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第31話
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「あと十五分。ヤマサキはともかくマイヤー警部補は冷静に交渉してるんだろうな」
「ゴーダ警部とナカムラさんは、きっとゴーダ警部の押しと浪花節戦法だよね」
「ヘイワード警部補とケヴィン警部はハッタリで通すつもりかも知れんな」
「で、僕らはどういう路線で攻めるの?」
「誠心誠意、説得するんだ」
「うわあ、シドが誠心誠意だって! 明日はこの辺りに雪が降るかも」
「殺されてぇのか、テメェは!」
シドがハイファのしっぽを掴んで引っ張り、ハイファがシドの顎の下にテミスコピーをねじ込んでいると、タマを抱いて笑っていたセシルが声を上げる。
「村が見えてきたわ!」
「えっ、どれ?」
するりと愛銃を懐に仕舞いハイファが前方を注視した。シドも砂嵐に目を凝らす。
「あっ、大きな白いモノが沢山見えるよ。もしかしてあれで発電してる……?」
同じものをシドも見ていた。背の高い白い柱が何本も、それこそ数え切れないくらい沢山、固そうな地面から生えだしている。遠目にはまるで砂嵐のさなかに迷い込んだ羊の群れのようにも見えた。
砂塵に削られて起伏の少ない茫漠たる大地に立ったそれは、先端に付いたプロペラを力強く回し続けている。動体視力のいいシドにはプロペラが三枚羽根だと分かった。
そう、それは巨大な風車だった。
「なるほど、風力発電とはな」
「あの向こうに集落があるわ」
「どうやってあれだけの資材を手に入れたのかな?」
そこで風力発電の存在を知っていたアレクが口を挟む。
「あれは全部、テュールの地下にある成型工場で生まれたものだ。奴らは鉱山での仕事を請け負うたびにあれを増やしてる。あいつらだってテュールの恩恵を受けてるんだよ」
その口調は先程のシーラの宗教じみた科白に反発するかのようだった。いや、反発というよりもテュール、イコール全てを司る神であるかのような響きを帯びていた。
「テュールがヒエラルキーの頂点にあるみたいな言い方をするんだね」
「事実を言ったまでさ」
いわばテュール人ともいえるアレクには、なるべく喋らずに黙っていて貰うしかないだろうと、シドとハイファは顔を見合わせて目配せし合う。
そうしているうちにも風車群はどんどん近づいてきて、その向こうに半球を伏せた形の住居らしきものが幾つか見え隠れし始めた。砂塵混じりの風の合間に見えるそれは、地面と同じ薄茶色で判別しづらかったが、どうやらイグルーと呼ばれるものに似ているようである。
それらの集落まで船を着けて貰えると思ったら甘かった。随分手前の最初の風車の根元にシーラはヨットを泊めた。そしてシドたちをじっと見る。行けということらしい。仕方なくシドとハイファはシーラたちから黒いマントとゴーグルを借りた。
タマをセシルに預け、アレクも自前の茶色いマントを羽織ると出発だ。
「もう少し近くまでサーヴィスして欲しかったなあ」
「チッ、怯えるにもほどがあるぜ」
船体横腹の出入り口を開ける前になって、アレクがそう呟いた。
「怯えるって、シーラたちが? 疎外されてるから出て行かないだけじゃないの?」
アレクは頬に人の悪い笑みを浮かばせてハイファを眺める。
「あんたらも別嬪だから気を付けた方がいい。うっかりするとハメられちまうぞ」
「って、何だよそれは。性的な意味で襲われるってことか?」
「その通り。ヨルズの民はごく狭い村社会で暮らしている。そこでの婚姻の繰り返しで血が濃くなりすぎるのを防ぐために、外部からの血をいつも欲しがってるのさ」
聞いてシドは溜息をつきたくなった。ハイファもうんざり顔だ。幾ら厳しい環境に置かれた村社会の人々でも、ケダモノではなく人間なのだ。人間も動物である以上、潜在的に外部からの血を欲するのは本能とも云えるが、まさかいきなり襲い掛かったりはするまい。
全く、ここまで差別がなされ線引きされていては、拗ねたくもなるだろう。
もし自分がヨルズの民の立場なら、ここまで言う奴に電力など一ワットも分けてやらないだろうとシドは思い、ポーカーフェイスながら内心呆れ果てた。
だがここで突っ立っていてもことは進まない。五ヶ所も回らねばならないのだ。
