上 下
5 / 11
帝王の刻印 - 籠の鳥は空を見ない -

不可解な想い

しおりを挟む
 約束の場所は坂崎と初めて会った時に行ったラブホテルにするつもりだったが、あそこまでたどり着ける自信がないという坂崎のために歓楽街の入り口で待ち合わせる事にした。
 会ってそのままホテルでセックスするだけのつもりだったのだが、これではなんだかデートの相手と待ち合わせるみたいで気恥ずかしい。
 今日も辺りは賑やかで、浮き足立つカップルや人々が往来を行き来している。この辺りは大きな通りもあって、車通りも多くお祭り騒ぎのように人もごった返している。大型店もひしめきあっていて二十四時間いつになっても静かになる事はない。
 そう言えばと、ここまで来て嫌な事を思い出した。
「うちの連中、客引きしてるんじゃ……」
 大体ホストはこの辺りで客引きをしている。連中にはゲイである事は隠していないが、坂崎と一緒に歩いている姿を見られるのはなんだか嫌だった。さえないサラリーマン風の男と付き合いがあると思われると少しオーナーとしての威厳が損なわれるような気がする。
「あ、オーナー」
 そんな事を考えている矢先にうちのNO.2のキョウヤの声が向こうの方から聞こえてきた。
「何してんすか? こんなところにオーナーがいるなんて珍しくないっすか?」
 黒いタンクトップに真っ黒なスーツを羽織った、跳ねた金髪頭の軽そうな男だが、NO.2というだけであってキョウヤはかなりの男前だ。まだ二十三だというのに、見た目はあまり虎と変わらない。虎が童顔と言うだけの事かもしれなかったが。
「いや、なんでもいいじゃないか。それよりお前、ちゃんと仕事してるか?」
 キョウヤぐらいの男なら、正直客引きなどしなくても店にいれば幾らでも女がやってくる。わざわざこんなところで客引きをしているところをみると、実はサボっているんじゃないかと疑ってしまう。
「してますよー。店の中にずっといてもつまらないから出てきたんすけど、好みの女は引っかからなくて。折角連れて帰るなら極上の美人がいいじゃないっすか」
「まぁ、それはそうだなぁ」
 はぐらかされたような気もするが、稼ぎ頭であるキョウヤならば、少しぐらい店を離れても取り戻すのも早い。
「あ、オーナーもしかしておデートとか? どんな男っすか……!?」
「あ? 違う違う」
 厳密に言えばデートではない。けれど、こいつにそれを説明する必要もない。軽くはぐらかす。
「じゃあブラブラしてんすか? 時間の無駄遣いー。オーナーもホストやればいいじゃないっすか。俺に負けず劣らずイケメンなんすから~」
「女は嫌いなんだよ。知ってるだろ?」
 虎もそこそこテンションは高い方だが、現役バリバリの二十代には付いていけない。店の中ならまだしも、ここは歓楽街の入り口で人通りも多い。悪目立ちするのは元からあまり好きじゃない。
「知ってるけど、もったいねぇなぁ~って。ねぇオーナー」
 キョウヤがわざと足元をふらつかせて虎の肩を組んでくる。
「じゃあさ、俺とどっか行きましょうよ~。オーナーすっげぇ良かったから忘れられなくって。店に来る馬鹿女より断然顔も身体も綺麗だし」
 耳元に唇を寄せて、営業用の甘い声で囁くキョウヤの腕からやれやれと抜け出す。
「ああ、今度な。いいから客引きに戻れよ」
 諦めたように言ってため息をつく虎に、キョウヤは飛び上がって大げさに喜んだ。
「マジで!? オーナー約束なっ。テクスキルもっとあげて満足させてあげますよっ」
「はいはい、早く行け行け」
 ったく、通りで言う事じゃない。通り過ぎる人が不思議そうに見ていくが、すぐにそれも収まる。
 まだ若いからやりたい盛りなんだろう。キョウヤは女が大好きなノンケなのだが、以前酔った勢いで押し倒されてまぁいいかと適当に相手をしたらハマってしまったらしい。それも虎限定で、男の味をしめてしまってあれ以来抱かせろと事あるごとにうるさくする。
「俺は高いんだからな? 今俺を買おうと思ったらお前の月給全部ぶっ飛ぶぞ」
 虎はキョウヤの後ろ姿を見つつ、小さく呟いた。
「月給がどうかしたんですか?」
 不意に後ろから声をかけられて虎は驚いて振り返る。
