65 / 71
66:尋問タイムとその後の予定
しおりを挟む雛子が全て打ち明け、それを美緒と俊が受け入れた。
問題は解決し、これで穏やかな食事の時間……、となるはずだったのだが、おもむろに美緒が「さて」と話を改めた。
「それで、脅したって言うのはどういうことなのか説明してもらえる……? 朝桐君……朝桐くぅん……?」
先程まで泣いていたのが嘘のように美緒の声が低くなり、ぎぎぎと音がしそうなほどゆっくりと颯斗の方へと向く。
そこから漂う圧と言ったらない。
尋問タイムの始まりである。
颯斗が息を詰まらせる音が隣に座る雛子の耳に届いた。
長閑な音楽と他の席から聞こえてくる楽しそうな声。
そんな賑わいの中、雛子達がいる一室だけが重苦しい空気を漂わせていた。
「それで雛子を脅してたのね。ところで朝桐君、カメラの錆になる覚悟はある……?」
「く、久我さん落ち着いて……。脅したって言っても、俺も雛子が本気で嫌がれば止めるつもりだったんだ。でも雛子も俺の話を聞いてくれて……、な、なぁ雛子、お前もちょっと話に……。打ち明けて泣いて腹が減ったのは分かるが、今はシラスピザとマルゲリータで悩んでる場合じゃないだろ! 食いきれなかったら俺が食ってやるから両方頼んでおけ!」
「颯斗……、俺はお前が悪い奴じゃないって分かってる。長い付き合いだ、不器用なのも理解してるよ。だけど流石に脅すのは無いだろ……。美緒ちゃんが怒るのも無理ない。ここは俺がお前をハンドミキサーの錆にしてやるのが友情なのかもしれない……。それこそが志を共にした友人としての役目……」
「俊、落ち着け。ハンドミキサーの錆は割と本気でグロすぎて冗談にならないからな。それに雛子も何だかんだ言って最初から俺に応えてくれてたんだよ。なぁ、そうだろ雛子……。なんでお前は今せっせとグレープフルーツ絞ってるんだよ! 俺がやるから貸せ!!」
頑張って絞っていたサワー用のグレープフルーツを颯斗に奪われ、雛子は「よろしくね」とお手拭きで手を拭きながら告げた。さすが男の腕力、日頃から鍛えているのもあってか、グレープフルーツも簡単に絞ってしまった。グラスに入れて手早く掻き混ぜて渡してくる。
それをお礼と共に受け取り、真顔で冷ややかな怒気を放つ美緒と、真剣な顔付きで友情について悩む俊に向き直る。彼等から漂う深刻なオーラはすさまじく、なるほどこれはピザを選んでいる場合でもグレープフルーツを絞っている場合でもなさそうだ。
颯斗もすっかりと気圧されて引きつった表情をしており、ここがお座敷なら正座していたかもしれない。
テーブルの下で雛子の上着の裾を掴んで引っ張ってくるのは助けを求めているのだろう。その控えめな救助信号に雛子は小さく笑みを零し、二人へと話しかけた。
「二人とも落ち着いて。颯斗が言ってる通り、私も本気では嫌がってなかったの。確かに脅してはきたけど、颯斗はずっと優しくて私の話をちゃんと聞いてくれたから。……ねぇ、颯斗」
「雛子……」
「それに、出来たばかりの恋人を仕事道具の錆にされるのは困るわ。あと二人とも仕事道具は大事にしないと」
冗談めかして告げれば、そんな雛子の態度から大事ではないと察したのか美緒と俊の表情が和らいだ。
……二人の威圧感が消えたからか、緊張していた颯斗の体から力が抜けたのも分かる。
「でもそうだよね、雛子から朝桐君の話が出る時、嫌がってる様子じゃなかったもん。それにもし脅されてたら私なら絶対に分かるはずだし!」
美緒が断言する。
その堂々とした言葉に雛子は笑いながら頷いて返し、心配してくれた二人に感謝を告げた。
次いで颯斗に寄り添うのは、大丈夫だと証明するためだ。
彼もそれが分かっているのだろう、上着の裾を掴んでいた手を放し、テーブルの上の雛子の手にそっと重ねてきた。
◆◆◆
お腹も満たされ程好く酔いが回った頃合いに楽しい食事会も終わった。
店を出てからも話に花を咲かせ、ゆったりと夜の風を感じながら駅へと歩いていく。電車に乗って幾つか駅を超えて、乗り換えの駅で解散となった。
だが解散といっても全員が一斉に別れるわけではない。
雛子はまだ颯斗と過ごすつもりで、颯斗も同じ考えなのだろう雛子の腰にしっかりと手を添えている。この後の予定は決まっていないが、きっと雛子が離れれば無理にでも引き戻してくるだろう。放すまいとする必死さが愛おしく、離れる気なんて無くなってしまう。
美緒達も同様、寄り添いながら別れの言葉を告げてくる。
彼等はこの後もう一軒飲みに行くのだろうか。それともどちらかの家に行くのか。行き先は分からないが、まだ分かれる気が無い事は分かる。
「雛子、今度また遊びに行こうね。このあいだ行った水族館、今は違う特別展示してるんだって。終わらないうちに見に行こうよ」
「うん、明日にでも予定立てよう。ホワイトデーも終わったし、秋までは仕事も楽になるし、今年はちょっと遠出しても良いかもね」
行きたいところはたくさんある。
そして行ける気力もある。
暗にそれを伝えれば美緒が嬉しそうに笑って頷いた。
そうしてどちらも寄り添いながら、別の方へと向かって歩いていく。
美緒達は駅の改札へと向かっていくあたり、もしかしたら近場でもう一軒飲みに行くのかもしれない。だがこれ以上を探るのは野暮だと考え、雛子は自分達の行き先へと視線を向けた。
といっても、どこに行くかも何も決めていない。
「どうする? 酔っちゃったしもう帰る?」
悪戯っぽく尋ねれば、颯斗が腰に添えていた手に力を入れてぐいと引き寄せてきた。
帰す気など無いという訴えだろう。
だが意外なことに颯斗は「そうだな」と同意を示してきた。
「結構飲んだし、帰るか」
「え、もう帰っちゃうの?」
予想外な言葉が返ってきて思わず尋ね返せば、颯斗がにやと笑みを浮かべた。
『お前だって帰る気はないくせに』そんなことを言いたげな表情だ。してやられたと察して雛子は眉根を寄せて、ふいとそっぽを向いて見せた。
「付き合ったばかりの恋人を騙し討ちするなんて酷い男。美緒を呼び戻してカメラの錆にしてもらおうかしら」
「最初に仕掛けたのは雛子の方だろ。……それに帰るっていうのは本気だ。俺の家に一緒に帰ろう。ホワイトデー用意してるんだ」
「本当?」
先程まで拗ねたアピールをしていたのに、ホワイトデーという単語にパッと表情を明るくさせてしまう。
それに対して颯斗が笑みを噛み殺すようにして頷き、促すように歩き出した。
さすがに腰に添えていた手は放すが、その代わりに手を繋いで。
男らしい大きな手。いつだってどこにだって優しく触れてくれる。
その手に柔く握られると胸が高鳴り、雛子もまた応えるように握り返し、颯斗の隣を並ぶように歩き出した。
「実はね、私も良い物を持ってきてるの」
「……変な物はちゃんと持って帰れよ」
そんな会話を交わしつつ、駅のホームへと続く階段を登った。
0
お気に入りに追加
107
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
隣の人妻としているいけないこと
ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。
そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。
しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。
彼女の夫がしかけたものと思われ…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる