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第2話

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「八つ当たりはやめて下さいよ、先輩。ところで本日三度目の狙撃逮捕、帰り際に同報を聞いたヴィンティス課長が低血圧でへたり込んで……がが、ぐげっ!」

 更にシドはヤマサキに絞め技をかける。

 そうしているうちに救急機も現着し、白ヘルメットに作業服の隊員たちが飛び降りてきて、タタキ二人と腕一本をBEL内の移動式再生槽にボチャン、ザブンと投げ入れて去った。
 あのくらいで死なせて貰えるほど現代医療は甘くない。心臓を吹き飛ばされても処置さえ早ければ助かるのだ。培養移植しても二週間もすれば取り調べが可能となるだろう。

「酷いなあ、幾ら本日三枚目の始末書だからって……あわわ!」

 おもむろに銃を抜いたシドはヤマサキを照準した。青くなってヤマサキは傍のベンチの下に潜り込む。見かねたハイファがシドの腕を引いた。

「四枚目の始末書になる前にやめてよね」

 始末書は衆人環視での発砲によるものだ。
 二人の射撃の腕は超A級、出会いとなった八年半前のポリアカ初期生とテラ連邦軍部内幹部候補生課程の対抗戦技競技会で動標部門にエントリーし、ともに過去最若年齢にして過去最高レコードを叩き出して、未だ記録を破られていないほどである。誤射などしたことはない。

 だが一般人のいる場所での発砲は考えられる危険性から警察官職務執行法違反となり、連日の如く始末書A様式を埋めるハメになっているのだ。

「いいや、ハイファ止めるな。今日は初・誤射記念日だぜ」
「道を歩けば、ううん、表に立ってるだけで事件・事故が寄ってくる超ナゾな特異体質は本当のことでしょうが。誰よりも現実認識能力が高いクセに」
「ふん、俺は七分署一空気の読めないこいつに人生を教えてやるだけだ」
「センセイ、イヴェントストライカが自分でイヴェントを――」
「お前、まだ言うつもりか?」

「ヴィンティス課長曰く、『管内の事件発生数イコール、シドの事件イヴェント遭遇ストライク数なんだよ』」
「ハイファお前、いい加減にしろよ?」
「『シド=ワカミヤの通った跡は事件・事故で屍累々ぺんぺん草がよく育つ~♪』ってね」
「テメェ、ハイファ、そいつを歌いやがったな!」

 二人は互いの顎の下に銃口をねじ込み合った。

 太陽系では普通、私服司法警察員に通常時の銃携帯を許可していない。持っているのはせいぜいリモータ搭載の麻痺スタンレーザーくらいである。
 だが普通でない刑事のイヴェントストライカとそのバディに関してはこの限りではなかった。二人にとって銃はもはや生活必需品で捜査戦術コンもその必要性を認めている。

 ハイファの白い首筋にシドが突き付けているのはレールガンだった。

 セントラルエリア統括本部長命令で武器開発課が製作し貸与されているこれは、針状通電弾体・フレシェット弾を三桁もの連射が可能な巨大なシロモノで、その威力たるやマックスパワーならば五百メートルもの有効射程を誇る危険物である。武器開発課が生んだ奇跡と呼ばれるこれは二丁あったが一丁は壊されて現在二丁めだ。

 右腰のヒップホルスタから下げてなお突き出した長い銃身バレルを、専用ヒップホルスタ付属のバンドで大腿部に留めて常時保持していた。

 イヴェントストライカのバディを務める以上、ハイファも執銃は欠かせない。
 シドの顎の下に食い込ませているのは火薬パウダーカートリッジ式の旧式銃だった。

 ソフトスーツの懐、ドレスシャツの左脇にいつも吊っているこれは、薬室チャンバ一発ダブルカーラムマガジン十七発、合計十八連発のフルサイズ・セミ・オートマチック・ピストルで、AD世紀末にHK社が限定生産した名銃テミスM89……と言いたいがそのコピーである。

 使用弾は認可された硬化プラではなくフルメタルジャケット九ミリパラベラムで、異種人類の集う最高立法機関である汎銀河条約機構のルール・オブ・エンゲージメント、いわゆる交戦規定に違反していた。
 銃本体もパワーコントロール不能で、これも本来違反品である。元より私物を別室から手を回して貰い、特権的に登録して使用しているのだ。