「あ、あんたいつからいたんだ」
 そこには坂崎の姿があった。以前と変わらぬのほほん顔を引っさげて突っ立っている。
「すみません、迷ってしまって……ついさっき到着しました」
 坂崎の爽やかな笑顔よりも、薄手のベージュのセーターと茶色のスラックスがより一層眩しい。
「ああ、そうか。でもあんた、もうちょっと格好考えろよ……」
 前も端々で思ったがやぼった過ぎる。
「少し時間あるでしょ? ちょっと俺に付き合ってよ。そんなあんたとじゃ恥ずかしくてこんなところ長い間歩いていられねぇ……」
 坂崎にクルリと背中を向けると、ズカズカと先を歩き始めた。
「あ、はいっ……」
 今は少し隣を歩くのも抵抗がある。とりあえず大きな通りを横断歩道で横切り、向かい側の道に出た。
 そこから少し歩いたところに、男性物のセンスのいい服を扱っている店がある。自分ではそれほど利用しない店だったが、一番近くて一番センスがいいといえばそこが最初に思いついた。
 店内に足を踏み入れると、いらっしゃいませーと数人の店員の声が聞こえて来た。仕事帰りのサラリーマンから、カップルまで店内は結構混み合っている。
「えーと、ねぇちょっといいかな」
 虎は近くにいたスタッフの男性を呼び寄せる。
「はい、お客様何か」
 やってきたスタッフは笑顔でそう聞いてきた。
「入り口の辺りでもたもたしてるあのダサい男の人いるでしょ。あの人全身コーディネートしてくれないかな。あ、下着も全部ね。金額は幾らになってもいいから。お兄さんのセンスでさ」
「了解しました」
 笑顔でそう答えたスタッフは、坂崎のところまで歩いていく。スタッフに何やら説明を受けていた坂崎は慌ててこちらにやってきた。
「そ、そんな……! 駄目ですよ、だって……」
 多分ここはそれなりに高級な衣類ばかりを扱っている店だからと言いたいのだろうか。
「大丈夫だって。心配しなくて。じゃー、よろしくお願いしますー」
「あ、ちょっ……虎君っ……!?」
 坂崎はスタッフに促されて店の奥に連れて行かれた。
 なんだかんだと坂崎の好みで服を選んでいたら結局あのセンスのない服装になりそうだ。
 金は腐るほどあるのだから、これぐらいやったほうがまともな男になるだろう。
 他のスタッフにそこで待つように言われた椅子に座って何十分かボケッとしていた。
 すると、奥からコーディネートを終えた坂崎がスタッフに連れられて戻ってきた。
「どうでしょうか……」
 自信なさ気に、そわそわしている坂崎は先ほどとは全く違ってクールな男に変身していた。落ち着いた白に、淡いグリーンの縦縞が入ったワイシャツに、ピシッとした高級感溢れるチャコールグレーのパンツ。ジャケットもパンツに合わせたものを着ている。靴は落ち着いた黒の革靴を合わせている。
 下着までは確認出来ないけれど、流石高級店のスタッフが選んだ取り合わせだと感心出来た。
「いいんじゃない? 全然さっきよりいい男になったと思うよ。はいはい、払っておくから、あんた外で待ってて」
「こ、このまま行くんですか……?」
 おおよそこれまでの人生の中で身につけた事がないような衣類の数々に坂崎は慌てている様子だったが、虎はにっこりと笑って一言だけ吐き捨てた。
「俺とどこか歩きたいなら絶対にさっきの格好じゃ歩かないから」
「は、はい……」
 坂崎はシュンと肩を落として店の外に向かう。
 虎は坂崎が身につけたものの金額をすべて払い、自身も店の外に出た。
「さて、行くか」
「えっと、どこへですか……?」
 坂崎はおろおろしながら虎の斜め後ろを歩いて付いてくる。
「折角服買ったんだ。隣歩きなよ。それに背筋は伸ばして堂々と」
「は、はい……!」
 坂崎は早足で追いついて、必死に背筋を伸ばして虎の隣を歩く。
「どこ行くかって? ホテルに決まってるっしょ」
 さっき横切った横断歩道を歩いてまた歓楽街へと戻る。
「だって服、折角買ったじゃないですか……っ……」
 勿体無いですよと、坂崎が自分の服を指差して言うものだから、しっかり歩けと睨みつける。
「服は脱がすために買ったんだよ。あんなダサい服じゃ何してても萎えるっての」
「は、はぁ……」
 坂崎はしゅんとして黙り込んでしまう。面倒くさい男だ。
「あんたさ、俺と恋人同士になったわけでもないんだから、そういう事以外に何かする事あるわけ?」
 ずかずかと歓楽街の、車の通らない道のど真ん中を歩きながら坂崎に問いかける。
「僕は、虎君に会えればそれで……、だから一緒なら別に何もしなくても……」
「わからないなぁ……第一そんなの俺の存在価値ないじゃん。セックスして喜ばす事ぐらいしか……」
 ふと横を見ると、隣にいたはずの坂崎の姿がない。立ち止まって後ろを振り返ると、少し先で坂崎が立ち止まってしまっていた。
「どうした?」
 不思議に思って歩み寄ると、ガバッといきなり往来の真ん中で坂崎に抱きしめられた。
「お、おい何してるんだこんな人通りの多いところで……! 離せよ!」
 通り過ぎざまに人々がチラチラとこちらを見ては通り過ぎていく。確かにこの奥にはゲイバーなんかもあるから、それほど不思議な光景じゃないが、好奇の目に晒される事が虎にとっては堪らない。
「僕は貴方の事が好きだから、傍にいたいって言ってるじゃないですか。セックスしないと存在価値がない、なんて、悲しい事言わないで下さい……。本当に、貴方が傍にいてくれるだけで……、僕は幸せなんですから……」
「さ、坂崎さん……」
 坂崎の囁きと腕の力と、抱き寄せられた胸の温もりにグッと胸が詰まる思いがした。
「わかったから……な、とりあえず……離してくれ……」
 静かに懇願すると、坂崎はすぐに虎の身体を解放した。
「ちょっと、来い」
 とにかくこんな往来で話を続けるのは気まずくて、坂崎の腕を引いてまた、あの時と同じホテルに向かった。
 適当に部屋を選んでチェックインを済ませると、部屋に入ってようやく坂崎の腕を放した。
「勘弁してくれよ……」
 誰に見られるとも限らないのにあんなところで抱きしめた事もそうだが、真剣な思いをぶつけられる事に虎は参ってしまっていた。
「セックスはしなくても、傍にいるだけで幸せって言われても、俺はわからない」
 小さな頃から身体を繋げ合うばかりでまともに恋愛などして来なかった虎にはそれが理解出来ない。龍との関係はそれには近かったが、それはお互いの事をすべて知り合っているからこその関係だ。支えあうだけの理由がある。けれど、坂崎とはこの前初めて出会って一度身体を重ねただけで、虎の暗い過去を何も知らないし、勿論告げるつもりもない。
 自分の事を知らせていない事もそうだが、坂崎の事も何も知らない。好きだとは言われたが、その気持ちも単なる気の迷いかも知れない。
 そんな相手に熱い思いをぶつけられても、どうしていいのかわからない。
「わからなくても、いいんです。僕が、貴方を抱きしめていたいだけだから」
 入り口に立ちすくんでいた虎を、坂崎がまた抱き寄せる。
「やめてくれよ。抱きしめられると苦しいんだ。息が詰まりそうに、苦しい……」
「やめません……貴方の事が、好きだから……」
 坂崎の腕の力は強く激しく、触れる肌のぬくもりが火傷しそうに熱かった。
「くそっ……なんだよ、わけわかんねぇ……」
 目頭が熱くなって、涙が溢れてきた。意味のわからない感情に頭が割れるように痛い。
 坂崎はただ、虎を抱きしめて、虎も訳の分からない感情に悩まされながらも坂崎に抱きしめられ続けた。
しおりを挟む
1 / 3

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

天使を好きになった悪魔

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:2

こうもりのねがいごと

BL / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:206

転生先が幻の島で人間が俺しかいないんだが何か問題ある?

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:2

頭お花畑

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

処理中です...