YAMASAKIは今日も××だった~楽園16~

志賀雅基

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第43話

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 バーラウンジは暗すぎることなく抑えたピアノ曲が流れる落ち着いた空間だった。皆、ナッツとクラッカーを肴に腰を据えて飲み始める。

 シドは浮気せずにジントニック、ハイファはドライマティーニを頼んだ。
 ウィスキーフロートのロンググラスを傾けながらゴーダ主任が言い出した。

「シド、お前さんもそろそろ年貢の納め時じゃねぇかい?」
「……何が、です?」
「誤魔化し方も堂に入ってるからなあ、若い割にあんたらは」

 ショートグラスのギムレットを啜りながらヘイワード警部補が唸る。こちらも同じく華奢なグラスのマイヤー警部補がホワイトレディを飲みながら涼しげに笑った。

「シドのポーカーフェイスは、ポリアカで会った十六の頃には出来上がっていましたからね」
「十六歳のボスって、想像できないですね~」

 マルガリータを飲むマリカが言って、メイベルがチョコレートダイキリを舐めながら頷く。

「ワカミヤ巡査部長って、年齢不詳なんですもの」
「旧東洋系は分かりづらいですしね」

 涼しい微笑みでマイヤー警部補は後輩を見守っている風情だ。

「その割にシドの旦那は落ち着いてるしな。落ち着いてるし」

 暗に老けているとヘイワード警部補にリピートされ、シドは眉間に不機嫌を溜めた。何やら話題も宜しくない雲行きだ。

「歳はともかくシド、いい加減にハッキリさせろ。ハイファスのことも考えてやれ」
「ハッキリした方が楽だぞ、シド。あんたもハイファスも」
「せめてこの場だけでも事実をつまびらかにしてはいかがでしょうか?」

「ボス~、たまには肩の荷を降ろしたらどうでしょう~」
「あたしたち、警務課でも口は堅い方なのよ」

 全員に迫られてシドはジワジワと追い詰められる。お蔭でペースも速く三杯目、今度はカミカゼを頼んだ。一方のハイファも話題を意識して三杯目のマティーニだ。

「なあ、シドよ。ペアリングまで嵌めてるんだ、どれだけお前さんらが深く信頼し合っているかくらい、みんな分かってるんだぞ。今更じゃねぇかい、な、言っちまえ」
「……」

「シド、テメェが幾ら口先で虚勢を張っても、みんながもう承知してるんだぜ?」
「……主任」

「そうですよ、シド。思い切って言ってしまいましょう」
「……俺、ハイファと――」

「そうだ、シド。男ならそこで宣言しろ」
「じつは俺と……ハイファは……」

「厄介事を抱えているんだろうが。今日のその怪我といい、秘密があるのは皆、悟ってるぞ」

 思わずシドは言葉を飲み込んだ。ハイファも目を瞠ったまま固まっている。

「悟った上で、みんなお前さんたちを応援してくれてるんだ。吐いて楽になれ」

 シドとハイファに対してゴーダ主任はホシを落とす口調で続けた。

「お前さんたちばかりが命を張ってやがるのが、俺はもう堪らねぇんだよ」
「って、そっちの方ですかっ!」
「そっちの方って……あのな。まさかテメェらの仲なんて今更誰が訊くもんかい」

 皆がシドとハイファに呆れたような流し目をくれている。

 生温かい視線の集中砲火を浴びつつも、シドは余計なことを言わなくて本当にヨカッタと内心胸を撫で下ろしながら鉄面皮を作り直し、煙草を咥えるとオイルライターで火を点けた。
 ことがそっちならシドに言うべき事は何もない。自分の判断では言えないのだ。全ては軍機、軍事機密なのだから、一応は。

 つられてゴーダ主任とヘイワード警部補が紫煙を漂わせ始める。
 それから小一時間も皆から迫られたが、シドは当然ながら口を割らなかった。

「ったく天晴れな夫婦もいたもんだ。だがな、シド。俺たちっていう仲間がいることだけは忘れてくれるんじゃねぇぞ。助けてやれるときに助けられないのは堪らねぇからな」
「はい、主任」
「ようし、今日はこの辺で勘弁してやるか」

 まるで勾留延長中のホシに情けをかけるようにゴーダ主任が言うと、何となく全員がリモータを見る。日付が変わって二時間が経とうとしていた。

「では、明日はまたワープを控えていることですし、お開きにしましょうか」

 皆がスツールから降りる。シドもタマを抱いて立った。だがハイファだけは座って飲み続けている。シドはその薄い背を見てもう一度座り直しながらマイヤー警部補に告げた。

「俺とハイファはもう一杯だけ飲んでいくんで、すんませんが……」
「そうですか、それではお先に」
「ボス、ハイファス、おやすみなさい~」

「テメェらも、ほどほどにしとけよ」
「邪魔者はさっさと寝るか。いや、大浴場もいいなあ」
「ヘイワード警部補、そこって混浴かしら?」

 メイベルとヘイワード警部補の会話をほんのちょっとだけ羨ましく思いながらシドは皆が消えるとバーテンにまたカミカゼを一杯頼み、ハイファにはブラッディマリーからウォッカを抜いたヴァージンマリー、つまりはトマトジュースを頼んでやる。

 冷たいグラスの表面を指先で撫でながら、ハイファは俯いたきり顔を上げない。

「どうした、ハイファ?」
「ん……みんなに悪くて。心配掛けたり、こうして巻き込んだり……」
「別にお前が巻き込んでる訳じゃねぇし、向こうが勝手に心配してるだけだぞ?」

「勝手に心配って……貴方がそんな言い方するなんて心外かも」
「だってそうだろ、幾ら『心配するな』っつっても心配はするもんだ。その自由まで奪う権利は俺にも、お前にもねぇだろうが」

「ああ、そうだね。そういうことかあ。……でも、やっぱりいつまでもこんなこと、続けられないのかも。僕……別室、辞めようかな」
「ふ……ん」

 と、シドはカクテルをひとくち啜って煙草を咥え、

「本気か?」
「割と。どう思う?」
「どうもこうもねぇよ。本当に辞めたいなら『知りすぎた男』を別室が手放すかどうかが問題なだけだろ。ユアン=ガードナーの野郎の頭をぶち抜いてでも辞めさせてやる」

「二人してお尋ね者になっちゃう、貴方も刑事を辞めなきゃならなくなるよ?」
「それがどうした? ただそいつはアルコールが抜けてから、もう一度言い直してみてくれ。ユルんだ脳ミソに主任の『落とし技』が効きすぎてるぞ」
「そうかなあ……」

 トマトジュースにレモンを搾りハイファはおしぼりで手を拭いてから口をつけた。

「冷たくて美味しい」
「そうか。そいつを飲んだら部屋に帰ろうぜ」

 だがグラスを空にしてもハイファは動かない。ストローでレモンを潰している。

「もしかして立てねぇのか?」
「……」
「ったく、仕方ねぇな」
「酔い醒ましの薬、貰うからいいよ」
「いい、掴まれ」

 横抱きにされたハイファはタマを腹に乗せ、シドの胸に顔を埋めた。そのままバーラウンジを出て二七〇五号室まで、シドは腕の中で息づく愛しい者を大切に運ぶ。

 大切に大切に運んで、部屋をロックするなりベッドに放り出した。丸くなったばかりのタマが迷惑そうに起き上がり、金色の目で二人を見てから何処かへと消える。
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