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第40話
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「あたしもシドに血を分けてあげたーい!」
「わたしだって!」
「あたしの血がシドに入るなんて……うっとりしちゃう!」
ヨコシマな思いはともかくとして、その場で全員が血液検査を受ける。血液型が合致したのは警務課で三名、男性陣ではハイファとマイヤー警部補、それにヘイワード警部補だった。
「女性はマリカ=ポインターさんだけがヘモグロビン値も充分ですね」
看護師に言われて腐女子がブーイングを洩らす。
「ずるいわ、ちょっとくらい混ぜてくれてもいいじゃない!」
「そうよ、血液型くらい何よ、シドならきっと大丈夫な筈だわ!」
目茶苦茶な意見を述べる女性陣と、血液型の合わなかった人員は廊下に押し出され、残った四人が三百ミリリットルずつを採血される。
「皆さん、すみません。この人が我が儘なばっかりに……」
平謝りするハイファに皆は笑った。
「いいんですよ、仲間なんですから」
「そうです~、ボスに血を分けられるなんて光栄です~」
「けどあんたも大丈夫か? 旦那より嫁さんの方が顔色悪いぞ」
点滴のように新鮮血全血輸血されながらシド本人が口を出す。
「ハイファ、倒れるなよな」
「僕は大丈夫です。誰かさんが大人しく再生槽に入ってたら、もっと大丈夫なんですけどね」
「そうカリカリするなよ。俺にだって慰安旅行を愉しむ権利はあるだろ」
「警務課の女性陣がきたからって、途端に意欲を見せちゃってサ」
「ちっ、違うって! ……あー、それにしても課長の野郎と血液型が合わなくてよかったぜ」
「どうして?」
「どうしても、だ。感覚的に嫌だ」
上司と部下の水面下の戦いは何処までも続いているようだ。その間に医師は輸血をした際のアナフィラキシーショックやサイトカインによる発熱などの説明をしつつ、止血処置だけしてあったシドのこめかみと首筋の傷を治療してゆく。
痕が残らないよう再生液で洗い流し、滅菌ジェルで消毒し、人工血管テープと合成蛋白接着剤で処置してから人工皮膚テープを貼り、上からガーゼを貼り付けた。
処置が終わる頃には輸血も終了する。次は抗生剤の点滴だ。経過を看るために三時間は留まることを言い渡され、元気な患者は病室に移るために立ち上がった。
そして皆に深々と頭を下げる。
「有難うございました、すんませんでした!」
「構いませんよ、これくらいは、ねえ?」
「却って頭がすっきりしたぞ」
「そうですよ~、これで美味しいものを沢山食べられそうです~」
口々に言う面々にハイファはふと思い出す。
「ところでテロリスト七名様はどうしたんですか?」
「二十余名からシリルを突き付けられては、抵抗しづらいと思いますよ」
「おまけにゴーダさんが、ちぎっては投げ、ちぎっては投げだもんなあ」
「複雑骨折その他を負い、全員この病院に入院していると思われます~」
「はあ、なるほど……」
点滴をされたまま自走ストレッチャに寝かされて看護師付きで廊下に出ると、シドはまた血液検査をしてくれた全員に礼を言い、全員から労われて病室に向かった。個室に収まって愛し人がベッドに横になると、ハイファはようやく安堵の溜息をつく。
そしてシドの枕元に腰掛け、二ヶ所の白いガーゼをそっと指でなぞった。
「痛い、よね? 痛覚ブロックテープも巻けない処だし」
「そうでもねぇから心配するな。それより別室に報告はしたのか?」
「あっ、そうだった。今からするよ」
リモータ操作を始めたハイファにシドが呟く。
「もうそろそろ風力発電の電力が、アンテナに送電される時間だな」
「そうだね。間違ってもテュールが沈まなきゃいいけど」
「大丈夫だろ、ヨルズの民は誠実そうだったしさ」
「彼らは三日間も電気のない生活を強いられるんだよね」
「その代償が鉱山の利権か。山あり谷ありだが、何れは彼らもメタルクレジットを手に入れるんだな。なあ、今回の任務ってさ、もしかしてそういうことだったんじゃねぇのか?」
「そういうことって、裏命令?」
これまでにも別室任務には裏の目的が内包されていることがあった。主任務を遂行することによって同時に達成されるテラの利が。
自分たちにも伏せられているそれによって、シドたちは一喜一憂させられてきたのだ。今回もそのパターンではないかとシドは考えていた。
「もしかしてヨルズの民の生活改善とか?」
「そこまでテラ連邦議会と別室長の野郎が親切だとは思わねぇさ」
