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生命が宿るのは、脳か、心臓か。
妄想の賜物 第四話
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妄想の賜物 第四話
この後はみんなお兄の死には最初っから知る由もなかったかのように忘れてしまい。いつも通りにお兄に接して毎日のなんの変わりもない生活が始まったのだ。
全くもって理屈なんてわからなかった。なんでお兄が蘇ったのかわからない。でもいい、例え私の妄想だったとしても、精神病にでもかかった私の幻覚だったとしても、今お兄が私の前にこうして現れて接してくれていることが大切なのだ。
でも彼は今また消えようとしている。これも理由なんてわからない。ただ私の胸の奥があの葬式や仏壇の前で感じたあの苦しい感覚がまた蘇ってきている。
「お兄がいなくなるなんてそんなの絶対に嫌だ……」
霧の中もう数時間はここにいる。そしてお兄と離れてからはもう三十分と言ったところか。同じ風景の続きに精神を痛めそうになった瞬間、それは起こった。
肩に手を伸ばしている雨宮先輩が突然指をさし始めた。
「あそこ……あそこにいる」
「え?なにがあるんですか?」
刺された指の先を見ると、確かに誰かが立っていた。学校の制服を着ている女子だった。
「マユミさん……マユミさんだぁ」
先輩の言うマユミさんは手招きをしながら霧の中に消えていった。
「追いかけないと……マユミさんがいるんだ……」
私たちは速歩きになりながら彼女の向かったであろう方向へ行くとまた霧の中に彼女を見つける。次は窓の方を指していた。
指の先を見ると一箇所だけ窓が開いていた。
「あっ!ここから出られるんだ」
相変わらず彼女は黙り込んだまま雨宮先輩を見つめていた。
そして私は踏みとどまった。ここからなら間違いなくこの学校から出られるだろう。しかしそれはお兄との別れを意味する。また何もしないで私は逃げるのか?今度こそ私はお兄のために何かできることがあるのではないのだろうか。
意を決して雨宮先輩の方を向く。
「雨宮先輩、私はお兄の元に戻ります。だから雨宮先輩だけで逃げてください」
まだ意識が朦朧としているのか私の顔とマユミさんの顔を交互に見て困惑していた。
窓の下を見る。ここはちょうど二階に位置しているようだ。そこまで高くない、下にある茂みに落ちればこの高さでも大丈夫だろう。
「怪我させちゃったらすみません。じゃあ、さようなら……私たちのこと忘れないでください」
先輩の肩を押すとただでさえふらついていた体が大袈裟に後ろに下がり窓の淵に座る形になる。もう一度体を押すと、先輩は外に出て悲鳴を上げることもなく消えていった。窓の下を確認すると綺麗に茂みに落ちている。
「小林さんっ!!マユミさんっ!!」
あれだけ叫べているのであればきっと大丈夫だろう。
「ありがとう……」
横にいた彼女はそう言いながら笑った。小さく会釈をすると彼女は歩いてまた霧の中へ消えてしまった。雨宮先輩の反応を見る限り二人は恋人同士だったのだろう。
「よし……行こう」
意を決した。きっとこれから起こる出来事は常識を覆してしまうものだろう。というかお兄が現れた時から私の中に常識なんて存在しなかっだんだ。今更気にすることもないか。
私はお兄の元へ走った、もう後悔なんてない。
第七章 妄想の正体
妹は雨宮くんに肩を貸しながら奥に消えていきました。なんだかおぼつかない足取りだったので心配でしたが大丈夫でしょう。理由なんてありませんがそう思ったのです。
「なぜこんなことをしたんですか?」
目の前で鼻歌を歌っている男に尋ねました。
「島田だ」
「はい?」
鼻歌をぴたりと止めて僕の方を見つめました。
「私の名前だよ。まだ名乗っていなかっただろう」
