46 / 47
第46話
しおりを挟む
「つーか、あの音は何だ?」
風の唸りに地響きのような音が混じり始めていた。それはあっという間に近づいて固い地盤を踏み鳴らしているのだと分かる。
何処から現れたか大勢の、それこそ数え切れないほどの人々が宙港の石畳を踏み割る勢いでなだれ込んできたのだ。
それはシドたちが説得して回ったヨルズの民たちだった。
女性も子供も老人も、勿論若い男もいた。なだれを打って駆け込んできた人々はシドたちに銃口を向ける兵士らを取り囲んで引きずり倒し、見る間に制圧して歓声を上げる。銃を取り上げられ、殴られ蹴られてテロリスト兵士は、ボロ切れのようになって放り出された。
そして人々は口々に叫んでいた。未来を変えてくれた他星系人にひとこと礼を言いたくてやってきたのだと。宙艦乗りになりたい少年は宙艦を見たかったのだとも言った。彼らは長距離移動に民族の垣根を越えてアネモイ族に頼んだのだという。
いつの間にか砂塵を含んだ痛い熱風が止んでいた。
大勢の人々の背後にはヨットがぐるりと取り巻き、その白い帆が風を遮っていたのである。
「皆が集まれば風も止められるってことね」
「あたしたちは少し、困っちゃうけれどね」
村人たちの中でシーラとセシルが微笑んでいた。セシルは駆けてくるとキャリーバッグに手を入れて毛皮を撫でる。シドはタマを出してセシルに渡してやった。
セシルとタマは猫同士のように鼻をくっつけて挨拶する。気性の荒い三毛猫は大人しくセシルに抱かれた。
「よかった、もう一生タマには会えないと思ってたもの」
「これから先、この星にも猫が輸入されるかも知れないぜ?」
「そうね。でもあたしはタマに会いたかったの」
ふいにセシルはタマをシドに押し返すと、くるりと後ろを向いてしまう。その肩は小刻みに震えていて泣くのを堪えているようだ。シーラが言う。
「わたしたちは泣いてはいけないと教わって育った。貴重な水を無駄にするのは悪だと」
「そうか。でも、思う存分泣いてもいい日が近いうちにくるんじゃねぇか?」
「かも知れないわね。わたしたちも今回の仕事で風車を一本、貰ったわ」
それだけ言うとシーラは自分がされたように、シドとハイファの頬にキスして去った。
「姉の分もお礼を言うわ。ありがとう」
赤い目をしたセシルはそう言って姉のあとを追う。
同じような光景が刑事たちと大勢の人々との間で交わされていた。
「ハイファ。これでも別室をまだ辞めてぇのか?」
「ふふん、どうしようかな」
「そう言わずに素直に辞めてくれ。頼むぜ、おい」
「そう言われても……あっ、もう荷下ろし終わってるし、十二時だよ!」
「えっ、マジで? おーい、太陽系に還りたい奴は乗れよな!」
言いつつシドは人の輪から素早く離れると貨物艦の陰でタマに用を足させる。そうしながら見渡すと、人々もまた自分の居場所に帰るためにヨットへと戻り始めていた。
そしてまたユミル星系第二惑星マーニの第一宙港には熱い風が吹き始める――。
風の唸りに地響きのような音が混じり始めていた。それはあっという間に近づいて固い地盤を踏み鳴らしているのだと分かる。
何処から現れたか大勢の、それこそ数え切れないほどの人々が宙港の石畳を踏み割る勢いでなだれ込んできたのだ。
それはシドたちが説得して回ったヨルズの民たちだった。
女性も子供も老人も、勿論若い男もいた。なだれを打って駆け込んできた人々はシドたちに銃口を向ける兵士らを取り囲んで引きずり倒し、見る間に制圧して歓声を上げる。銃を取り上げられ、殴られ蹴られてテロリスト兵士は、ボロ切れのようになって放り出された。
そして人々は口々に叫んでいた。未来を変えてくれた他星系人にひとこと礼を言いたくてやってきたのだと。宙艦乗りになりたい少年は宙艦を見たかったのだとも言った。彼らは長距離移動に民族の垣根を越えてアネモイ族に頼んだのだという。
