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2、音楽室ー七不思議定番
第八夜・1 「音楽の怪」
しおりを挟む「今日も来てるんだ」
夜、ピアノの前で目を覚ます。ピアノを媒体にしている僕はここから動くことを許されていない。本来は人間を媒体にして怪奇を起こすそうだが、僕は度胸がないというか腰抜けなため、そして彼女のためにもピアノを媒体にした。その副作用は強かった、それが音楽室から出ることを許されない、つまり監禁されたのだ。
「ええ、ちょっと音楽が聴きたくて」
一昨日から僕の存在を感知できる珍しい女の子が来てくれていた。髪は肩よりも上で少し赤みがかった色をしている。彼女とは真反対だと思った、彼女は腰ぐらいまで髪を伸ばし真っ黒の白髪ひとつない髪だったからである。
「そうかい。君だけだよ。僕の音楽を聴いてくれるのは」
「惚れたというか、好きなんです。あなたが弾く音楽が」
「あっ………」
弾こうとしていた指を鍵盤から離して彼女の方へ向く。記憶の中から言葉が溢れてくる。
「君だけだよ。わざわざ僕の音楽聴きにくるの」
(うーんとね。惚れたというか。好きなんだな君の弾くピアノの音が)
彼女と初めて喋った時の会話。
「あの……大丈夫ですか?」
少女の言葉で我に帰る。すっかり思い出に耽っていた。さっきの言葉がやけに昔の彼女との会話に似ていて驚いてしまっていたようだ。
「大丈夫。そう言えば君、名前は?」
彼女は少し躊躇うように嫌そうな顔をした。
「カズです………」
「そうか。カズさんか………僕の名前は凪、よろしくね」
「はい。よろしくです」
手を合わせようとしない。それで僕も自分が幽霊であり握手ができないことにようやく気がついた。十年人と会話をしてないから自分が人に触れられないことに気づけなかったのだ。慌てて手を引っ込めて再度ピアノに指を置く。十本の指が一つ一つ別々の生き物のように動く絵面は今見ても驚かされる、これが自分の指なんだと。
「またその曲弾いてるんですね」
まただ、またカズさんの言葉には彼女を重ねてしまう。
(まーたその曲弾いてる。他の曲弾けないの?)
調子のいい声と性格の彼女は病院という陰湿な空間には浮いて見え、同時に僕の治療生活の中では希望の光と思える。
「この曲が好きなんだ」
「凪さんが、この曲が好きな理由知りたいな」
(へぇ……凪くんがこの曲が好きな理由、お姉さんに教えてくれないかな?)
「ああ、良いよ」
「ありがとうございます!!」
(やった~!!)
彼女(カズさん)は僕の近くにパイプ椅子を持ってくると慣れた手つきで広げて音を立てないようにそっと置く。その上に座ると笑顔で僕の方を向く。話を早く聴きたいと顔に書いてある。
「あれは僕が生まれてからずっといた病院の話」
曲に合わせて僕は語りかける。彼女(カズさん)は黙ってその話を聞いてくれた。
†
僕は生まれてから一度も学校というものに通ったことがない。それもそのはず僕が出れるのはせいぜい病院の敷地だけだ。毎日見飽きた中庭とアスファルトの地面、そこを二つ車輪が通る。そう……僕は生まれつき足がない状態で生まれ色んな義足も試したがどれも合わず、車椅子生活を余儀なくされた。体も病弱だったためここ十数年間病院よりも外の世界を見たことなんてなかったし、興味もなかった。
「凪さん。気分はどうですか?」
毎日毎日聞いて耳が痛くなるその声、別々の看護師がついているのだがみんなロボットみたいに同じプログラムを仕組まれているみたいに同じ言葉、同じ動き、同じ顔しかしない。正直病院の怪談話よりも僕は看護師のみんなが怖くてたまらなかった。だからいつも目を伏せるか中庭に咲く花を眺めて決して目を向けることはなかった。
「大丈夫です…………」
吐き捨てるように言った。まるで脚本が作られていてそれに沿って僕も仕組まれているのではと思うほど僕も同じ会話と言葉しか交わさなくて一日が終わる。
夜になると、僕は待ってましたとベッドから飛び降りるようにして車椅子に座る。いつも看護師に任せていたが、実を言うと腕をうまく使って車椅子に乗る僕流の動きをここ数年で開発してそれから頻繁に夜の病院を探索した。
そして、その日は訪れた。彼女が僕の前に現れる日が………
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