そう言うと島田という名の男は順を追ってことの経緯を説明し始めました。
「まずな、この学校に二つの噂があることは知っているかね」
二つの噂、確か噂くん(仮)は「この教室って夜になると変わるらしいよ。何回も何回もドアを閉めて開けては全く変わった風景に変わるんだってさ」と言っていました。そして妹は「夜中の二十一時にあの学校に行くと自分の運命の相手とか自分が思っていう人の姿が見えるって話でしょ?私も行ったんだよ」と言っていました。島田さんが言いたいのはこのことでしょうか。僕は素直に彼に説明して見せました。
「まあ、この学校全域に知れ渡っている噂としてはそんな感じか……」
「それがどうしたんですか?二つともあなたの仕業でしょう?」
違うんだよ、と彼は顔を顰めてそう呟きました。
「違う?……一体何がですか?」
「正直にいうとね、私の能力はこの霧の世界の生成……そしてこの霧の世界に五分間でも入ってしまったら幻覚作用や幻聴、いわば幻を見てしまうわけさ。この霧の中を麻薬効果のある蒸気が待っているからね。その結果この学校に運良く二十一時にきた生徒たちは幻覚を見てしまい怪談だ幽霊だ霊障だとか噂されるようになっていったのさ」
「それがどうかしたんですか?それくらい僕でもわかってましたよ」
「だがね、いつの間にか私のこの世界に死者たちの魂が見えるようになったのさ。雨宮くんにも見せたのだがゾンビのような歩く屍がね徘徊するようになった。それに興味を抱いた私は毎日この学校に二十一時にきてはこの能力を使い死者の観察をしていたわけさ。だから別に私もしたくて生徒たちにこの能力で幻を見せていたわけではないことを理解してほしい、こっちは能力を広げていただけなのに向こうから勝手に来られたのならそうでもしないと追い払えないだろ?」
「はあ……そうですか」
「しかしここでもっと興味深いものを見たのさ、死者の中に一人の少年がいた。その子がなんと現実世界でも生きて歩いてこの学校に通っているではないか。死んでるのにだよ?おかしいよね、死んでるのに生きてる…… 矛盾しているよ」
ようやく島田さんの言いたいことがわかりました。
「そう君だよ小林くん……君は死んだのだろう?なぜ今ここにいる?摩訶不思議だね、だから私はこう考えた。君は一度死んだ後、生き返った。そう不死身の能力者なのではないのかと……ね?」
「なるほど……そういうことで近づいたのですね。ですがなぜ雨宮くんにまで手を出したんですか」
「私も最初は君の妹くんと雨宮くんは追い払った後に君との対話を試みたいと考えていた。しかしね、どうやら雨宮くんも能力者の素質がありそうだったんでね、ちょいと刺激を与えたまでさ」
「勝手な真似はしないでもらえますか?せっかく僕が雨宮くんのことを止めていたのに……これじゃあ意味がないじゃないですか」
「まあ、良いじゃないか。彼がどんな能力なのか私も気になる……話が逸れてしまったが簡潔に言わせてもらうと、小林くん。君の能力を譲ってもらえないか?」
彼の本命はやはり僕の存在だったみたいです。どうしたものでしょうか。彼のいう不死の能力など、僕は持っていないのです。持っているのであれば自殺ができない不完全不死の彼に譲ってましたよ。
「なぜですか?あなたは仮にその能力を使って何をしたいんですか?理由がなければ譲るも何もないでしょう」
今この場はなんとか切り抜けるしかないようです。
「小林くん私はさっき歩く屍たちを観察していたと言ったがね。ただ私が暇つぶしのように眺めていただけだと思うのか?そうじゃない、探していたんだよ。死んでしまった彼女を……」
一度ため息をこぼしました。なんだか妙にやつれて見えます。それは先ほどまでの彼にはなかった表情でした、痛みを耐えるかのような歯を噛み締めているような、そんな感じでした。
