1 / 28
シーズン1
episode1「Art」
しおりを挟む
「1982年」
手が震えている。
なぜかはわかる。
だって心臓がこれでもかってほどに心拍を大雑把に、でもどこかリズムを刻むように激しく動かす。
手が震えている。
なぜかはわかる。
だって今、俺の手は赤く血に染まっているからだ。暖かい。今まで人間の身体中を循環していた血だ。生々しく熱い。どこかの心理学のテレビで聞いたことがある。
「赤という色は、人の心を奮い立たせることがある。例を言えば……そうだ、応援団だ。見ているだけで気が高まっていくいい色だ。でもその逆も然り、怒りや気を奮い立たせすぎる……だから暴力的な色でもある」
確かそんな感じのことを言っていた。今まさにそんな感情さ。
何もかもも、今俺の目の前に倒れている彼女のせいだ。彼女の体から吹き出したこの赤色の液体のせいだ。でもなんで倒れている?
それは簡単だ。だって彼女に刃を向け刺したのは俺だからだ。返り血を浴びて仕方がない。と、その時声がした。
「可哀想に、一番信用していた彼に刺されるなんて」
「お前……」
奴は倒れている彼女の顔を四つん這いになり覗き込むように見ている。だが、俺が声をかけると首を動かさずに目だけが俺の姿を凝視してきた。ただでさえ尻餅をついて床に倒れ込んでいた俺の体は奴の強い視線に後ろに下がる。
「でも先生、大丈夫ですよ。いつかの日のために覚えておいてください。
''傲慢な奴の顔をもいでやれ二度と人を下に見れないように
嫉妬をする奴の左足をもいでやれ二度と人を妬めないように
憤怒する奴の左腕をもいでやれ二度と人を殴れぬように
怠惰な奴の右足をもいでやれ二度と休ませないように
強欲な奴の右腕をもいでやれ二度と人の物を盗まないように
暴食な奴の腹を割いてやれ二度と物喰いをさせぬように
色欲な奴の胸を裂いてやれ二度と淫らなことをさせぬように''と」
そして俺の意識は配線を抜かれたテレビのようにプツンッと途絶えた。
「1985年」
いつものように荷物をまとめる。なぜなら俺は探偵をしているからだ。こう見えてもかなり名は売れている方である。
思い出したくもないが、俺が探偵を始めた1982年ごろに俺はひとつの事件に巻き込まれて人を殺した、と思われたが、証拠不十分によるものと記憶喪失という点で冤罪で終わった。まだその犯人は捕まっていない。現在進行形で逃走中だ。
そして記憶喪失という点で俺に残っていた唯一の情報は、自分は探偵をしていたことと、名前は''長塚和希''だということ。
それもこれも全部人から教えてもらったことで実際のところ真偽は不明。しかしなんの情報もないため俺は探偵、長塚和希を演じているということだ。そうしていればいつか記憶が戻るかもと思っただけだ。
そしてもう一つ、俺の存在を教えてくれた張本人。記憶喪失する前まで俺の助手を務めていた''和泉葎花''だ。彼女も今回の事件を一緒に解決していく俺の存在をよく知っている唯一の人間だ。
よく映画などで見るような茶色の渋いスーツケースの金具を止めて片手で持つ。扉の鍵を閉めて足速に事務所を後にする。なぜならうちの事務所、「長塚探偵事務所」なのだが、一階にその建物の大家そして二階を俺たちが借りているという状況。まあ、感のいい人はわかるかもしれないが、俺は現在家賃を払えていないでいる。なは売れて入るが、そうそう探偵の出る幕もなく事件は解決に進んでいくため俺の出番なし、なんなら事件現場に近寄るなと言われた。なので今は大家との遭遇は少し嫌、いや、だいぶまずいため逃げるように事務所から離れた。これでいっときは帰らないから少し返済は後回しできる……はず。
「せんせーい、遅いですよ!!」
足速で逃げていたせいか、もう駅に着いていた。集合時間はとっくに過ぎていた。なんせ寝坊したからな。そして今俺に向かって手を振りながら吠えているのは、さっき話した俺の助手である和泉さんだ。
「ごめん、寝坊したんだ。和泉さん結構待ったの?」
そういうと和泉さんは呆れたようにため息をこぼして俺に言った。
「三十分も前に出てたのに……まあ、前からそうだったんで先生の遅刻なんて慣れちゃいますよ。それより、まださん付け直してないんですね。なんだかこの絵面だと、私が先生の上司みたいじゃないですか」
意外とすんなり許してもらえた。前の俺もこうやって和泉さんに許してと媚びていたのだろう。全く今同じ自分とは思えないな。
「いやー、まだ和泉さんのこと全然思い出せてないし、なんだか呼び捨ても申し訳ないかと」
今パッと思いついた言い訳をすらすらと並べて口から出した。我ながら口だけは達者なところもある。でも探偵なんてそんなもんさ、頭と口だけは達者だが、いざとなって襲われたらどうするんだ。
「じゃあ、今ここでさん付けやめてください。申し訳ないとか考えなくていいんで」
という和泉さん。俺も仕方なくそれに従う。
「い、いずみ……」
なぜかはわからないがやけに言葉が詰まってしまう。そんなことを考えていると、和泉さんは俺の顔を覗き込んできた。少し怪しむように眉間に皺を寄せて。
「よろしい、それでこそ先生ですよ~」
なんだ上機嫌じゃないか、俺は胸を撫で下ろした。そうこうしていると俺らが乗る電車が騒音を立てながら止まる。
「じゃあ、行きましょう先生!!」
その電車にいち早く乗り込む和泉さん。そして俺もそれに続く。
「ああ、行こう」
その電車に足を一本、踏み入れた。
シーズン1 エピソード1「芸術」end
手が震えている。
なぜかはわかる。
だって心臓がこれでもかってほどに心拍を大雑把に、でもどこかリズムを刻むように激しく動かす。
手が震えている。
なぜかはわかる。
だって今、俺の手は赤く血に染まっているからだ。暖かい。今まで人間の身体中を循環していた血だ。生々しく熱い。どこかの心理学のテレビで聞いたことがある。
「赤という色は、人の心を奮い立たせることがある。例を言えば……そうだ、応援団だ。見ているだけで気が高まっていくいい色だ。でもその逆も然り、怒りや気を奮い立たせすぎる……だから暴力的な色でもある」
確かそんな感じのことを言っていた。今まさにそんな感情さ。
何もかもも、今俺の目の前に倒れている彼女のせいだ。彼女の体から吹き出したこの赤色の液体のせいだ。でもなんで倒れている?
