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第24話
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「シド、何考えてるの?」
答えずシドは昨日も辿った道を歩いてゆく。今日はタナカが何にも引っ掛からなかったために、雨で僅かに人通りの少ないショッピング街まで四十分ほどしか掛からなかった。
アパレル関係の店舗が多い辺りは、傘の花が多数咲いて華やかだった。それだけに人を縫って歩くのも難儀である。濡れたシドたち一行はたびたびご婦人方に振り返られながら、ぶつからないように、やや歩調を落とした。
そしてあと十メートルほどで左の小径に入ろうというときだった。
「先輩がた、すみません――」
背後からの声に二人は振り向こうとした。だがハイファはそのまま動きを止める。ソフトスーツの脇腹に硬いものが食い込んでいた。目を落として確認するまでもない、銃口だ。
「へえ、ロデスM480かあ」
レーザーガン・ロデスM480は、テラ連邦軍や惑星警察でも制式採用されているロデスM350のニューモデルだ。レーザーは雨や霧で威力が減衰するとはいえ、音もない。尤もこうして押し付けて射つならば充分に用は足せるだろう。
「ふん、タナカお前、結構なブツをお持ちじゃねぇか?」
「抵抗すれば射ちます。ファサルートコーポレーション代表取締役専務ハイファス=ファサルート、わたしが用のあるのは貴方だけです。こちらにきて下さい」
棒読み口調が本気だと思わせた。ハイファにシドが頷く。
傘の花の間での脅迫劇には誰も気付かないまま、歩道の傍に駐まっていた無人コイルタクシーの後部座席へとハイファはタナカに押し込まれた。すぐさまタクシーは発進する。
「何や何や、どうしたんや?」
「誘拐事件発生だ。あんたの望み通りだろ」
「もしかしてこれを狙ってワザと隙を作ったんか?」
応えずシドは近くに駐まっていたタクシーに駆け寄ると、丁度乗り込もうとしていた妙齢のご婦人に警察手帳を翳してお譲り頂き、前部座席に滑り込んだ。ナビシートにキャリーバッグを放り出し、本来なら座標指定に使うモニタパネルに警察手帳を押し付ける。
手帳に付いたナノチップをモニタパネルが認識、シドはコマンドを打ち込んでオートモードを解除。まだ目ではハイファとタナカの乗ったタクシーを追っている。
公園前でUターンをして官庁街方面に向かうのを捕捉。ステアリングを左手で握るとシドはアクセルを踏み込んで強引にその場で方向転換し、流れるコイルの車列にタクシーを割り込ませた。
小刻みにステアリングを切って数台抜き去り、一台挟んで目標の背後につける。
運転しながら別室カスタムメイドリモータのトレーサーシステムを立ち上げた。ハイファのリモータ位置を表示させる。専用のモニタ機器がないので活性レヴェルなどは分からないが、今は必要ない。単に見失うと拙いので保険だ。
「シヘラス星系人はテラ本星に何人入星した?」
「わしが追ってきたのは四人や」
「ナメクジ星人も四人……ってことはねぇな?」
「言うたやろ、人一人にわしら二人くらい入れるて」
「最多で八人……スズモト製鋼、丁資源公司、シーモア理研、カーライル金属、ビクトリア資源開発、ベルトリーノ理化学にタナカで既に七人か」
「ファサルートコーポレーションで最後、八人目やな」
「ハイファの中に入るのは俺だけだ。他に誰も入れさせるかよ」
「何気にあんた、すごいこと言いよるな」
ダッシュボードに前足を掛け、三毛猫は伸び上がって前方を注視している。タナカもポリアカで手動運転を習っている筈だが、尾行られていることに気付かないのか、タクシーは淡々と走り続け、ショッピング街を抜けて官庁街へと入っていた。
「タナカから出てハイファスを乗っ取るかも知れへんで?」
「可能性はあるが、ハイファは俺以外の誰も咥えたりは――」
「ああ、ああ、ごちそうさん。……お、七分署や」
官舎ビルの前も通り過ぎる。暫し走って大きな交差点を左に曲がった。
「これはセントラル・リドリー病院へ行く道やな?」
「真っ直ぐ行けばな。この先を右に曲がればホテル街だ」
「潜伏先としては常套……おっ、曲がりよった」
ウィンカーを出して曲がると、もう間に一台も挟まず直接連なるようにしてホテル街へと入る。この辺りは高級ホテルとビジネスホテルが混在している地区だ。
「減速しとるで。あのビジネスホテルちゃうか?」
「ベンソンホテルか」
アクセルを踏み込んで、タナカに悟られぬよう空けていた車間距離を詰める。ハイファたちのタクシーがベンソンホテルの車寄せに滑り込んで停止し接地した。
ほぼ同時にシドも先行コイルに突っ込むように停止させる。接地するや否やドアを開けて飛び出した。
ハイファを脅しながらタナカが降りてくる。その動きは相変わらず不自然に硬い。シドからすれば隙だらけ、駆け寄るなり首筋に手刀を叩き込む。タナカは声もなく頽れた。
だが意識のないその体を完全に乗っ取ったナメクジ星人が覚醒、ゆらりとタナカは立ち上がる。ものも言わずにロデスM480をシドに向けて射った。
しかしシドは対衝撃ジャケット、シールドファイバがレーザーの射線を弾く。ハイファ、発砲。ロデスが爆発的に壊れてタナカの手から吹き飛んだ。
