帝王の刻印 - 籠の鳥は空を見ない -

月姫あげは

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帝王の刻印 - 籠の鳥は空を見ない -

青い目の少年

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 結局あれから坂崎とは身体を重ねる事はなく、抱き合ったまま時間が過ぎて、離れてからも少し照れくさくてお互いの顔を見るのもやっとな感じだった。
 この感情が何なのか、虎にはわからない。けれど、少し照れくさくて、そして心地いいような気がした。
 その日を境に、坂崎との付き合い方が変わっていった。時々会って、ホテルに行っても必ずセックスをするわけじゃない。他愛のない話をして、抱き合って、キスをして、それだけで終わる時もあった。
 半年ほどそんな関係が続いたが、虎はやはり坂崎に自分の事を話す事もなく、坂崎の事も詳しく知る事はなかった。けれど、仕事で疲れた後、坂崎と会うと不思議と癒やされるような気がした。
「最初はあんたの事、癒やしてやるって言ったけどさ、案外癒やされてるのは俺の方かもな」
 久々に身体を重ね、怠惰の中でベッドに仰向けで天井を見上げる。
「そうですか? それは、光栄です」
 隣に横たわっている坂崎がこめかみにキスをしてくる。
「それに最初と比べたら、あんた、セックスも上手くなったしな。俺、激しくないと気持ちよくなれないからさ、嬉しいよ」
「は、はぁ……その話はちょっと、勘弁して下さい」
 いつまで経ってもそういう話には免疫が出来ないようで、坂崎は苦笑いを浮かべて頬を赤らめる。
「さっさと慣れろよ。それぐらい」
 虎はクスクス笑いながら、ゆっくりとベッドから起き上がる。
「さて、そろそろ出るかな?」
「はい」
 手早くシャワーを浴びると、脱ぎ捨てた服を着こんで部屋から出る。
 最初はダサかった坂崎も段々と見られる格好をするようになって、今では隣を歩いていても恥ずかしくない男になった。
 ホテルから出ると、深夜のせいか冷たい風が全身に吹き付けてくる。
「あー寒い」
 小さく呟くと、すかさず坂崎が自分のコートを脱いで差し出してきた。
「今日は予報で寒くなるって、言ってましたからね。仕舞い込んでいたコートを持ってきて正解でした」
「あ、いやいいよ。あんた寒いだろ」
 コートを着てきたせいかコートの下があまりにも薄着でそれを借りる事は躊躇われた。
「じゃあ、二人で入りますか……?」
「ちょ、馬鹿じゃないかあんた」
 少し照れたように言ってくる坂崎に、虎は恥ずかしくなってぶっきらぼうに吐き捨てた。
「あ、虎ダ。ねぇ、その人虎のコイビト?」
 その時、ホテル前の通りから少年の声が聞こえて来た。少し高いその声音には聞き覚えがあった。
「あ? お前シオン……? こんな時間に何してるんだ」
 通りの少し先に立っていたのは金髪の少年だ。綺麗な青い目をしている。確か年齢は十五、六というところだっただろうか。確かハーフとか言っていたか。何故かいつも傍らにドーベルマンを連れて歩いている。



