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14:最後まではしないかわりに※

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「だ、駄目! 最後まではしないって約束でしょ!」

 慌てて雛子は声をあげた。挿入とキスはしない、これは最初の夜に交わした約束だ。
 まさかそれを破るつもりなのではと今更ながらに危機感を覚えるも、颯斗はいまだ指で雛子の秘部を撫でながら「分かってる」と返してきた。
 音をたてて雛子の首にキスをしてくる。

「挿入は無しだろ、ちゃんと覚えてるよ」
「それなら……んっ、……なに、するの?」

 ぬるぬると動きを止めない颯斗の指に翻弄されながらも問えば、彼はいまだ首筋にキスをしながらもゆっくりと押し倒してきた。
 促されるままシーツにポスンと転がる。火照った体にシーツのひんやりとした冷たさが気持ちよい。
 だが足を開かされるとシーツの冷たさを感じている余裕などない。慌てて足を閉じようとするも、颯斗が足の間に割って入るように身を寄せてくる。そのうえぐいと雛子に覆い被さってきた。
 この体勢はいわゆる正常位というものだ。未経験でも分かる。

「えっ」と雛子の口から戸惑いの声が漏れた。
 颯斗が履いていたズボンと下着をずらし、そこから反りたった熱を取り出す。雄々しく屹立した男のそれ。
 まだ雛子はショーツを履いているが、次の瞬間には強引に剥ぎ取られ、強引に押し入られるかもしれない。この体勢はそれが容易に出来るのだ。雛子の中で危機感が一瞬にして沸き上がり恐怖さえ抱かせた。

「ま、待って颯斗……。いやっ……!」
「そんな泣きそうな声出すなって。無理やり入れるなんて趣味じゃないから安心しろ」
「……でも、だって……この体勢」

 今すぐにでも挿入されそうな体勢に、雛子が弱々しい声で訴える。
 それに対して颯斗は念を押すように「落ち着けよ」と宥め、手にしていた己の熱をゆっくりと雛子の秘部に押し付けてきた。
 ショーツ越しに。
 布一枚を隔てて熱く硬い熱が触れる。それをぬるりと擦りつけてくる。
 見せつけるように、己の熱を誇示するように、何度も何度も押し付けて擦りつけ……。

「あっ……ん……」
「経験無くても素股は知ってるだろ」
「知ってる、けど……。でも、これ、擦れて……」
「あぁ、擦れて気持ち良いな」

 ゆっくりと息を吐きながら颯斗が腰を動かせば、熱が雛子の秘部を布越しにぬるぬると擦る。
 そのたびに快感が下腹部から腰へと走り、花芽を擦り上げられると思わず腰が揺れた。
 まるで性行為をしているような動き。直接的な挿入はしていないと分かっていても腹の内が熱くなってくる。押し寄せてくる快感に自然と呼吸も荒くなり、翻弄されながらも薄く開けた目で見れば、同じように荒い息遣いの颯斗の顔が見えた。
 額に薄っすらと汗を掻いている。時折眉根を寄せて歯を食いしばるのは達しそうになっているからだろうか。その表情は妙な色気があり、それがまた雛子の中の感情を熱く蕩けさせる。

「颯斗……、んあっ、あぅ……私もう……颯斗、颯斗……」

 自分の中で再び限界が近付いているのを感じ、雛子は溜まらず声をあげた。
 ふるふると体を震わせながら蕩ける意識で手を伸ばす。自分の下腹部へと……。
 まるで己のものだとマーキングするように幾度となく擦りつけてくる熱。それに片手を添えれば、一瞬、颯斗がびくりと体を震わせた。
「んぅ」と息を詰まらせて唸る。かと思えば先程よりも強く激しく腰を打ち付けだした。雛子の手の中にある熱が脈打ち、秘部と花芽を擦る。

「あっ、あ、颯斗っ……もう、早く、出して……んっ、ふ、ぁぁあ!」
「くっ……!」

 実際に挿入するかのように動いていた颯斗が一度大きく体を震わせた。それとほぼ同時に雛子の意識も瞬く。
 自分の喉から一際高く甘い嬌声が漏れる。手の中の熱がドクンと激しく脈打ち、次の瞬間には腹部に暖かな感覚が滲んだ。
 その感覚もまた雛子の背を震わせて激しい快感の波を後押しする。「ふぁっ……」と鼻に掛かった声が漏れ、快楽の余韻を逃がすように背を逸らしてふるふると震えた。

 そうして数度、荒い呼吸を繰り返す。
 颯斗が気怠そうな動きでゆっくりと雛子の足の間から退くと、そのまま横に転がった。もぞもぞと緩慢な動きで抱き寄せてくる。
 雛子もさして抗う気にはならず大人しく彼の腕の中に納まった。腕枕をしようとしているのだろう動きを察し、彼の胸元に頭を乗せる。