それは簡単だ。だって彼女に刃を向け刺したのは俺だからだ。返り血を浴びて仕方がない。と、その時声がした。
「可哀想に、一番信用していた彼に刺されるなんて」
「お前……」
奴は倒れている彼女の顔を四つん這いになり覗き込むように見ている。だが、俺が声をかけると首を動かさずに目だけが俺の姿を凝視してきた。ただでさえ尻餅をついて床に倒れ込んでいた俺の体は奴の強い視線に後ろに下がる。
「でも先生、大丈夫ですよ。いつかの日のために覚えておいてください。
''傲慢な奴の顔をもいでやれ二度と人を下に見れないように
嫉妬をする奴の左足をもいでやれ二度と人を妬めないように
憤怒する奴の左腕をもいでやれ二度と人を殴れぬように
怠惰な奴の右足をもいでやれ二度と休ませないように
強欲な奴の右腕をもいでやれ二度と人の物を盗まないように
暴食な奴の腹を割いてやれ二度と物喰いをさせぬように
色欲な奴の胸を裂いてやれ二度と淫らなことをさせぬように''と」
そして俺の意識は配線を抜かれたテレビのようにプツンッと途絶えた。
「1985年」
いつものように荷物をまとめる。なぜなら俺は探偵をしているからだ。こう見えてもかなり名は売れている方である。
思い出したくもないが、俺が探偵を始めた1982年ごろに俺はひとつの事件に巻き込まれて人を殺した、と思われたが、証拠不十分によるものと記憶喪失という点で冤罪で終わった。まだその犯人は捕まっていない。現在進行形で逃走中だ。
そして記憶喪失という点で俺に残っていた唯一の情報は、自分は探偵をしていたことと、名前は''長塚和希''だということ。
それもこれも全部人から教えてもらったことで実際のところ真偽は不明。しかしなんの情報もないため俺は探偵、長塚和希を演じているということだ。そうしていればいつか記憶が戻るかもと思っただけだ。
そしてもう一つ、俺の存在を教えてくれた張本人。記憶喪失する前まで俺の助手を務めていた''和泉葎花''だ。彼女も今回の事件を一緒に解決していく俺の存在をよく知っている唯一の人間だ。
よく映画などで見るような茶色の渋いスーツケースの金具を止めて片手で持つ。扉の鍵を閉めて足速に事務所を後にする。なぜならうちの事務所、「長塚探偵事務所」なのだが、一階にその建物の大家そして二階を俺たちが借りているという状況。まあ、感のいい人はわかるかもしれないが、俺は現在家賃を払えていないでいる。なは売れて入るが、そうそう探偵の出る幕もなく事件は解決に進んでいくため俺の出番なし、なんなら事件現場に近寄るなと言われた。なので今は大家との遭遇は少し嫌、いや、だいぶまずいため逃げるように事務所から離れた。これでいっときは帰らないから少し返済は後回しできる……はず。
「せんせーい、遅いですよ!!」
足速で逃げていたせいか、もう駅に着いていた。集合時間はとっくに過ぎていた。なんせ寝坊したからな。そして今俺に向かって手を振りながら吠えているのは、さっき話した俺の助手である和泉さんだ。
「ごめん、寝坊したんだ。和泉さん結構待ったの?」
そういうと和泉さんは呆れたようにため息をこぼして俺に言った。
「三十分も前に出てたのに……まあ、前からそうだったんで先生の遅刻なんて慣れちゃいますよ。それより、まださん付け直してないんですね。なんだかこの絵面だと、私が先生の上司みたいじゃないですか」
意外とすんなり許してもらえた。前の俺もこうやって和泉さんに許してと媚びていたのだろう。全く今同じ自分とは思えないな。
「いやー、まだ和泉さんのこと全然思い出せてないし、なんだか呼び捨ても申し訳ないかと」
今パッと思いついた言い訳をすらすらと並べて口から出した。我ながら口だけは達者なところもある。でも探偵なんてそんなもんさ、頭と口だけは達者だが、いざとなって襲われたらどうするんだ。
「じゃあ、今ここでさん付けやめてください。申し訳ないとか考えなくていいんで」
という和泉さん。俺も仕方なくそれに従う。
「い、いずみ……」
なぜかはわからないがやけに言葉が詰まってしまう。そんなことを考えていると、和泉さんは俺の顔を覗き込んできた。少し怪しむように眉間に皺を寄せて。
「よろしい、それでこそ先生ですよ~」
なんだ上機嫌じゃないか、俺は胸を撫で下ろした。そうこうしていると俺らが乗る電車が騒音を立てながら止まる。
