10 / 16
第六話「剣士様は面倒見がいい③」
しおりを挟む布団にシオンを寝かせ、その寝顔を眺める。
ユキトも酒に弱かったのかな。なんて、ライは思いを馳せる。
ライの恋人ユキトは、18の成人を迎えずに亡くなった。
火照るシオンの頬に、ライは触れる。
シオンから伝わる温もりに、ほっとする。
「らぁい?」
うっすら瞼をあげ、舌ったらずにライの名を呼ぶ。
「ライの手、冷たくて気持ちい」
「悪い、起こしたか?気分は?」
「だいじょうぶ、少しふわふわするだけ」
「水飲む?持ってこようか?」
シオンは小さく首を振る。
そして、ぼんやりする眼差しでライの瞳を見てくる。
まるで、何か探る様に。
銀鎖を渡した時もそうだったが、シオンはライの深意を尋ねる事はしない。
けれど言葉以上に、群青色の眼差しが、物言いたそうに寂しそうに揺れる。
「もしかして、さっきのケンゴとの会話、聞いてた?」
「・・・さっきのって?」
「何でもないよ、寝ようか」
「ぅん」
シオンの体温で温まっている布団に、ライも潜る。
普段は嫌々抱き枕になり、少しの抵抗を見せる癖に、今日は大人しく抱き枕の役割を果たしてくれている。
「んな無防備だと、本当にパクリ食われるぞ」
「ライなら、パクリされても嫌じゃないよ」
「・・・たく、早く寝ろ」
「ぅん」
何時もの様にシオンを強く抱き締め、その柔らかさと温もりにライは浸かる。
ーーーーその愛らしい顔で、余り煽ってくれるな。玩具に愛着が湧いたら、捨て難くなるだろうが。
*****
ライは早朝から、昨夜と同じ酒場に出掛けて行った。
店主が勧めてくれた酒を、出発前にもう一度呑んでおきたいとの事らしい。
時間を持て余し中のシオンは、適当に町を見て歩いていた。
不意に、道の先に立っていたケンゴに気付き、シオンは足を止めた。
「どうも、娘さん」
「ライのお友達の、ケンゴさんでしたっけ?」
「覚えてくれていて光栄ですね。でも俺はライの友達じゃないですよ、いわば好敵手です、相手にされてませんけどね。ライはどうしました?」
「朝から呑みに行ってますよ」
「そうでしたか、俺が昨日、邪魔しちゃったから呑み足りなかったんでしょうね」
昨日、ライと遭遇した時は血気盛んな様子のケンゴだったが、今日は少しの笑みを携えながら、落ち着いた雰囲気を醸し出している。
「あの、私に何か?」
「ライが側に置く娘がどんな子か、興味がありまして。確か昨日、ライにシオンって呼ばれてましたよね。シオンに、お願いが」
「・・・お願い、ですか?」
「ライに雪解けは必要ねぇんだよ」
急にケンゴは口調を強め、鞘から刀を取り出すと、切先をシオンの喉元へと向ける。
けれど、シオンは一切の怯む事なく、冷静な目でケンゴを見やる。
「ライは“氷”の剣士として常に強い存在で居てくれないと、つまらないだよね。凍て付く眼光が削がれていく様を、俺は寛容出来ない。シオン、君はライを弱くする存在だ。今のうちに、ライの元を去ってくれないかな」
「それを決めるのはライでしょ?それにライは、別に強く有りたいとは願ってないわ」
「分かった風な口を聞くね、死んだ女の代替えとして側に置かれてるだけの癖に」
「私は私の目的があってライと共に旅をしてる。ライの意図なんて私にはどうでもいい。それより、この刃、退けてくれない?ケンゴに殺意は感じられない、私を傷つけるつもりなんて最初からないのでしょ?」
「面白いなシオンは。勇ましい女は嫌いじゃないよ」
「それはどうも」
「やばいな、ライのお気に入りだと分かってるけど、ちょっかい出したくなっちゃったかも。それに、シオンをもし奪ったら、ライがどんな反応するか少し見てみたい気もするな」
バギン!!
