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第37話
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「先に一人だけ逆ハーレムを愉しむなんて酷いじゃない、ミュリアルったら」
「メイベル、どうして……?」
「だって貴女は有休、機捜課だってごっそり消えたんだもの。誰だって分かるわよ」
「そうよね。きてくれて嬉しいわ!」
同僚と抱き合って喜ぶミュリアルちゃんにも銃口が向けられた。哀しみを湛えたブルーアイで束の間遠くを見つめたヴィンティス課長は、現実界に舞い戻ってくると男たちに訊く。
「キミたちはアラキバ抵抗運動旅団かね?」
「その通りだ。仲間がアンテナユニットを吹き飛ばすまで、お前たちを人質にする」
「……そうか」
深々と溜息を洩らしたヴィンティス課長は銃口に促されて膳の前のザブトンに着地した。そして厭世的な顔つきでシドを凝視する。つられたように皆が視線をシドに向けた。
「なっ、俺のせいじゃねぇだろ、そうだろ、おい!」
ムカッ腹を立てたシドは唯一イヴェントストライカを知らない宴席責任者のマクレーン行政副長に目をやる。マクレーン氏は口からエクトプラズムが抜けたような顔をしていた。
「テュールが……島が、墜ちる……」
話にならない責任者をテロリストたちは相手にせず、皆に銃口を向けて座らせる。壁を背にしてロの字型に膳を囲んだ一団を、テロリストたちは中央から全方位警戒で威嚇した。
威嚇されながらもヤマサキ幹事代理が隣のメイベルと喋っている。
「俺たち、これでもう一泊分、オーバーしちゃってるんスけど……」
「大丈夫よ、わたしたちは二泊三日、機捜プラス、ヘイワード警部補とミュリアルは四泊五日ってことで業務管理コンに流し済みだもの」
「わあ、そうなんスか? 有難いなあ」
この状況の何処が有難いのか、シドにはサッパリ分からなかった。
そこに料理が次々と運ばれてきた。銃口をものともせず、キモノを着た仲居さんが膳のひとつひとつに料理を盛った器を丁寧に並べてゆく。一般人恐るべしだ。
「これはこれは~、美味しそうじゃないですか~」
「マリカ=ポインター、そこで喋るな!」
馴染みの武器庫係である婦警から右肩に顎を載せるようにして喋られ、シドは背後霊でも背負った気分になる。すだれのように前髪が鼻先まで伸びて表情が見えない変人だ。ガンヲタ同士で友人のハイファと、マリカはシド越しに手をタッチさせて挨拶する。
「何か色々とあったようですね~」
「そうなんだよ、イヴェント満載で、もう大変」
マリカにハイファがこれまでの経過を説明している間に、シドは膝で丸くなったタマを揉みつつサシミに箸をつけ、ヤケのように熱燗を手酌で飲み続けた。
「そうだったんですか~。で、ボスはどうなさるおつもりで~?」
「いつ俺がボスになったんだよ。俺は知らん、知らねぇぞ」
「まあ、アンテナユニットは軍警察が護ってるしね」
「そうですか~、どうやって護っているんでしょうね~?」
「アンテナユニットまでの経路と、当該エリアを完全封鎖してるって話だよ」
「なるほど~、でもアンテナは外に付いてますよね~」
「それはそうだけど……まさか?」
熱々でサクサクの天ぷらを頬張りながらシドはマリカとハイファの話を聞いていた。二本目の銚子を転がすとマリカが自分の銚子を持ち上げる。
「ボス、では一献~」
酌をされつつシドは出てくる料理を片端から平らげた。腹が立ち、腹が減っていたのだ。あらかたの料理を胃の腑に収めてしまうとマリカがまた訊いた。
「で、ボスはどうなさるおつもりで~?」
「こうするおつもりだ――」
