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片思いごっこ
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今日が休みで良かった。隣人も休みみたいで、そろそろとベッドから抜け出すとスーツと荷物を受け取って、自分の家の扉はすぐ隣だしと寝巻きを借りてきたまま部屋に戻った。
寝巻きを返す口実も出来たし、記憶を失ってしまったことも怪我の功名だと思えばいい。
それから少しずつ隣人と顔を合わせる機会も増えていき、お互いの部屋を行き来してゲームをしたりテレビを見たり。仲のいい友達のような関係になっていくことが出来た。
仲のいい友達は仲のいい友達のまま。それ以上発展することもない。だからといって発展を望んでいるわけでもなかったが、それがなんだか虚しくて、顔を合わす度にその虚しさが増していくことにも気がついていた。
そして不意に、二人でテレビを見ている時にこんなことを聞いてしまった。
「あのさ、隣人って、彼女いるの?」
ソファに座っている隣人を振り返らず、ソファを背にテーブルに足を伸ばして座ったまま問いかけた。
「彼女? いないよ」
「へぇ、そうなんだ。隣人、モテそうなのに」
斜め後ろぐらいにいる隣人を見られずに、テレビを見たまま会話する。
「全然だよ。こんな見た目だから強そうに見られてちょっとギャルっぽい女の子に猛アプローチとかされるけど、俺そういう子タイプじゃないし」
「へぇ、そうなんだ。じゃ、どんな子タイプなの」
さっきから同じようなトーンでしか話しかけられない。すごく緊張する。別に俺の望むような答えなんてないだろうに。
「清純そうな感じかな」
「ほ、ほほう」
清純か。そうか。確かに隣人は強面だからそういうタイプの子には逆に逃げてしまうかもしれない。なんだか隣人がそんな見た目に成長してくれたおかげで恋愛経験も少ないようで助かった。何が助かったのかはわからないし、俺が清純かといえば全く違うのだけれど。
「で、幻兄ちゃんはどうなの」
「え! 俺!?」
とんだブーメランに焦って後ろを振り返ってしまう。
ああ、斜め下から見ても格好いいね、君。
「あー、俺は…………」
隣人を振り返ったまま言葉に詰まる。いつも俺に告白してくる相手みたいに適当なことを言って誤魔化してしまえばいいのだけれど、それではなんだか隣人に対して不誠実な気がして。
ここで誠実を振りかざしたところでだからどうという気もするのだが、なんだか嘘をつくのは嫌だった。
「幻兄ちゃん?」
少しの間押し黙って、口を開いた。
「あのさ、俺、女の子と付き合ったことないんだよね。……というか、女の子に興味なくて」
周りくどい言い方をしてしまったけれど、これで伝わるだろうか。
「えっと、それって」
隣人は驚いている。やはり引かれてしまっただろうか。気持ち悪いと離れていってしまうだろうか。
振り返ったまま隣人を見つめていたら、緊張で床についた手が震えていることに気がついた。
「そうなんだ。いつから? 俺といた頃から?」
しかし、隣人はそれで理解してくれたようで、拒絶するような素振りも見せなかった。むしろ少し前のめりになった。
「え? あぁ、多分。その頃はよくわかってなかったんだけど」
「へぇ、そうなんだ。地元を離れたのも、それが関係ある?」
直球な質問に、ドキリと胸が鳴る。原因は隣人の姉の言葉ではあったが、隣人への想いを忘れるためだったというのもあるから。
「まぁ、……うん」
かといってあの頃の淡い思いを伝えたところで隣人を困らせるだけだろう。だからそれは口にしなかった。
「そっか。俺さ、子供ながらに幻兄ちゃんがいなくなったのが悲しかったんだよね。俺のこと嫌いになったから遊んでくれなくなったのかな~とか思って」
隣人は昔を思い出して悲しいような、俺がいなくなった原因がわかってホッとしたような、複雑な表情を浮かべている。
「いや、そうじゃなくて、えっと隣人の姉ちゃんにリンちゃんばっか可愛がっちゃって気持ち悪い、みたいなこと言われてハッとしたっていうか」
焦って釈明にここにいない隣人の姉の話を持ち出してしまい少し後悔した。
「嵐子姉ちゃんに?」
「そう」
そうそう。隣人の姉の名前は『嵐子』だ。隣人が嵐子のことを悪く思わなければ良いけれど。
「そうだったんだ。俺、なんで幻兄ちゃんが遊んでくれなくなったのかずっと気になってたんだ。やっとわかったよ」
隣人は納得したように小さく息を吐いた。
まさかあの頃はまだ小さかった隣人がこんな歳になるまでそんな昔のことを気にしていたなんて。気にしていたのは俺ばかりで、隣人はもうとっくの昔に忘れているか、覚えていないだろうと勝手に思い込んでいたから意外だった。口ぶりや態度からして、結構気にしていたんだなということが伝わってきてなんだか申し訳ない気持ちになった。
「だからさ、俺はさ、ゲイでさ。気になんない?」
「ん? 別に。それは」
「そっか……」
意外に隣人はあっけらかんとしていて安堵した。先ほどまで止まらなかった手の震えと握り締めた汗がふっと和らいだ。
