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第36話

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 女性を目にして十名ほどの警察諸氏が固まった。

「お、オブライエン警視正どの……」
「何をボーッと見ている。我が家の前での不始末、さっさと収拾をつけんか!」
「はっ、はいっ!」

 敬礼した他星の同輩たちが機能し始めた中、警視正というには若い女性が落ちていた腕を掴んで拾い上げる。美女に血塗れの腕はなかなかに異様な取り合わせだ。

「見事なジャスティスショットだったな」

 拾った腕ばかり眺めているので、それが自分たちに向けられた言葉だとは、咄嗟に二人は気付かなかった。女性はその腕を掲げて「おいでおいで」と動かす。非常に悪趣味だ。

「お前たち、名は何という?」
「シド=ワカミヤだ」
「ハイファス=ファサルートです」

 妙な迫力に負けて口にすると女性は腕を投げ捨てる。

「自分はミュゲ=シルバーという」
「えっ……オブライエンじゃないんですか?」

 思わず訊いたハイファに女性は口の端を吊り上げてニィとわらった。

「外側はエセル=オブライエン警視正、だが今のわたしはミュゲだ。広域惑星警察庁外事九課の課長を張っている。ヘンリー=バレット、隠れてないで顔を出せ!」

◇◇◇◇

 見事な脚線美を眺めつつ案内されたのはビル四十二階の隅にある外事九課だった。

 思ったよりもやや狭いそこはいわゆるデカ部屋で、二人の古巣の機捜課よりも余程活気があり、何というかフライパンの上のポップコーン状態である。とにかく皆が忙しそうだった。

 二人はそんな同輩たちを横目に、スプリングのへたったソファに腰掛けていた。

「今頃ヘンリーは絞られてるのかなあ?」
「かもな。皮を剥がれてなけりゃいいが」

 煙草を吸いながらシドは大欠伸をする。かれこれ二十分は待たされているのだ。愛し人の眠気を察知したハイファが静かに立ち、セルフで紙コップのコーヒーを調達してきた。
 二人でズルズルとコーヒーを飲む。味はいずこも同じ、懐かしき泥水だった。

「ここにいる人、みんなナントカ星人と共生してるんだよね?」
「そういう話だがアレは強烈だよな」
「だよね。……ミュゲ、スズランって毒があるんだよ」
「へえ――」

 コーヒーが半分に減った頃になってアレ、いや、オブライエン警視正ことミュゲがヒールの音も高らかに姿を現した。あとからヘンリーがしずしずとついてくる。
 二人の向かいのソファにどすんとミュゲが腰掛けた。ヘンリーはシドの膝に飛び乗ったもののヒゲを垂らして萎れている。相当絞られたようだ。

 ミュゲが脚を組んだがシドは『毒』というのを思い出しそれとなく目を逸らした。

「まずは部下が世話になった礼を言う」

 態度が尊大すぎ、逆に怒られたような気持ちで男二人は会釈を返す。

「今少し、この猫の体を貸してやっておいてくれ」
「はあ……カート、カーティス=レイン氏の容体はどうなんですか?」
「三日後には再生槽から出られる」
「そうですか。良かったね、ヘンリー」

 萎れたヒゲを前足で撫でつけ、見上げた金色の目が頷いた。

「話は部下から聞いた。だがよく分からんのは別室とやらのことだ。もっと詳しく話して貰えるか?」

 それが要請ではなく強制に聞こえたのはシドの気のせいではないハズだ。ハイファは鍋の熱湯に放り込まれた二枚貝のように口を割った。

「――ふむ、なるほどな。テラ連邦にはそういった機関があるのか……気に食わん」

 腕組みして唸った美女を前に男三人は小さくなる。ヘンリーはしっぽを膨らませて怯えていた。だが気に食わなくてもシドたちにはどうしようもない。

「ふん、まあいいだろう。協力してくれるなら僥倖だ」

 怯んでばかりもいられない。新たに煙草に火を点け、シドが口を開いた。

「で、協力という以上、あんたらも何かの手は打つんだろうな?」
「勿論だ。パーティーのときにはヘンリーをヴァレリー伯の娘に潜らせる」
「ちょっと待て、そいつは勝手な寄生じゃねぇのか?」
「我々九課の特捜はそれが許されている……が、心配無用だ。本人に気付かれずに潜ることも可能、必要な時のみ表面化する。高等技術だがヘンリーならやるだろう」
「ふうん。ヘンリー、信頼されてるんだね」

 力づけるつもりのハイファの言葉だったが、三毛猫はヒゲを垂らしたままだ。
 そんなヘンリーを見てミュゲは不機嫌そうに唸る。

「与党議員と貴族層に及ぶ※*♭÷#星人の特性を利用した犯罪だ、捨て置けん」
「それにしてはやけに手薄じゃねぇか。ヘンリーの相棒も撃たれたってのに」
「まあな……おい、コーヒーくれ!」

 傍を通りがかった課員にミュゲは怒鳴ったが、その課員は両手にファイルを山ほど抱えたまま通り過ぎた。二度無視されたミュゲがキレる前に仕方なくハイファが立って紙コップを調達する。
 礼も言わずに頷いただけでコーヒーを受け取ったミュゲは泥水をひとくち飲み、

「忙しすぎるんだ。他星からの客に愚痴は言いたくないが抱えている案件で手一杯、人員がまるで足りていないのが現状だ」

 秘密を知らない人間は入れられないということなのだろう。#※*♭÷星人の宿った人間だけしか迎えていないのなら人材不足は頷ける。

「ここでも渡りに舟って訳か」
「ここでも? ああ、ヴァレリー伯の娘の件か。ヴァレリー伯は数代前に政治的失策で公爵位を返上した経緯がある。その財力は未だに公爵を凌ぐほど、娘にたかる虫も多い筈だ」

 さすがに課長を張っているだけあり、ミュゲは貴族の台所事情にも詳しいらしい。

「そこに持ってきて本星からの『婿どの』の登場、それも二人だ、さぞかしパーティーは荒れるだろう」
「他人事だと思って面白がるな、それより捜査だろ」
「当然だ。政府首脳部を@△#※♭星人がいいように操っているとでも思われては、それこそ別室とやらが我々を排除にかかる可能性が大、憂慮すべき事態だ」

 なるほど、別室としてもその辺りが理由で自分たちを投入したのかも知れないと、二人は美女の眉間のシワを眺めた。
 だが病原菌か害虫のように駆除されるのを恐れている割にミュゲの態度は変わらず尊大である。

「とにかくこの件はそちらに預ける。何かあれば自分の名を出してくれて構わない。ミュゲではなくエセル=オブライエンの方だ、間違えるな」
「ふん、音に聞こえた鬼警視正ってか?」
「ヘンリーが何か言ったのか?」

 金色の目が恐怖に瞠られた。逃げたいあまりヘンリーはタマと人格(?)交代したらしい、途端に三毛猫はバリバリとシドを登り肩に乗っかって「フーッ!」と唸る。
 美女は鼻息も荒く紙コップを捻り潰しダストボックスに投げ込んで立ち上がった。

「では頼んだぞ。但し、あまり派手にやってくれるな。我々絡みの案件は内密に事態を収拾するのにも骨が折れる」

 リモータIDを交換するとミュゲはまたヒールの音も高らかに去った。シドとハイファは顔を見合わせて溜息をつく。妙に疲れていた。タマがシドを降りてくる。
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