「じゃあなに?」
「だからさ、テラ連邦は自由主義経済を掲げて邁進してる訳だろ。そこで連綿と続いてきたテュールによる鉱物資源の独占を合法的かつ自発的に止めさせたんだ、それもこれだけ差別意識の強い社会で穏便にヨルズの民にも富を分け与えるっつー形で」
「そっか。鉱物資源の価格競争と富の再分配にも繋がるし。少し長い目で見れば、無政府状態のユミル星系の在り方を変える第一歩を踏み出したとも言えるし。テラの利ずくめだよね」
「で、テラは企業誘致するためこの星を再テラフォーミングし、テラもテュールも更なるメタルクレジットの恩恵に与る。今度こそメッキじゃねぇエル・ドラドになるために。どうだ?」
どうだと訊かれてハイファは少し考える。
「ヨーゼフ=シャハトはそこまで考えてた?」
「俺はそう思う。二十もの鉱山を手放しても平気なのはテラと利が一致した、それこそテラに甘いエサをぶら下げられたからじゃねぇのかってさ」
「テラとヨーゼフ=シャハトは繋がってた……まあ、有り得ないことじゃないけど」
「真偽のほどは分からねぇし、それこそヨーゼフ=シャハトのオッサンが、テラの斜め上を往くくらい腹黒いことを考えてねぇとも限らないけどな」
「増産されるであろう金やプラチナの価格引き上げとかね」
「まあ、おまけであってもヨルズの民の生活が改善されるに越したことはねぇし」
「ヨルズの民も地上にエル・ドラドを築いて、青々とした野菜を食べられる日がくるかもね」
「ああ。しかしカネを使わずテロリストまで利用するとは、別室長の妖怪野郎らしいよな」
酷い言い種にハイファは笑いつつ『任務完了』のダイレクトワープ通信を送った。
その白い顔を見てシドは少しベッド上で移動し、隣をポンポンと叩く。
「徹夜の上に血まで抜いたんだ、お前も少しここで寝ろよ」
「うーん、とっても魅力的な誘いだけど、どうしようかな」
「あと二時間半もあるんだ。それに仮眠しといた方がいいぞ」
「どうして?」
「今晩はどうせ宴会のやり直しだ、官品の宴会のえげつなさを知らねぇのか?」
「僕も官品だからね、寝ておこうかなっと」
上着を脱いでハイファは横になる。大変に狭かったが今はその狭さがいい。シドの腕に抱かれて感じる温かさが泣きたいくらいに愛しい。
互いに衣服は血だらけで頭から砂埃まみれ、だが構わずに目を瞑る。
ハイファは髪も留めたまま、執銃もしたままという姿だったが、この上ない安堵に包まれて、とろとろと眠りに落ちていった。
「わたしだって!」
「あたしの血がシドに入るなんて……うっとりしちゃう!」
ヨコシマな思いはともかくとして、その場で全員が血液検査を受ける。血液型が合致したのは警務課で三名、男性陣ではハイファとマイヤー警部補、それにヘイワード警部補だった。
「女性はマリカ=ポインターさんだけがヘモグロビン値も充分ですね」
看護師に言われて腐女子がブーイングを洩らす。
「ずるいわ、ちょっとくらい混ぜてくれてもいいじゃない!」
「そうよ、血液型くらい何よ、シドならきっと大丈夫な筈だわ!」
目茶苦茶な意見を述べる女性陣と、血液型の合わなかった人員は廊下に押し出され、残った四人が三百ミリリットルずつを採血される。
「皆さん、すみません。この人が我が儘なばっかりに……」
平謝りするハイファに皆は笑った。
「いいんですよ、仲間なんですから」
「そうです~、ボスに血を分けられるなんて光栄です~」
「けどあんたも大丈夫か? 旦那より嫁さんの方が顔色悪いぞ」
点滴のように新鮮血全血輸血されながらシド本人が口を出す。
「ハイファ、倒れるなよな」
「僕は大丈夫です。誰かさんが大人しく再生槽に入ってたら、もっと大丈夫なんですけどね」
「そうカリカリするなよ。俺にだって慰安旅行を愉しむ権利はあるだろ」
「警務課の女性陣がきたからって、途端に意欲を見せちゃってサ」
「ちっ、違うって! ……あー、それにしても課長の野郎と血液型が合わなくてよかったぜ」
「どうして?」
「どうしても、だ。感覚的に嫌だ」
上司と部下の水面下の戦いは何処までも続いているようだ。その間に医師は輸血をした際のアナフィラキシーショックやサイトカインによる発熱などの説明をしつつ、止血処置だけしてあったシドのこめかみと首筋の傷を治療してゆく。
痕が残らないよう再生液で洗い流し、滅菌ジェルで消毒し、人工血管テープと合成蛋白接着剤で処置してから人工皮膚テープを貼り、上からガーゼを貼り付けた。
処置が終わる頃には輸血も終了する。次は抗生剤の点滴だ。経過を看るために三時間は留まることを言い渡され、元気な患者は病室に移るために立ち上がった。
