最後の一年

山口テトラ

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柚葉編 

第十六話 裏切り

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 柚葉編 第十六話

 今日思い切って晴翔さんの家に行ってみた。あわよくば昨日のこともあって一緒に登校することができないかと思って行ったものの彼のお姉さんらしき人物にまだ寝ていることを伝えられて家の中で待っててもいいと提案された。でも私には勇気がなくてその場から駆け出してしまった。なんて情けないんだと自嘲しながら通学路を歩いていた。
「晴翔さんのお姉さん可愛かったな……」
 自分とは違って背が高くて、大人っぽくて憧れてしまう。もしも私がお姉さんみたいに大人っぽくて背が高かったら晴翔さんは………
「やだ、私ったら何考えてるのよ」
 どうしたって晴翔さんが私に気がないことだって十分理解しているはずなのに、昨日の出来事で私は何か勘違いしていたのかもしれない。彼はただ助けてくれただけなんだそれ以上でもそれ以下でもない特別な感情があって行動ではないのだ。
それでもまだ昨日の手を繋いで走った時の温もりが私の心にはあってそう簡単に払拭できるものではない。彼と一緒に笑い合って楽しかった。確かにあの男の人は怖かったけどそれ以上に私の中で晴翔さんという存在は着実と大きくなって確かになる。
この感情はいけないことなのだろうか。晴翔さんは気持ちが悪いと感じるだろうか。だけど、もしそうだったとしても私だけが思っていればいいのかもしれない。彼がどんなに私を拒否しても私はずっと彼のことを想い続けよう。それならば神様だって異論はないだろう。晴翔さんにだって迷惑をかけることがない。この感情は私の中にしまっておくのが吉だ。
「とりあえず、晴翔さんを待ってみようかな……」
 校門前に着くとそう考えていた。私はあくまで晴翔さんのお友達以下の存在、やはり家まで行って彼を待つことなんてできなかった。でも校門の前に立って彼が登校してきたらさりげなく感謝を伝えてお得意の逃げで去るしかない。
 昨日のことに対して感謝することぐらいは許されるだろう。それすらもできないのなら私はいつまで立っても成長できないままになってしまう。それは良くない気がした。せめて彼に助けてもらったから何か成長した姿を見せなければならない。
 私はなんとか決意して校門から少し離れたところで待機していた。登校してくる人からの視線を感じながらもなんとか地面を見つめて耐えた。
 昔の私だったらこんなこと絶対にしない、そう考えてもいた。つい数日前なら極力人間関係は避けてきて面倒なことはしない主義あった。そんな私に変化を与えた二つの出来事がこの数日間起こった。まず一つ目は一番の友人で親しかった凛ちゃんが変わったことだ彼女には自分と似ている点が多くて嬉しかった自分にこんな優しくしてくれる人がいたんだと、しかし違った。彼女は変わった見違えるほどに可愛くクラスの中心的な人物になってしまった。凛ちゃんは私と同じではなかったと理解した。勝手に同じだと思い込んでいるだけでちっとも似てなんてなかった。二つ目は晴翔さんに助けられたことだ。正直それまではなんとも思っていなかったけどあの時以来私はおかしくなってしまったんじゃないかと感じるほど彼のことばかりを考えている。彼のことを考えると胸の奥が熱くなって体をくすぐられているみたいになる。彼と恋人になる妄想だってしなかったと言えば嘘になる。我に帰れば何をやっているんだと突っ込みたくなる。
 変な考えに耽っているといつものにか人の視線なんて気にしなくなっていた。普通の人だったらこんな人の視線なんて気にしなくても平気なんだろう。自分もそうなれたならどれほど幸せだろうか。
 すると視界の端の方に身に覚えのある男の人が歩いてきていることに気づく、それはもちろんの晴翔さんで私の心はどくどくと鼓動をうった。進もうとする足がなかなか思うように動いてくれない。手も震えてきた。どうしようか、やはり声をかけるのをやめようかと思い始めた時にそれは聞こえてきた。
「あれ、柚葉ちゃん。どうしたの?」
 その声はある程度は想像できていたものだった。彼が来ると言うことはもしかしたら彼女と一緒に登校してくるんじゃないかと最悪のパターンは当たったのだ。私はゆっくり顔を上げて彼女の顔を見た。
「凛ちゃん……」
 彼女とはもう目を合わせられない。変わってしまった彼女は前みたいに感情を共有し合うこともないのだろう。私の目だってずっと見つめてくれるはずだ。
「柚葉ちゃん、おはよう」
 こんなにも待ち続けたのに、今の私の心の中は凍えてしまうほど冷え切っていた。彼への思いも感情も今この瞬間には存在しなかった。早くこの場から立ち去りたい、彼女とこの場にはいたくない。
 最低だ。私は勝手に自分で凛ちゃんのことを味方だと信じて彼女が変わってしまったら敵だと思っている、裏切られたと考えていた。
「ごめんなさい……」
 そう言うと私はその場から走り去った。晴翔さんや凛ちゃんの呼び止めるような声が聞こえたが構わず後ろを振り返ることもなく走った。
 



 
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