「彼女は今もこの校舎を歩き回っている。早く助けてあげないと私ももう長くない。彼女が消えてしまうんだよ……わかるか小林くん?時間がないんだ……君が譲ってくれるのならこれ以上君や雨宮くん、そして妹くんだって危害は加えない麻薬効果も解いてやるから…………それでも嫌というのなら私だって遠慮はしない」
これは困りました。この空間にいる間は彼の方が一歩上手のようです。現に今彼の周りには白い霧とも違う怪しいオーラを放っています。明らかに良い雰囲気ではないことだけはわかり、僕は牛をに一歩下がりました。
「おや、逃げようって考えているなんてことはないよな?」
「この状況で逃げること以外の行動を僕は知らないんですけど」
彼はフッと鼻で笑うと指をパチンと鳴らしました。途端に僕の体が急に重くなる感覚に陥りました。頭が重い、高熱の時体がだるいあの感覚に似ていました。
「ここにいる間はどんなことをしようったって私の思うがままさ。君の体にだけ麻薬効果を強める霧を流しておたよ。きっと今も君はたってもいられないぐらいに気分が上がっているはずだ」
そういうことだったのです。彼は妙にいちいち能力のことを自慢してきます。頭の中が温まる感覚、不意にぼうっとしてしまい思うように動きません。
僕はその場に倒れ込んでしまいました。彼はおやおや、と言いながら近づきしゃがみ込むと僕の顔を覗き込んできました。
「さあ、さっさと私に能力をくれ。時間がないんだ。私だってこうも手荒な真似はしたくないのに君が頑なに認めてくれないからこうなるんじゃないか。いいかい?私に能力をくれ、さもなくばこのまま霧を君の身体中に流し込んで麻薬中毒者にしてやっても良いんだ」
彼は動けない僕を下に見るような目で眺めてきました。なんとも気分の悪い感覚、体の芯から熱いものが流れ出てきて頭の先、指の先、何から何までもが体内で溶け合い僕の脳はチーズのように伸びたり、はち切れたり奇想天外な動きを頭の中でされて、気分は最悪です。この状況をどう打開するか僕はわかりませんでした。だって本当に僕は不死の能力なんて持っていないのです。彼にそう言ってもきっと信じないでしょう。ですが正しい判断ができなくなっていたのでしょう口が勝手に動くのです。
「持っていないんですよ……不死の能力なんて…………」
「まだそんなこというのかね。しょうがない手荒な真似をしたくなかったのは本当だよ?それを破ったのは君自身だ」
その時でした。麻薬効果で伸びきっている体に強い衝撃が走りました。痛い感覚はありません、あいにく麻薬効果のおかげなのかそこまで深刻なダメージには感じませんでした。きっと麻酔のようになっているのでしょう。
強い衝撃があった箇所をなんとか目を開けて確認しました。
その箇所は赤く滲んでいました。
「ああぁぁ…………」
うめき声のようななんとも取れない情けのない声が自然と漏れ出ました。僕の腹部にはナイフが刺さっていたのです。
その情けのない姿を眺めている彼は満足そうに頷きながら笑っていました。
「うんうん、いつもはクールそうな雰囲気の君でもこの状況だったら流石にそうもなるよなぁ」
腹部に刺さったナイフを引き抜くともう一度さっきの刺し傷よりも上の方に刺し直しました。僕の体はまるでゼリーのように柔らかくなっているように感じました。そしてナイフを持った彼がスプーンを使ってゼリーを抉るような……そうとも思えるくらいにナイフは軽く刺さり、肉も簡単に一切の力を入れていないのに避けて刃が通るのを許してしまう。なのに痛みがない、自分の体に何回も何回もナイフが突き刺さっていくのを痛みもなくただ眺めるしかないのです。
「さあ、小林くん。君は今相当なショックを受けていると見えた。感覚もないのに刺されまくるのは確かに可哀想だし、僕も見てて辛い。やはり痛みあってこその生きてる人間だよね。だから君の麻薬作用を解いてあげよう」
指をパチンを鳴らしました。
感覚が戻ってくるのは遅くもなく早くもないなんとも絶妙な速度でした。
「ああああぁあぁッ!!」
血の生暖かい温度を腹部に感じると同時に激痛が走りました。最低でも四回は刺されているのだから痛くないわけがないのですが。叫び声でもない、ましては人の出せる声とは本人の僕ですら感じました。
「さあ、渡しなさい。一言でもいいんです「あげます」といいなさい。もうこんな痛い思いはいやだろう?私だって嫌だ。君を苦しめるのも、君のうめき声を聞くのも嫌だ。でもたった一言発するだけで終わるんだ、お互い良いじゃないか。さあ、言え」
さっきまでは頭がぼうっとして目すら開けるのも困難でしたが、今は痛みのおかげかすっかり覚醒しきっています。僕は彼を見ました。さらにやつれていて皮も乾燥しているようです皺皺になっていました。目も白く濁っていて、彼もそこら中を徘徊していた死人たちと変わりないようにも思えます。
「ああ……あなたはもう死んでいたんですね」
「何を言っているんだ。無駄に喋るだけ傷に障る。余計なことは言はなくていい」
「いいえ、これはとても大切なことなんです…………」
だって……。
「あなたはすでに死んでいた。霧の中にいる間だけあなたは姿を魅せることができたんです生前の姿として……そしてそこら中を徘徊している………あなたのいう死人というのは誘拐されたこの学校の生徒だったんですね。噂を聞きつけて肝試しに来た生徒を利用したんですね。命を吸収して姿を保っていた………」
僕はテレビで流れていた生徒の行方不明のニュースを思い出していました。
腹部から溢れる血液は喋るたびにどくどくと流れ出ていきます。極力喋りたくはないですが、僕の悪い癖です。今とても興奮しています。好奇心でできた体みたいなものですからね、制御できないんですよ。痛みでさえも僕の好奇心は。
「だからなんだというのだ」
男を睨みつけました。
「確かにあなたはあの霧の中では間違いなく強いです。普通の人だったら気づきもしないでしょう自分が生命を吸収されるだけの奴隷にされてしまったことだなんて……でもあなたはミスを犯しました、僕の能力とやらに惚れ込んで、すぐに殺さなかったことです。すぐに殺しておけばこんなミスはなかったでしょうに………僕もとても残念です」
もはや手で腹部を抑えることは無駄なことのように思えました。どうせ抑えたところで血液はすぐに逃げ場を探し出して出ていくのです。ならば手で押さえるという行為は疲れるのと痛いだけの愚かな行為です。
手をそっと離すと、眺めました。自分の手が血で汚れていることを……これは今まで殺めてしまった人たちと僕の体から溢れた汚れた血液なのです。とても汚れているのです。
「なんだ、君は……殺されたいのか?そういうことはゴタゴタと喋ってうるさいんですよ。はっきりと言いなさい「能力を渡す」と、ただそれだけでいいのです」
「いいですよ……言いますよ。能力をあげますよ自由に使っていいです」
男は、ははっと笑い始めるとすぐに狂ったように笑い始めました。
「どうせすぐに死んでしまうだろうそんな傷じゃあね。でも感謝はしておくよ」
僕もなんだかおかしくて笑ってしまいました。彼はない能力をもらって嬉しがっているのです。可愛いものです、おもちゃをねだる子供の方が圧倒的にタチが悪いでしょう。
笑っているのに気づいた彼は僕を見て不気味そうに聞きました。
「なんなんだ。君は?まだ何か言いたいのかい?」
頷きました。体を少し動かして壁にもたれかかりました。
「あなたのミスはこの霧を解いてしまったことです。麻薬効果を解くためにはこの霧を晴らさなければならないのでしょう。でもそこがあなたのミスだったのです。あなたはあの霧の中にさえいればほぼ不死身だったんですよ………僕にそんな能力とかいうものをもらわなくともです。だって霧の中で麻薬漬け状態だった僕たちはあなたの生前の姿を見ていました。しかしさっき晴れてから理解しましたよ。あなたはまるで骨と皮とお気持ち程度の肉と内臓、眼球だけの誰がどう見ても腐った死人にしか見えないのです」
