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第21話

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「お話し中にすみません。ゴーダ主任の奥様のご実家から差し入れだそうです。おひとつずつどうぞ。あとでお礼を忘れずに」

 差し出された紙箱には饅頭が綺麗に並んでいた。それぞれが一個ずつ手に取る。その和菓子をタナカはじっと見つめ、いきなり薄いビニールを剥がすと、両手で持ってガツガツと食べ始めた。あんこのカケラがデスクに飛ぶ勢いだった。

「何だ、タナカ。そんなに腹が減ってるのかよ?」

 もしかして拉致られてから今まで何も食べていなかったのかとシドは思い、手にした饅頭をタナカのデスクに置く。マイヤー警部補とハイファも一個ずつ置いた。
 饅頭四個を瞬殺で平らげる様子を、二人とマイヤー警部補は半ば呆れて眺める。

 タナカは最後のひとかけらを呑み込むと、ものも言わずに立ち、デカ部屋の隅に設置された有料オートドリンカで飲料を買って戻った。抱えていたのは保冷ボトルの果汁飲料ばかり、五百ミリリットル入りが六本だ。

 恰幅がいいとはいえ、さほど大柄でもない体に合計三リットルが全て吸い込まれてゆくのを二人とマイヤー警部補は呆気にとられて見た。

 脇腹に痛みを感じてシドは爪を出したヘンリーの前足を叩く。

「……なあ」
「五月蠅い、引っ込んでろ」
「それどころとちゃうねん」
「いいから大人しくしてろ」
「あかんて、マジで聞いてえな。誰もおらんとこ、つれてって」
「くそう、何だってんだ?」

 視線を感じて顔を上げると、マイヤー警部補がニヤニヤ笑っていた。

「面白いですね。新しいオモチャですか?」
「え、あ、そうです。昨日買ったばかりで……」
「AD世紀の昔からペット語を翻訳するマシンはあったそうですが、これはよくできているようですね。だから貴方がたは面白い。そのままの貴方がたでいて下さいね」

 意味深な科白を残し、マイヤー警部補は饅頭配りに行ってしまう。
 見送ってシドは立ち上がった。チラリとタナカを見ると、特別配給で貰った追加の饅頭を貪ることに夢中になっていた。これではどうせ話などできない。

「ハイファ、行くぞ」
「ん、シドの巣だね」

 シドの巣とは地下留置場の一室に単独時代にこさえた、仮眠所であり休憩所であり趣味のプラモデル製作所である。深夜番は免れているシドだが情報屋巡りなどで自主的夜勤にいそしむことがある。そんなときにそこで寝泊まりしていたのだ。

 今でこそハイファがいるので殆ど泊まることはないが巣はそのまま存続され、ストライクが重なって課長から外出禁止令を食らったときなどに、そこで不貞寝をしたりプラモを作ったりしている。
 公私混同も甚だしいが、そこに篭もってさえいればストライクしないので、課長以下機捜課員一同誰も咎め立てはしない。

 ハイファにとっては殆ど二十四時間一緒に行動しているのに、ちょっと目を離すと何故かゴミが層を成すとんでもない汚部屋になっているという、非常にナゾな部屋なのだ。

 デカ部屋を横切って地下への階段を辿るとワイア格子の挟まったポリカーボネートの三メートル四方の房、一番右がシドの巣だった。

 どれだけ汚染されていても主が土足厳禁を言い張る部屋は、先日ハイファが怒り狂って掃除をしたばかりで今日は床が綺麗に見えている。プラモの部品と工具が散っている以外にはスナック菓子の袋が人つと飲料の空きボトルが数本だ。
 シドに続いてハイファも靴を脱いで上がり込む。

「お邪魔しまーす。……あっ、何であーたはゴミをすぐに捨てないのサ?」
「捨てるって、あとで」
「あとであとでって、それが汚部屋の原因だって何度言えば――」
「何してんねん、はよしてくれ、一大事やねんから」

 焦ったヘンリーの声が響き、二人は慌てて見回すもここには自分たち自身が引っ張ってくる以外に客はいない。昨日までの留置人は既に検察送致され、幸い本日はどの房にも人影はなかった。喋る猫をつれ込んでも問題ない。

 キャリーバッグの中から急かす声にシドは床から掌サイズの灰皿を拾い上げ、取り敢えず硬い寝台に座った。早速煙草を咥えて火を点ける。
 我慢ならないハイファはゴミを入り口付近に集めてからシドの隣に腰掛けた。

 猫袋からヘンリーが飛び出して床に降り立つ。金色の目が二人を見上げた。

「で、いったい何だって?」
「あのな、見つけたんや」
「……はあ?」
「わしが追っとるホシがおったってゆうてんねや」
「って、誰かに取り憑いてるってことなの?」

 三毛猫は人間のように頷いた。

「さっきの饅頭食うとった、タナカゆう奴。あれに@&♭÷△星人が入っとるで」
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