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第47話(エピローグ)
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泥水コーヒーを啜りながら皆でしみじみと語り合っていた。
「まさか帰りの艦までが宙賊に狙われるとは思わなかったよね」
「宙賊だって二十余名にシリルを向けられるとは思っちゃいなかっただろうぜ」
「でも宙艦に穴が空いて死にそうになるとは思わなかったっスよ」
「近くにフォボス第一艦隊がいたのは不幸中の幸いだったよなあ、おい」
「俺たちの人徳ってヤツだろう、主任よ」
「ヨシノ警部がミュリアルちゃんを庇ったのは格好良かったですよね」
「けど初めて軍艦に乗ったが、まさかそのまま演習を始めるとはなあ」
「そういうケヴィン警部は兵士たちとのカードゲームで結構儲けたんじゃありませんか?」
「それはともかく演習が姿勢制御装置損傷シミュレーションとは、ムゴいよなあ」
姿勢制御装置がフェイルセーフまで破損したという設定のフォボス第一艦隊演習では、当然のことながら皆が移乗した艦は大揺れに揺れ、真っ先にレロレロに酔ってしまった胃弱のヴィンティス課長は、またも哀しげな色を湛えたブルーアイでシドを見つめていた。
合コン慰安旅行から帰った翌日の七分署機捜課デカ部屋である。
機捜課の旅行参加者プラス捜一のヘイワード警部補がシドとハイファのデスクに集まっていた。口々に感想を述べながら、黙ってこちらに目をやるヴィンティス課長だけでなく、皆がシドの方をじっと眺める。ヘイワード警部補が呟いた。
「イヴェントストライカの旦那と一緒だもんなあ……」
「なっ、俺のせいじゃないですよ!」
思い切りムッとしたシドは先程ナカムラが他課から受け取ってきた電子回覧板を手に取って読み始める。読んだ片端から右隣のハイファのデスクに重ねて置いた。
黙ったままの皆の視線を無視すること五分ほど、最後の電子回覧板を読み進めて一瞬動きを止めたのち、そそくさとチェックしてハイファのデスクではなく、後ろのマイヤー警部補のデスクにさりげなく置く。そうして何もなかったような顔をして注視する皆を見返した。
だがポーカーフェイスの僅かな緊張をハイファは見逃さない。
「何、どうしたの?」
「あ、いや、何でもねぇよ」
「嘘。何でその回覧板だけ僕をとばすのサ? 見せて」
しぶしぶシドがまた手にした回覧板を、その場の男たち全員が覗き込んだ。
「なになに、『警務課女性職員主催・第一回合コン参加者募集』だって?」
「場所は『五分署管内・マイスノーホテル』って、あんな高級なホテルで、か?」
「それも『一泊二日で晩餐会はレストラン・オジアーナ』って、本当か?」
ラ・キュイジーヌ・フランセーズ・オジアーナは最高級フレンチを饗するレストランチェーンで、五分署管内のマイスノーホテル最上階にあるのはその本店、数ヶ月前から予約をしなければ味わえないという敷居の高いレストランである。
そのためか合コン開催日時も二ヶ月半ほど先に設定されていた。
だがこの力の入れように男たちは考えを巡らせる。
これは本気だ、警務課女子は合コンどころかお見合いレヴェルのイヴェントを仕掛けてきた。成功すれば『お付き合い』だけでなく、即、結婚だって有り得るかも知れない。
だがその狙いとなるのは当然ながら独身であり、なお且つ『七分署・抱かれたい男ランキング』でトップを飾ったこの二人だと皆がシドとハイファの方を見た。
見られてハイファがシドを凝視する。
「ねえ、何でもう出席にチェック入れてるのかな?」
「記念すべき第一回は出るだろ、普通」
「ふうん、そう。じゃあ貴方のご飯は今晩からタマと一緒だからね」
「え、あ、う……マジかよ?」
「猫缶におショーユかけるのも、カリカリに牛乳かけるのも許さないんだから!」
常日頃からハイファとは単なる仕事上のバディと言い張り続け、朝晩の食事すら一緒だと知られるのは涙目になるほど恥ずかしがる筈の男は、その事実も忘れてハイファの静かにマジギレした目に焦り、皆から大笑いされた。
ふいに失敗に気付いたシドは立ち上がりざま椅子に掛けていた対衝撃ジャケットを引っ掴むと、ヴィンティス課長の留める声にも耳を貸さず、『外回り』などという機捜課にない仕事を勝手にこさえてその場から逃げ出す。
おもむろにハイファも立ち、課長と皆に敬礼するとバディのあとを追った。
署のエントランスの外でシドはハイファを待っていた。窓からヴィンティス課長がハンドサインで『も・ど・れ~っ!』と示しているが、二人ともに見えないフリだ。
「で、今日はどっち方面を歩くの?」
「昼メシはリンデンバウムで食う」
左方向に歩き出したシドと肩を並べると、まだ焦りの色が濃いバディはご機嫌取りのつもりか、ハイファの耳許をふいに掠めて低く甘い声で囁きかける。