それからは隣人と前よりも更に一緒にいる時間が増えて、六歳も歳が離れているのにまるで親友みたいな関係になっていった。
俺は幸せだった。まさか思いを寄せている相手とこんな風に遊んだり飯を食ったり出来る関係になるなんて。
それで十分なんだ。
……なんて。
多分本当は、心の底では十分だなんて思っていない。
奥底にはきっともっと欲深い願望が隠れている。そのことに薄々気がついていながら、俺はその思いを封印することにした。
決して表には出してはいけないんだ。
寝巻きを返す口実も出来たし、記憶を失ってしまったことも怪我の功名だと思えばいい。
それから少しずつ隣人と顔を合わせる機会も増えていき、お互いの部屋を行き来してゲームをしたりテレビを見たり。仲のいい友達のような関係になっていくことが出来た。
仲のいい友達は仲のいい友達のまま。それ以上発展することもない。だからといって発展を望んでいるわけでもなかったが、それがなんだか虚しくて、顔を合わす度にその虚しさが増していくことにも気がついていた。
そして不意に、二人でテレビを見ている時にこんなことを聞いてしまった。
「あのさ、隣人って、彼女いるの?」
ソファに座っている隣人を振り返らず、ソファを背にテーブルに足を伸ばして座ったまま問いかけた。
「彼女? いないよ」
「へぇ、そうなんだ。隣人、モテそうなのに」
斜め後ろぐらいにいる隣人を見られずに、テレビを見たまま会話する。
「全然だよ。こんな見た目だから強そうに見られてちょっとギャルっぽい女の子に猛アプローチとかされるけど、俺そういう子タイプじゃないし」
「へぇ、そうなんだ。じゃ、どんな子タイプなの」
さっきから同じようなトーンでしか話しかけられない。すごく緊張する。別に俺の望むような答えなんてないだろうに。
「清純そうな感じかな」
「ほ、ほほう」
清純か。そうか。確かに隣人は強面だからそういうタイプの子には逆に逃げてしまうかもしれない。なんだか隣人がそんな見た目に成長してくれたおかげで恋愛経験も少ないようで助かった。何が助かったのかはわからないし、俺が清純かといえば全く違うのだけれど。
「で、幻兄ちゃんはどうなの」
「え! 俺!?」
とんだブーメランに焦って後ろを振り返ってしまう。
ああ、斜め下から見ても格好いいね、君。
「あー、俺は…………」
隣人を振り返ったまま言葉に詰まる。いつも俺に告白してくる相手みたいに適当なことを言って誤魔化してしまえばいいのだけれど、それではなんだか隣人に対して不誠実な気がして。
ここで誠実を振りかざしたところでだからどうという気もするのだが、なんだか嘘をつくのは嫌だった。
「幻兄ちゃん?」
少しの間押し黙って、口を開いた。
「あのさ、俺、女の子と付き合ったことないんだよね。……というか、女の子に興味なくて」
周りくどい言い方をしてしまったけれど、これで伝わるだろうか。
「えっと、それって」
隣人は驚いている。やはり引かれてしまっただろうか。気持ち悪いと離れていってしまうだろうか。
振り返ったまま隣人を見つめていたら、緊張で床についた手が震えていることに気がついた。
「そうなんだ。いつから? 俺といた頃から?」
しかし、隣人はそれで理解してくれたようで、拒絶するような素振りも見せなかった。むしろ少し前のめりになった。
「え? あぁ、多分。その頃はよくわかってなかったんだけど」
「へぇ、そうなんだ。地元を離れたのも、それが関係ある?」
直球な質問に、ドキリと胸が鳴る。原因は隣人の姉の言葉ではあったが、隣人への想いを忘れるためだったというのもあるから。
「まぁ、……うん」
かといってあの頃の淡い思いを伝えたところで隣人を困らせるだけだろう。だからそれは口にしなかった。
「そっか。俺さ、子供ながらに幻兄ちゃんがいなくなったのが悲しかったんだよね。俺のこと嫌いになったから遊んでくれなくなったのかな~とか思って」
隣人は昔を思い出して悲しいような、俺がいなくなった原因がわかってホッとしたような、複雑な表情を浮かべている。
「いや、そうじゃなくて、えっと隣人の姉ちゃんにリンちゃんばっか可愛がっちゃって気持ち悪い、みたいなこと言われてハッとしたっていうか」
焦って釈明にここにいない隣人の姉の話を持ち出してしまい少し後悔した。
「嵐子姉ちゃんに?」
「そう」
そうそう。隣人の姉の名前は『嵐子』だ。隣人が嵐子のことを悪く思わなければ良いけれど。
「そうだったんだ。俺、なんで幻兄ちゃんが遊んでくれなくなったのかずっと気になってたんだ。やっとわかったよ」
隣人は納得したように小さく息を吐いた。
まさかあの頃はまだ小さかった隣人がこんな歳になるまでそんな昔のことを気にしていたなんて。気にしていたのは俺ばかりで、隣人はもうとっくの昔に忘れているか、覚えていないだろうと勝手に思い込んでいたから意外だった。口ぶりや態度からして、結構気にしていたんだなということが伝わってきてなんだか申し訳ない気持ちになった。
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