いきなり立ち上がったシドに対し、ザッとテロリストたちが銃口を向ける。人質は大人数、一人くらい犠牲にして脅そうとでも思ったのか、気の短い一人がパルスレーザー小銃のトリガを引いた。対衝撃ジャケットがこれを弾く。
角度を変えたレーザーがヴィンティス課長の頭上五センチを掠め、課長はぐい呑みを取り落とした。
まさかレーザーを弾くとは思っても見なかったテロリストたちは口を開けている。
「こいつのトイレタイムだ、文句あるか?」
三毛猫をぶら下げたシドにテロリストの代表者らしき男が呆然としたまま頷いた。
「あ、ああ。いいだろう、行ってこい」
「ふん。……ハイファ、行くぞ」
ごく自然なシドに疑いを持たず、その場の全員がシドとハイファにタマを見送る。
和風レストランを出るなり二人は走り始めた。タマを二七〇五号室に放り込んでおいてロックをすると更に走る。エレベーターに乗り一階に降りてロビーを駆け抜けた。丁度車寄せに駐まっていたオープンコイルに二人は飛び乗る。
運転席に滑り込んだシドは小型反重力装置を起動、ステアリングを握ってアクセルを思い切り踏み込んだ。
「ハイファ、このテュールに攻撃型BELがあるかどうか調べろ!」
「アイ・サー!」
二分署長のキャンベル二等陸佐にハイファは音声発信、返答をすぐに得る。
「一般には公開してない武装BELが一分署に二機、二分署に一機あるよ!」
「確実なのはどっちだ?」
「ちょっと待って……二分署、キャンベル署長が武装BEL一機のスタンバイ依頼に応答!」
「じゃあ、そっちだ!」
早朝故に交通量のごく少ない通りでシドは強引にUターン、コイルを二分署へと向けた。二分署前でコイルを停止させ、接地する前に二人は飛び降りる。オートスロープを駆け上ると、エントランスにはキャンベル署長が自ら待ち受けていた。
「一分署の武装BEL二機が無断でテイクオフしたと、たった今連絡が!」
「ヤバいな。ここの一機は何処だ?」
「屋上に出しました。ご案内します」
「メイベル、どうして……?」
「だって貴女は有休、機捜課だってごっそり消えたんだもの。誰だって分かるわよ」
「そうよね。きてくれて嬉しいわ!」
同僚と抱き合って喜ぶミュリアルちゃんにも銃口が向けられた。哀しみを湛えたブルーアイで束の間遠くを見つめたヴィンティス課長は、現実界に舞い戻ってくると男たちに訊く。
「キミたちはアラキバ抵抗運動旅団かね?」
「その通りだ。仲間がアンテナユニットを吹き飛ばすまで、お前たちを人質にする」
「……そうか」
深々と溜息を洩らしたヴィンティス課長は銃口に促されて膳の前のザブトンに着地した。そして厭世的な顔つきでシドを凝視する。つられたように皆が視線をシドに向けた。
「なっ、俺のせいじゃねぇだろ、そうだろ、おい!」
ムカッ腹を立てたシドは唯一イヴェントストライカを知らない宴席責任者のマクレーン行政副長に目をやる。マクレーン氏は口からエクトプラズムが抜けたような顔をしていた。
「テュールが……島が、墜ちる……」
話にならない責任者をテロリストたちは相手にせず、皆に銃口を向けて座らせる。壁を背にしてロの字型に膳を囲んだ一団を、テロリストたちは中央から全方位警戒で威嚇した。
威嚇されながらもヤマサキ幹事代理が隣のメイベルと喋っている。
「俺たち、これでもう一泊分、オーバーしちゃってるんスけど……」
「大丈夫よ、わたしたちは二泊三日、機捜プラス、ヘイワード警部補とミュリアルは四泊五日ってことで業務管理コンに流し済みだもの」
「わあ、そうなんスか? 有難いなあ」
この状況の何処が有難いのか、シドにはサッパリ分からなかった。
そこに料理が次々と運ばれてきた。銃口をものともせず、キモノを着た仲居さんが膳のひとつひとつに料理を盛った器を丁寧に並べてゆく。一般人恐るべしだ。
「これはこれは~、美味しそうじゃないですか~」
「マリカ=ポインター、そこで喋るな!」
馴染みの武器庫係である婦警から右肩に顎を載せるようにして喋られ、シドは背後霊でも背負った気分になる。すだれのように前髪が鼻先まで伸びて表情が見えない変人だ。ガンヲタ同士で友人のハイファと、マリカはシド越しに手をタッチさせて挨拶する。
「何か色々とあったようですね~」
「そうなんだよ、イヴェント満載で、もう大変」
マリカにハイファがこれまでの経過を説明している間に、シドは膝で丸くなったタマを揉みつつサシミに箸をつけ、ヤケのように熱燗を手酌で飲み続けた。
「そうだったんですか~。で、ボスはどうなさるおつもりで~?」
「いつ俺がボスになったんだよ。俺は知らん、知らねぇぞ」
「まあ、アンテナユニットは軍警察が護ってるしね」
「そうですか~、どうやって護っているんでしょうね~?」
「アンテナユニットまでの経路と、当該エリアを完全封鎖してるって話だよ」
「なるほど~、でもアンテナは外に付いてますよね~」
「それはそうだけど……まさか?」
熱々でサクサクの天ぷらを頬張りながらシドはマリカとハイファの話を聞いていた。二本目の銚子を転がすとマリカが自分の銚子を持ち上げる。
「ボス、では一献~」
酌をされつつシドは出てくる料理を片端から平らげた。腹が立ち、腹が減っていたのだ。あらかたの料理を胃の腑に収めてしまうとマリカがまた訊いた。
「で、ボスはどうなさるおつもりで~?」
「こうするおつもりだ――」
いきなり立ち上がったシドに対し、ザッとテロリストたちが銃口を向ける。人質は大人数、一人くらい犠牲にして脅そうとでも思ったのか、気の短い一人がパルスレーザー小銃のトリガを引いた。対衝撃ジャケットがこれを弾く。
角度を変えたレーザーがヴィンティス課長の頭上五センチを掠め、課長はぐい呑みを取り落とした。
まさかレーザーを弾くとは思っても見なかったテロリストたちは口を開けている。
「こいつのトイレタイムだ、文句あるか?」
三毛猫をぶら下げたシドにテロリストの代表者らしき男が呆然としたまま頷いた。
「あ、ああ。いいだろう、行ってこい」
「ふん。……ハイファ、行くぞ」
ごく自然なシドに疑いを持たず、その場の全員がシドとハイファにタマを見送る。
和風レストランを出るなり二人は走り始めた。タマを二七〇五号室に放り込んでおいてロックをすると更に走る。エレベーターに乗り一階に降りてロビーを駆け抜けた。丁度車寄せに駐まっていたオープンコイルに二人は飛び乗る。
運転席に滑り込んだシドは小型反重力装置を起動、ステアリングを握ってアクセルを思い切り踏み込んだ。
「ハイファ、このテュールに攻撃型BELがあるかどうか調べろ!」
「アイ・サー!」
二分署長のキャンベル二等陸佐にハイファは音声発信、返答をすぐに得る。
「一般には公開してない武装BELが一分署に二機、二分署に一機あるよ!」
「確実なのはどっちだ?」
「ちょっと待って……二分署、キャンベル署長が武装BEL一機のスタンバイ依頼に応答!」
「じゃあ、そっちだ!」
早朝故に交通量のごく少ない通りでシドは強引にUターン、コイルを二分署へと向けた。二分署前でコイルを停止させ、接地する前に二人は飛び降りる。オートスロープを駆け上ると、エントランスにはキャンベル署長が自ら待ち受けていた。
「一分署の武装BEL二機が無断でテイクオフしたと、たった今連絡が!」
「ヤバいな。ここの一機は何処だ?」
「屋上に出しました。ご案内します」
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