「この、二重職籍のスパイ野郎が!」
「スパイは辞めたもん! それに人前で言わないでよ、軍機なんだから!」
「何が軍事機密だ、それならそれらしく俺にまで別室任務を降らせるな!」

 オーディエンスが取り囲む中、シドはレールガンのパワーゲージを親指で跳ね上げ、ハイファは撃鉄ハンマーをジャキッと起こした。ただならぬ緊張感が漂う。

「酷い、マックスパワーで人をケチャップにしようだなんて!」
「テメェこそトリガの遊びを絞るな、俺で西瓜割りをしようってか!」
「鑑識作業終わりましたー」
「ご苦労様。それでは皆さん、実況見分を始めますよ」

 手を叩くマイヤー警部補の声にハイファはサッと銃を仕舞った。遊んでいる場合ではない、買い物袋をチルドロッカーに入れてこなければナマモノが傷んでしまう。食材を傷めるなどということは、主夫として許されざることなのだ。

 慣れたメンバーでの実況見分はするすると済みシドとハイファは緊急機を見送ったのちに荷物をチルドロッカーから引っ張り出して、エレベーターへとダッシュする。シドだってこれ以上のストライクはご免、エレベーターに乗り込んで溜息をついた。

 この上階は単身者用官舎ビルとなっていて、そこに二人の部屋もある。

 二人は住人用エレベーター内でリモータチェッカに交互にリモータを翳した。IDコードをマイクロ波で受けたビルの受動警戒システムが瞬時に二人をX‐RAYサーチ、本人確認をしてやっと階数ボタンが表示される。銃は勿論登録済みだ。仰々しいまでのセキュリティだが住んでいるのは平刑事だけではないので仕方ない。

 愛し人を眺めるだけで幸せなハイファはまたもシドをじっと見つめた。荷物持ちのシドは買い物袋を抱えて、まだ不機嫌そうだ。

 五十一階で降りて廊下を突き当たりまで歩くと、右のドアがシドで左がハイファの自室である。だが二人が今のような仲となった一年半前からハイファは着替えやバスルームでリフレッシャを浴びる以外の、殆どのオフの時間をシドの部屋で共に過ごすようになっていた。

 普段は左右に分かれるのだが今日は遅いのでハイファもシドの部屋に直帰である。リモータでロックを解き、二人は玄関で靴を脱いだ。この官舎はどんな生活スタイルを取ってもよかったが、シドもハイファも室内を土足禁止にしている。

 二人が上がるなりひょんなことから飼うハメになったオスの三毛猫タマが現れ、しっぽを膨らませて「フーッ!」と威嚇した。シドとハイファは顔を見合わせて溜息をつく。

「うーん、癒しのカケラもないなあ」
「二台もある自動エサやり機の帰りが遅くてご立腹なんだろ」

 仕方がないので上着を脱いで執銃を解くと、手を洗ったハイファは真っ先に猫缶を開けてやる。シドはスープ皿の水替えだ。

 エサやり機の務めを果たすと、シドはキッチンの椅子に前後逆に腰掛けて煙草を咥えオイルライターで火を点けた。旨そうに紫煙を吐くシドの煙草をハイファは取り上げ、そっと椅子の背ごと愛し人を抱き締めて口づける。

 ソフトキスのつもりだったがシドはもっと深く求めた。

 柔らかな唇を開かせ、ハイファの歯列を割る。温かな舌を捉えて絡ませると唾液ごと強く吸い上げた。舌先を甘噛みしてから解放する。

「貴方のご機嫌は直った?」
「まだ俺もご立腹だ」
「急いでご飯作るから、待ってて」

 腹が立つと腹が減る体質の愛し人に微笑み、ハイファは愛用の黒いエプロンを着けた。キッチンはハイファの牙城である。手先は器用なクセにキッチンでのシドはコーヒーを淹れるか酒を注ぐくらいしかできない。料理の知識とセンスが皆無なのだ。

 そんな愛し人にバランスの取れた食事を摂らせることが、ハイファにとっては殺しやタタキの二、三件よりも日々の重大事なのである。
 いわば餌付けだ。
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