「なあ、今晩……いいだろ?」
「うん。じゃあ、金のスプーン・マグロにマヨネーズだけは許してあげる」
了
「まさか帰りの艦までが宙賊に狙われるとは思わなかったよね」
「宙賊だって二十余名にシリルを向けられるとは思っちゃいなかっただろうぜ」
「でも宙艦に穴が空いて死にそうになるとは思わなかったっスよ」
「近くにフォボス第一艦隊がいたのは不幸中の幸いだったよなあ、おい」
「俺たちの人徳ってヤツだろう、主任よ」
「ヨシノ警部がミュリアルちゃんを庇ったのは格好良かったですよね」
「けど初めて軍艦に乗ったが、まさかそのまま演習を始めるとはなあ」
「そういうケヴィン警部は兵士たちとのカードゲームで結構儲けたんじゃありませんか?」
「それはともかく演習が姿勢制御装置損傷シミュレーションとは、ムゴいよなあ」
姿勢制御装置がフェイルセーフまで破損したという設定のフォボス第一艦隊演習では、当然のことながら皆が移乗した艦は大揺れに揺れ、真っ先にレロレロに酔ってしまった胃弱のヴィンティス課長は、またも哀しげな色を湛えたブルーアイでシドを見つめていた。
合コン慰安旅行から帰った翌日の七分署機捜課デカ部屋である。
機捜課の旅行参加者プラス捜一のヘイワード警部補がシドとハイファのデスクに集まっていた。口々に感想を述べながら、黙ってこちらに目をやるヴィンティス課長だけでなく、皆がシドの方をじっと眺める。ヘイワード警部補が呟いた。
「イヴェントストライカの旦那と一緒だもんなあ……」
「なっ、俺のせいじゃないですよ!」
思い切りムッとしたシドは先程ナカムラが他課から受け取ってきた電子回覧板を手に取って読み始める。読んだ片端から右隣のハイファのデスクに重ねて置いた。
黙ったままの皆の視線を無視すること五分ほど、最後の電子回覧板を読み進めて一瞬動きを止めたのち、そそくさとチェックしてハイファのデスクではなく、後ろのマイヤー警部補のデスクにさりげなく置く。そうして何もなかったような顔をして注視する皆を見返した。
だがポーカーフェイスの僅かな緊張をハイファは見逃さない。
「何、どうしたの?」
「あ、いや、何でもねぇよ」
「嘘。何でその回覧板だけ僕をとばすのサ? 見せて」
しぶしぶシドがまた手にした回覧板を、その場の男たち全員が覗き込んだ。
「なになに、『警務課女性職員主催・第一回合コン参加者募集』だって?」
「場所は『五分署管内・マイスノーホテル』って、あんな高級なホテルで、か?」
「それも『一泊二日で晩餐会はレストラン・オジアーナ』って、本当か?」
ラ・キュイジーヌ・フランセーズ・オジアーナは最高級フレンチを饗するレストランチェーンで、五分署管内のマイスノーホテル最上階にあるのはその本店、数ヶ月前から予約をしなければ味わえないという敷居の高いレストランである。
そのためか合コン開催日時も二ヶ月半ほど先に設定されていた。
だがこの力の入れように男たちは考えを巡らせる。
これは本気だ、警務課女子は合コンどころかお見合いレヴェルのイヴェントを仕掛けてきた。成功すれば『お付き合い』だけでなく、即、結婚だって有り得るかも知れない。
だがその狙いとなるのは当然ながら独身であり、なお且つ『七分署・抱かれたい男ランキング』でトップを飾ったこの二人だと皆がシドとハイファの方を見た。
見られてハイファがシドを凝視する。
「ねえ、何でもう出席にチェック入れてるのかな?」
「記念すべき第一回は出るだろ、普通」
「ふうん、そう。じゃあ貴方のご飯は今晩からタマと一緒だからね」
「え、あ、う……マジかよ?」
「猫缶におショーユかけるのも、カリカリに牛乳かけるのも許さないんだから!」
常日頃からハイファとは単なる仕事上のバディと言い張り続け、朝晩の食事すら一緒だと知られるのは涙目になるほど恥ずかしがる筈の男は、その事実も忘れてハイファの静かにマジギレした目に焦り、皆から大笑いされた。
ふいに失敗に気付いたシドは立ち上がりざま椅子に掛けていた対衝撃ジャケットを引っ掴むと、ヴィンティス課長の留める声にも耳を貸さず、『外回り』などという機捜課にない仕事を勝手にこさえてその場から逃げ出す。
おもむろにハイファも立ち、課長と皆に敬礼するとバディのあとを追った。
署のエントランスの外でシドはハイファを待っていた。窓からヴィンティス課長がハンドサインで『も・ど・れ~っ!』と示しているが、二人ともに見えないフリだ。
「で、今日はどっち方面を歩くの?」
「昼メシはリンデンバウムで食う」
左方向に歩き出したシドと肩を並べると、まだ焦りの色が濃いバディはご機嫌取りのつもりか、ハイファの耳許をふいに掠めて低く甘い声で囁きかける。
「なあ、今晩……いいだろ?」
「うん。じゃあ、金のスプーン・マグロにマヨネーズだけは許してあげる」
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