「じゃあ、行きましょう先生!!」
その電車にいち早く乗り込む和泉さん。そして俺もそれに続く。
「ああ、行こう」
その電車に足を一本、踏み入れた。
シーズン1 エピソード1「芸術」end
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
支配するなにか
結城時朗
ミステリー
ある日突然、乖離性同一性障害を併発した女性・麻衣
麻衣の性格の他に、凶悪な男がいた(カイ)と名乗る別人格。
アイドルグループに所属している麻衣は、仕事を休み始める。
不思議に思ったマネージャーの村尾宏太は気になり
麻衣の家に尋ねるが・・・
麻衣:とあるアイドルグループの代表とも言える人物。
突然、別の人格が支配しようとしてくる。
病名「解離性同一性障害」 わかっている性格は、
凶悪な男のみ。
西野:元国民的アイドルグループのメンバー。
麻衣とは、プライベートでも親しい仲。
麻衣の別人格をたまたま目撃する
村尾宏太:麻衣のマネージャー
麻衣の別人格である、凶悪な男:カイに
殺されてしまう。
治療に行こうと麻衣を病院へ送る最中だった
西田〇〇:村尾宏太殺害事件の捜査に当たる捜一の刑事。
犯人は、麻衣という所まで突き止めるが
確定的なものに出会わなく、頭を抱えて
いる。
カイ :麻衣の中にいる別人格の人
性別は男。一連の事件も全てカイによる犯行。
堀:麻衣の所属するアイドルグループの人気メンバー。
麻衣の様子に怪しさを感じ、事件へと首を突っ込んでいく・・・
※刑事の西田〇〇は、読者のあなたが演じている気分で読んで頂ければ幸いです。
どうしても浮かばなければ、下記を参照してください。
物語の登場人物のイメージ的なのは
麻衣=白石麻衣さん
西野=西野七瀬さん
村尾宏太=石黒英雄さん
西田〇〇=安田顕さん
管理官=緋田康人さん(半沢直樹で机バンバン叩く人)
名前の後ろに来るアルファベットの意味は以下の通りです。
M=モノローグ (心の声など)
N=ナレーション
天井裏の囁き姫
葉羽
ミステリー
東京の名門私立高校「帝都学園」で、天井裏の囁き姫という都市伝説が囁かれていた。ある放課後、幼なじみの望月彩由美が音楽室で不気味な声を聞き、神藤葉羽に相談する。その直後、音楽教師・五十嵐咲子が天井裏で死亡。警察は事故死と判断するが、葉羽は違和感を覚える。
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
旧校舎のフーディーニ
澤田慎梧
ミステリー
【「死体の写った写真」から始まる、人の死なないミステリー】
時は1993年。神奈川県立「比企谷(ひきがやつ)高校」一年生の藤本は、担任教師からクラス内で起こった盗難事件の解決を命じられてしまう。
困り果てた彼が頼ったのは、知る人ぞ知る「名探偵」である、奇術部の真白部長だった。
けれども、奇術部部室を訪ねてみると、そこには美少女の死体が転がっていて――。
奇術師にして名探偵、真白部長が学校の些細な謎や心霊現象を鮮やかに解決。
「タネも仕掛けもございます」
★毎週月水金の12時くらいに更新予定
※本作品は連作短編です。出来るだけ話数通りにお読みいただけると幸いです。
※本作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。
※本作品の主な舞台は1993年(平成五年)ですが、当時の知識が無くてもお楽しみいただけます。
※本作品はカクヨム様にて連載していたものを加筆修正したものとなります。
ファクト ~真実~
華ノ月
ミステリー
主人公、水無月 奏(みなづき かなで)はひょんな事件から警察の特殊捜査官に任命される。
そして、同じ特殊捜査班である、透(とおる)、紅蓮(ぐれん)、槙(しん)、そして、室長の冴子(さえこ)と共に、事件の「真実」を暴き出す。
その事件がなぜ起こったのか?
本当の「悪」は誰なのか?
そして、その事件と別で最終章に繋がるある真実……。
こちらは全部で第七章で構成されています。第七章が最終章となりますので、どうぞ、最後までお読みいただけると嬉しいです!
よろしくお願いいたしますm(__)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる