最後の一年

山口テトラ

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9月11日

第十三話 垢抜け

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 9月11日

 彼女に話を聞こうとした時に口から声が出ないことに気づいた。体が訴えかけているんだ。彼女にその話をしてはいけないと、彼女の敷地に踏み込むようなことはするなと、身勝手に無鉄砲に突っ込んでいく俺の精神にブレーキをかけてくれていたんだ。
 確かに思い出させるのも良くないだろう。彼女も忘れようと努力しようとしているかのしれないし、俺が蒸し返してもいい内容ではない。
冷静になった俺は彼女にごめんと一言告げるとすり抜けるように教室から出て行って自分の教室に走った。俺は何も聞かなかった。何も知らなかった。彼女に優しく接してしまったが故に世話を描きたくなる悪い癖だ。無意識のうちに人を傷つけてしまっていることに今まで気づけなかった。俺は何をしてやれるのだろうか?心身ともに汚されてしまった彼女に何をしてやれるのだろうか。考えが浮かぶわけもなく走り続けた。



 教室に入るとやけに騒がしいことに気づいた。案の定悠斗が俺の元まで走ってきた。
「なんの騒ぎだ?やけに盛り上がってるみたいだけど……」
 そういうとマシンガンのように悠斗は今このクラスに起きていることを説明してくれた。
「なんだ、お前知らないのか?あの凛ちゃんがよイメチェンしたっていうか垢抜けたっていうかさ、とりあえず見てもらった方が早いって」
 悠斗が俺の背中を押して凛の席の方まで移動させる。イメチェン?垢抜けた?なぜあの凛が急にそんなことを…………………
 そう考える俺の心の中に一つの記憶が思い出される。二人で映画館に行った時に彼女に告げた言葉、帰り際の彼女はやけによく話すし、いつもと違って見えた。いや、今思えばあれが凛の本当の姿だったのかもしれない。それを父さんの件で鎮めていた気持ちがようやく浮き上がってきたということなのだろうか。なんにせよ、彼女の錘をどかせられたのならよかったというべきか、俺はそう考えながら背を向ける彼女を呼んだ。
「凛、おはよう」
 呼びかけに答えるように勢いよく振り返る。
「あ、晴くん……おはよう」
 その姿を見た。そして微かに心が揺れた。
 彼女は今まで髪を結ばずに伸ばしたままで幽霊みたいと言われるほどだった。メガネも黒縁で凛の顔にしては大きすぎるぐらいであった。しかし今は髪をポニーテールにしてメガネもコンタクトに変えたのだろう外していた。普通だったらこれくらいの変化はなんともないだろうが、クラスのみんなからしたらあの福田凛が?と困惑してしまあったのが騒ぎの原因だったのだろう。しかもかなり似合っていると思う。揺れていた心が次はドクドクと心臓の高鳴りへと変わる。
「結構似合ってるよ。良いイメチェンだね」
 彼女は顔を赤くして明らかに照れているのが丸わかりだった。そんな反応をされるものだから俺までも恥ずかしくなってくる。
「うん、ありがとう。晴くんに気に入ってもらえるように頑張ったんだよ」
 心臓の高鳴りがます。今まで感じたことのない妙な苦しさ。
「そう、なんだ。でもどーして俺の好みが?」
 そう問うと誰かと目配せしているようだった。その視線の先はどうやら俺の後ろの方へ向けられているようだった。つられて後ろを向いてみると、そこにはニヤニヤと顔を笑顔で歪ませた悠斗も姿があった。俺と目が合ってしまったあいつは一目散に逃げるように教室を飛び出して行った。
「まさかあいつが?」
「うん……悠斗くんに晴くんの好みを聞いちゃったんだ。髪を結んでる女の子を見るのが好きだとか、色々とね」
あの野郎と心の中で怒鳴った。女子へ特別な感情は抱いたことはなかったが、なんでか女子の髪を結ぶという行為を眺めているとやけに気分が高揚していくのは自分の体だからよくわかっていた。それを罰ゲームで悠斗に話したことがあり、誰にも言わないと言っていたが約束を破りやがった。
「そんな……下心が合ったわけじゃあないんだ、勘違いしないでね」
 全然言い訳にもなっていないし墓穴を掘ってしまった発言だったが、凛は笑ってくれた。前みたいに小さく笑うんじゃなくて、しっかり声に出して周りの人にも見えるくらいの太陽にも負けない笑顔を見せてくれた。
 そしてずっと言いたかった言葉を彼女言った。
「凛、おかえり」
 今まで心を閉ざしていた凛の心は深い海の底に錘をつけられ沈んでいた。でもようやく自分の力で錘を外して沖にまで上がってきてくれた。その心こそがあの時以来いなくなってしまった凛自身そのものだった。だから彼女にこの言葉を伝えたかった。
「ただいま、晴くん」
 優しく俺が出した手を握ってくれた。握手とも取れないお互いの手の握り方は不思議な暖かさがあった。そこの温度にはお互い苦痛や葛藤から脱却できた成功の温もりだと思った。そして俺に優しく微笑む彼女の顔を見た。
 彼女も理解してくれたのだろう。失われた自分の心を取り戻したということに。俺はとうの昔に変わってしまった。父さんとの約束だから、それを必死に守った。彼女にもその時もらった勇気を感じとって欲しかったのかもしれない。だからあの時彼女に伝えたんだと思った。決して無駄ではなかった。父さんの死は絶対に。
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