「ヘンリー、お前の出番だ!」
「任せとき!」
答えずシドは昨日も辿った道を歩いてゆく。今日はタナカが何にも引っ掛からなかったために、雨で僅かに人通りの少ないショッピング街まで四十分ほどしか掛からなかった。
アパレル関係の店舗が多い辺りは、傘の花が多数咲いて華やかだった。それだけに人を縫って歩くのも難儀である。濡れたシドたち一行はたびたびご婦人方に振り返られながら、ぶつからないように、やや歩調を落とした。
そしてあと十メートルほどで左の小径に入ろうというときだった。
「先輩がた、すみません――」
背後からの声に二人は振り向こうとした。だがハイファはそのまま動きを止める。ソフトスーツの脇腹に硬いものが食い込んでいた。目を落として確認するまでもない、銃口だ。
「へえ、ロデスM480かあ」
レーザーガン・ロデスM480は、テラ連邦軍や惑星警察でも制式採用されているロデスM350のニューモデルだ。レーザーは雨や霧で威力が減衰するとはいえ、音もない。尤もこうして押し付けて射つならば充分に用は足せるだろう。
「ふん、タナカお前、結構なブツをお持ちじゃねぇか?」
「抵抗すれば射ちます。ファサルートコーポレーション代表取締役専務ハイファス=ファサルート、わたしが用のあるのは貴方だけです。こちらにきて下さい」
棒読み口調が本気だと思わせた。ハイファにシドが頷く。
傘の花の間での脅迫劇には誰も気付かないまま、歩道の傍に駐まっていた無人コイルタクシーの後部座席へとハイファはタナカに押し込まれた。すぐさまタクシーは発進する。
「何や何や、どうしたんや?」
「誘拐事件発生だ。あんたの望み通りだろ」
「もしかしてこれを狙ってワザと隙を作ったんか?」
応えずシドは近くに駐まっていたタクシーに駆け寄ると、丁度乗り込もうとしていた妙齢のご婦人に警察手帳を翳してお譲り頂き、前部座席に滑り込んだ。ナビシートにキャリーバッグを放り出し、本来なら座標指定に使うモニタパネルに警察手帳を押し付ける。
手帳に付いたナノチップをモニタパネルが認識、シドはコマンドを打ち込んでオートモードを解除。まだ目ではハイファとタナカの乗ったタクシーを追っている。
公園前でUターンをして官庁街方面に向かうのを捕捉。ステアリングを左手で握るとシドはアクセルを踏み込んで強引にその場で方向転換し、流れるコイルの車列にタクシーを割り込ませた。
小刻みにステアリングを切って数台抜き去り、一台挟んで目標の背後につける。
運転しながら別室カスタムメイドリモータのトレーサーシステムを立ち上げた。ハイファのリモータ位置を表示させる。専用のモニタ機器がないので活性レヴェルなどは分からないが、今は必要ない。単に見失うと拙いので保険だ。
「シヘラス星系人はテラ本星に何人入星した?」
「わしが追ってきたのは四人や」
「ナメクジ星人も四人……ってことはねぇな?」
「言うたやろ、人一人にわしら二人くらい入れるて」
「最多で八人……スズモト製鋼、丁資源公司、シーモア理研、カーライル金属、ビクトリア資源開発、ベルトリーノ理化学にタナカで既に七人か」
「ファサルートコーポレーションで最後、八人目やな」
「ハイファの中に入るのは俺だけだ。他に誰も入れさせるかよ」
「何気にあんた、すごいこと言いよるな」
ダッシュボードに前足を掛け、三毛猫は伸び上がって前方を注視している。タナカもポリアカで手動運転を習っている筈だが、尾行られていることに気付かないのか、タクシーは淡々と走り続け、ショッピング街を抜けて官庁街へと入っていた。
「タナカから出てハイファスを乗っ取るかも知れへんで?」
「可能性はあるが、ハイファは俺以外の誰も咥えたりは――」
「ああ、ああ、ごちそうさん。……お、七分署や」
官舎ビルの前も通り過ぎる。暫し走って大きな交差点を左に曲がった。
「これはセントラル・リドリー病院へ行く道やな?」
「真っ直ぐ行けばな。この先を右に曲がればホテル街だ」
「潜伏先としては常套……おっ、曲がりよった」
ウィンカーを出して曲がると、もう間に一台も挟まず直接連なるようにしてホテル街へと入る。この辺りは高級ホテルとビジネスホテルが混在している地区だ。
「減速しとるで。あのビジネスホテルちゃうか?」
「ベンソンホテルか」
アクセルを踏み込んで、タナカに悟られぬよう空けていた車間距離を詰める。ハイファたちのタクシーがベンソンホテルの車寄せに滑り込んで停止し接地した。
ほぼ同時にシドも先行コイルに突っ込むように停止させる。接地するや否やドアを開けて飛び出した。
ハイファを脅しながらタナカが降りてくる。その動きは相変わらず不自然に硬い。シドからすれば隙だらけ、駆け寄るなり首筋に手刀を叩き込む。タナカは声もなく頽れた。
だが意識のないその体を完全に乗っ取ったナメクジ星人が覚醒、ゆらりとタナカは立ち上がる。ものも言わずにロデスM480をシドに向けて射った。
しかしシドは対衝撃ジャケット、シールドファイバがレーザーの射線を弾く。ハイファ、発砲。ロデスが爆発的に壊れてタナカの手から吹き飛んだ。
「ヘンリー、お前の出番だ!」
「任せとき!」
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