ケンゴの刀の刃が、真っ二つに割れる。
錆刀を片手に現れたライは、自分の背後にシオンを隠す。
「何してんの?お前」
ケンゴに向けられたライの声色は、聞いた事のないほど低く冷たい響きを纏っていた。
ライの背中越しに見えるケンゴは、冷や汗をかき、体を震わせている様にシオンには見えた。
そして、ケンゴは立っていられなくなったのか、地面に座り込む。
「ライ?」
シオンは背後からライの服を引っ張り、こっちを向く様に合図を送る。
振り返ったライは、普段からシオンがよく目にする、陽気でのんびりとした緩い笑顔のライのままだった。
*****
ライとシオンが、その場から見えなくなると、ケンゴはよろめきながらも何とか立ち上がる。
砕かれた刀を眺め、汗を垂らしながらも嬉しそうに口角を上げる。
「鈍刀でどうやったら新調したばっかの刀を折れるんだっての。あ~ぁ、なりを顰めてるだけで健在じゃねぇか。駄目だ、まだまだ全然勝てる気がしねぇや。にしも、暇つぶし相手の女にしては、随分と入れ込んでる様に見えるぜ、ライ」
ライが向けてきた、怒りに満ちた静かな澱む視線。
思い出しても背筋がゾクリと凍りつく。
どう考えても、あれは嫉妬だ。
もし、シオンに傷一つでも付けていたのなら、今頃砕かれていたのは刀ではなく自分だったと容易に想像が出来る、さらに身慄いをケンゴは覚えていた。
第六話「剣士様は面倒見がいい」終
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
初色に囲われた秘書は、蜜色の秘処を暴かれる
ささゆき細雪
恋愛
樹理にはかつてひとまわり年上の婚約者がいた。けれど樹理は彼ではなく彼についてくる母親違いの弟の方に恋をしていた。
だが、高校一年生のときにとつぜん幼い頃からの婚約を破棄され、兄弟と逢うこともなくなってしまう。
あれから十年、中小企業の社長をしている父親の秘書として結婚から逃げるように働いていた樹理のもとにあらわれたのは……
幼馴染で初恋の彼が新社長になって、専属秘書にご指名ですか!?
これは、両片想いでゆるふわオフィスラブなひしょひしょばなし。
※ムーンライトノベルズで開催された「昼と夜の勝負服企画」参加作品です。他サイトにも掲載中。
「Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―」で当て馬だった紡の弟が今回のヒーローです(未読でもぜんぜん問題ないです)。
一夜限りのお相手は
栗原さとみ
恋愛
私は大学3年の倉持ひより。サークルにも属さず、いたって地味にキャンパスライフを送っている。大学の図書館で一人読書をしたり、好きな写真のスタジオでバイトをして過ごす毎日だ。ある日、アニメサークルに入っている友達の亜美に頼みごとを懇願されて、私はそれを引き受けてしまう。その事がきっかけで思いがけない人と思わぬ展開に……。『その人』は、私が尊敬する写真家で憧れの人だった。R5.1月

私は夢の中で彼氏ではない男性とキスをする
Ryo
恋愛
少し前から不思議な夢を見始めた主人公「綾乃(あやの)」どんな夢にも決まって同じ男性が現れ、最後はその男性とキスをして目が覚める。パートナーがいるのに毎日他の男性とキスをする罪悪感。そして毎日夢を見るせいで次第に精神もおかしくなっていってしまう。夢の中の男性は誰なのか、そしてなぜ毎回キスをして目覚めるのか。心配してくれるパートナーをよそに、綾乃の気持ちはその男性に傾いていってしまう。(人によってはあまり気持ちの良い終わり方はしないかもしれないです。)カクヨム、小説家になろうにも同時掲載しています。
冷静沈着敵国総督様、魔術最強溺愛王様、私の子を育ててください~片思い相手との一夜のあやまちから、友愛女王が爆誕するまで~
KUMANOMORI(くまのもり)
恋愛
フィア・リウゼンシュタインは、奔放な噂の多い麗しき女騎士団長だ。真実を煙に巻きながら、その振る舞いで噂をはねのけてきていた。「王都の人間とは絶対に深い仲にならない」と公言していたにもかかわらず……。出立前夜に、片思い相手の第一師団長であり総督の息子、ゼクス・シュレーベンと一夜を共にしてしまう。
宰相娘と婚約関係にあるゼクスとの、たしかな記憶のない一夜に不安を覚えつつも、自国で反乱が起きたとの報告を受け、フィアは帰国を余儀なくされた。リュオクス国と敵対関係にある自国では、テオドールとの束縛婚が始まる。
フィアを溺愛し閉じこめるテオドールは、フィアとの子を求め、ひたすらに愛を注ぐが……。
フィアは抑制剤や抑制魔法により、懐妊を断固拒否!
その後、フィアの懐妊が分かるが、テオドールの子ではないのは明らかで……。フィアは子ども逃がすための作戦を開始する。
作戦には大きな見落としがあり、フィアは子どもを護るためにテオドールと取り引きをする。
テオドールが求めたのは、フィアが国を出てから今までの記憶だった――――。
フィアは記憶も王位継承権も奪われてしまうが、ワケアリの子どもは着実に成長していき……。半ば強制的に、「父親」達は育児開始となる。
記憶も継承権も失ったフィアは母国を奪取出来るのか?
そして、初恋は実る気配はあるのか?
すれ違うゼクスとの思いと、不器用すぎるテオドールとの夫婦関係、そして、怪物たちとの奇妙な親子関係。
母国奪還を目指すフィアの三角育児恋愛関係×あべこべ怪物育児ストーリー♡
~友愛女王爆誕編~
第一部:母国帰還編
第二部:王都探索編
第三部:地下国冒険編
第四部:王位奪還編
第四部で友愛女王爆誕編は完結です。

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる