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第35話

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「まるきり詐欺じゃねぇか!」

 呼んで貰った無人コイルタクシーの中でシドが吼えた。もう何度目かの大声にハイファとキャリーバッグから顔を出したヘンリーは、知らんフリで窓外に目をやっている。

 郊外の光景は銀世界ながら森があり、草地があり、時折貴族のものらしい大きな屋敷がありと、のどかなものだ。首都ドランテの都市はまだ見えない。

「何でこんな余所の星で婿入りしなけりゃならねぇんだよ。大体、婿が二人までOKなんてのも聞いてねぇ、ダブルエスコートでハイファ、これじゃお前と兄弟に――」
「ストーップ、シド」

 聞いていられなくなってハイファは口の悪い愛し人の言葉を遮る。

「取り敢えずの危険回避策であって、何も伯爵だって本気じゃないでしょ」
「本気で堪るか。それよりカードを晒さなかったことを俺はだな……」
「はいはい、分かったってば。でもそれを言ったらお互い様じゃない」
「う……それはそうだけどさ」

 自分たちもロシェルを利用するのだ。シドは痛いところを突かれて口を噤んだ。別室任務に元々乗り気じゃないのは確かだが、渡りに船というのもお互い様なのだ。
 愛し人の気分を察したかハイファが殊更明るい声を出す。

「ほら、それよりも議会の『エネルギー族』らしいマクノートン議員とリッチモンド男爵、エヴァレット子爵だよ。そうだよね、ヘンリー?」

 キャリーバッグからするりと這い出し、鼻をふんふん鳴らして三毛猫は頷いた。

「そうや。急進派与党のエネルギー族、その一番下っ端の若手議員がスタイナー=マクノートンで、わしとカートが追ってた奴やねん」
「リッチモンドとエヴァレットはどういう位置づけなんだ?」
「若くして爵位を嗣いだその二人とマクノートンは友人関係、いっつもつるんで株だの賭けだのに手ェ出しとる、オツムの軽い三人組やな」
「で、その三人からロシェルは『美味しい物件』として、エスコートの申し出も受けていたんだね、ヴァレリー伯に依ると」

 ご丁寧かつ古風な手紙での申し入れだったそうだ。

「ふん、ガツガツしやがって」
「でもまあ、穴を空けたのが三人合わせて百億単位だっていうからねえ」
「分からないでもねぇか……おっ、街が見えたぞ」
「本当だ。へえ、結構な都市じゃない」

 丘を越えて見渡した向こうには幹線道路があり、それを挟んで土地が持ち上がったかのように都市が広がっていた。数キロ先に広がる恒星シヘラスの陽光を受けて光り輝く都市は、本星セントラルエリアにも劣らない超高層建築の林立である。
 スカイチューブに繋がれたビル群の上空には針先ほどのBELが飛び回っていた。

「本星セントラルに似てるな」
「あれじゃない、後発星系に見られる、本星をモデルにして開発したっていう――」

 ヴァレリー伯爵邸を出てから四十分以上経って、ようやくタクシーは都市に入る。片側四車線の広い道路を走ること更に十分、官庁街と思しき一角でタクシーは路肩に寄って停止し、接地した。クレジット精算して三人は降りる。

 降り立ったのは勤め人らが先を急ぐ雑踏の中だった。ヘンリー入りキャリーバッグを担いだシドは辺りを見回す。一定間隔置きに街路樹が植えられファイバブロックの歩道とスライドロードが併設されているのも本星セントラルエリアと同じだ。

 ただファイバブロックは数個に一個の割合で融雪仕様になっているらしい。

 街路樹の根元に凍り付いた雪を眺め白い息を吐きながら三人は目の前の広域惑星警察庁ドランテ本部庁舎ビルに向かう。だが目的地が目前だというのにそれが阻んだ。
 それ……男の大声である。

「我々は共同革命戦線・紅い虹だっ! この惑星マールで民衆を支配し続けんとする貴族に対し、今ここに反旗を翻すものであり――」

 聞いても嬉しくないダミ声に、シドとハイファはチラリと目をやった。迷彩の戦闘服を着込んだ男が二人して喚いている。それだけならタダの街頭演説だが、男たちはサブマシンガンを手にしていたのだった。

「そもそもテラ連邦議会は、搾取により貧困にあえぐ星系への援助を怠り――」

 周囲には遠巻きに人の輪が出来始めている。ざわめきながらも傾聴している彼らに気をよくしたらしい男たちは、ますます野太い声を張り上げた。

「崇高なる理念と目的を達するため、この上は、我が身を挺してでも――」

 ここが見せ場とばかりに、男たちは勢い戦闘服のジャケットの前を開く。その腹にはいかにもな爆弾がコバンザメのごとくガムテープで貼り付けてあった。
 左手にポケットから出したスイッチを掲げ、景気づけのように男たちは右手のサブマシンガンを空に向けて連射する。乾いた撃発音に、改めて本物だと認識した観衆がどよめいた。

「あーあ、ストライクしちゃった……」
「俺のせいみたいに言うなって」
「ストライクってなんやねん?」
「それはね、シドの超ナゾ特異体質で――」
「五月蠅い、ハイファ。それより行くぞ」

 偶然観衆の輪の一番内側に位置していたシドはつまらなそうに踵を返そうとした。

「えっ、放っとくの?」
「よその警察の本部庁舎前で、何も俺たちがだな……くそう、ハイファ!」

 勝手に盛り上がったテロリスト二人の左手が本気で起爆スイッチを押そうとしている、それを腕の筋肉の僅かな動きで察知したシドがレールガンを抜き撃つ。同時にハイファもコートの懐から引き抜いたテミスコピーのトリガを引いていた。

 一発ずつに聞こえるほどの速射でそれぞれがトリプルショット、一発がサブマシンガンのトリガに掛かった指を吹き飛ばし、二発がスイッチを持ったままの左腕を地に落としている。
 血飛沫が寒風に舞い、観衆から盛大に悲鳴が湧いた。

 男たちに駆け寄ったシドとハイファが起爆スイッチを取り上げサブマシンガンを蹴る。泡を吹いて気絶した男たちの両腕をシドが結束バンドで止血した。誰が発振したのか救急機の緊急音が近づく中、警察本部ビルから一団が出てきてシドとハイファに大喝する。

「動くな、両手を挙げて頭の上で組めっ!」

 二人は素直に両手を挙げた。街中での発砲者に対する処置としては妥当なものだ。
 だがそこにもう一人の声が響いた。

「必要ない、手を下ろせ」

 つかつかと歩み寄ってきたのは一見OL風の女性だった。グレイのスカートスーツを身に着け、小さなショルダーバッグを肩に掛けた女性は、テラ標準歴で云えば三十代前半だろうか。
 長い黒髪を無造作にうなじで束ね、ヘイゼルの瞳が印象的な顔は化粧気もないが、出る処が出た美人な上にスカート丈は非常に短い。
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