「もういい。行くぞ、ハイファ」
「うん」
船体の横腹のドアを倒して開く。歩み板のように降ろしたドアを踏んで外に出た。途端に息の詰まるような熱砂の嵐に三人は押し包まれる。けれどシドは借りたゴーグルとマントのお蔭で、覚悟していたよりもかなり楽に歩くことができた。
フード付きのマントは口許まで布で覆えるようになっていて砂もあまり入ってこない。
そうして歩いていると一番の敵は暑さだった。外気温は確実に摂氏三十度を軽く超えている。そんな中で普段着と対衝撃ジャケットの上からマントだ。首筋を汗が伝った。
「ハイファ、大丈夫か?」
「平気だよ、ちょっと暑いけどね」
「しかしこれでテラフォーミング済みってのは、やっぱり酷すぎねぇか?」
「貴方が言った通り、テラ連邦は金とプラチナさえ採れればいいんじゃないの?」
「ふん。還元せず潤さずに、お宝だけを吸い取るテラか」
「ここではテュールがその象徴、今まで大規模テロや暴動が起こらなかった方が不思議だよ」
「だよなあ。それにしても巨大キノコの森に迷い込んだみたいだぜ」
風車群の根元を歩きつつ、シドはゴーグル越しに上を仰ぎ見る。百基以上ありそうな風車は一本が十数メートルの高さだ。
素人目には何処に電力送受アンテナがついているのか分からない。とにかく風車のプロペラはもの凄い勢いで回っていて、そのまま引っこ抜けて飛んでいかないものかと心配になるくらいだった。
船を降りてから百五十メートル近くも歩いただろうか、やっと集落の入り口に差し掛かる。イグルーに似た半球を伏せた形の住居は、材質が何と地面を切り出した硬い砂だった。
「こいつはすぐに砂嵐に削られちまうんじゃねぇか?」
「交換するのも大変そうだね」
「それにしても、ヨルズの民はいったい何のためにあんなに風車を立てて発電してるんだ?」
「言われたらそうだよね。どうしてだろ?」
笑ってアレクが答えた。
「電力も多少は生活に使ってるさ。だがこれは殆どが地下深くまで掘った井戸から水を汲み上げるためのものなんだ。地下水脈から水を得るためのシステム、その副産物として発電しているって訳だ」
なるほど、それならさほど罪悪感を覚えずに交渉ができそうだとシドは思う。二万五千人を救うために、ヨルズの民に死んでくれと言わずに済むのは有難かった。
「ゴーダ警部とナカムラさんは、きっとゴーダ警部の押しと浪花節戦法だよね」
「ヘイワード警部補とケヴィン警部はハッタリで通すつもりかも知れんな」
「で、僕らはどういう路線で攻めるの?」
「誠心誠意、説得するんだ」
「うわあ、シドが誠心誠意だって! 明日はこの辺りに雪が降るかも」
「殺されてぇのか、テメェは!」
シドがハイファのしっぽを掴んで引っ張り、ハイファがシドの顎の下にテミスコピーをねじ込んでいると、タマを抱いて笑っていたセシルが声を上げる。
「村が見えてきたわ!」
「えっ、どれ?」
するりと愛銃を懐に仕舞いハイファが前方を注視した。シドも砂嵐に目を凝らす。
「あっ、大きな白いモノが沢山見えるよ。もしかしてあれで発電してる……?」
同じものをシドも見ていた。背の高い白い柱が何本も、それこそ数え切れないくらい沢山、固そうな地面から生えだしている。遠目にはまるで砂嵐のさなかに迷い込んだ羊の群れのようにも見えた。
砂塵に削られて起伏の少ない茫漠たる大地に立ったそれは、先端に付いたプロペラを力強く回し続けている。動体視力のいいシドにはプロペラが三枚羽根だと分かった。
そう、それは巨大な風車だった。
「なるほど、風力発電とはな」
「あの向こうに集落があるわ」
「どうやってあれだけの資材を手に入れたのかな?」
そこで風力発電の存在を知っていたアレクが口を挟む。
「あれは全部、テュールの地下にある成型工場で生まれたものだ。奴らは鉱山での仕事を請け負うたびにあれを増やしてる。あいつらだってテュールの恩恵を受けてるんだよ」
その口調は先程のシーラの宗教じみた科白に反発するかのようだった。いや、反発というよりもテュール、イコール全てを司る神であるかのような響きを帯びていた。
「テュールがヒエラルキーの頂点にあるみたいな言い方をするんだね」
「事実を言ったまでさ」
いわばテュール人ともいえるアレクには、なるべく喋らずに黙っていて貰うしかないだろうと、シドとハイファは顔を見合わせて目配せし合う。