 そう言えばさっきから耳の端で犬の鳴き声がするなとは思っていたが、そいつの声だったようだ。
「どうしたの、ラルフ。虎じゃない、知ってる人デショ?」
 しかも、何故か激しく吠えている。虎にではないとすれば、坂崎に警戒しているのかもしれない。
「あんた、犬には好かれそうなのになぁ」
「は、はぁ……」
 敵意むき出しのドーベルマンに、坂崎は少し恐々という感じだ。
「ラルフ、静かにシテテ。ボクお話しするカラ」
 シオンの一声で、犬は静かになったが、地面に伏せて坂崎をジッと睨みつける。
「大丈夫ダイジョウブ。ボクの言う事はちゃんと聞く子ダカラ」
 近づいてきたシオンはにっこりと微笑んで坂崎にぺこりと頭を下げる。
「あ、こんばんは……」
「しかしお前、いつ見ても小さいね。成長しないわけ?」
 百五十センチ代ぐらいのシオンの頭をグリグリと撫でる。
「まぁ、恐らくもうちょっとは伸びると思うんダケド……。うーん、わかんナイヤ」
 ヘラヘラと笑いながら応えるシオンは可愛らしい容姿をしている。
「お前一人でこんなところ歩いてていいのか? 会う度毎回思うけど」
 こんなラブホテル街をウロウロしていたら危ないオジさんとかに連れて行かれてしまいそうだ。
「ああ、ダイジョウブ。何かあればラルフがボクの事、守ってくれるカラ」
「は、はぁ……」
 坂崎が純真なシオンの笑顔と、多分シオンに危害を加える者がいたら噛み殺してしまいそうなほどの気迫を持つラルフを交互に見て苦笑いを浮かべた。
「で、ネェ。その人は虎のコイビト?」
 シオンが坂崎の事を興味津々に見上げている。
「や、なんていうか、恋人ではないんだけど……」
「じゃあ、セックスフレンド?」
「へ……?」
 可愛らしい容姿には似合わないシオンの発言に坂崎が固まってしまった。
「あー、あー……まぁ、いいじゃないか」
 そういえば、シオンはこういう奴だったような気がする。見た目の割にいろいろな事をズバズバと切り込むところがある。
「でもさ、ボクその人うちで見た事ある気がするんダヨネ」
「は……?」
 シオンの発言に虎は動きを止める。
「あ、でもドッペルゲンガーって事もあるカモ。世の中には自分に似た人が三人いるって言うしネ……!」
「あ、ああ……」
「君の、うちで……ですか……?」
 シオンの言葉に坂崎は困惑したような反応を見せる。
「じゃ、ボクはこの辺りで失礼シマス。またね、虎。ラールフ、お待タセ」
 シオンはこちらに手を振りながら、ラルフを連れてそのまま去ってしまった。
「虎君……、あの、あの子のうちって……?」
 シオンが去った後も、先ほどのシオンの発言が気になるのか坂崎は困惑した様子で聞いてくる。
「あ、ああ。あいつんち飲食店やってるから、それであんたが食べに来たの見かけたんじゃない?」
「あ、ああ、そう言う事ですか」
 坂崎はやっと納得したのか、何度も頷いた。
「さ、行こう」
「は、はい」
 また坂崎と歩き出したが、虎の頭の中には一つの不安が湧き上がっていた。
 あのシオンの『うち』というのは、坂崎に言ったような飲食店なんかじゃない。あんななりをしているが、確かあいつの家はヤクザ家業をしているはずだ。しかも、少し街からは外れた一般人はあまり立ち入らないような山の中の、広い塀の向こうに家がある。そんなところで坂崎を見かけたというのだろうか。
 確かに坂崎の私生活の事はあまり詳しく知らない。サラリーマンだと思い込んでいたが、それも単なる坂崎の見た目で判断してしまった先入観からだ。
 もしかして、こいつはヤクザだって言うのか? こんな弱々しい奴が?
「……君……虎君?」
「あ、ああ……」
 考え込んでいたら、坂崎の呼びかけにも気付けなかった。
「どうしたんですか? さっきからボーっとして……」
 心配そうに見つめてくる坂崎はいつもの坂崎に変わりない。
「悪い、何でもない」
 坂崎がヤクザだろうがなんだろうが、それがどうしたっていうだ。元々私生活を詮索するつもりはないし、坂崎の私生活がどうであれ今の付き合いには全く関係がない事だ。そんな事を言ったら、虎だって坂崎には自分の素性を明かしていない。もし、坂崎がヤクザだと言うのなら、売春宿の社長をしている虎だって同じ穴のムジナだ。これからもお互いの事は詮索せず、この関係を続けていく。ただ、それだけの事だ。
 虎はそう、心の中で自分に言い聞かせた。
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表紙協力:須坂紫那様
挿絵協力:あまつ様(二階堂磨様)

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