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47:ハッピーバレンタイン
しおりを挟む「俺、クリスマスの時にコンペ通らなくて、でも俊のケーキが通って……、それで結構落ち込んでたんだ」
「……うん」
「べつにコンペに落ちるのなんて珍しくないし、むしろ通る事の方が珍しいことなんだけど。でもその時はなんか気になって……、あいつのケーキ、評判も売れ行きも良かったし」
ポツリポツリと颯斗が語る。
以前に就寝前の電話で話していた事だ。だが颯斗は話していたこと自体をすっかりと忘れているようなので「知ってる」とは言えず、ただ相槌だけを返す。
聞けば今回のバレンタインに関するコンペは、颯斗だけではなく俊も案が通って採用されているのだという。それも同じ期間限定のボンボンショコラという枠組みで。
ならば今回も優劣を気にして悩んでいたのだろうか……。
そう考えて雛子が横目で様子を窺うも、颯斗の表情には思いつめる色は無い。それどころか嬉しそうにはにかんで、そっと雛子の腰に手を添えると体を寄せるように促してきた。その手に誘われるまま、ポスンと頭を彼の肩に置いた。
「二人共通ったって知ってから、どうしても俊の商品が気になってたんだ。……でも、雛子がフェアに買いに来るって知ってからは、売れ行きとか評判よりも、雛子がどれを気に入って買うかってことばかり考えてた」
「私が……?」
「あ、でももちろん考えるべき事は考えてたからな。さすがに何もかも放って浮かれてたら仕事にならないし」
慌ててフォローを入れてくる颯斗に、雛子は苦笑を浮かべて彼の腕をぽんぽんと叩いた。
「それはちゃんと分かってるって。……でも、浮かれてたんだ」
「まぁ、そりゃな。さっきも言ったけど俺のコックコート姿って評判良いんだ。だから雛子が俺の姿に惚れこんで、『素敵だったわ颯斗』って自分からベッドで待ち構えてくれるんじゃないかって期待してたんだ」
「及第点のわりに想像力豊かね」
「……及第点って言うなよ」
雛子がぴしゃしりと言い切れば颯斗が唸るような声で睨んできた。そのうえ食べようとしていたチョコレートを雛子の手から奪うと自分の口に放り込んでしまう。
不意を突かれた雛子が咄嗟に「あっ!」と声をあげれば彼はしてやったりと笑い、次いでキスをしてきた。まるでこちらを味わえとでも言うかのように。
そうして再び話を再開する。嬉しそうに目を細めて雛子を見つめたまま……。
「及第点だろうが何だろうが浮かれてたんだ。それで今日、雛子が来て、……俺のチョコレートを選んでくれた」
よっぽど嬉しかったのか、颯斗の声は落ち着いてはいるものの感情が滲み出ている。
聞いている雛子の方が恥ずかしくなってしまいそうで、誤魔化すようにワインを一口飲んだ。チョコレートとはまた違ったワインの甘味と香りが漂う。だが今はそれを堪能している余裕は無い。
なんて甘酸っぱいのだろうか。チョコレートではなく、この空間が。
だがこの甘酸っぱさに恥ずかしがって誤魔化してばかりでは駄目だ。
正直に打ち明けてくれた颯斗に、自分もまた素直にならなくては。
そう考え、雛子は恥ずかしさを感じつつもそっと颯斗の手を取った。握るのは恥ずかしいので上から覆うように。
もっとも颯斗の手は大きく、対して雛子の手は女性らしく小さい。覆いきることは出来ずただ重ねるだけだ。
「……良かった」
「ん?」
「……コックコート姿、格好良かった」
彼の顔を見るのは恥ずかしすぎて視線を下に向けたまま、小さな声でポツリと呟く。
だが二人きりの部屋、それも並ぶどころか寄り添って座っているのだ、颯斗の耳にはしっかりと届いたのだろう。腰に添えられた彼の手に僅かに力が入ったのが分かった。
本当は想いのまま強く力を込めたいが、それをすると傷つくと分かっているから出来ない。そんなもどかしさが彼の手から伝わってくる。
それでもゆっくりと自分の方へと寄せてくる。寄り添うどころか抱きしめ合うように、自分の膝に乗せようと。
手の動きはなんとも分かりやすく、雛子は手にしていたワイングラスをヘッドボードに戻し、苦笑しながら促されるままに向かい合うように彼の膝に座った。
交わされるキスはワインよりもチョコレートよりも甘い。
◆◆◆
夜中、ふと雛子は目を覚ました。
見上げれば眠る颯斗の顔がある。彼の胸元から顔を上げて身を起こし、ヘッドボードの時計を見る。
まだ朝の六時だ。起きるには早い。
ならばもう一度眠りに……、と再び颯斗の胸元にぽすんと頭を預ければ、その振動に気付いたのか「ん……」と颯斗が小さく声を漏らした。だが目は瞑ったままで、雛子がじっと見つめていると緩やかな寝息を漏らすあたり、起きるには至らなかったのだろう。
良かった、と小さく呟いて雛子も再び眠りに着こうとし……、彼の胸元にそっと手を添えた。
厚い胸板。呼吸のためにゆっくりと上下している。部屋が暗くて見えないが、鎖骨のあたりにはきっと密事に雛子がつけたキスマークが着いているのだろう。同じように、雛子の首筋や肩にも彼がつけたキスマークが残っているに違いない。それどころか、眠る前に見たところ内腿にもキスマークがあった。
互いに着けあった跡を体に残し、寄り添って眠る。
その姿は傍目には恋人同士のように映るだろう。けして脅し脅されの仲とは思うまい。
「……私達、きっとあと一言なのよね」
『好き』とか『愛してる』とか、そんな言葉だけで進展できるはず。
……だけど、と考え、雛子はゆっくりと目を閉じた。
(アダルトグッズ会社で勤めてる彼女なんて、誰にも紹介出来ないよね……)
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