「……最後の、反則だろ」
「反則?」
「自分から手を添えてきて『早く出して』なんて、あれじゃ中に出して欲しいって言ってるようなぁあぁあああ!」

 颯斗の話が途中から間の抜けた悲鳴に変わった。
 不意打ちで首筋に吸い付かれたからだ。もちろん吸い付いたのは雛子である。
 ぢぅうううと音がしそうなほど強く。これもまたキスというよりも吸引である。唇を離せばぷはっと息が漏れた。

「やめろ吸うな! あとが残ったらどうする!」
「ハイネック着れば良いじゃない。ひとにはハイネック着ろって言いきって散々キスマークつけて、自分は嫌なんて不公平よ」
「うちは制服だ!」

 表に出て接客するのも裏で洋菓子を作るのも、どっちも店支給の制服なのだという。
 その話を聞き、雛子はあっさりと「そうなんだ」と納得した。言われてみれば確かに、洋菓子店の店員もパティシエもコックコートを着ているイメージだ。

「それならスカーフは? たまに巻いてる人いるでしょ」
「普段はスカーフ巻いてない奴が突然巻きだしたら、見せられないものが首にあるって公言してるようなもんだろ」
「確かにそうね。でも変なこと言う方が悪いのよ」

 自業自得と断言し、雛子は再び颯斗の胸元にポスンと頭を置いた。
「もう寝るから」と会話を切り上げれば颯斗が何やら言い淀むのが聞こえてきた。言い返したいが『変な事』を言った自覚もあるのだろう。それと、やはり制服を着用する仕事上、これ以上雛子の怒りを買ってキスマークだらけにされる事を恐れているのか……。

「……次は泣いて嫌がっても絶対にぶち込んでやる」

 覚えてろ、とぼやく声の何と情けないことか。

 暴力的な言葉に反して、今の颯斗は大人しく雛子を腕枕しているだけだ。やろうと思えば今すぐに覆い被さって無理やりに挿入する事だって容易に出来るのに、それをする素振りは全くと言えるほどない。
 これには雛子も思わず笑ってしまった。ふふっと肩を震わせれば、より不満そうな声で「笑うなよ」と咎めてくる。
 見上げれば颯斗が眉間に皺を寄せ、じろりと睨んできた。男らしく凛々しい精悍な顔付き。だが拗ねている今はどことなく子供っぽくもある。
 仕方ないと雛子は心の中で呟いて、もとよりぴったりとくっ付いていた体で更に彼へと身を寄せた。不満げな顔に唇を寄せ……、

「おやすみ、颯斗」

 そう囁くと、彼の頬にキスをした。
 頬だ。唇ではない。だって唇へのキスはしない約束だから。
 それでも少しだけ唇に近い場所にキスをすれば、颯斗が一瞬目を丸くさせた。

 その反応を横目に眺め、雛子は再び彼の胸元に頭を置くと目を瞑った。
 快感の余韻は今は浮遊感に似た疲労として体中に満ちており、目を瞑れば緩やかな睡魔が意識を溶かしていく。暖かくて心地良い。
 直ぐにでも眠ってしまいそうと考える意識も既に微睡んでいる。そのゆるやかな微睡に意識を任せ……、

「雛子、おやすみ」

 囁くような優しい声と額に触れる唇の柔らかな感触に、眠る直前に自分の表情が和らぐのが分かった。


 ◆◆◆


 翌朝、やはりと言うか案の定と言うべきか、雛子の首筋や肩にはしっかりとキスマークがついていた。
 とりわけ濃い二か所は颯斗が『一週間は消えないと思え』と断言した場所だ。なるほど確かに他のキスマークとは一線を画す濃さ。

「もう……、こんなにはっきり跡つけて」
「その言葉、そっくりそのまま返してやる」

 鏡に映る雛子の隣に、ひょいと颯斗が写り込んだ。
 隣に立つ彼を見上げれば、首筋に一か所はっきりとキスマークがついている。
 言わずもがな昨夜眠る前に雛子がつけたものだ。思いっきり吸い付いてやっだだけあり、こちらもなかなか色濃く残っている。

「絶妙な位置につけてくれたな。どうするんだよ、これ、コックコートの襟からギリギリ見えるか見えないかだぞ」
「スカーフは嫌なのよね? それならコンシーラーで隠したら? 仕方ないから一緒に選んであげる」

 勝ち誇った笑みを浮かべながら雛子が告げれば、颯斗の眉間に皺が寄る。
 次の瞬間、彼はひょいと屈むと雛子の首筋に唇を寄せ……、

 ぢぅううう、と音がしそうな程に強く吸い付いてきた。

 朝のラブホテルの一室に、雛子の間の抜けた悲鳴が響いた。


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