エイリアンコップ~楽園14~

志賀雅基

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第38話

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 ビルを見上げて数えると、狙撃ポイントは二十九階だった。

 エントランスから内部に入ってロビーを抜け、エレベーターホールへ向かう。エレベーターで二十五階まで上がった。二十五階からは階段を使う。

 階段は一ヶ所ではないので敵を囲むことはできないが、物音に注意を払いながら三人は慎重に雑居ビルらしい建物の二十九階まで上った。壁に貼られた電子案内図を見る。

「表通りに面したこの辺りだったよな」
「ええと……シャノン光学工業の事務所の隣、『入居者募集中』だって」

 猫連れの珍妙な二人を、昼食帰りらしい会社員らが眺めてゆく。ここで巻き添えを出してしまう訳にはいかない、三人は足早に通路を辿った。
 その空き部屋は入り口がオートドア一枚という狭い貸事務所だった。

 人気のないのを見計らってシドとハイファは銃を抜く。オートドアの両側に分かれて壁に張り付き、シドがセンサ感知して開ける。開かない。ハイファがリモータからリードを引き出してドア脇のパネルに繋いだ。

 幾つかのコマンドを打ち込み、十秒ほどでロックが解ける。
 改めてシドがセンサ感知、オートドアが開くと同時に銃を構えて躍り込んだ。

「惑星警察だ! ……っと、当たってやがったか」

 開かない窓に空けられた直径五十センチほどもある大穴からは、冷たい風が室内に吹き込んでいる。その風でも消せない硝煙と濃い血臭が漂っていた。

 ガランとしたフロアのほぼ中央に男が一人、窓際にもう一人が倒れている。動かず何も手にしていないのを見取って近づくと、中央の男は右胸に二射、窓際に頽れている男は首にフレシェット弾を浴びて大出血していた。両方ともに意識はない。

 窓の傍に口径の大きなレーザースコープが三脚で立てられ、その下に狙撃銃が落ちている。男たちの一人がスナイパー、もう一人が狙撃時のアシスト及び護衛をする観測手、いわゆるスポッタだろう。

「わあ、すっごい! これ、高級品だよ」

 もう一度ミュゲに発振したのち、ハイファは狙撃銃に近寄って声を上げた。

「ヒットマンの得物は何だって?」
「オストイェーガー社製、ドラグノットM680。硬化プラを多用し軽量化に成功、千五百メートル級を狙えるライフルにしては驚異の約五キロ半。同じく軽量化に成功したハンドガンのドラグナーM68とセットで売り出した、同社の目玉商品です」

 と、まるで深夜のTV通販のごとく並べ立てたハイファは、首に食らって頽れた男の左脇を指し示す。

「こっちが女房役のスポッタだね。ご丁寧にセット販売のドラグナーを吊ってるよ」
「そこから何か分かるか?」
「たぶん、この二人は軍人か元軍人、それとも傭兵かな。とにかくオストイェーガーは軍関係にしかブツを流さない、手堅い商売しかしてないから」
「プロ中のプロか。カネとコネがないと雇えねぇだろうな。……よし、撤退するぞ」

 踵を返して出て行こうとするシドとハイファをヘンリーがとめた。

「ちょ、あんたら待ってぇな! コレをこさえて現場放棄かい!?」
「俺たちのライフルマークは登録されてる。ミュゲにも発振した。問題あるか?」
「あるような気がするねんけど……」
「腹が減ると些末なことが気になるんだ。ほら、メシに行こうぜ」
「なんや、腑に落ちへんけど……あ、待って!」

 結局ヘンリーは人目を避けてシドの担いだキャリーバッグに収まり、エレベーターで一階に下った。一階では警察諸氏を目にして回れ右、シドとハイファは裏手から外に出る。

 緊急音が賑やかに響く中、三人はコイルタクシーに乗り込んでさっさと現場をオサラバし、ハイファがリモータのマップで検索した大型ショッピングモールにあるペット可のレストランへと向かった。

◇◇◇◇

 食事のあとのコーヒー&煙草タイムとなり、用を足し終えてホッとしたらしいヘンリーは、リモータの振動を止めるシドを恨めしそうに見上げた。

「……なあ、シド。あんた発振何回シカトしとんねん」
「んあ、三回目だっけか?」
「わしに訊くなや。それ全部ウチの課長からやろ。あの人ぶち切れとるで」

 隣の椅子に乗っかった三毛猫にシドは煙草の煙を盛大に吹きかける。

「ミュゲが言ってたろ、自分を利用しろって。だからいいんだ」
「ケホケホ……利用しろとは言うてへん、名前を出してもええってゆうただけや」
「そいつが『利用しろ』ってことだろ。意訳だ、意訳」
「そうやろか……」
「くそう、まただ。しつこいっつーの!」

 ヒゲをしょぼつかせてヘンリーは天を仰いだ。

「あんたらと一緒におると、いい加減に指名手配されそうで怖いわ」

 向かい合って上品にカップを口に運んでいたハイファがヘンリーを宥めた。

「詳細を今、発振したから。それはともかく、敵の立ち上がりが早かったよね」
「病院を張られとったかも知れへん。追い縋る犬を皆ゾロ消す気やな……猫やけど」
「あ、カートの警護も厳重にするよう、発振で頼んだから心配要らないよ」
「ホンマ、ダンナと違って気が利く嫁さんやなあ……おっと、ニャア」

 テーブル脇を通りかかった客に目を向けられ、ヘンリーは下手な猫のフリをする。それを睨みつけながらシドは何本目かのチェーンスモークをしつつ鼻を鳴らす。

「ふん。……ところで、実際どれだけエネルギー財団乗っ取りに絡んでるんだ?」

 訊かれたヘンリーは耳の後ろを掻いていた脚を止め、首を傾げた。

「せやなあ、与党議員の中でもエネルギー族ゆうのんは七名や。それに上院、いわゆる貴族院で乗っかっとる連中がおる」
「でも確実に黒だと分かってるのは、エネルギー族の下っ端議員のスタイナー=マクノートンと、つるんでるクラーク=リッチモンド男爵とセドリック=エヴァレット子爵だけなんだね」
「そこでどん詰まり、本人たちには手が出せへんから秘書に目ぇつけたんや」
「だがカートが弾かれた、か」

 冷めたミルクをシドが皿に注ぎ足してやる。三毛猫はぺしゃぺしゃと舐め始めた。

「けど、明日は新しい展開が見られそうじゃない?」
「そういや高等技術がどうのって言ってたっけな」

 口の周りについたミルクを舐めヘンリーが猫に似合わぬ重い溜息をついてみせる。

「あんまり言わんといてぇな。今から憂鬱やねんから」
「何で? 仇討ちのチャンスじゃない」
「わしかてカートの仇は討ちたい。けどな、鬼やないんやから、ロシェルの『初めて』をぶち壊すようなマネはしたくない。とするとホンマに高等技術やねん。あんたらもしっかりフォローしたってな」
「ふうん、優しいんだね」

 と、持ち上げた直後にハイファが突き落とす。

「でもせめてオツムの軽い三人組の誰かをタラすくらいはしてくれないと」

 ヘンリーは再び舐めていたミルクでむせ返った。
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