いつの間にか砂塵を含んだ痛い熱風が止んでいた。
大勢の人々の背後にはヨットがぐるりと取り巻き、その白い帆が風を遮っていたのである。
「皆が集まれば風も止められるってことね」
「あたしたちは少し、困っちゃうけれどね」
村人たちの中でシーラとセシルが微笑んでいた。セシルは駆けてくるとキャリーバッグに手を入れて毛皮を撫でる。シドはタマを出してセシルに渡してやった。
セシルとタマは猫同士のように鼻をくっつけて挨拶する。気性の荒い三毛猫は大人しくセシルに抱かれた。
「よかった、もう一生タマには会えないと思ってたもの」
「これから先、この星にも猫が輸入されるかも知れないぜ?」
「そうね。でもあたしはタマに会いたかったの」
ふいにセシルはタマをシドに押し返すと、くるりと後ろを向いてしまう。その肩は小刻みに震えていて泣くのを堪えているようだ。シーラが言う。
「わたしたちは泣いてはいけないと教わって育った。貴重な水を無駄にするのは悪だと」
「そうか。でも、思う存分泣いてもいい日が近いうちにくるんじゃねぇか?」
「かも知れないわね。わたしたちも今回の仕事で風車を一本、貰ったわ」
それだけ言うとシーラは自分がされたように、シドとハイファの頬にキスして去った。
「姉の分もお礼を言うわ。ありがとう」
赤い目をしたセシルはそう言って姉のあとを追う。
同じような光景が刑事たちと大勢の人々との間で交わされていた。
「ハイファ。これでも別室をまだ辞めてぇのか?」
「ふふん、どうしようかな」
「そう言わずに素直に辞めてくれ。頼むぜ、おい」
「そう言われても……あっ、もう荷下ろし終わってるし、十二時だよ!」
「えっ、マジで? おーい、太陽系に還りたい奴は乗れよな!」
言いつつシドは人の輪から素早く離れると貨物艦の陰でタマに用を足させる。そうしながら見渡すと、人々もまた自分の居場所に帰るためにヨットへと戻り始めていた。
そしてまたユミル星系第二惑星マーニの第一宙港には熱い風が吹き始める――。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
AIアイドル活動日誌
ジャン・幸田
キャラ文芸
AIアイドル「めかぎゃるず」はレトロフューチャーなデザインの女の子型ロボットで構成されたアイドルグループである。だからメンバーは全てカスタマーされた機械人形である!
そういう設定であったが、実際は「中の人」が存在した。その「中の人」にされたある少女の体験談である。
戯曲「サンドリヨン」
黒い白クマ
キャラ文芸
貴方にお届けするのは、童話「サンドリヨン」をモチーフにした舞台。案内人と共に、ハッピーエンドを見届けに行きましょう。さぁ座って。緞帳が上がります。
――本日はこの、サンドリヨン、またはシンデレラ、灰かぶり娘などの名で親しまれている、美しい姫君の話を致しましょう。姉は何故あっさりとサンドリヨンに謝罪したのか。夫人は何故サンドリヨンを目の敵にしたのか。魔法使いは何故サンドリヨンを助けたのか。王子は何故会って間もないサンドリヨンに惚れ込んだのか。サンドリヨンは何故姉を快く許したのか。さて、では参りましょうか。魔法の靴が導く、ハッピーエンドを見にね。
***
毎日16:00更新、初回のみ18:00更新
***
※当作品は小説です。戯曲というのは題名であり、戯曲形式の作品ではございませんのでご了承ください。
※pixiv、カクヨム、note、なろうでも公開。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる