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20:幼い頃の思い出

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 冬だけあり暗くなるのは早い。
 五時には既に日が落ち、祭こそまだ続いているが家族連れや子供の姿は次第に少なくなっていった。パラパラと人が疎らになってはいるが、あと一時間程すれば仕事帰りに遊びに来た客でまた賑わうのだろう。
 武流が帰宅を促すと乃蒼は「もうちょっと」「あとこれだけ」と粘ろうとしていたが、夕食を屋台で買って帰ろうと話すとご機嫌で頷いてくれた。
 凪咲の家族に別れの挨拶をし、夕食を買い、帰路に着く。乃蒼に「凪咲お姉様も一緒にお夕飯食べましょう」と誘われ、凪咲も頷いて返した。


 よっぽど楽しかったのだろう乃蒼は夕食の最中もお祭りの話をずっとしていた。
 そんな興奮と遊び倒した疲れが一気にきたのか、普段の就寝時間よりも一時間も早くからうとうとと船を漕ぎだし、武流が寝るように告げると目を擦りながらコクンと頷いた。「おやすみなさぁい」という間延びした声は聴いている凪咲まで眠くなりそうだ。

 そうして自室へと向かう乃蒼を見届け、ふぅと一息ついた。

「今日は誘っていただきありがとうございました」
「いえ、そんな。私も行くから一緒にと思っただけで、ただの町内会のお祭りですよ」
「お祭りのこともですが、それ以上に、凪咲さんとご家族の話を聞けて良かった」

 乃蒼と同じように凪咲も養子である。両親もだが、二人の兄達とも血は繋がっていない。だが間違いなく柴坂家の者達は凪咲の家族である。
 それは凪咲が話した通り、口で説明するよりやりとりを見るほうが伝わりやすいだろう。乃蒼が凪咲達のやりとりを見て何かしら感じ取ってくれることを願うばかりだ。
 そう話せば、武流が穏やかに微笑んだ。「そこまで乃蒼のことを」とそれにもまた感謝を示してきた。

「でも、ちょっと恥ずかしいところを見せちゃいましたね」
「恥ずかしいところ?」
「兄さんたちと話してる時です。武流さんと乃蒼ちゃんの前だって分かってても、どうしても兄さん達と話してるとなんだか騒がしくなっちゃって」
「俺には微笑ましく見えましたよ。むしろ凪咲さんの新しい一面を見れて嬉しかったです」
「そ、そうですか……」

 武流の言葉は真っすぐで、照れ臭さと嬉しさが混ざり合って擽ったい気持ちになる。
 それでせめてと「片方ずつと会う時はもう少し静かに話すんですよ」と説明はしておいた。今日のように賑やかになってしまうのは兄妹三人で揃う時だけだ。それぞれの兄と個別に会う時もあり、そういう時は大人同士の落ち着いた会話をする事が多い。
 そう凪咲が話せば武流が笑みを強める。話の内容が面白かったのか、もしくは、凪咲の必死さが面白かったのか……。

「昔からお兄さん達とは仲が良かったんですか?」
「そうですね。ただ、仲は良かったんですが、そのぶん喧嘩もよくしましたね。三人いると二対一になったり三つ巴になったりで、誰と誰がどう喧嘩しているのかを把握するのが大変だって母が言ってました」
「それは確かに大変そうですね」
「でも殆どは喧嘩しても直ぐに仲直りしてたみたいです。……でも一度、喧嘩というのか、私が我が儘を言って家出をしちゃったことがあるんです」
「家出?」

 武流が意外そうな表情で尋ねてくる。
 それに対して凪咲は幼い頃の行動を話す恥ずかしさを感じつつ、それでも過去の事だと、そして大事な記憶の一つだと心の中で自分に言い聞かせて話を続けた。


 あれは凪咲が六歳、ちょうど乃蒼と同じ年の頃だ。
 切っ掛けが何だったかは誰も詳しくは覚えていない。きっと些細な事だったのだろう。
 だがその時の凪咲はその些細なことに拘り、泣いて訴え……、そして、

「自分が本当の子供じゃないからだって考えて、家を飛び出しちゃったんです。あの時の私は自分が養子であることを受け入れきれなくて、でもそれを口にしてはいけないって考えてて、多分そういうのがちょっとしたタイミングで爆発したんだと思います」
「そうだったんですね……。それで、凪咲さんはどうしたんですか?」
「家を飛び出て施設に戻ろうとしたんです。実際には凄く遠いのに歩けば辿り着くって信じて、当てずっぽうで歩いて……。でも途中で道が分からなくなって、泣きそうになりながら歩いてたら家族が見つけてくれたんです」

 自分がどこを歩いていたのか、どこで保護されたのか、そういった細かなことは覚えていない。
 だけど家族の顔を見た瞬間のあの湧き上がる感情、抱きしめられると同時に心に満ちていった安堵は今でも覚えている。母や兄達は泣きながら凪咲の無事を喜び、父も声を振るわせながら抱き上げてくれた。
 それを見て、かわるがわる自分を抱きしめる彼等の腕の強さを感じて、自分が彼等にとってどれだけ大事かを実感したのだ。

「あの一件で養子だっていうことは受け入れられました。まぁ、その後もずっと喧嘩はしてましたけどね」

 気恥ずかしさで照れ笑いを浮かべながら話を終いにすれば、武流が穏やかな表情で「そうだったんですね」と返してくれた。細められた表情はまるで過去の幼い凪咲を愛でているかのようだ。
 その瞳に見つめられると更に気恥ずかしさが募る。だがそれ以上に、武流に自分の話を聞いて貰い、彼に理解して貰えたことが嬉しくもあった


 ◆◆◆


 今日の祭りのことや、夏にある近所の祭りのこと、そして時には互いの幼少時の事を話し、次第に夜は更けていく。
 テレビではまた一つ番組が終わり、いくつかCMを挟んだのちに夜のニュース番組に切り替わった。日付が変わると同時に始まる番組だ。
 もうこんな時間、と反射的に凪咲がテレビへと視線を向けた。武流も気付いたのだろう「あ、」と小さく声を漏らす。

 もう遅い時間だ。
 だから帰らなくては。
 そんな空気が漂う。

 だけど……。

 帰りたくない、と凪咲は心の中で呟いた。

 互いに時間を意識したからか、僅かな緊張感が漂っているような気がする。
 テレビの音が妙に大きく感じられ、だがテレビから流れる話し声は一切耳に入ってこない。
 落ち着かないがそれを表に出すのも憚られてテレビを見つめ続ける。

 なぜこんなに落ち着かないのか?
 考えるまでも無い。
 感じているのだ。

 ……三度目の夜の気配を。

 そして武流も同じように考えていると分かるからこそ、彼の方を向くことが出来ない。

 そんな不自然な沈黙を破ったのは、武流の「……凪咲さん」という声だった。
 落ち着いた低い声。思わず凪咲はビクリと肩を震わせて「は、はいっ」と上擦った声をあげてしまった。これでは緊張しているのがバレバレだ。
 そうして恐る恐る武流の方へと視線を向け……、息を呑んだ。
 武流がじっとこちらを見つめている。
 少し茶色がかった色濃い瞳。その奥にははっきりとした意志と、そして獲物を前にする獣のような欲を僅かに漂わせている。見つめられているだけで凪咲の心臓が鼓動を速め始めた。

「俺の寝室にいきませんか」
「……武流さんの寝室?」
「はい。俺の寝室だけ鍵が掛かるんです」

 鍵と言われ、凪咲は自宅の一室を思い出した。
 その部屋だけは室内錠が設置されており、内見の時に珍しいと不動産屋と話していたことも思い出される。凪咲もその部屋を寝室に使っていた。
 といっても鍵自体は簡素なものだ。施錠もサムターンを回すだけで鍵そのものはなく、外側からも鍵穴を弄れば簡単に開けることが出来る。一応の施錠と言ったところか。
 それを思い出し、同時に今まで使わずにいたと話せば、武流も普段は鍵を掛けないと返してきた。

「時々、夜中に乃蒼が俺の部屋に来ることがあるんです」
「乃蒼ちゃんが? 夜中に起きて怖くなったとかですか?」
「はい。まだ完璧には一人寝が出来ないみたいで、時々は寝る前からぐずったり、寝ても夜中に起きて部屋に来たりするんです。それもあって鍵はかけないようにしています。でも、今は……、締め出すわけではないんですが、鍵を掛ければ少し時間を掛けられますし」

 少なくとも、密事の最中を見られる恐れはない。
 それを暗に話す武流に凪咲もコクリと頷いた。


 彼に促されて立ち上がり、寝室へと案内される。なんとも気恥ずかしい時間ではないか。
 寝室は暖房がきいておらずひんやりとした空気が肌を撫でる。恥ずかしさで体温も上がっているのだろう妙に冷たく感じるが、かといって寒くはない。

 通された武流の部屋は、ベッドとその横にルームライト、それと本棚と机が置かれていた。本棚には医学書が並び、それだけでは足りないと机にも小難しそうな本が並べられている。
 ベッドや棚は色濃い木目調、寝具やカーテンは紺色に統一されており、暗めの色合いは寝室らしい落ち着いた雰囲気を感じさせた。
 武流の勤勉さが現れ、彼の落ち着いた雰囲気によく似合っている部屋だ。明るい色合いとぬいぐるみや玩具で溢れた乃蒼の子供部屋とも、そして白や淡い色合いで揃えられた凪咲の寝室とも違う。

 大人の男の寝室だ。
 何度も訪れて過ごした間宮家の中で、それでも一度として足を踏み入れなかった部屋。武流のプライベートな一室。
 そこに案内されたのだと考えると妙な高揚感と緊張感が胸に湧いた。


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