもされてるように、その黒子の傍の肌を指で滑らすように触れて戯れる。

「『ああ、とおる。いけない子だなあ。
お前には、生まれた時から、いやらしさの種が植えてある』」
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