生命の宿るところ

山口テトラ

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生命が宿るのは、脳か、心臓か。

妄想の賜物 第一話

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 妄想の賜物 第一話


 一章 複数の噂

 やはり彼は唐突に来ました。
「ねえねえ、知ってるかい?」
 この前僕に不死の男について教えてくれた。噂くん(仮)と呼ぶことにしましたが暇なのでしょう僕に話しかけにくるぐらいですので。
 彼は安定の元気さでした。
「またあなたですか……今度はなんですか?」
 こんな対応をしていますが、正直心の中では期待していました。彼の噂の信憑性が高くてどれも面白い話です。後もう少しおとなしくなってもらえれば助かります。
「んな嫌そうな顔するなよ。今度のはすごいぜ」
「はあ、そうですか」
 相変わらず僕の隣の席は空いていました、彼も遠慮なく椅子を奪い取ると腰掛けました。
「この教室って夜になると変わるらしいよ。何回も何回もドアを閉めて開けては全く変わった風景に変わるんだってさ」
「変わる……ですか」
 うんうんと頷きながら、話を続けました。
「実際に見たわけではないんだけどさ、毎回夜中の二十一時にこの教室に来た生徒がみんな口を揃えて変わるというんだ。最初は忘れ物をした生徒が隠れて忍び込んだ時に見たのが始まりで、その噂を聞きつけた人たちが怪異をみる羽目になっているんだ」
 怖いねと声をわざと震わせて雰囲気作りを頑張っていました。全く彼は面白いですよね。なんでもそんな話し方しなくても僕は怖いなんて一切思いません。
「それで?それを話して僕に何をして欲しいんですか?」
「待ってたよ。その言葉を」
 咳払いをすると真剣な顔つきで向き直りました。まあそれも演出の一つなのでしょう。
「君にこの噂の真相を解き明かしてほしいんだ」
「なんで僕が?」
 彼が言いたかったのは前回の噂の件で僕のことをかってくれているらしい、だから僕にこの件の解決をしてほしい。そして噂くん(仮)の株をあげよう作戦と彼は誇っていっていました。なんだか面倒な気がしましたが、自分自身好奇心の塊のような人間なので話に乗ってあげてもいいかと思いました。
「今日の二十一時でもいいんですか?」
「ああ、そうだよ。その言葉は引き受けてくれるって解釈でもいいのかい?」
 僕は黙って頷くと、彼は満足そうな顔をして自分の席に戻っていきました。

 †

 その日の放課後、僕は一度家に帰ってから学校に向かおうと考えていました。幸か不幸か僕の家は学校から徒歩数分の位置に存在しこの学校一、家が近いそうです。それも噂くん(仮)から聞かされました。
 荷物をまとめると後ろから肩を掴まれました。誰かと思い振り返ると雨宮くんが立っていました。雨宮くんとはこの前にとある精密機械について語っていたら仲良くなった友達です。僕が人のことを友と呼ぶのは実に五年ぶりです。おっと、話がずれてしまいましたね。とりあえず彼は僕に用があってきたみたいです。
「なあ、小林くん。君今日の二十一時に学校に来るんだろ?」
「え、どうしてそれを雨宮くんが知っているんですか?」
 どうやら噂くん(仮)との会話に聞き耳を立てていたみたいで、彼が言いたかったことは自分もそれに同行したいとのことでした。断る必要もありません。なんなら人が増えてくれるのに越したことはありません。一人で行くことに不満があったわけではありませんでしたが、なんだか夜の学校に僕一人って心細い風景だと思いませんか?そういうことです。
「雨宮くんがきてくれるのなら歓迎しますよ」
「本当かい?助かるよ。実は俺も行こうと思っていてね。一人だと心細かったんだけど、ちょうど君たちがその話をしているのに立ち会ってしまってね。本当に運がいいよ俺は」
 彼も僕と同じ心情みたいでした。なかなか相性がいいと思いますがね僕と彼は。お互い意見があったみたいで一度家に帰った後校門前に集合することを告げるとその場で解散しました。
 僕も荷物を持ち帰ろうとした時に、違和感を感じました。
 教室のドアを開けたらドアが出てきたのです。表現が難しいのですが、スライド式のドアを開けるとマトリョーシカの如くもう一枚のスライドドアが姿を現したのです。何かの手違いかと思った僕はもう一度ドアをスライドするといつも通りに夕日の降り注ぐ廊下が広がっていました。
 きっと疲れていたのでしょう。それか何かの勘違いということもあるでしょう。あまり深く考えずに廊下を歩きました。
 その時でした。廊下を歩いても歩いても先に進めないのです。まるで床だけがランニングマシンにでもなったみたいに僕は数分間ドアのドアから出た教室横を永遠に歩き続けました。流石におかしいとか感じた僕はその場で立ち止まり、再度歩き始めるといつも通りに進みました。他学科の教室の横を通りながら下駄箱につきシューズを取り足元に落とすように置くと、なんとシューズが下駄箱を超えて外に飛んでいきある程度した後に落ちました。
「誰だ!靴を投げたやつは!」
 外で先生の喚く声が聞こえました。あの声的に体育の先生で間違いないでしょう。
「あの、すみません。僕です」
 先生は靴を履かないで出てきた僕に少し驚きました。日々僕はこんなことをするような人間ではありませんからね。
「小林か……珍しいな」
「なんだか靴が逃げていったんです」
 僕はありのままを話すと先生はゲラゲラと愉快そうに笑っていました。それはそうでしょう。現実的に靴が逃げることなどあり得ない話ですから、しかし僕にとっては事実でしかないのです。
「今度からはしないように頼んだぞ。……最近ここら辺は危なっかしいからな。気をつけて帰れよ」
 なんとかその場は許してもらえました。逃げていった靴を拾い履くと校門に向かって歩き、学校を出ました。変な気分がして腑に落ちないことだらけですが、深く考えてはいけないような気がしたので黙って真っ直ぐ家に帰りました。

