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シーズン1

episode1「Art」

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「1982年」


手が震えている。

なぜかはわかる。

だって心臓がこれでもかってほどに心拍を大雑把に、でもどこかリズムを刻むように激しく動かす。

手が震えている。

なぜかはわかる。

だって今、俺の手は赤く血に染まっているからだ。暖かい。今まで人間の身体中を循環していた血だ。生々しく熱い。どこかの心理学のテレビで聞いたことがある。

「赤という色は、人の心を奮い立たせることがある。例を言えば……そうだ、応援団だ。見ているだけで気が高まっていくいい色だ。でもその逆も然り、怒りや気を奮い立たせすぎる……だから暴力的な色でもある」 

確かそんな感じのことを言っていた。今まさにそんな感情さ。

何もかもも、今俺の目の前に倒れている彼女のせいだ。彼女の体から吹き出したこの赤色の液体のせいだ。でもなんで倒れている?

それは簡単だ。だって彼女に刃を向け刺したのは俺だからだ。返り血を浴びて仕方がない。と、その時声がした。

「可哀想に、一番信用していた彼に刺されるなんて」

「お前……」

奴は倒れている彼女の顔を四つん這いになり覗き込むように見ている。だが、俺が声をかけると首を動かさずに目だけが俺の姿を凝視してきた。ただでさえ尻餅をついて床に倒れ込んでいた俺の体は奴の強い視線に後ろに下がる。

「でも先生、大丈夫ですよ。いつかの日のために覚えておいてください。
''傲慢な奴の顔をもいでやれ二度と人を下に見れないように
嫉妬をする奴の左足をもいでやれ二度と人を妬めないように
憤怒する奴の左腕をもいでやれ二度と人を殴れぬように
怠惰な奴の右足をもいでやれ二度と休ませないように
強欲な奴の右腕をもいでやれ二度と人の物を盗まないように
暴食な奴の腹を割いてやれ二度と物喰いをさせぬように
色欲な奴の胸を裂いてやれ二度と淫らなことをさせぬように''と」

そして俺の意識は配線を抜かれたテレビのようにプツンッと途絶えた。

「1985年」


いつものように荷物をまとめる。なぜなら俺は探偵をしているからだ。こう見えてもかなり名は売れている方である。

思い出したくもないが、俺が探偵を始めた1982年ごろに俺はひとつの事件に巻き込まれて人を殺した、と思われたが、証拠不十分によるものと記憶喪失という点で冤罪で終わった。まだその犯人は捕まっていない。現在進行形で逃走中だ。

そして記憶喪失という点で俺に残っていた唯一の情報は、自分は探偵をしていたことと、名前は''長塚和希''だということ。

それもこれも全部人から教えてもらったことで実際のところ真偽は不明。しかしなんの情報もないため俺は探偵、長塚和希を演じているということだ。そうしていればいつか記憶が戻るかもと思っただけだ。

そしてもう一つ、俺の存在を教えてくれた張本人。記憶喪失する前まで俺の助手を務めていた''和泉葎花''だ。彼女も今回の事件を一緒に解決していく俺の存在をよく知っている唯一の人間だ。

よく映画などで見るような茶色の渋いスーツケースの金具を止めて片手で持つ。扉の鍵を閉めて足速に事務所を後にする。なぜならうちの事務所、「長塚探偵事務所」なのだが、一階にその建物の大家そして二階を俺たちが借りているという状況。まあ、感のいい人はわかるかもしれないが、俺は現在家賃を払えていないでいる。なは売れて入るが、そうそう探偵の出る幕もなく事件は解決に進んでいくため俺の出番なし、なんなら事件現場に近寄るなと言われた。なので今は大家との遭遇は少し嫌、いや、だいぶまずいため逃げるように事務所から離れた。これでいっときは帰らないから少し返済は後回しできる……はず。

「せんせーい、遅いですよ!!」

足速で逃げていたせいか、もう駅に着いていた。集合時間はとっくに過ぎていた。なんせ寝坊したからな。そして今俺に向かって手を振りながら吠えているのは、さっき話した俺の助手である和泉さんだ。

「ごめん、寝坊したんだ。和泉さん結構待ったの?」

そういうと和泉さんは呆れたようにため息をこぼして俺に言った。

「三十分も前に出てたのに……まあ、前からそうだったんで先生の遅刻なんて慣れちゃいますよ。それより、まださん付け直してないんですね。なんだかこの絵面だと、私が先生の上司みたいじゃないですか」

意外とすんなり許してもらえた。前の俺もこうやって和泉さんに許してと媚びていたのだろう。全く今同じ自分とは思えないな。

「いやー、まだ和泉さんのこと全然思い出せてないし、なんだか呼び捨ても申し訳ないかと」

今パッと思いついた言い訳をすらすらと並べて口から出した。我ながら口だけは達者なところもある。でも探偵なんてそんなもんさ、頭と口だけは達者だが、いざとなって襲われたらどうするんだ。

「じゃあ、今ここでさん付けやめてください。申し訳ないとか考えなくていいんで」

という和泉さん。俺も仕方なくそれに従う。

「い、いずみ……」

なぜかはわからないがやけに言葉が詰まってしまう。そんなことを考えていると、和泉さんは俺の顔を覗き込んできた。少し怪しむように眉間に皺を寄せて。

「よろしい、それでこそ先生ですよ~」

なんだ上機嫌じゃないか、俺は胸を撫で下ろした。そうこうしていると俺らが乗る電車が騒音を立てながら止まる。

「じゃあ、行きましょう先生!!」

その電車にいち早く乗り込む和泉さん。そして俺もそれに続く。

「ああ、行こう」

その電車に足を一本、踏み入れた。



シーズン1   エピソード1「芸術」end
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