第四話、終。
この後はみんなお兄の死には最初っから知る由もなかったかのように忘れてしまい。いつも通りにお兄に接して毎日のなんの変わりもない生活が始まったのだ。
全くもって理屈なんてわからなかった。なんでお兄が蘇ったのかわからない。でもいい、例え私の妄想だったとしても、精神病にでもかかった私の幻覚だったとしても、今お兄が私の前にこうして現れて接してくれていることが大切なのだ。
でも彼は今また消えようとしている。これも理由なんてわからない。ただ私の胸の奥があの葬式や仏壇の前で感じたあの苦しい感覚がまた蘇ってきている。
「お兄がいなくなるなんてそんなの絶対に嫌だ……」
霧の中もう数時間はここにいる。そしてお兄と離れてからはもう三十分と言ったところか。同じ風景の続きに精神を痛めそうになった瞬間、それは起こった。
肩に手を伸ばしている雨宮先輩が突然指をさし始めた。
「あそこ……あそこにいる」
「え?なにがあるんですか?」
刺された指の先を見ると、確かに誰かが立っていた。学校の制服を着ている女子だった。
「マユミさん……マユミさんだぁ」
先輩の言うマユミさんは手招きをしながら霧の中に消えていった。
「追いかけないと……マユミさんがいるんだ……」
私たちは速歩きになりながら彼女の向かったであろう方向へ行くとまた霧の中に彼女を見つける。次は窓の方を指していた。
指の先を見ると一箇所だけ窓が開いていた。
「あっ!ここから出られるんだ」
相変わらず彼女は黙り込んだまま雨宮先輩を見つめていた。
そして私は踏みとどまった。ここからなら間違いなくこの学校から出られるだろう。しかしそれはお兄との別れを意味する。また何もしないで私は逃げるのか?今度こそ私はお兄のために何かできることがあるのではないのだろうか。
意を決して雨宮先輩の方を向く。
「雨宮先輩、私はお兄の元に戻ります。だから雨宮先輩だけで逃げてください」
まだ意識が朦朧としているのか私の顔とマユミさんの顔を交互に見て困惑していた。
窓の下を見る。ここはちょうど二階に位置しているようだ。そこまで高くない、下にある茂みに落ちればこの高さでも大丈夫だろう。
「怪我させちゃったらすみません。じゃあ、さようなら……私たちのこと忘れないでください」
先輩の肩を押すとただでさえふらついていた体が大袈裟に後ろに下がり窓の淵に座る形になる。もう一度体を押すと、先輩は外に出て悲鳴を上げることもなく消えていった。窓の下を確認すると綺麗に茂みに落ちている。
「小林さんっ!!マユミさんっ!!」
あれだけ叫べているのであればきっと大丈夫だろう。
「ありがとう……」
横にいた彼女はそう言いながら笑った。小さく会釈をすると彼女は歩いてまた霧の中へ消えてしまった。雨宮先輩の反応を見る限り二人は恋人同士だったのだろう。
「よし……行こう」
意を決した。きっとこれから起こる出来事は常識を覆してしまうものだろう。というかお兄が現れた時から私の中に常識なんて存在しなかっだんだ。今更気にすることもないか。
私はお兄の元へ走った、もう後悔なんてない。
第七章 妄想の正体
妹は雨宮くんに肩を貸しながら奥に消えていきました。なんだかおぼつかない足取りだったので心配でしたが大丈夫でしょう。理由なんてありませんがそう思ったのです。
「なぜこんなことをしたんですか?」
目の前で鼻歌を歌っている男に尋ねました。
「島田だ」
「はい?」
鼻歌をぴたりと止めて僕の方を見つめました。
「私の名前だよ。まだ名乗っていなかっただろう」
そう言うと島田という名の男は順を追ってことの経緯を説明し始めました。
「まずな、この学校に二つの噂があることは知っているかね」
二つの噂、確か噂くん(仮)は「この教室って夜になると変わるらしいよ。何回も何回もドアを閉めて開けては全く変わった風景に変わるんだってさ」と言っていました。そして妹は「夜中の二十一時にあの学校に行くと自分の運命の相手とか自分が思っていう人の姿が見えるって話でしょ?私も行ったんだよ」と言っていました。島田さんが言いたいのはこのことでしょうか。僕は素直に彼に説明して見せました。
「まあ、この学校全域に知れ渡っている噂としてはそんな感じか……」
「それがどうしたんですか?二つともあなたの仕業でしょう?」
違うんだよ、と彼は顔を顰めてそう呟きました。
「違う?……一体何がですか?」
「正直にいうとね、私の能力はこの霧の世界の生成……そしてこの霧の世界に五分間でも入ってしまったら幻覚作用や幻聴、いわば幻を見てしまうわけさ。この霧の中を麻薬効果のある蒸気が待っているからね。その結果この学校に運良く二十一時にきた生徒たちは幻覚を見てしまい怪談だ幽霊だ霊障だとか噂されるようになっていったのさ」
「それがどうかしたんですか?それくらい僕でもわかってましたよ」
「だがね、いつの間にか私のこの世界に死者たちの魂が見えるようになったのさ。雨宮くんにも見せたのだがゾンビのような歩く屍がね徘徊するようになった。それに興味を抱いた私は毎日この学校に二十一時にきてはこの能力を使い死者の観察をしていたわけさ。だから別に私もしたくて生徒たちにこの能力で幻を見せていたわけではないことを理解してほしい、こっちは能力を広げていただけなのに向こうから勝手に来られたのならそうでもしないと追い払えないだろ?」
「はあ……そうですか」
「しかしここでもっと興味深いものを見たのさ、死者の中に一人の少年がいた。その子がなんと現実世界でも生きて歩いてこの学校に通っているではないか。死んでるのにだよ?おかしいよね、死んでるのに生きてる…… 矛盾しているよ」
ようやく島田さんの言いたいことがわかりました。
「そう君だよ小林くん……君は死んだのだろう?なぜ今ここにいる?摩訶不思議だね、だから私はこう考えた。君は一度死んだ後、生き返った。そう不死身の能力者なのではないのかと……ね?」
「なるほど……そういうことで近づいたのですね。ですがなぜ雨宮くんにまで手を出したんですか」
「私も最初は君の妹くんと雨宮くんは追い払った後に君との対話を試みたいと考えていた。しかしね、どうやら雨宮くんも能力者の素質がありそうだったんでね、ちょいと刺激を与えたまでさ」
「勝手な真似はしないでもらえますか?せっかく僕が雨宮くんのことを止めていたのに……これじゃあ意味がないじゃないですか」
「まあ、良いじゃないか。彼がどんな能力なのか私も気になる……話が逸れてしまったが簡潔に言わせてもらうと、小林くん。君の能力を譲ってもらえないか?」
彼の本命はやはり僕の存在だったみたいです。どうしたものでしょうか。彼のいう不死の能力など、僕は持っていないのです。持っているのであれば自殺ができない不完全不死の彼に譲ってましたよ。
「なぜですか?あなたは仮にその能力を使って何をしたいんですか?理由がなければ譲るも何もないでしょう」
今この場はなんとか切り抜けるしかないようです。
「小林くん私はさっき歩く屍たちを観察していたと言ったがね。ただ私が暇つぶしのように眺めていただけだと思うのか?そうじゃない、探していたんだよ。死んでしまった彼女を……」
一度ため息をこぼしました。なんだか妙にやつれて見えます。それは先ほどまでの彼にはなかった表情でした、痛みを耐えるかのような歯を噛み締めているような、そんな感じでした。
「彼女は今もこの校舎を歩き回っている。早く助けてあげないと私ももう長くない。彼女が消えてしまうんだよ……わかるか小林くん?時間がないんだ……君が譲ってくれるのならこれ以上君や雨宮くん、そして妹くんだって危害は加えない麻薬効果も解いてやるから…………それでも嫌というのなら私だって遠慮はしない」