 †

 なんだか狐につままれた気分でした。家に帰った後になってなんだか深く考えないようにしていたものが一気に込み上がってくる感覚がしました。もしかするとさっきの違和感は噂くん(仮)の言っていた話と合点するのではないかとさえ考え始めます。だってドアからドアが出てきて、廊下が永遠に続き、靴が逃げていくなんて現実っぽくないというか目にした僕でさえ胡散臭い話に思えます。
 すると、リビングのテレビがついているのでしょう、音が聞こえてきました。内容は僕たちが通う学校で何人かが行方不明になっていると要約するとそんな内容でした。なんだか今回の噂と何か関連があるように思えました。さっき先生が言っていた危なっかしいとはこのことなのでしょうか。
「お兄、何やってんの?」
 家の玄関で突っ立って考え事をしていたら妹が変なものでも見るような目で見てそう訴えかけました。相当変な顔でもしていたのでしょう。妹の拒絶の顔がそう言っていました。
「ああ、考え事をしてたんです……」
「あっそ、不気味だからやめなよ母さんが心配してたよ」
 どうやら母も僕のことを心配していたみたいです。でも僕はそんなにも考えるほど変な状況に遭遇したわけで、少しは状況も察して欲しいものです。まあ超能力でもなければそんなこと不可能ですけどね。
「あの……」
 自分の部屋に戻ろうとする妹を引き留めました。あの噂について知っていることがないか聞こうと思ったからです。妹の学校はなぜか僕の学校と同じなので話の共有は意外に簡単なのです。
「僕たちの学校で二十一時になると起こる噂について知っていますか?なんでもいいんです。どんな些細なことでも……」
 話し終えるよりも先に食い入るように妹が語り始めました。なんだかこのテンションは噂くん(仮)に似るものがありますね。
「私聞いたことあるよ。二十一時の恋愛占い。お兄そういうの鈍感そうなのに意外と詳しいんだね」
「はい?二十一時の恋愛占い?」
 得意げに話す妹には申し訳ないですが、僕が聞いた話とは少し違うようです。彼女を疑っているわけではないのです、でもちょっと胡散臭いです。まるでさっきの怪異たちみたいです。
「夜中の二十一時にあの学校に行くと自分の運命の相手とか自分が思っていう人の姿が見えるって話でしょ?私も行ったんだよ」
「見える?どういうことですか」
 なんだか腕とか手を動かして何かを表現しようとしているように見えますが僕にはまるで理解できません。
「なんか……こう、なんていうの……ビヨーンって感じ?いや~ぐにゃぐにゃ?って感じ?…………とりあえず見えたんだよ」
「なんだかハッキリしませんね。それで誰が見えたんですか?」
 瞬間、さっきまで笑顔だった妹の顔が硬く岩になったように止まりました。どうやら彼女の逆鱗に触れてしまったみたいです。顔面に拳を一発もらった僕はその場で倒れ込みました。
「お兄には関係ないよっ!!」
 腹を立てながら部屋に入っていきました。ヒリヒリする顔をさすりながらその場で座り込みました。
 にしてもさっきの話、全く関係ないように見えて実は繋がっているのかもしれない。人によって見えるものが違う学校、ドアや廊下や靴のおかしくなった学校、行くと想っている人の姿が見える学校。ぱっと見は違う。しかし見方を変えれば“幻想、妄想“という面では繋がっているように僕は思えるのですよ。
 口元を歪ませて笑うのを堪えながら、雨宮くんとの集合までの時間まで待つことにしました。

 †

 夜になりだいぶん外が暗くなってきました。結局玄関に座り込んだままとっくに痛みのひいた頬を触りながらぼーと時計を眺めていました。
 家族にとやかく言わられる前に外に出ようと思い立ち上がると、案の定妹が外出する時にだけ着る私服に着替えて部屋から出てきまいした。なんだか悪い予感がしました。こちらの存在に気づくとその場で立ち止まりさっきのことを思い出しているのでしょう睨むような顔をした後に、呆れたのかため息をこぼしました。
「ずっとそこにいたわけ?」
「はい、他にすることもないので……」
 そんな彼女を無視してドアを開けて出ようとすると袖を引っ張ってきました。
「お兄どこ行くの?」
「用事を思い出したので学校に行こうかと」
 顔を輝かせました。本日何回目かわかりませんがまた悪い予感がしました。きっと彼女はついてきたいと提案するでしょう。
「ねえねえ、お兄私の噂聞いたから学校行きたくなったんでしょ、そうでしょ?ならさ、私も連れてってよぅ」
 大当たりでした。雨宮くんには申し訳ないですがもう少し賑やかになるかもしれません。彼女を引き剥がそうとしてもついてくるのはわかりきっています。なら無駄に抵抗して機嫌を損ねられるのは得策とは言えないでしょう。
「勝手にしてください……」
「やった~!!お兄がどんな人が好きか仕方ないから私が見て判断してあげるよ」
 本当に調子のいい人ですよね彼女。噂くん(仮)と話せば結構相性がいいんじゃないんですかね。僕にもそのテンションを少し分けてもらいたいものです。
「いきますよ」
「はいはい~」
 僕が先行して歩いて彼女は後ろをトボトボとついてきました。なんだか二人で歩いて学校に行くなんて小学校の頃を思い出しますよね。それぐらい久しぶりのことだったのでなんだかむず痒い気分になり早く学校に着かないかと思いました。
「お兄ってさ、なんか変じゃない?」
「なんですかいきなり変だなんて」
 後ろについてきていた妹は僕と肩を並べました。にしても失礼だと思いませんか?いきなり変なやつ呼ばわりなんて、僕の周りにも変な奴はたくさんいます。そんな人たちに比べたらまともな方だと思っていたんですけど、どうやら側から見たら周りも僕も同等に変なやつに見えるみたいです。
「だってフツー妹に敬語なんて使わないよ」
 妹の思う兄のおかしいところはそこらしいです。
「そうですか?」
「そーだよぉ挙げ句の果てにはみんなお兄のこと弟だと思ってるのよ?そんで私はお姉ってわけ」
 初耳でした。僕の周りではそんな話は聞いたこともなかったですが、向こうではそういう噂が完成しきっているらしいです。
「僕はみんなに平等だと思って喋っているんです。逆に人によって態度を変えるのはおかしいと思いませんか?僕はおかしいと思います。だから全員に平等に接するのはこれしかないということです」
「へーそうなんだ」
 なんだか興味のなさそうな声です。妹から聞いてきたのに答えを言うと反応が薄いなんて、世知辛い世の中ですよね。自分の肩身狭さを改めて自覚しました。
「あ、ついた」
 その言葉と同時に学校の無駄に凝った看板が見えてきました。そして校門には雨宮くんがすでにきていてしきりに腕に巻いた腕時計を眺めていました。
「雨宮くん」
 呼びかけると、手を振りながら近づいてきました。しかし僕の横にいる本来ならいないはずの存在に目を丸くする。
「あの、小林くん。彼女は?」
「すみません、僕の妹です」
 そう言うとなんだか納得したような顔付きで僕と妹をに何回も見ました。
「君は小林くんの妹だったんだね。うん、確かによく似てる」
「雨宮先輩……」
 なんだか僕だけ置いて行かれた気分でした。
「彼女は俺の部活の後輩でね。小林くんの妹だったなんてね」
「お兄、いつの間に先輩と仲良くなったの?」
 どうやら二人は顔は知った同士みたいです。不思議と繋がっていたなんて世間は狭いってこう言うことですかね。
「まあ、そんな話はさておき早く校内に入りませんか?」
 正直言って二人の関係などどうでもよくて、早く校内に入りたくてうずうずしていました。
「そうだね。確かこっちの窓が開いてたはず」
 そう言って彼が触っていた窓は職員室の窓で、とある先生が荷物を大量に窓際に起きすぎて鍵を閉め忘れていて見回りの先生が来ても見つからないというこの学校の七不思議の一個にも数えられているという謎状態です。
「にして閉め忘れとは警戒能力ゼロだよね。うちの学校」
 ぼやいていたのは妹でした。雨宮くんは手慣れた手つきで窓を開けて大量に積み上がった荷物を落とさないように横にスライドさせます。もしこの山が崩れたら僕たちの侵入は間違いないでしょう。まだ学校の光はところどころついています。と言うことは先生がまだ校内にいると言うことです。そのことを伝えると雨宮くんの顔に焦りが見えました。
「よし、慎重に行こう」
 先行して雨宮くん、その後を僕、最後尾には妹の三人連なるように職員室の中に無事侵入できました。このスリリングな感じは背徳感もありますしなかなか楽しいものです。


 第一話、終。
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