瞳に潜む村

山口テトラ

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灰色の死の世界

桜篇 其の壱

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 1

灰色と聞いて何を連想するか。火で燃やされ焼けていく木、晴れでもなく雨も降らないいちばん曖昧な天気である曇り、少し年季が入っているコンクリートの壁、人それぞれで連想する物は違うだろう。
ではこの俺こと桜はどの様なものを連想するかというと、この村だ。
 俺にとってこの村は全てが廃れた灰色に見えて仕方がないのだ。村人たちの嗄れた声、何もかもが古臭い造りの建物ばかり、村の人間誰一人として逃さんという森の木達と野獣達。俺の瞳に映るこの村は一切の色素を無くしてしまった灰色……いや、死の色とでも言おうか、触れたらたちまち灰の様に散ってに崩れ去ってしまう死の色。 
 あの日、三角診療所と呼ばれる村唯一の病院的立ち位置の場所で目を開けた時からそう見えていた。記憶をなくす前の俺のこの色を見ながら生活していたのだろうか?何の苦痛も無く違和感すらない様な生活を送れていたのだろうか?考えるたびに頭を痛めてしまい結局被りを振って考えるのを辞めてしまう。
(暇だな……)
声に出すのもバカらしくて頭の中で一人呟く、返事が返ってくるはずがないのになぜか自分の脳内に話しかけてくれる人がいるのではないかと妄想したりもする。ここ数ヶ月間病院の看護師さんとあの先生……三神竜胆先生としか話さないし、病院外でも敷地までなら出ても構わないと言われたが、どうせ辺りは灰色の世界。出て何かしたいこともなく一日を診療所の別館(入院患者棟)と呼ばれるところで過ごす。
そんな生活ばかりしてるため変な妄想をしたくなる気持ちも自分なりに理解し竜胆先生が来てくれた時はよく自分の妄想話を無理に聞いてもらっている。もともと小説家だったんじゃないかと、竜胆先生に言われた時はやけに納得してしまった。もしかすると名の売れない底辺小説家だった可能性も少なからずありえるかもしれない。
そしていちばん驚いたことがある。それはこの俺の瞳の世界にも色を持つ人間がいたということだ。それに気づき始めたのはここ最近の話で、いつも通りに先生と他愛もない雑談をしているときに、ふと先生の姿と色が灰の……いや、死の世界から浮き上がってきたのだ。驚きと同時に湧き上がってきた感情といえば、先生の色はこんな色をしているんだ、というものだった。確かに想像していた通りだったが、少し意外な面も見えた気がした。強いていうなら先生は俺が思っていたものより残虐的なものも持ち合わせているということ、医師という存在に少なからず感じてしまう偏見の一つであると思うが、解剖や手術というものを仕事にする残虐性凶暴性というやつだ。
だが先生の残虐性はそこら辺の物とは違う犯罪的というか危ない色をしていた。
 彼の色が見えてきた最大の理由は三神竜胆という一人の人間がいかなる生命体なのか理解してきたからだ。日々会話を重ねることによって脳内で先生の人間像が構築されて行き、果てには色濃く現れてしまうということなのだと確信した。
 そうして色が現れる人間にはもう一人出会った。その人物とは、とある日俺の数少ない見舞いに来た人物だ。