これは困りました。この空間にいる間は彼の方が一歩上手のようです。現に今彼の周りには白い霧とも違う怪しいオーラを放っています。明らかに良い雰囲気ではないことだけはわかり、僕は牛をに一歩下がりました。
「おや、逃げようって考えているなんてことはないよな?」
「この状況で逃げること以外の行動を僕は知らないんですけど」
彼はフッと鼻で笑うと指をパチンと鳴らしました。途端に僕の体が急に重くなる感覚に陥りました。頭が重い、高熱の時体がだるいあの感覚に似ていました。
「ここにいる間はどんなことをしようったって私の思うがままさ。君の体にだけ麻薬効果を強める霧を流しておたよ。きっと今も君はたってもいられないぐらいに気分が上がっているはずだ」
そういうことだったのです。彼は妙にいちいち能力のことを自慢してきます。頭の中が温まる感覚、不意にぼうっとしてしまい思うように動きません。
僕はその場に倒れ込んでしまいました。彼はおやおや、と言いながら近づきしゃがみ込むと僕の顔を覗き込んできました。
「さあ、さっさと私に能力をくれ。時間がないんだ。私だってこうも手荒な真似はしたくないのに君が頑なに認めてくれないからこうなるんじゃないか。いいかい?私に能力をくれ、さもなくばこのまま霧を君の身体中に流し込んで麻薬中毒者にしてやっても良いんだ」
彼は動けない僕を下に見るような目で眺めてきました。なんとも気分の悪い感覚、体の芯から熱いものが流れ出てきて頭の先、指の先、何から何までもが体内で溶け合い僕の脳はチーズのように伸びたり、はち切れたり奇想天外な動きを頭の中でされて、気分は最悪です。この状況をどう打開するか僕はわかりませんでした。だって本当に僕は不死の能力なんて持っていないのです。彼にそう言ってもきっと信じないでしょう。ですが正しい判断ができなくなっていたのでしょう口が勝手に動くのです。
「持っていないんですよ……不死の能力なんて…………」
「まだそんなこというのかね。しょうがない手荒な真似をしたくなかったのは本当だよ?それを破ったのは君自身だ」
その時でした。麻薬効果で伸びきっている体に強い衝撃が走りました。痛い感覚はありません、あいにく麻薬効果のおかげなのかそこまで深刻なダメージには感じませんでした。きっと麻酔のようになっているのでしょう。
強い衝撃があった箇所をなんとか目を開けて確認しました。
その箇所は赤く滲んでいました。
「ああぁぁ…………」
うめき声のようななんとも取れない情けのない声が自然と漏れ出ました。僕の腹部にはナイフが刺さっていたのです。
その情けのない姿を眺めている彼は満足そうに頷きながら笑っていました。
「うんうん、いつもはクールそうな雰囲気の君でもこの状況だったら流石にそうもなるよなぁ」
腹部に刺さったナイフを引き抜くともう一度さっきの刺し傷よりも上の方に刺し直しました。僕の体はまるでゼリーのように柔らかくなっているように感じました。そしてナイフを持った彼がスプーンを使ってゼリーを抉るような……そうとも思えるくらいにナイフは軽く刺さり、肉も簡単に一切の力を入れていないのに避けて刃が通るのを許してしまう。なのに痛みがない、自分の体に何回も何回もナイフが突き刺さっていくのを痛みもなくただ眺めるしかないのです。
「さあ、小林くん。君は今相当なショックを受けていると見えた。感覚もないのに刺されまくるのは確かに可哀想だし、僕も見てて辛い。やはり痛みあってこその生きてる人間だよね。だから君の麻薬作用を解いてあげよう」
指をパチンを鳴らしました。
感覚が戻ってくるのは遅くもなく早くもないなんとも絶妙な速度でした。
「ああああぁあぁッ!!」
血の生暖かい温度を腹部に感じると同時に激痛が走りました。最低でも四回は刺されているのだから痛くないわけがないのですが。叫び声でもない、ましては人の出せる声とは本人の僕ですら感じました。