そうしているうちにも風車群はどんどん近づいてきて、その向こうに半球を伏せた形の住居らしきものが幾つか見え隠れし始めた。砂塵混じりの風の合間に見えるそれは、地面と同じ薄茶色で判別しづらかったが、どうやらイグルーと呼ばれるものに似ているようである。
それらの集落まで船を着けて貰えると思ったら甘かった。随分手前の最初の風車の根元にシーラはヨットを泊めた。そしてシドたちをじっと見る。行けということらしい。仕方なくシドとハイファはシーラたちから黒いマントとゴーグルを借りた。
タマをセシルに預け、アレクも自前の茶色いマントを羽織ると出発だ。
「もう少し近くまでサーヴィスして欲しかったなあ」
「チッ、怯えるにもほどがあるぜ」
船体横腹の出入り口を開ける前になって、アレクがそう呟いた。
「怯えるって、シーラたちが? 疎外されてるから出て行かないだけじゃないの?」
アレクは頬に人の悪い笑みを浮かばせてハイファを眺める。
「あんたらも別嬪だから気を付けた方がいい。うっかりするとハメられちまうぞ」
「って、何だよそれは。性的な意味で襲われるってことか?」
「その通り。ヨルズの民はごく狭い村社会で暮らしている。そこでの婚姻の繰り返しで血が濃くなりすぎるのを防ぐために、外部からの血をいつも欲しがってるのさ」
聞いてシドは溜息をつきたくなった。ハイファもうんざり顔だ。幾ら厳しい環境に置かれた村社会の人々でも、ケダモノではなく人間なのだ。人間も動物である以上、潜在的に外部からの血を欲するのは本能とも云えるが、まさかいきなり襲い掛かったりはするまい。
全く、ここまで差別がなされ線引きされていては、拗ねたくもなるだろう。
もし自分がヨルズの民の立場なら、ここまで言う奴に電力など一ワットも分けてやらないだろうとシドは思い、ポーカーフェイスながら内心呆れ果てた。
だがここで突っ立っていてもことは進まない。五ヶ所も回らねばならないのだ。
「もういい。行くぞ、ハイファ」
「うん」
船体の横腹のドアを倒して開く。歩み板のように降ろしたドアを踏んで外に出た。途端に息の詰まるような熱砂の嵐に三人は押し包まれる。けれどシドは借りたゴーグルとマントのお蔭で、覚悟していたよりもかなり楽に歩くことができた。
フード付きのマントは口許まで布で覆えるようになっていて砂もあまり入ってこない。
そうして歩いていると一番の敵は暑さだった。外気温は確実に摂氏三十度を軽く超えている。そんな中で普段着と対衝撃ジャケットの上からマントだ。首筋を汗が伝った。
「ハイファ、大丈夫か?」
「平気だよ、ちょっと暑いけどね」
「しかしこれでテラフォーミング済みってのは、やっぱり酷すぎねぇか?」
「貴方が言った通り、テラ連邦は金とプラチナさえ採れればいいんじゃないの?」
「ふん。還元せず潤さずに、お宝だけを吸い取るテラか」
「ここではテュールがその象徴、今まで大規模テロや暴動が起こらなかった方が不思議だよ」
「だよなあ。それにしても巨大キノコの森に迷い込んだみたいだぜ」
風車群の根元を歩きつつ、シドはゴーグル越しに上を仰ぎ見る。百基以上ありそうな風車は一本が十数メートルの高さだ。
素人目には何処に電力送受アンテナがついているのか分からない。とにかく風車のプロペラはもの凄い勢いで回っていて、そのまま引っこ抜けて飛んでいかないものかと心配になるくらいだった。
船を降りてから百五十メートル近くも歩いただろうか、やっと集落の入り口に差し掛かる。イグルーに似た半球を伏せた形の住居は、材質が何と地面を切り出した硬い砂だった。
「こいつはすぐに砂嵐に削られちまうんじゃねぇか?」
「交換するのも大変そうだね」
「それにしても、ヨルズの民はいったい何のためにあんなに風車を立てて発電してるんだ?」
「言われたらそうだよね。どうしてだろ?」
笑ってアレクが答えた。
「電力も多少は生活に使ってるさ。だがこれは殆どが地下深くまで掘った井戸から水を汲み上げるためのものなんだ。地下水脈から水を得るためのシステム、その副産物として発電しているって訳だ」
なるほど、それならさほど罪悪感を覚えずに交渉ができそうだとシドは思う。二万五千人を救うために、ヨルズの民に死んでくれと言わずに済むのは有難かった。
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