 2

「元気ですか先輩?急に入院したって聞いたんで飛んできてしまいました」
 そういう女性は夏の暑い日に当たり、頬に浮かんでいる汗を手の甲で拭うとにっこりと微笑みかける。しかしすぐに俺の状態が普通でないことに薄々気づき始め、不安そうな顔つきになりそっと囁きかける。
「桜先輩大丈夫ですか?さっきからぼーと、私の顔見て……」
 にっこりとしていた顔は曇り真顔になっていた。するとちょうど竜胆先生が病室に入ってくる。お邪魔だったかな?と苦笑する竜胆先生に女性は、いいえ、と言い首を振った。
「あの……先輩は、何かあったんですか?さっきから私の顔見ても無言のままで…」
 どういう状況なのか知った先生は、俺が病院に運ばれて記憶がなくなってしまったことを話した。次は女性の方が状況に気づきさっきまでの合点の行かない俺との会話の理由を知って納得していたが、俺の方に振り向くと、少し声のトーンを落として膨張寸前の物体を丁重に扱うような繊細な声で話す。
「じゃあ、私のことも覚えてないんですか?」
 繊細そうなその声には確かに悲しみの感情が現れて見えた。そう、彼女はこの灰色の世界に浮いて見えたのだ。悲しみの色が確かに出ていて水を一滴垂らしたような希釈された悲しみの青色。僕との関わりがない彼女はあった時から色があった。それが表す意味とは、多分記憶を無くす前から俺との関わり大いにあった人なのだろう。
 俺の昔のことを唯一知る彼女に俺は、何か惹かれる感情を抱いていた。彼女と一緒にいれば記憶が戻るかもしれない。何かしらこの灰色の死の世界から助けてくれる人間なのではないかと、一時期竜胆先生が救ってくれると考えていたが、彼は違った。彼は一医者として業務的に俺と関わっているだけで、俺を救ってくれる人間ではなかったのだ。ならば今目の前にいる彼女は、救世主と言えるだろう。
「ごめん、覚えてない」
 包み隠さず事実を語った。どんなに考えても頭の中を探っても全て空振り、彼女に対する思い出や記憶などは僕の中には存在しなかった。彼女の方はというと、俺がキッパリと覚えていないと伝えたことに少し涙を瞼にため、しかし少し笑った
「よかった。先輩ようやく救われたんですね。記憶はないほうがいい時もあります」
 涙が出る寸前、彼女は俺の視線から顔を手で覆い隠す様にしながら、病室を後にしてしまった。不思議と胸が締め付けられる気持ちがした、これが罪悪感という奴か。

 3

「竜胆先生、彼女は?」
 病室を飛び出していってしまった彼女の後を追う様に先生も病室を出たのだった。それから戻ってきた先生に俺は恐る恐る聞いてみた。ため息を吐きながら頭を掻き、パイプ椅子を広げると俺のベットの横に置き座る。もう一度ため息を溢すと、呟く。
「彼女には帰ってもらったよ。結局泣きじゃくって話にならなかったからな」
「そうだったんですね」
 あの時感じた胸が苦しくなる感覚、あれが罪悪感と呼ばれる物だったのならば、次はあんな気持ちにはなりたくないものだ。だから人間は常に言葉を選び続けるのだろう。
「俺は、彼女の何だったんでしょうか?」
 先生に聞いても責任な質問かもしれないと、言葉に出した後に気づく。言葉を選びながら語るというものは難しいと再度思い知る。だから初対面の人間や語ることがない時は、ダンマリするのが一番だと考えていた。しかし、それもどうなのだろうか?
「さあな、あの反応的に恋人だったりしたんじゃないか?」
「恋人?彼女が?」
「そう復唱しないでくれよ……何だか俺の方が恥ずかしいじゃないか。でも一番あり得るんじゃないかな?付き合って楽しい思い出もたくさんできた恋人の片割れが記憶喪失で相方が泣いて病室を出る……どうだ、ドラマの見過ぎかな?」
 そういう可能性もあるかと感じ頷く。ならば彼女はさぞ悲しかっただろうな。一番身近で大切な人物からの突然の拒絶、信頼していた者からの裏切り、きっと悲しいだけの感情では表せないようなもっと様々な感情が渦巻いていたに違いない。
「彼女には申し訳ないことをしたな」
 ふん、と鼻で笑うだけで竜胆先生は何も言わなかったが、やがて胸ポケットから一枚の紙を出して俺の前に持ってくる。俺は受け取りそれを見る、何かの名刺だろうか?色のない真っ白な紙に黒字で文字が書かれていた。
 上三角探偵事務所。氏名:麻奈。調査の依頼はこの住所………または、電話番号からお願いします………。と書かれていた。
「彼女が去り際に落としていったものだ。どうするかは自分で決めろ。うちの電話はロビーに行けばある。自由に使ってくれ、じゃあ、またな」
 そう言い残して、病室を後にした。さっきまでは人が多くて久しぶりに賑やかな雰囲気だった。でも今ここにあるのは静寂、この原因を作ってしまったのは俺のせいなのだろうか。ならば再び彼女に会って謝りたい。許されるのならまた彼女と話せる機会が欲しいと思っていた矢先にこの名刺が出た。これは何かの因果かもしれない。あわよくば、記憶に関して……昔の俺のことが何かわかるかもしれない。彼女は記憶がない方がいいこともあると言ったが、俺は知らなければならないのだ、自分が誰で何者なのか。そう、思い出さなければならないのだ。
 俺の足は診療所のロビーへと向かっていた。竜胆先生が居たため、すんなり電話を貸してくれた。そうして指は名刺に書かれていた電話番号を打ち込んでいた。


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