「さあ、渡しなさい。一言でもいいんです「あげます」といいなさい。もうこんな痛い思いはいやだろう?私だって嫌だ。君を苦しめるのも、君のうめき声を聞くのも嫌だ。でもたった一言発するだけで終わるんだ、お互い良いじゃないか。さあ、言え」
さっきまでは頭がぼうっとして目すら開けるのも困難でしたが、今は痛みのおかげかすっかり覚醒しきっています。僕は彼を見ました。さらにやつれていて皮も乾燥しているようです皺皺になっていました。目も白く濁っていて、彼もそこら中を徘徊していた死人たちと変わりないようにも思えます。
「ああ……あなたはもう死んでいたんですね」
「何を言っているんだ。無駄に喋るだけ傷に障る。余計なことは言はなくていい」
「いいえ、これはとても大切なことなんです…………」
だって……。
「あなたはすでに死んでいた。霧の中にいる間だけあなたは姿を魅せることができたんです生前の姿として……そしてそこら中を徘徊している………あなたのいう死人というのは誘拐されたこの学校の生徒だったんですね。噂を聞きつけて肝試しに来た生徒を利用したんですね。命を吸収して姿を保っていた………」
僕はテレビで流れていた生徒の行方不明のニュースを思い出していました。
腹部から溢れる血液は喋るたびにどくどくと流れ出ていきます。極力喋りたくはないですが、僕の悪い癖です。今とても興奮しています。好奇心でできた体みたいなものですからね、制御できないんですよ。痛みでさえも僕の好奇心は。
「だからなんだというのだ」
男を睨みつけました。
「確かにあなたはあの霧の中では間違いなく強いです。普通の人だったら気づきもしないでしょう自分が生命を吸収されるだけの奴隷にされてしまったことだなんて……でもあなたはミスを犯しました、僕の能力とやらに惚れ込んで、すぐに殺さなかったことです。すぐに殺しておけばこんなミスはなかったでしょうに………僕もとても残念です」
もはや手で腹部を抑えることは無駄なことのように思えました。どうせ抑えたところで血液はすぐに逃げ場を探し出して出ていくのです。ならば手で押さえるという行為は疲れるのと痛いだけの愚かな行為です。
手をそっと離すと、眺めました。自分の手が血で汚れていることを……これは今まで殺めてしまった人たちと僕の体から溢れた汚れた血液なのです。とても汚れているのです。
「なんだ、君は……殺されたいのか?そういうことはゴタゴタと喋ってうるさいんですよ。はっきりと言いなさい「能力を渡す」と、ただそれだけでいいのです」
「いいですよ……言いますよ。能力をあげますよ自由に使っていいです」
男は、ははっと笑い始めるとすぐに狂ったように笑い始めました。
「どうせすぐに死んでしまうだろうそんな傷じゃあね。でも感謝はしておくよ」
僕もなんだかおかしくて笑ってしまいました。彼はない能力をもらって嬉しがっているのです。可愛いものです、おもちゃをねだる子供の方が圧倒的にタチが悪いでしょう。
笑っているのに気づいた彼は僕を見て不気味そうに聞きました。
「なんなんだ。君は?まだ何か言いたいのかい?」
頷きました。体を少し動かして壁にもたれかかりました。
「あなたのミスはこの霧を解いてしまったことです。麻薬効果を解くためにはこの霧を晴らさなければならないのでしょう。でもそこがあなたのミスだったのです。あなたはあの霧の中にさえいればほぼ不死身だったんですよ………僕にそんな能力とかいうものをもらわなくともです。だって霧の中で麻薬漬け状態だった僕たちはあなたの生前の姿を見ていました。しかしさっき晴れてから理解しましたよ。あなたはまるで骨と皮とお気持ち程度の肉と内臓、眼球だけの誰がどう見ても腐った死人にしか見えないのです」
第四話、終。
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