そして皆に深々と頭を下げる。
「有難うございました、すんませんでした!」
「構いませんよ、これくらいは、ねえ?」
「却って頭がすっきりしたぞ」
「そうですよ~、これで美味しいものを沢山食べられそうです~」
口々に言う面々にハイファはふと思い出す。
「ところでテロリスト七名様はどうしたんですか?」
「二十余名からシリルを突き付けられては、抵抗しづらいと思いますよ」
「おまけにゴーダさんが、ちぎっては投げ、ちぎっては投げだもんなあ」
「複雑骨折その他を負い、全員この病院に入院していると思われます~」
「はあ、なるほど……」
点滴をされたまま自走ストレッチャに寝かされて看護師付きで廊下に出ると、シドはまた血液検査をしてくれた全員に礼を言い、全員から労われて病室に向かった。個室に収まって愛し人がベッドに横になると、ハイファはようやく安堵の溜息をつく。
そしてシドの枕元に腰掛け、二ヶ所の白いガーゼをそっと指でなぞった。
「痛い、よね? 痛覚ブロックテープも巻けない処だし」
「そうでもねぇから心配するな。それより別室に報告はしたのか?」
「あっ、そうだった。今からするよ」
リモータ操作を始めたハイファにシドが呟く。
「もうそろそろ風力発電の電力が、アンテナに送電される時間だな」
「そうだね。間違ってもテュールが沈まなきゃいいけど」
「大丈夫だろ、ヨルズの民は誠実そうだったしさ」
「彼らは三日間も電気のない生活を強いられるんだよね」
「その代償が鉱山の利権か。山あり谷ありだが、何れは彼らもメタルクレジットを手に入れるんだな。なあ、今回の任務ってさ、もしかしてそういうことだったんじゃねぇのか?」
「そういうことって、裏命令?」
これまでにも別室任務には裏の目的が内包されていることがあった。主任務を遂行することによって同時に達成されるテラの利が。
自分たちにも伏せられているそれによって、シドたちは一喜一憂させられてきたのだ。今回もそのパターンではないかとシドは考えていた。
「もしかしてヨルズの民の生活改善とか?」
「そこまでテラ連邦議会と別室長の野郎が親切だとは思わねぇさ」
「じゃあなに?」
「だからさ、テラ連邦は自由主義経済を掲げて邁進してる訳だろ。そこで連綿と続いてきたテュールによる鉱物資源の独占を合法的かつ自発的に止めさせたんだ、それもこれだけ差別意識の強い社会で穏便にヨルズの民にも富を分け与えるっつー形で」
「そっか。鉱物資源の価格競争と富の再分配にも繋がるし。少し長い目で見れば、無政府状態のユミル星系の在り方を変える第一歩を踏み出したとも言えるし。テラの利ずくめだよね」
「で、テラは企業誘致するためこの星を再テラフォーミングし、テラもテュールも更なるメタルクレジットの恩恵に与る。今度こそメッキじゃねぇエル・ドラドになるために。どうだ?」
どうだと訊かれてハイファは少し考える。
「ヨーゼフ=シャハトはそこまで考えてた?」
「俺はそう思う。二十もの鉱山を手放しても平気なのはテラと利が一致した、それこそテラに甘いエサをぶら下げられたからじゃねぇのかってさ」
「テラとヨーゼフ=シャハトは繋がってた……まあ、有り得ないことじゃないけど」
「真偽のほどは分からねぇし、それこそヨーゼフ=シャハトのオッサンが、テラの斜め上を往くくらい腹黒いことを考えてねぇとも限らないけどな」
「増産されるであろう金やプラチナの価格引き上げとかね」
「まあ、おまけであってもヨルズの民の生活が改善されるに越したことはねぇし」
「ヨルズの民も地上にエル・ドラドを築いて、青々とした野菜を食べられる日がくるかもね」
「ああ。しかしカネを使わずテロリストまで利用するとは、別室長の妖怪野郎らしいよな」
酷い言い種にハイファは笑いつつ『任務完了』のダイレクトワープ通信を送った。
その白い顔を見てシドは少しベッド上で移動し、隣をポンポンと叩く。
「徹夜の上に血まで抜いたんだ、お前も少しここで寝ろよ」
「うーん、とっても魅力的な誘いだけど、どうしようかな」
「あと二時間半もあるんだ。それに仮眠しといた方がいいぞ」
「どうして?」
「今晩はどうせ宴会のやり直しだ、官品の宴会のえげつなさを知らねぇのか?」
「僕も官品だからね、寝ておこうかなっと」
上着を脱いでハイファは横になる。大変に狭かったが今はその狭さがいい。シドの腕に抱かれて感じる温かさが泣きたいくらいに愛しい。
互いに衣服は血だらけで頭から砂埃まみれ、だが構わずに目を瞑る。
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